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2016年7月25日月曜日

Car Graphics #Spesial Edition


Geländewagen

 

私は現在2台の車を所有している。一台は2008年式911PORSCHE CARRERA S

そうポルシェがホォルクスワーゲンに吸収される前の車だ。シュトットガルトで作られている。

もう一台がG500、ゲレンデワーゲンである。もちろんこれ以上に素晴らしい車はいくらでもある。しかし、私の琴線を触れ、どうしてもこの2台の代わりにガレージに留め置きたい車は今のところ存在しないのだ。

初めに断っておくが私が乗ったことの無いゲレンデについては何も言えない。つまりここで説明できるのは2006年式以降のゲレンデについてである。少なくとも2006年式以降の日本発売のゲレンデには全て試乗したのでここにその試乗記を残すことにした。

 

G500   2006~

これが私の乗っているゲレンデである。走行は10万キロに近づく。塗装のあちこちに飛び石の傷が目立つ。ゲレンデを購入しようとしているのならばまず普通の車と違って大きな風圧を前から受けることを覚悟しなくてはならない。100キロで走っていてもその風切音は120、130キロ出しているのではないかと驚かされる。夏場は虫がベタベタと体当たりしてくる。よって薄い色はこの虫落としが一作業になる。

今まで3度のパンク、そして2回のアクセルジョイントの破綻を除けば、V型なの油漏れもさほどでもなく、電気系統の故障も少ない。これ以前のゲレンデ所有者が言うように、直線の窓ガラスがストンと落ちるのも今のところ発生していない。ただし、パンクしたら自分で変えようとはしない方が賢明である。何せ2トンを超える重さ、タイヤの重さも半端じゃない。もし高速でタイヤが転がれば大事故である。牽引でなく架台のレッカー車を呼ぶことをお勧めする。この車との一番の思いでは軽井沢での大雪である。とにかく一晩で90センチ以上降雪し、完全に陸の孤島になった。コンビニにはヘリで商品を輸送し、他4WD車は全く役に立たなかったが、自衛隊の車両とスノーソックスのゲレンデは何とか移動することが出来たのである。


 

G550 

この車は言わば排ガス規制のため、燃費効率の悪いSOHCからDOHCに変え、トルクの不足する分をボアアップで補う、言わばマイナスとプラスの相殺をしているような車だった。乗った印象は高速ではSOHCのゲレンデより静かでエンジンも滑らかより乗用車風になったが街場の低速トルクの不足は歪めなかった。何より安全基準で付いたサイドミラーが好きにはなれなかった。

 

G350  BLUETEC

やっとメルセデスのディーゼル復活かと喜びもつかの間。全て右ハンドル、事務所の車庫には収まらない。試乗してみると街中ではキビキビ走る。2トン超えの車体がブルーテックと上手く連動している。他のメーカーのようなカラカラ音もほとんどしない。ただし、高速に行くとある一定以上で急速にトルクが無くなる。言わばスカスカ。街乗り専用なら良いかもしれない。



 

G63 AMG

以前G55に乗ったことがある。パワーはあるけど止まらない。煩い。

これは良い。パワーは十分あるのに使い方を上手く手に入れれば大人しくジェントルに振る舞う。

強化されたサスペンションも大口径化したタイヤもオンロードハンドリングに恩恵を与えてくれる。内装もソリッドで好きだ。瑕瑾なのはお値段。でも欲しい。


 




G65 AMG

メルセデスAMGは最高機種に必ず12気筒エンジンを使う。好き好きだが12気筒エンジンは扱いに難しい。ピーキーなトルクカーブで電子制御の上手く行かない以前の12気筒は半分くらい気筒が死んでいる物が多かった。これは私には完全にオーバースペック、オーバークオリティ。オーバープライス!!

 

G550

最新型の550である。実は大変楽しみにしていた。4000CCにダウンサイスしながら(このエンジン現行のC63やGTと同じ)スーパーチャジャーでなく、ターボチャージャーを2機配置したもの。乗ってみると以前のG55にそっくり。足回りや所作は大人しくなったけどこれ完全にG55ですよ。決してすごく乗りやすいということもない。G63と比べると???

