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2012年10月31日水曜日

1981年のゴーストライダー Ⅱ



洋一は原宿にあるライブハウスの前の歩道に立っていた。

歩道に取り付けられたカードレールに足を掛けて持ってきたシェラデザインのディパックの中をもぞもぞと探し物をしていた。

ディパックの中には少しくたびれたグレーのフーデットパーカーとJAZZ LIFEという音楽専門の雑誌が詰め込まれていたので、洋一はそれらを一度取り出して丹念にバックの底を探した。

しかし、探し物は見つからなかった。


落胆しかけた洋一の前に少しヒールの高いウエッジにのパンツ、そして白のブラウスを着た健康的に日焼けしたひとりの女性が現れた。

女性は「今、荷物を取りだした時に一緒にこのチケットが落ちたと思うんだけど、これ違う?」とぶっきらぼうだけどどこか悪戯っぽい口調で洋一に話しかけてきた。

そのチケットは洋一がバイトで貯めたお金でやっと買った今日のライブのチケットだった。

洋一はチケットを受け取り、その女性にお礼を言い頭を軽く下げたと思った瞬間、もうその女性はその場から姿を消していた。

洋一はライブハウスへ向かう小道でチケットの表に印刷された真っ赤な球体の絵を丹念に見ていた。

今日のライブに出演するバンド名を直訳すればお天気予報だ。何となく人を食ったようなこのバンドの音楽はジャズのグループ感に今風のエレクトリックな味付けをしたものだった。

洋一はその中でもベーシストが特に好きだった。

ライブが始まると、観客は総立ちになり、彼らの音楽に熱狂した。アンコールの曲も終わり、灯りが付けられライブの終わりを告げた。

洋一は出口に向かおうとゆっくりデイパックを担ぎ直すと、すぐ横に先程の女性が背の高い男性と一緒に立っていることに気づいた。

洋一は彼女に再度お礼を言い軽く会釈して、足早に出口に向かおうとしたが、彼女の方が洋一のパーカー傍を持って「待って」と言った。

一緒にいた男性は彼女に洗面所に出掛けてくるといい、その場を離れた。

洋一は彼女に「ライブに彼と来ていたんだね」と少しばつが悪そうに話しかけた。

彼女は「彼氏じゃないよ、友逹、そう友達の一人」

彼女のその言い方からは簡単には信じられないけれど、まあそんな事はどうでもいいかと思い直し、彼女の指先に目をやった。

日焼けした彼女の腕の先に白く日焼け後の残った指輪の跡がくっきりと目に入った。

彼女は黒いバッグから小さな紙切れを出して、「今度、このライブに行くの、もし良かったら行かない?何となく音楽の趣味似ていそうだから・・・実は今日の人はあんまり好きじゃないみたい、無理してきた感じなの、彼はもっと黒人のソウルフルな音楽が好き見たい・・」

洋一はそのチケットを受け取ると、彼女にそのチケット代のことを訪ねた。

彼女は笑って「これもらいものだからタダなの、大丈夫」と言ってもう一度クスッと笑った。

彼女は洗面所から出てきた男性と洋一の方に手を振りながらライブ会場を後にした。



1981年のゴーストライダー



一人になった洋一は車の中でカーラジオのボリュームを大きくして、流れてくるシーナイーストンのモダンガールに指先のリズムをあわせて、ハンドルをコツコツと叩いていた。

フロントガラスには雨粒が集まり、車の先にあるコンビニの電球が滲んでいった。

曲が変わり、ジョン&ヨーコの「ダブルファンタジー」が流れ始めたので、洋一はラジオを切ってしまった。別にジョンレノンやオノヨーコが嫌いと言う訳ではなかったが、このアルバムのジャケットに使われた二人の写真は好きにはなれなかった。

洋一にとってビートルズやジョンは大人の世界に対する反抗の証でもあった。親や年配者にはよくビートルズのような長髪にするんじゃないと窘められた。そのたびに洋一は表向きは理解したようなことを言いながら、部屋ではヘットフォンをしてヘルタースケルターやゲットバックを大音量で聞いていたのだ。

洋一は一人っ子だった。まわりは兄弟や姉妹のいる家庭がほとんどで、何故かしら洋一は一人っ子であることにある種の罪悪感を感じていた。自分は生まれてくるんじゃなかったという後ろめたさや自責の気持は洋一の心に冷たいキレットの先のようなものを植え付けた。

小袋を紫色のカーディガンの中に隠すように小走りで優子は車に戻ってきた。

車のドアを開け助手席に滑り込んできた優子は自分の濡れた髪と肩を手で払って、袋の中からまだ湯気の出ている小さな白いものを取り出して、半分を洋一に渡した。

優子は半分のそれを食べながらぼんやり外を見ていた。

洋一は自分のそれが「好きな方じゃない」ことを知っていたが、何も言わずに缶コーヒーでそれを流し込んだ。

優子はぽつりと「明日も雨かな・・・・」と独り言のようにつぶやいたが洋一は何も言わなかった。

小さな車はコンビニの駐車場を出て、方向を180度変え西へ向かった。

まだ真っ暗な闇の世界に高速道路の路面に映し出された電燈が影絵のように笑っている。

やがて車は高速道路を降りて、海岸線と並行に走り始めた。

目印の警察署で左折し、まっすぐ伸びる海岸線と垂直な道に出る頃には雨は止んで、洋一と同じような青緑色したサーフラックにボードを積んだサーファーが集まっていた。

東の空が漆黒から群青にそして紫から茜色に変わる。

洋一はシートを倒してその空の色を見ていた。

洋一は優子と出会った3カ月前の事を思い出していた。