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2014年4月30日水曜日

「ユニクロとアマゾン」

新幹線のお楽しみは、いつもは買わない雑誌が見られることである。買えばいいじゃないかと思われるだろうが、お金を出してまで買いたいと思わないのであるから仕方ない。ましてや、記事に一つでも耳目が引きつけられるものがあれば大層得をした気持ちになれるのだから。
過日もあるコラムに「よいものを安くから、よいものを高く」というコピーが出ていた。著者は元新聞記者でその後独立した磯山友幸氏である。著書の好き嫌いは別として、「よいものを安くから、よいものを高く」というコピーそのものが気に入った。
断っておくが、ユニクロやアマゾンが嫌いなわけではない。それどころか便利なのでよく利用するし、両者とも消費者にとっては強い味方だ。
しかし、消費者にとって強い味方というのは、果たして企業の経営にとってプラスに作用するのだろうか。一ドル360円の時代ならばともかく、日本と先進国との通貨ギャップが解消され、さらに新興国とは逆ざやの通貨ギャップが生じている現在は「安くたくさん」の時代ではないのは察かだ。
私はとあるきっかけで、通称ドンペリで有名な(悪名?)シャンパン、ドン・ペリニョンの主催するソサイェティのメンバーになった。メンバーになったからといって何かしているわけではないのだが、既知の通りこのドンペリはLVHMというブランドを数多く持つ持株会社によって運営されている。お酒ならモエ・シャンドン、ヘネシー、ファッションならロエベ、セリーヌ、ジバンシィ、時計ならタグ・ホイヤー、ゼニスなどである。誰もが一度くらいは耳にしたことのあるブランドである。
私はこのブランドの時計を偶然持っている。その時計がわずか数年の間に値段が大幅に上昇しているのである。これはこのグループに限らずスイス製の高級腕時計に多く見られる現象だ。ところがどうだろう日本の時計メーカーの多くは低価格競争に明け暮れている。例え強気の値付けをしたとしてもスイス製の時計のように市場に歓迎されないのだ。
スイスには多くの資本家が集中する。彼らの資本は時代や時局が変化しても変わらないものを求める。いくら安くてもメッキの金はメッキの金なのである。
こうしたことは簡単には行えない。長い年月と経験がものをいう。確かにそうした背景も違い、日本にそのまま当てはめるのは酷な気もするが、あえていうなら企業も人々も我慢が足りない気がする。ドンペリのソサエティは安売りのサービスを行うわけではない。彼らは正しい情報の発信と定着を行い、それが分かる人にのみ売る。別に多くの人に買ってもらわなくても良いのである。この我慢が肝要なのだ。
ところが日本ときたらどうであろう。ある若者が全身シャネルで身を包んでいた。聞いてみると、ほとんどのものをローンで買っているのだそうな。そのローンの支払が重く、彼女は一日千円で生活しなければならず、3畳一間の安アパートで昼はお弁当屋、夜は水商売のアルバイトに明け暮れているそうである。
こんな日本では正しいブランド化など夢のまた夢かもしれない。聞くところによると佐川急便がアマゾンの配送から手を引いたようである。あまりの値引きにこれ以上は無理と判断したのかもしれない。いずれにせよ、企業も消費者も果たして我慢ができるのだろうか。それが日本の課題のような気もする。佐川には頑張ってほしいものと願うばかりである。