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2013年12月17日火曜日

信念と情熱  訃報 馬場浩史氏に捧ぐ

「習うより慣れろ」という言葉がある。私の場合、ファッションもそうだった。勤めた会社では多くのお洒落な先輩やファッションそのものを商売とするショップマスターと交友する機会を得た。そのような環境で一番感じたのは世の中の流行りの服と自分の似合う服は別であるということだ。そして何より服に着せられている程カッコ悪い事はないと思った。
会社を辞めて恵比寿で飲食店の真似事をしているとき、馬場浩史さんを紹介された。最初、紹介してくれたのはトキオクマガイを当時展開していたイトキンの関係者だった。次にもう一人の人が同じく馬場さんを紹介してくれた。前の会社で公私ともに可愛がってくれたM先輩である。今となっては代表執行役員となり私など恐ろしくて近づけないところに上り詰めてしまった訳であるが、あの時は私の店のカウンターに3人で座り色々と話したことを覚えている。
会社を辞めてから本当に洋服がその人に似合っていると感じたのはこの馬場さんが初めてだった。今でも覚えているが洗いざらしの白の綿シャツに渋目のオレンジトーンのツィードのジャケットだった。ボトムはベージュのコールテン。本当に似合っていた。
馬場さんは雇われマスターの私に「もっと好きなことをやりなさい。儲けや人は後からついてくる」ときっと言いたかったに違いない。馬場さんと一つしか年齢は違わないのに世界を股にかけ色々と見てきた人と世間知らずの井の中の蛙ではその差は歴然すぎた。
馬場さんは恵比寿の事務所を引っ越し益子に移ったと聞いた。偶然にも移った先は私の父が作陶の手本にしていた民芸の発祥地益子である。縁を感ぜずにはいられなかったがとうとう益子に伺うことは出来なかった。
仕事とはなんだろう。時々思う。自分は思い切って好きなことをやっているだろうか。人の目や体裁を気にして中途半端な仕事をしているのではないだろうか。馬場さんのことを考えると特に自省してしまう。
私に影響を与えてくれた人がまたひとりこの世からいなくなってしまった。残念なことであるが、多くの人が馬場さんの死を惜しんでいる。そして馬場さんと仕事やプライベートを一緒にしたことのお礼と感謝をのべながら。きっと馬場さんのことそんな私たちを見て笑っていることだろう。同時に大好きなブランケットを持って新しい居場所を既に見付けているに違いない。合掌。






時間のたたみ代  経営者の時間

若い人は年輩者に比して時間の経過するのが遅い。これは誰かも同じようなことを言っていたが年齢が分母に来るらしい。つまり私の場合は生まれたての赤ちゃんの54倍で時間が過ぎて行くことになる。その数値が正確かは別として多くの人がそう感じているのではあるまいか。

若い頃はプライベートと仕事を区別して考えていた。ところがいざ自分で経営してみるとそんな事は言っていられない。その事を誰かに愚痴めいて話した時に言われた。それは君の仕事の仕方が下手なのか、時間の使い方が悪いのか分からないが、要するに自分の脳力の無さを他人に説いているようなものだと。それ以来、プライベートと仕事を分けることはしなくなった。その代わり仕事もブライベートも全力投入で楽しむ。嫌なものは最初から手を出さない。そして忙即閑、閑即忙である。この頃はそこに少しばかりのたたみ代を入れている。何かが起きた時でも対応できる糊代にあたる時間である。若い人はそれを知らずに時間を使っているわけだから、必ずどこかで皺寄せが来る。そんなとき年配のこのたたみ代が機能する。

ところが年配になっても中にはこのたたみ代を全く持たずに生きている人も少なくない。英会話、お茶、お花、ゴルフ、乗馬と習い事や愛好スポーツは全て取り入れ、またその余のイベントを次から次に仕込む。もちろんそれは個人の勝手であるから私は干渉しない。しかし、どんなに小さくても組織や集団に帰属しているならば自重しなければならない。それが人生の先達としての役目であるから。物事がうまく機能するのはこのたたみ代が必要になるからだ。

失敗を繰り返す人の多くはこのたたみ代を持たない。持てない性格なのか理解不能なのかは分からないが、動き続けるネズミのようにただ動いているだけである。これでは会社の艫綱を任せるわけにはいかないのだ。