可変ダンパーは機械式、よってほとんど乗り味に変化はない。価格の大幅アップ。(そりゃそうでしょG55買っていた人怒りますよ)ウォルナットの内装が今ひとつ好きになれない。





 

追記

試乗を終えて、10万キロの愛車に乗り移り暫く運転していて・・・・10年たっても基本は変わってないということか・・・・・でもスペックより何より、このDINASOURな佇まいか好きなのだ・・・変わらぬ魅力・・・

 

2016年7月

2016年6月12日日曜日

サーフィンのお話 乗り方は自由!!


 

40年近く(なんとか)サーフィンを続けてきた身としては振り返ると多くのことが見えてきます。

私が始めた頃、ロングボードは見かけませんでしたが、完全にショートボードというわけでもなく、ロングからショートへのトランジッションの時期でした。

アルバイトをして貯めたお金で初めて買ったボードはT&Cのデーンケアロハモデルの7.7でした。シングルの今で言うトランジションボードです。

その後、瞬く間にショート全盛の時代になり、いつの間にか私のボード古臭いDINOSAURなものになっていました。

私もみんなにつられて5.1AIPAのツインフィンに乗り換えましたが、これが癖のある代物でそれまで楽しかったサーフィンが少しつまらなくなってしまいました。

コンテストにおいても如何に派手なパフォーマンスを見せるかが競われ、優雅なスムースなサーフィンは陰を潜めました。

それから月日は流れ、ジョエル・チューダーに牽引されロングボードは完全に膾炙されるようになりました。

私もすぐさまロングを買ったのですが、その板はボンガパーキンスが乗っていたようなロングなのに良く動くアグレッシブな板でした。コンテストにおいてはまだ派手なカットバックやフローターが高得点をあげていたのですからそれも仕方のない事でした。

ところがワールドチャンピオンを獲得したジョエルが突然コンテストから身を引いたのです。彼は独自のサーフィン哲学を持って新たにダクトテープなるものを主催し今も乗り続けています。

この頃から本格的なロングボード多く作られるようになったと記憶しています。

今持っているジョエルの9.4ノーズライダー、クリスクリステンセンの9.6のグライダー、ボブオルソンの10など今持っているボード達です。

2008年ころからまた新しいムーブメントが起こり始めました。オルタナティブ系と呼ばれる人たちです。タイラー・ウォーレンなどその代表でしょう。

彼らは70年代のアウトラインを持ったミッドレングスと呼ばれる板を使い、流れるようなサーフィンを特徴とします。ノーズに行くことよりも波と一体になってスムースなサーフィンをするのが真骨頂です。

こうして私のサーフィンを始めた時のようなトランジッションボードが世に送り出されてきたのです。

もちろんコンテストの世界は厳然と存在し、その中で高得点を上げるにはそれなりの技が必要なのは変わりありません。

しかしながら今は選べる時代になりました。当時のようにロングかショートかではなく、ロングもいて、ショートもあって、トランジションもありという多様性を持ってきたのですから、今サーフィンを始める人は本当に幸せです。どんなサーフィンをしたいのか、それを考えボードを選ぶことが出来るのです。

私も家人には内緒でチョコレートフィシュの7.1のミニグライダー購入しちゃいました()
 




 

