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2013年1月11日金曜日

1981年のゴーストライダー Capter2 Ⅸ


電話の用件は洋一の会社の劇場のチケットを取って欲しいというものだった。
洋一の会社はテナントビルを経営している。全国の中核都市にはその名前を冠する建物がいくつもあった。中でもここ渋谷には数棟あり、そのひとつに劇場を有している。劇場で開催される演目はコンサートから新進気鋭の演出家の作品、海外の話題作と多岐にわたった。
麗子が依頼したチケットは井原西鶴の好色一代男を現代風にアレンジした新劇だった。
麗子は高校生の頃1年間シアトルに留学した経験があった。交換留学である。その時にお世話になったアメリカ人の夫婦が来月日本に来ることになって、是非その劇を見たいと希望したのだ。
ご主人は弁護士をしていた。弁護士と言ってもドラマで法廷闘争するような弁護士ではなく日本でいうところの司法書士や行政書士のような仕事が主だった。彼は大学時代に日本の浄瑠璃に興味を持ち、独学で研究し、日本にも数週間滞在した事がある。
彼らには二人の子供がいる。長男は麗子より5つ年上でニューヨークの証券会社に勤務している。二男は大学生でロサンゼルスにある大学のドミトリーで暮らしていた。彼も法学を専攻していた。今回の来日に同行するのはこの二男と妻の二人だった。
洋一は麗子に先日のお礼を再度言い、おそらく大丈夫だと思うが取れたらまた連絡すると電話をきった。
洋一は劇場を担当している部署に電話をいれ、電話を切ると同時に席を離れその部署のある二つ階下に行き、チケットを購入できるようにお願いをした。部署のチーフはそのデスクの中央にグレーのツイードのジャケットに黒のニットタイをしめて座っていた。彼はローゼンタールの眼鏡越に、その手の劇に全く興味のない洋一の依頼に怪訝な顔をしていたが、洋一から仔細を聞くとそれなら仕方ないといった顔で受話器をあげ直接劇場に電話を入れチケットを確保してくれた。洋一は丁寧にお礼を言い、そのまま直接劇場までチケットを取りに行った。
洋一のデスクのある建物と劇場は直接繋がってはいない。一度、表に出て坂を上りそのテナントビルの従業員用エレベーターを使って上がらなければならなかった。
坂の途中には開店したばかりのバーが右手に見える。看板は小さく「アルコホール」と書かれていた。ガラスの向こうに蒸留所で使う大きなカッパー色のポットスティルと呼ばれる蒸留釜が置かれていた。この店は吉祥寺の人気店が渋谷に初めて出店したものだった。 洋一は学生時代、吉祥寺のその店には何度も訪れていたのでオーナーとも顔なじみだった。洋一はオーナーからこの店の開店レセプションの招待状をもらっていたが残念ながら出席できなかった。
建物に入る右手のスペイン坂から歓声が聞こえた。テレビの撮影スタッフが芸能人と一緒に撮影しながら坂を上ってきた。まわりにはファンと思しき人がトリツイテいる。その姿は人間というより、大きな塊のようで何か不気味な生き物の様な気がした。洋一は足早に建物に入った。




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