NHKで毎週日曜に放送している「開拓者たち」を観ています。
祖母が語っていた引き揚げの労苦とあまりに同じシーンなので涙なくして観られません。
農業に適した黒土が、逃げる時には泥炭となり、ズブズブ嵌ってひどく苦労した様子など話そのものです。
河を渡る時に子供を流した人、自ら流れて行った老人・・・平和の今の日本には考えられないこんなことがつい数十年前に実際に起きていたのです。
国策と言う愚策のため、多くの日本人は一口ではいえない苦労をさせられました。
祖母が言っていたように婦女子は髪を切り、顔に炭泥を塗り、汚い恰好をして逃げたと言っていた通りです。
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閑話休題
大学生のときに教職をとり自分は先生になるものと思っていたある夏。
郷里の学校で某教師が、私に君もこちらに来たら組合に入るように強く勧められました。
教育に高い志しを持っていた若者はそこで挫折します。自分たちのことばかり考えているそんな教師に怒りを覚えたものです。それ以来あの組合は大嫌いです。
祖母たちは自分に与えられた運命をただ黙って受け入れたのです。それなのにこの人たちは・・・・
平和ボケという言葉があります。違います。その人達は余裕があるのです。そんな詭弁は切羽詰まった状況ではまかり通りません。生きることが最優先だからです。
祖父はシベリアの抑留生活の末、病死しました。五万人の死者の一人です。
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