2016年5月12日木曜日

エンジンの時代から次の時代に・・・The Next Generation

4月1日にTESLAのMODEL3を予約しました。
 20世紀はまさしくエンジンの時代でした。 
 私が乗り継いだ車はどれも個性的なエンジン音を轟かせ、運転する喜びを感じたものでした。イタリア車は艶めかしいまでの内装とよく壊れる内燃機関のギャップが稀代の悪女を連想させ、分かっているのに止められない魔性の車でした。一方、イギリス車はロングストロークから送られる力強いトルクが大地を鷲掴みしながら、猫足と称されるサスペンションの華麗さは英国貴婦人を連想させるものでした。アメリカ車は良くも悪くもダルな車でハンドリングの大雑把さと必要以上の馬力の滑稽さががアメリカの荒野の道無き道を走る姿に見事にオーバーラップしたものです。
 ところが21世紀に入って、どのメーカーの車もエコロジーの合言葉の上で燃費ばかりを気にして個性のない車ばかりになってしまいました。これも時代の要請かと半ば諦めながらも一言申し上げたいと思い不躾ながら筆をとった次第です。
 そもそも車は全て不経済です。私が言っているのではありません。日本を代表する経済学者の宇沢弘文氏が数十年前から、どんな言い訳をしても車を所有するのは不経済だと看破しているのですから。それをエコだから(エコロジーを否定している訳ではありません)お財布に優しいからなどと言い訳をして所有する位ならば、それこそシェアの発想で所有しなくても良いと思っています。私が言いたいのは車は贅沢品だと言うことです。その車を所有するだけの経済力があるならばどんな車を所有したっていいのです(笑)
 私は今2台の車を所有しています。1台は2006年製の白のゲレンデワーゲン、これはDOHCになる前のOHCのエンジンです。ロングストロークと強い低速トルクが特徴ですが走行距離は10万キロ近くになります。もう一台は2008年製のポルシェ911カレラSです。空冷ではありませんが、フォルクスワーゲンに買収される前の真性ポルシェです。
 ゲレンデはご存知のとおり、NATO軍で使われている軍用車がベースですが、日々それらは改善され続けています。確かにオーバースペックかもしれませんが、大雪の軽井沢で3日間完全孤立した時、道路を走っていたのは自衛隊の車両と私のゲレンデ位なものだったのですからオーバースペック大歓迎だったのであります。911は所有して既に4年が経過しますが全く壊れません。タイヤ交換したくらいです。ですから何の不満もないのですが唯一の瑕瑾なのは燃費です。いや、燃費というとお前も同じじゃないかと言われそうですが、地球環境に負荷を掛けている点では好ましくはありません。
 各メーカーの車の多くはHBという手法をとります。このHBというのが厄介で二つの仕組みを併用するわけですから複雑になり部品数が増え、1台あたりの環境負担はHVでない車の1.5倍も掛かるとの試算もあるようです。電気自動車に至ってはまるで話しになりません。国産車の航続距離では実用になりません。政府は水素燃料車を推進していますが、インフラの整備に一箇所数億円掛かり、かつ現在のガソリンと同価格だとすれば一般に広まるとは考えにくいものです。
 そこへ行くとシリコンバレー生まれのテスラは330kmの航続が可能です。さらに家庭用の電源からでも簡単に給油ならぬ充電が可能です。さらに同社が進めている自動運転機能が完成すれば過疎地の老人用自動車として大変便利なものになります。とまあここまではいいコトずくめのお話なのですが、ここで注意しなければならないのはその充電方法です。電気自動車の燃料コストはガソリン車の1/9という人も居ますが、それは深夜の一番安い料金で自家充電した場合です。これが外出先での充電ということになれば一気にコストは跳ね上がります。スーパーや量販店で見かける充電ステーションは会員制をとっており、月額3,800円から4,200円の会費がかかる仕組みになっています。会員にならずに充電することも可能なようですが、30分の利用料金が1500円掛かることになります。さらに1回の利用が30分以内と決められており、モデル3を充電する場合には追加であと10分しなければならず、総コストは2000円となってしまいます。つまり330kmのコストが2000円ということです。つまり1kmあたりのコストが6.06円ということになります。
 燃費が良いプリウスHBが40km/lとするとガソリン価格が107円/lとすると1kmあたりのコストは2.675円と電気自動車よりコスト的には優れた形になってしまうのです。それもこれも急速充電設備のインフラコストが高く、そのため充電料金に跳ね上がるからです。
 テスラを導入する場合、家庭用充電設備が必須です。これならば予めスケジュール管理し、深夜の安い電気によって充電が可能となります。太陽光パネルと組み合わせれば究極の循環型エネルギーとしての使用も可能となり、災害時の緊急用バッテリーの機能も果たせるからです。
結局コスト????と訝しがる御仁も多いでしょうが、そんな訳じゃありません(笑)その証拠に新しいゲレンデワーゲンのG550の試乗予約もしてしまいました。V84リットルツインターボのエンジンのどこがエコ???



