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2019年9月12日木曜日

20世紀はエンジンの時代 村上春樹

 艾年を過ぎた世の男性の多くは、子供頃、車に興味を持っていたと思う。勿論、その願望や好き嫌いの指向性の強弱は異なれど少なからずはである。それが大人になるにつれ自分の生活や家族のことを優先するあまり、願望は霞の中に消えるが、心の奥底には炎は灯っているのである。
 ところが世の最近の若者はそうでもないらしい。炎どころか車は単なる移動手段の一つ、所有することもコスト面から嫌う傾向にあるという。確かに宇沢弘文先生はずっと前に「自動車は不経済である」と断言されていた。若者の言うとおりである。
 私はその艾年まではどうしても乗りたい車を封印してきた。まさに前述の通り社会的にもまた家族のことも考えてのことである。しかし、歳をとるにつれてあと何台車が乗れるのだろうかと考えるようになった。
 私が今まで乗ってきた車の多くは、そのエンジンに惹かれてである。まごう事なく20世紀はエンジンの時代だった。BMWその回転の吹け上がりがあまりにもスムースだったシルキー6と言われた直列6気筒エンジン。ベントレーに搭載された大排気量のロングストロークのOHVエンジン。そして水平対向6気筒ボクサーエンジンの911である。このエンジンの特徴はVエンジンのようにバンク角を持たない。高さも必要ない。ただし、横幅は必要だ。その動きはボクサーと呼ばれるようら水平にピストンを動かすため、振動の制振がすこぶる良い。あの形にしてこのエンジンなのだ。
 9年前に手に入れた型式ABA991M9701のカレラSは6万キロを超えた。もちろん最新式の911ではないが、れっきとしたシュットゥットガルドで作られた車体だ。最新式にも乗ったがお行儀が良すぎて私にはこのくらいTomboykの方が好みだ。
 村上春樹氏の小説にはよく車が出てくる。彼自体は大きい車よりフィアットのような小型のイタリア車が好きなようだが、例えば「ドライビィング・マイ・カー」に登場するのは黄色のサーブ900Cであるし、BMWも登場する(どの小説か忘れたが・・)
 ポルシェ911も確か登場した。自宅とオフィスを通勤に使い、毎日低速で走行するという小説での設定だった。その時は奇異にも感じたが、今ではその行為が決して退屈な行為ではなく、その儀式的とも言える行為そのものに、現在の論理や経済性によってオートノミー化した時代に、パリティを壊せととばかり投げかける彼なりの皮肉なのではないだろうか。最新号のエンジンいう雑誌に新旧のポルシェを乗った春樹氏の対談が掲載されていると聞いた。もちろん、取り寄せたがまだ届いていない。
 話は変わるが、青い大手金融機関からの雑誌に「経営者は感性を磨け、美意識の蓋を開けよ」との話題が取り上げられていた。感性も美意識も経済性や合理性では生まれない。好きか嫌いか、ではなぜ好きなのか。自分の深部に宿るのである。曜変天目を見て、宇宙を感じる心があれば、オートノミーは簡単に壊せるのである。
 今日も246を911のハンドルを握り制限速度で30分かけて事務所までやってきた。ラジオも音楽もかけずに・・ただ、エンジン音を聞きながら・・

2019年9月12日

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