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2013年4月25日木曜日

街歩きの楽しみ


街歩きの楽しみ

私は観光と言うものに興味が無い。教科書に出ているような名所旧跡を巡る旅と言うのは忌々しい修学旅行を除いてした事が無い。元来我儘な性格からか、サーファーの偏屈さとローカリズムの間違った影響からか分からぬが大勢で一緒に行動するというのは嫌いなのだ。

しかしながら街歩きは好きだ。いろいろな街に行き自由気ままに歩きながらその街や人を観察する。手には小さなコンタックスを持ってニューヨーク、パリ、ミラノいろいろと見て来た。東京だって楽しい。

私の東京の入り口が浅草だったことは以前にも書いた。それがいつしか東京の西に住み始めそこに定住し、今や最もサーフェイスな所に暮らしている。おかしな感じがする。

今、巷では「谷根千」が人気らしい。「谷根千」とは谷中、根津、千駄木のことである。

古くからの街並みが残る場所である。日暮里から谷中銀座に向かって歩くと、夕焼けだんだんという坂がある。東京の他の富士見坂同様に晴れた日には富士山が遠望できる場所だ。
 
この坂を命名したのは作家の森まゆみさんだと知った。東京の下町と文学について多くの短編や随筆を残しているが、現在、自己免疫疾患と闘病中とのこと一刻も早い回復を祈るばかりである。因みに彼女の母親は政治学の巨匠、藤原保信氏の門下だったというから偶然である。

この辺りには多くの坂がある。まさご坂、壱岐坂、菊坂、多くの坂が物語に登場してくる。漱石や一葉もこのあたりで暮らしていたのだからもっともである。

妻の実家は目黒の茶屋坂のすぐ横にあった(今もある)

家の横にはサッポロビールの工場まで水を引くためのレンガ造りの産業遺構もあったが道の拡張で壊されてしまった。坂と言うものはなんとかく街を楽しくしてくれる。

坂の無いのっぺいな街は確かに歩きやすく、便利なのだが面白みに欠ける。

そういえば明治の話しではあるが、映画にもなった板谷波残も日暮里外れに窯を持っていた。それを今思い出した。

今週末もし天気が良かったならば街歩きをしてみたいところがある。鶴見線の国道とう無人駅周辺だ。
 
一度、車で通りかかったことがあるが、多くの小さな鮮魚店が可笑しいほど短い間に建ち並んでいた。おそらく旧街道の名残であろう。コンタックスの代わりにすっかり手になじんだX2をぶらさげて散歩しよう・・・