 
 
 
 
 

2016年4月11日月曜日

矮小化する日本人 井の中の蛙


先日、こんな事がありました。

薬局で調剤を待っているとき、小学校の低学年と思われる子供を連れた30代前後の男性の言葉です。

「お父さんこの車何ていうの?」「どこの車」

「これはドイツのP****という車」

「速いの?

「速いよ」「だけど燃費も悪いし、そもそもそんな早く走れる道路はないから要らないんだ」「お父さんの****で十分」

「お父さんは買わないの?

「そもそもこんな車を持つのはお金持ちか、お金はないけど見栄体裁の人だから要らないんだ」

「分かるね」

「・・・・・・子供・・・・ 無言」

 

価値観は人それぞれだから、輸入車が嫌いで国産車が好きでももちろん全く構いません。

しかし、私達の小さな頃は自分の家では手の出ないような車でも憧れの物があって、親はそれを否定するような事はなかった気がします。お金がなくて買えないことも実は子供は分かっているし、それを敢えて教えることも必要なことなのです。そして、そうして育った子供は大人になって前向きになり、質実に家族を養っていけるのです。

お金があるかどうかは結果です。しかしその結果にはちゃんと理由があるのです。それを教えないと行けない。

好き嫌いを決めるのは最後、自分で経験して味わって初めて答えを出せるのです。

私はこうした事をビジネスクラス症候群と呼んでいます。自分は一生ビジネスクラスで旅行など出来ないと諦めてしまっている。毎回ビジネスクラスに乗ることなど必要はありませんが、一度は乗ってみないと優劣を決定ずけられないはずなのです。

昨今、日本の凋落が激しく経済的にも格差が拡大しているのはご覧のとおりです。

その一番の理由はこのように大人が矮小化し、自分とは関係ない、何も将来にいいことはないと諦念していることなのです。子供の無言は大人の知らぬ間に、自分の立ち位置が見えてきた証拠です。他の同級生の家族と比べているのです。そしてその確認と確証が下流化を決定するのです。

その男性の車には漫画雑誌数冊とテッシュペーパーの箱が散乱していた事を付け加えておきましょう。

井の中の蛙、己を蛙とは理解せず・・・

 

2015年11月13日金曜日

けんちん汁を知る

子供の頃、母親が作るけんちん汁は嫌いでした。どちらかというと豚汁が好きでした。そんな事を知ってか知らずか我が家ではけんちん汁が食卓に上がることは殆どなくなってしまいました。

それから三十数年を経て鎌倉に蜑戸を構えて、鎌倉中を自転車でめぐることが多くなりました。

けんちん汁発祥として名高い建長寺までは長い坂もあり自転車では難儀な道中なのですが、ある夏、トンネルを抜け坂道を登り境内を参拝したあと、門前のうどん屋さんにて昼食を取りました。

名物、けんちん饂飩を食したのです。するとどうでしょう、今までのけんちん汁のイメージは完全に裏返りある意味期待以上だったのです。

それ以来、美味しいけんちん汁を作るにはどうすればよいか、色々な書物を紐解きながら何とか美味しいけんちん汁に辿り着くことが出来たのです。

あの夏の邂逅がなければけんちん汁の美味しさを知らずにいたのです。

ということで私のけんちん汁のレシピです。

用意するもの
☆昆布(出しようの良い物)
☆干し椎茸(かさの厚い良質などんこ)
☆大根、人参、牛蒡、葱、蒟蒻、油揚げ
☆塩、味醂、酒、砂糖

①干し椎茸を水で戻します
②昆布で出汁を引きます(エグくならないように)
③大根、人参、牛蒡、蒟蒻、椎茸、油揚げ、葱を同じような大きさに切りそろえます
④大きな鍋に湯を沸かし、大根、人参、蒟蒻、牛蒡の順番で下茹でします
⑤昆布出汁に④の具材と椎茸とその戻し汁を加え再度煮込みます
※このとき椎茸の戻し汁は味を確かめながら調整して、中火で煮込みます
⑥⑤の鍋に酒、味醂を加え、最後に醤油と塩で味を決め、葱と油揚げを入れます
⑦食べる直前にごま油、七味唐辛子をお好みで入れます。

