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2018年5月31日木曜日

大きくなるということ

私より少しだけ年配のそのシェフは今や日本を代表する料理人となった。

30数年前、そのシェフの料理を当時オープンしたての四谷の店で食した時の感動は忘れなれない。こういう店に来られるようになりたいとぺらぺらの薄い財布を見ながら思ったものだ。

その後、日曜日に自由が丘にあったシェルガーデンという高級スーパーで彼を見かけた。休日であろうに並べられた食材を手に取り顔に近づけていた。近くには奥様と思しき女性が一人いたが彼の姿は真剣そのものだった。

それから数十年が経ち、彼の名声は高まり、テレビにもよく出演するようになった。素材についても彼は地元産のものはもとより、日本全国美味しい食材を集めてその技術で最高の料理を提供していた。恐らく焼尻島のミネラルの豊富な草を食べて育ったサフォーク種を膾炙させたのも彼と銀座に店を持つTさんが最初ではあるまいか。

それからさらに数十年が経過し、彼の店舗数もだいぶ増えたが想像していたようには増えていない。彼のメインの仕事はラクビーW杯の最高顧問に代表されるような名誉職が多くなった。それはそれで彼の努力の賜物だから賞賛したい。

とある土曜日、そんな彼の元で研鑽を積んだ若手のシェフが北鎌倉に新しくお店を出したと聞く。財布も大分厚くなったので予約してランチに伺う。

鎌倉の土日は身動きが取れない。ならばと蜑戸から海水で錆びたビーチクルーザを引っ張り出し。あの坂を登ってやってきた。

つくや否や、自転車の置き場所を尋ねると一人のスタッフはここでもう少し手前にと言っていた矢先に、その錆び付いた自転車一目見るなり奥から別の女性が走ってきて、当店に自転車置き場はありませんときっぱりという。私はこのまま帰ろうかと思ったが、「料理は美味しいので食べていってください」との別の女性の一言で思い留まり食事をした。この時帰っておけばよかった。

料理は前菜が7種、メインは魚介別々に調理し、その上からブイヤベースを掛けるというものだ。そしてそれに合うワイン3種類。

詳細は省こう。まず前菜はどれもコストのかからない食材である。コストはいい。美味しければ。調理法も何もあったものではない。家で食べているラペの方が断然美味しい。メインのスープも凝縮して濃厚とあるが旨味が出ていない。この魚介のスープでは五反田にあるTシェフのスープが白眉である。簡単な手法なのに旨味が詰まっている。ここのものはその半分程度の凝縮さだ。

とまあ最初は否定していたが、よくよく考えてみると組織やお店が大きくなると人によってその見方が変わっていしまう。例えば十二単衣を着ていた女性そのものを見るのではなく、上衣の色を見るもの、その刺繍を見るもの、足袋を見るもの、顔を見るもの一人一人一様である。来ている人の本質(中身)を全員が見ているものではないのだ。

そういえばとある飲食プロデュースクループに入った恵比寿の中華もそうだった。

組織や店が大きくなると色々な解釈をする人が増えるのだ。数十年前私は上場を目指したらどうだと証券会社の人に言われた。その時に「私の会社は大きな商店でいいんです」と苦笑いしながら答えたことは今考えると満更間違っていたわけではなかったようだ。

※写真は本文とは関係ありません。