レンはいつものようにハーバーの突端の堤防に寝転びながら午後の穏やかな湘南の海を眺めていた。
何羽ものカモメがレンの頭の上を通り過ぎてすうっと東の方向に舞っていく。
きらきらした波間の遠くに大きなヨットの曳航みられた。
レイという女の子にはじめてあったのは2週間前の今日のような日だった。
レンが海を見ていると、その少女は近づいてきて、レンに向かって「何みてるん?」と明らかに東京の人のそれとは違うアクセントでjまっすぐにこちらを見ながらたずねてきた。
いつもなら無視するレンであったが、微かなその少女のスミレのような香りと、他の若者が持っている暴力的で原色のような荒々しさとはとは違う何か感じた。
そして同時にその雰囲気は真っ白なレースのカーテンのようにふわりとして、軽やかで儚げでもあった。
湘南は温暖な気候のため療養所が多くある。転地療養というやつだ。
一部の病気にはこの海風がよくないこともあるらしいのだが、概ね体には良い様だ。
レンは「海」と答えると少女の顔を覗き込んだ。
少女はレンが今見ていた視点の先を見ていた。
「私、病気を治しにきてるん。でも、また東京の病院に戻るん」と短く笑いながら独り言のように言葉を空気にのせるように話した。
レンは堤防からすたっと降りると、ペタペタとサンダルの音をさせながら小走りにハーバーのところのアイスキャンデー屋に駆け寄った。
アイスキャンデーは昔のようにカチカチのブルーや緑の毒々しい色のものとは異なり、今流行のナチュラルな白いバニラ味のそれだった。
レンはレイにアイスキャンデーを渡すと、「明日も俺ここにいるからよかったら来ないか」とレイに言った。
レイはアイスのお礼をいうでもなく僅かに頷いた。
それから毎日、レイはレンの横に来て海を見ていた。
レイは街場の文房具店のどこでも売っているようなスケッチブックをもってきた。
レイは毎日海を描いていた。レイはこの場でスケッチだけ済ませて、あとは部屋で色を重ねている。あくまでレイの頭の中にある色をつけるのだ。
海というのは季節によって、その日によって、そして時間単位でもその姿を変える。人間の心と似ている。見ているものの心次第で、北風にもなり、マントにもなる。
レンはそんな海が大好きだった。
レイが最後にレンに会ったのは昨日のことだ。レイは書き溜めていたそのスケッチブックをレンに「これアイスキャンデーのオレイ」といって突き出すように渡した。
10枚以上描いたその海の絵はあきらかに変化していた。
レンはレイにもらったそのスケッチブックの紐を結びなおすと、飛び降りるように堤防を抜け自転車を駅に向かってこぎ始めた。
そのスケッチブックには少女の入院する御茶ノ水の大学病院の部屋番号と名前が描かれていた。
カシワギ レイ・・・・・17才・・・
遠くでヒグラシの鳴く、夏の終わりの午後だった・・・
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