ポイントは野菜の旨味とエグ味を切り離すことです。個人的にはこの薄味のけんちん汁には産寧坂七味屋の七味唐辛子が相性が良いと思っています。皆さんも美味しいけんちん汁作ってみて下さい。因みに今年27歳になる息子は大好物です(笑)





2015年10月20日火曜日

お肉についての一考察

先日STEAK REVORUTIONという美味しい肉を求めて世界中を飛び回るというロードムービーを見てきた。NYのブルックリンにあるピーター・ルーガーステーキハウスや世界中のステーキハウスが紹介されていた。日本でも築地さいとうが紹介されていた。

 ただし、いささか日本の和牛についての考察は薄っぺらである。鎌倉東急の駅前にあるH商店をして、日本の和牛はおかずとしての要素が高く、厚く切って食べないのですき焼きやしゃぶしゃぶが向いているので、脂身の多い和牛が最適だと言わしめていた。この店など鎌倉に在住する人なら既知の事であるけれどこ゜く普通の肉屋だった。その店は最近、トレンドを意識して高級感のある店構えになったが、本当なら大町のK牛肉店や葉山のA牛肉店を取材して欲しかったが、それでは映画の構成にならないと脚本家が意識したのだろう。

 確かに松坂牛や神戸牛のランクはサシの多さで等級が決まるのは昔からの習わしで仕方ないが、中勢以中店を取材しておきながら、赤身と熟成肉に触れないのは片手落ちである。特に最近はこの赤身と熟成肉に注目が集まっているのに残念である。
 そもそも、日本のステーキハウスの代表として取材された「築地さいとう」は鉄板焼きのお店である。 確かに鉄板焼きもステーキの一つであろうが素材や趣向も違うので同じ目線で評価するべきではない。もちろん日本のステーキハウスはこの店のように鉄板焼きステーキの店が多い。しかし、それがイコールサシの多い和牛を志向すると言うのは思い違いである。

 それともうひとつ、この映画が鼻をついたのは、まずエコロジーありきで始まっている。配合飼料はダメで、自然放牧が最高だと決めつけている。それが地球環境にやさしいからだと。そんな事を言われたら山がちで狭い国土の我が国など牛肉は庶民の口に入らなくなる。仕方なしに、オーストラリアやアメリカから輸入すれば長い距離を運ばれてくる燃料コストを考えてエコロジーになるのであろうか全くもって内容が陳腐である。内容も知らされず好相で映画に出演していた松坂の農家の方が可哀想である。

 肉の味が濃ければそれが旨い牛ということになるのであろうか。若い牛は若い牛なりの、年老いた牛は年老いた牛なりの旨さや調理法があるはずだ。

 映画の冒頭で硬そうな肉にエシャロットと仕上げにヘーゼルナッツオイルを掛ける料理はこの映画では番外となるが、硬い肉だって味付けと調理法で旨くなるという良い例なのにとても残念である。

