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2013年7月8日月曜日

地吹雪と坦々麺

地吹雪と坦々麺

一番好きなスキー場は何処かと尋ねられれば、迷わず志賀高原と答えるであろう。それくらいこのスキー場が好きだった。好きな理由はとにかく飽きないからである。コブの斜面を滑りたければ丸池のAバーンやジャイアント(近年はこのコブはなくなった)、新雪のパウダースノーを楽しみたければ寺子屋山や渋峠、ナイターなら一の瀬やダイヤモンド、そしてネイチャーウォッチをするなら奥志賀ととにかく様々なゲレンデでスキーの醍醐味を味わえる。当時、西武が焼額山を開発し始めた。まだ、完成はしていなかった。この広大な上信越高原国立公園の中には西武系のホテルがひとつも無かったからだ。苗場、万座、妙高、安比高原、東日本の至る所の一番良い場所にこの系列のホテルは立っていた。
志賀高原では私は一の瀬に逗留することが多かった。理由は安いからである。どこに出掛けるのも便利であるし、ナイターもできるからだ。しかしながら、この宿の朝食、夕食は酷かった。団体客ばかりなので、用意される料理はどれも冷めてしまっているばかりか、味付けは病院食の方がましな位無味である。
そんなときお昼が唯一の楽しみだった。当時、長野電鉄系列の丸池観光ホテルに四川料理のレストランが入っていた。店の名前は「志賀飯店」と言った。
今食べたら本当に美味しいのかどうか分からないが、冷えた体に暖かい坦々麺は美味しかった。問題なのはこの坦々麺一つで満腹にならない事だ。坦々麺とチャーハンをオーダーすると一日の予算が底をつく。そうなると夜は部屋で缶ビール1本のみで過ごさなければならない。それでも良いと意を決して坦々麺とチャーハンを頼んだ。
美味しいものを食べると心が豊かになる。あの時そう感じた。西館山からブナ平、高天原を通って一の瀬に戻る間中、満たされた気持ちで一杯だった。
丸池観光ホテルも、志賀飯店ももう無い。あのときの満たされた気持ちを求めて、食いしん坊の私は今日も都会のゲレンデを彷徨うのである。

出店 志賀高原「志賀飯店」