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2014年3月12日水曜日

家族考

 この一、二年本当に色々なことが重なった。娘が嫁ぎそして出産し母になった。今はその家族と暮らす新居を建てている真っ最中である。娘自体その変化に驚いているようだがとても楽しそうだから何も心配はしていない。

息子も昨日家を出た。家を出たと言っても家出をしたわけでも仲違いをしたわけではない。彼のスタートとしてのレジデントが必要で我が家からは通えないからである。26歳になっているのだから私が家を離れた18歳に比べれば遅すぎるくらいであるし、戦地に赴く訳ではないのでこちらも心配はしていない。彼にとっての新しい家族との出会いを待ち望むばかりである。

 娘も息子も私たち夫婦に神様が与えてくれた宝物であって。私たちはほんのいっときこの宝物を育てる使命と幸福を与えられたのだと思う。

 私の周りにも子供を手放さない親が多い。いや、子供が出て行かないというがそれは誤りだ。知らず知らずのうちに親に洗脳されている事が多い。本音を言えば親としてはそれでもいいとあえていう。子供を手放すのは寂しいし、手足を引きちぎられる思いだから。

 しかしあえて子供のことを考えれば独立させなければならない。動物がそうするように子供を社会に戻し還元させなければならないからだ。そして自分の新たな家族を作り私達と同じように子供を育てる喜びを味あわせてあげたい。私達が先に死し、子供に見守られなから死んでいく幸せを同じように味あわせてあげたいからだ。

 家族とはそんな一時の屋根の下で暮らした追憶なのかもしれない。