えっ、それを食べたことがあるかって?
もちろんあります。日本のBLTステーキハウスでランチメニューとして提供しています。因みに肉は前足の肩の部分です。

2015年10月
https://www.facebook.com/masahiko.sugihara


2015年9月8日火曜日

うなぎクライシス2
 私の育った街は川に囲まれていた。家のすぐ裏手には渡良瀬川が流れていた。当時は悪名高い足尾の鉱毒こそ流されなくなったものの、様々な生活排水が流れ込み綺麗ではなかった。魚といえばハヤ(私達はそう呼んでいた=ウグイ 鯎)や毒魚のギギなどしかいなかった。それでも少し足を延ばし支流に行けば山女や岩魚をとることもできた。
両親の友人一家が引っ越していった郊外の住宅地にも小さな川が流れていた。その川にはイモリやうなぎがいた。うなぎといってもお腹に斑点がある八つ目うなぎである。この八つ目うなぎを獲る時に使う魚篭(びく)は入口に返しがあり、魚が逃げない工夫がなされていて、その一番奥に石で潰したタニシを布に包んで入れていた。一晩経ってその魚篭を上げてみるとまんまとうなぎや川ガニが入っているという訳である。私はこの八つ目うなぎを一度も食した事がないし、たぶんこれからも食すことはないと思う。生活に近すぎた食材というのはこんなものである。
話は変わるがうなぎの卵が遠く北マリアナ海溝で見つかったとテレビで放映されていた。うなぎは稚魚(シラスウナギ)を河口で捕り、これを養殖させるわけであるが、うなぎの生態は未だ詳しくは解明されていない様子である。また近年、天然の稚魚が激減しているという。稚魚の値段がうなぎ昇りだと。うなぎが食べられなくなったら困るので研究の一早い実用化を望むところだ。
私が幼いころ、本当に偶にであるが、両親がうなぎを食べに近くの店に連れて行ってくれた。その店は家からそう遠くない(当時の私にはとても遠く感じたが)ところにあった。群青色の暖簾に白抜きで「うなぎ」と書かれていたその店のうなぎは本当に旨かった。
うなぎが好きな人と嫌いな人が分かれると言う。あの姿が苦手だと言う人もいれば、美味しいうなぎを食べたことが無いという人もいる。直木賞をとった四国出身の男性作家は後者で大人になって初めて美味しいうなぎを食して好きになったと本に書いてあったが、私の場合は少し違う、つまり原体験は美味しかったのだ。子供にうなぎの味が分かるはずもないと叱責されそうだが、あのうなぎは確かに美味しかったのだ。
上京してうなぎを食す機会が無かったわけではない。しかしながら貧乏学生、薄給のサラリーマンの食べられるそれはどれも身は硬く骨っぽく、表面には水飴の様なベットリしたものが付いていた。かくして私は暫くうなぎからは遠ざかることになったのである。
関西は腹開き、関東は背開きという。私にはどうでもよい。それより、うなぎを蒸すか蒸さないかは重要であった(過去形)
私はつい最近まで関東風の蒸した柔らかい鰻が好きだと思っていた。東京で食べるうなぎの殆どがこの作り方であるからだ。ところがある御仁からそれは関西風の美味しいうなぎを食べた事がないからだと指摘された。味のわかるその御仁のご高説もっともである。ならばと、娘の住む岡崎に向かい駅至近の「はせべ」という店で食した。待つこと30分、運ばれた白焼きと鰻重を食べた瞬間、私の浅はかさを恥じたのである。旨い。外はパリッとしていて中はふっくら、タレも甘すぎること無く、完全に私の想像を超える旨さである。。それ以来、蒸す、蒸さないで判断することはしないことにした。
関西と関東の違いは何からくるのであろうか。色々な本で調べてみると、うなぎそのものが一番の理由だったようである。例えば産卵のために川を下るうなぎと上るうなぎではその肉身は違うであろうし、四万十川のうなぎと利根川のうなぎでは違う。そこで背開きや腹開き、蒸さないうなぎ、蒸すうなぎと調理方が別れたようである。地産地消が一番ということらしい。
しかしながら、江戸前の蒸すうなぎが嫌いになった訳ではない。それはそれで美味しい店がある。東京もさることながら鎌倉の由比ガ浜通りにある「つるや」、辻堂の分かりにくい住宅街にある「うな平」は三指に入る旨さだ。特に「うな平」の肝吸いは素晴らしい。
