いつの頃だろうか喫茶店に行かなくなった。いや正確には喫茶店というものが少なくなってあぶれてしまったのかもしれない。
どこの駅前にもあるチェーン店の出す珈琲は私が求めていた珈琲ではない。
高校生になる前に珈琲に凝っていた。近くに珈琲の豆を好きな量だけ炒ってくれる店があった。
豆に合わせて濃く煎る場合もそうでない場合も天候や温度に応じて仕事をしてくれた。
サイフォンもネルドリップも試した。サイフォンが温められコーヒー豆に水分が行きわたり、むくむくと膨らむ姿を見るのが好きだった。
それ以来、珈琲に無頓着を決めている。
鎌倉の小町通りに「門」という喫茶店がある。本当にたまに出かける。
ここのブレンドコーヒーは私が飲んでいた昔の味がする。もちろん珈琲を注文することが大半だが、もう一つの楽しみがある。
それはクリームソーダだ。
運ばれてくる緑色の液体のグラスの底から小さな泡がふつふつと湧きあがってくる。
泡は天井に押し込められた巨大な雲によって出口を塞がれ、雲に吸い込まれていく。
クリームソーダを飲みながら、小町通りを歩く人を見る。
私の密かな楽しみ。
歳の頃にして20歳前後のカップルが旅行ガイドを手に小町通りの店を指さしながら歩いている。
女性は今はやりの山ガールの格好をしている。けれども靴を見るとそれらしくない普通のアディダスのスニーカーを履いている。
男性は彼女とは歳の離れた長身の男性でザックの背負い方や履いているニッカポッカーと靴の組み合わせからアウトドアに精通しているヴェテランの姿だ。
男性が彼女に双眼鏡を渡して何やら説明をしている。指さしている方向に目をやると数十羽の大きな鳥が高い空を旋回していた。
こんな街中で彼らはバードウォッチングを楽しんでいる。
彼らが通り過ぎた後、色々な人がこの通りを往来する。クリームソーダのバニラアイスはかろうじてその姿を残すものの、緑の液体と一体となってグラスの中に溶けてしまう。