Ⅳ
麗子はここから歩いて5分程の別荘に母と一緒に来ていた。麗子は夏の混雑する時期より今の様な初冬の軽井沢が好きで毎年この季節に暫く逗留していた。
麗子の別荘は祖父が建てたもので、建物は木立に囲まれるように道路からは離れて配置され、隣の雲場池を見渡すことが出来た。麗子の祖父は和歌山出身の人で、材木業で一財をなし、晩年には国会議員も務めた地元では知らない人のいない有名な実業家だった。
洋一と麗子はしゃがみこんで一緒に落としたコンタクトレンズを探していた。麗子が立ち上がろうとしたとき、後ろにいた洋一を押してしまい、そのはずみで洋一は床につんのめる形で四つん這いになってしまった。それを見た麗子はケラケラ笑いだした。洋一は最初ムッときたが、あまりに屈託なく、大笑いする麗子を見て可笑しくなって自分も笑ってしまった。
結局、コンタクトレンズは米松の床の隙間に見つかったが、レンズは欠けていて使い物にならなかった。麗子は探してくれたお礼を洋一に伝え、片目の状態のまま店主が入れなおしてくれたコーヒーを飲みながら洋一と話をした。
洋一は麗子に仕事で軽井沢に来ていること、壊れそうな古い車で来ていること、明日は休みである事、そんなことを話した。麗子は笑いながら洋一の話を聞いていた。麗子は明日、父に付き合ってゴルフに行くことを洋一に伝えた。
洋一はゴルフをしないが、ゴルフマニアの優子の父より軽井沢にあるゴルフ場が、日本でも有数の名門コースで、首相であっても紳士たるマナーに違反すれば退場させられることや、先先代の理事長が白州次郎であることなどその手の情報を耳にタコが出来るほど聞かされていたので、麗子の行くゴルフ場がどこなのか興味を持った。
案の定、麗子が父と一緒に行くゴルフ場はその「軽井沢ゴルフ倶楽部」だった。行くといっても麗子もゴルフはしない。
今まで気付かなかったのだが、麗子は左脚が悪いようだ。麗子は生まれた時に高熱が出て、脚に麻痺が残ってしまったとあっけらかんとまったく気にする風でなく洋一に説明した。麗子は足が悪い上に今日は片目である。
洋一はもし良かったらと麗子を別荘まで送ることにした。麗子が持っていた木綿のトートバックには2冊の本と色鉛筆そして小さなスケッチブックが入っていた。洋一は麗子のバックを左肩にかけずしりとしたそのバッグの重みを両足で感じていた。カウベルの音とともに戸外に出た二人はゆっくりと初冬の日差しが木立の間から斜めに差し込む小径を歩き始めた。
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