豊橋に「丸よ」という店がある。豊橋はどうやら関東風と関西風の境界らしい。この店のうなぎは特別に美味しいということから別品=別嬪、べっぴんと呼ばれ、時代と共に意味が拡大し美しい女性を別嬪と呼ぶようになったと聞くが、なんともうなぎが転じたとは面白い。ここのうなぎは裏返して並べられる。何でもそのほうがタレがしっかりと掛かっていると見えるということらしいが、やはり見た目も大切、私はこれには賛同いたしかねる。
一度だけ海外でうなぎを食べたことがある。日本式のうな重である。食べたのは高級ブティックが立ち並ぶパリのサントノーレ通り。お昼時を過ぎたそのお店は比較的空いていて私たち以外に数組の客がいただけだった。東麻布に本店があるその店はガイドブックに載っている有名店である。日本と同じように三十分以上待って恭しく運ばれてきたうなぎを食して愕然とした。まるでゴムのようである。噛み切れない。たれやご飯は普通に美味しいのにうなぎが全然違う。あたりを見回すと、金髪を肩のあたりまで伸ばして指には数カラットもあろうかと思う宝石を身に付けた日焼けしたマダムが何も言わず美味しそうに食していた。あとで分かったことなのだが、どうも欧州のうなぎは日本の物とは種類が違うらしい。
うなぎには綺麗な水が必要といわれる。うなぎの臭みを抜くために一、二日その綺麗な水の中で活かしておくことが必要らしい。老舗のうなぎ屋には必ず井戸があってその水が大切な役目を果たすようだ。三島は富士の伏流水が市内至る所に流れていてこの水を利用してうなぎ屋が多いことでも有名である。偶然にも銀座からこの三島に終家(居だけでなく事務所も)を移した弁護士の先生がいることもあり、三島に出掛けることがある。というよりこのうなぎを目当てに仕事を無理やりつくっていると勘繰られそうであるが、私は三島広小路の「桜屋」が好きである。ここのうなぎはふっくらしている。そして臭みが例によって綺麗に消されている。店の裏手を覗くとこれから調理されようとしているうなぎが水色のプラスチックの大きな籠の中で元気に動いている。それを若い職人が数匹選んで調理場に持っていく。
世の中に天然もの礼賛の流れがあるが、私はこれに異を唱えたい。既出の東麻布の店でもまた横浜の某店でも天然うなぎを提供するが、恐ろしく値段が高い割上に脂が無かったり硬かったりとバラつきが多い。
渋谷に「うな鐡」という店がある。今は区画整理され綺麗になってしまったが、井の頭線の出入り口に程近い大衆店である。私の様な薄給のサラリーマンでも何とか食べられる店だった。この店はうなぎを水に付けて焼く、それによって無駄な脂が程良く落ちて、よく蒸したうなぎに近い味の物を提供する。千円で食べられるうな丼、今はどうなっているのだろう。
うなぎ懐石なる店がある。フランスのタイヤメーカーのランキング本にはこの手の店が星を付けて載っているが私に言わせればうなぎはうなぎである。邪道以外の何物でもない。
数十年前に私の車の師匠でもある翁に帝釈天の参道にある「川千家」に連れて行ってもらった。焼き方、蒸し方、タレ全てが私の好みだった。一辺で好きになった。小一時間待たされるのはご愛敬である。
老舗のうなぎ屋の中には予約の中々取れない店もある。浅草にある店もそうである。予約が取れないのは仕方ないにしても、あの無愛想な電話の応対は如何なものであろうか。人柄の良いご主人が焼くうなぎは辛口でさっぱりしていると、かの作家も書いていたのに残念である。神田明神下にある店も食わしてやるという気持ちが見え見えである。ごめん被りたい。
本店は神田にある「菊川」も好きである。近いので用賀の店に行くことが多いが、この店は最初から「うちは味の不安定な天然ではなく吟味した養殖物を使う」と明言している潔さも良しとしたい。特にお薦めは白焼き。
あーあ、お腹が空いてきたまだ九時だ。今日は墨田区に行く所用がある。帝釈天も程近い、よしと思う横から今日は時間がないと言われた。言われれば言われるほど食べたい。それがうなぎである。曼の意味を持つ、「つやつやのふっくらしたうなぎ」こそ「うなぎ」=鰻なのである。
最後に私が幼かった頃食べていたうなぎは「蒸さないうなぎ」だったことを補記したい。


2015年9月改訂