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2012年9月20日木曜日

昔の話

政治と宗教の話は人前でするなという家訓のため(家訓なんて嘘です)この手の話はあまりしないのですが、昔の話として聞いて下さい。

私が大学に入学した1977年は学生運動は下火になり、学内にもそれらしきプラカードも見かけなくなっていた頃だった。都内の一部の大学では多少見られたものの全体としてはすでに風化する一歩手前だった。

そもそもニュースで毎日のように流れる学生運動を見ていて、私が直感的に思っていたのは、何故彼らは学生を続けているのだろうという素朴な疑問だった。そして、彼らの行動の先にある理想が全く見えなかったのだ。

少年の私には何か親に甘え駄々をこねている分からず屋の子供に映っていた。

私の大学にもそんな余波から当時の学生運動の中心でもあった東大から多くの教授が疎開しいた。

それから30数年、学生運動こそ無くなったが、世の中の多くの反対運動(反原発、基地、などなど)の多くはこの学生運動同様、その先にあるものが全く見えないのだ。

もちろん、原発が良いなんて言っていない。ただ、こうした反対運動では国民の多くは私同様に反対したけどどうするのという疑問を突き付けられ、下火になり結局は実現する事は出来ないと思う。

ある防衛庁の幹部経験者に聞いた話であるが、そもそも墜落しない飛行機なんてないのだそうだ。
だから、防衛庁はその事を見越して、減損分を上乗せて調達すると言っていた。

オスプレイがどのくらい危険なのかは分からないが、こうした一連と同じではあるまいか。

その人は日本のマスコミは世界の事を全く話題にしないと嘆いていた。芸能人のゴシップや目に飛び込みやすい話題ばかり流して、全く世界の事を話題にしないと。

その人から聞いた話であるが、某国の海洋政策(軍事政策)はその時に既に決まっていて。今話題らなっている尖閣ばかりでなく、太平洋を大軍事基地にすべく覇権を狙っていると。

日本から遠いモルディブの日本人が作ったカツオブシ工場の跡地に中国の軍港があることは日本人の何パーセントが知っているというのだろう。

沖縄の人に聞いたことがある。本当に基地は要らないのかと。するとその人は小声で「大きな声では言えないが、無くなってしまっては困る」とまた「反対しているのは地元の人じゃないね、みんな本土人よ。地元の人は一部じゃないかな・・」

断っておきますが私は原発推進でも基地容認でもありません。こうした話題にならない事実も重ね合わせて、大きな設計図を持ちながら物事の判断をしなければならないんじゃないですかというだけ。

そうでなければ、子供が親にしがみ付きながらギャーギャーわめいているのと何も変わらない訳でだから。

閑話休題

最近のメルセデスに乗って、これじゃメルセデスは売れないなと感じたと同時に、これはもう日本人を相手にしてないということなんじゃないかと思えた。こっちが乗らないじゃなくて、あっちが相手にしていないのじゃないか・・・これって日本の自転車産業や家電産業が衰退していった事実と同じ航跡をたどっているような気がした・・・憂国の念がふつふつと湧いてきた・・・・