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2012年11月15日木曜日

オムライス 中目黒「キッチンパンチ」 西麻布「麻布食堂」


オムライス 中目黒 キッチンパンチ 麻布食堂

男は卵が好きである。卵が嫌いな男がいたらお目に掛りたいと思う。旦那を黙らせるには卵料理を食べさせておけばよいという格言もあるくらいだから満更でもあるまい。

私の育った家は満州からの引揚者が住めるように市から提供されたものだったが、賃貸ではなく格安で祖母が購入していた。その家は8畳の居間に3畳の部屋と台所、風呂、トイレのついた粗末な小さな家だった(のちに叔父が6畳を増築した)。

左隣の家は夫婦で居酒屋を営んでいたようである(記憶が曖昧なので)居酒屋といっても普通の住宅の玄関(当時の玄関は木製の引き戸)の先に小さなテーブルが置いてある程度の物で大きなおでん用の鍋がひとつ鎮座していた。外から見ると提灯が無ければお店とはわからない代物だった。

右隣の家は店ではなかったが、その家の主人は不定期に出掛けて行く。黒い荷台の付いたガシッとした自転車に段ボールを山積みにして出掛けていた。帰ってくるときにはその段ボールはなくなっていた。市街地の中心部にあった「あたりや」というパチンコ屋に景品を運ぶのがご主人の仕事だったようだ。時折、私は景品のお菓子をもらった。その家には真っ白いスピッツがいた。綺麗な犬だったがよく吠えた。

そのさらに右隣の家が今回のオムライスにまつわる家である。この家はきちんと暖簾を出して商いをしていた。屋号は「ことぶきや」だったと思う。息子は東京の大学に進学し、都内で飲食関係の仕事に従事したあと、故郷に戻ってきていた。洋食、中華といわゆる町の食堂のメニューだったが、どれを食べても美味しかった。私の大好物は紛れもなくそのオムライスだった。チキンライスのそれは残念ながらチキンではなくハムだったがさらっとしていたがケチャップがうまく味を整え、とても薄い卵焼きがその周りを包んでいた。スプーンでこの薄い卵を破りながらチキンライスを口に運ぶ瞬間は子供心に喜びを感じたものだ。

というわけで私のオムライスは断然、この手の物である。もちろんトロトロの卵のオムライスも食べたことはある。こちらが美味しいという人もいると思うし、今はこちらの方が主流なのかもしれないが、私は薄々の卵とチキンライスそしてトマトケチャップのオムライスが私の目するものであると断言しておこう。そしてもうひとつこの頃洋食屋に行くと目の玉の飛び出すような価格を付けている店がある。これはいただけない。オムライスの価格は1000円以下、これがもう一つの私のルールである。

大学生の頃、四谷のしんみち通りにある洋食屋でオムライスを食した事がある。値段はそこそだったが上に掛っているデミグラソースが甘く好みではなかった。店によってはお客の希望によってソースを選ばせる店もあるがこれも何か未練がましくていただけない。私が食べたいのは「これが私の店のオムライスです。このままどうぞ召し上がり下さい」というものなのだ。客に媚びるように客を満足させようとする姿が見え隠れする気がする。

西麻布の住宅街のビルの地下に「麻布食堂」という店がある。昼は945円で食べられるが夜になると1260円と高くなるのが気にかかるが、オムライスはしごく真っ当正統派である。卵はどこまで美しい黄色でなめらかな肌はスプーンを入れるのがもったいない位である。ここのオムライスは貴婦人のようである。ただしこの店もソースが選べるところが私の流儀ではないのと、中のチキンライスがやや高級すぎるが卵のすべすべ感があまりにも麗しく許すことにする(笑)是非、高貴なオムライスを食したいと思うならばこの店をお薦めする。

もうひとつとっておきの店がある。中目黒にある「キッチンパンチ」。前者が貴婦人ならこちらはナポリの下町で、大家族と一緒に暮らす気立てよい生娘のようである。元気が良くてそれでいて底抜けに明るい。やや小ぶりの皿に盛られたオムライスは食べて元気になる。オムライスの話なのに申し訳ない気もするが、この店のカキフライとレバーフライは絶品である。牡蠣の無い時期はレバーフライで牡蠣の時期は牡蠣フライとなるスイッチメニューである。牡蠣は小ぶりの牡蠣2個を一つにしてフライにするので、熱々でそれでいて柔らかく風味も良い。これは本当に絶品である。もうひとつのレバーフライも臭みが全くなく、それでいて柔らかい。暑い夏にキンキンに冷やしたビールと併せれば無敵の組み合わせだ。

話は脱線したが要するに私のオムライスもまた舌の記憶なのである。

 

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