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2013年3月15日金曜日

オリーブと南風



なだらかな坂が南に続いている。その坂はずっと向こうで一度底を打ち又そのまま上昇し行き止まりの大通りにぶつかる。
康夫がここに引っ越してきたのは2年前だった。それまで康夫は川崎に妻と二人で暮らしていた。妻とは見合い結婚だった。結婚して今年で5年目になるが子供はいない。康夫は幼い頃母を亡くした。父はその後ずっと一人暮らしをしていたが2年前亡くなった。
康夫はその知らせを出張先の札幌のホテルで受けた。その数日前父と話をしたばかりだったのであまりの急な事で頭の整理が出来なかったが、死因は入浴中の心臓発作と言う事で痛みや苦しみは無かったとのことだった。それを発見したのは作りすぎた料理や土産物をよく持ってきてくれる囲碁仲間だった。その囲碁仲間によるとまだ体は暖かく、とても死人には見えなかったという。
康夫は札幌に一人で行っていたのではない。康夫には10年以上付き合っていた女性がいた。その女性は康夫が結婚する前から付き合っていたので康夫の妻の事も良く知っていた。一方妻はその女性の事を知らないのか、または全く無視していた。
女性は妻とは正反対な短髪でスポーティな女性だった。仕事はフリーのカメラマンであったがこの頃は有名な賞も獲り売れっ子カメラマンの仲間入りを果たしていた。仕事場は東京と札幌にあり、札幌出張の時には康夫のホテルで会っていた。
康夫はベッドから起き上がるとシャワーを素早く済ましホテルのフロントでチェックアウトした。女性は康夫より一足先にロビーをすり抜け、タクシーを呼んでいた。康夫は女性がタクシーに乗り込むのを建物の中から確認し、自分も空港に向かった。
葬儀はひっそりとしたものだった。父は上場企業の役員をしていたが退職してからは以前の同僚や後輩との付き合いも無く、せいぜいごく限られた地域の囲碁仲間と交流する程度だった。通夜の日に集まった来客も帰り、居間に設置された棺に入る父をみて、体が一回り小さくなっていることに気付いた。その時妻が横で「ここに住もうか」と言いだした。
あまりの突然な事だったので康夫は事の成り行きが理解できずにいたが、どうやら本気のようだった。
康夫には兄弟はいない。ただ、今までは妻は子供が出来るまではどうしても同居したくないと言い父の所からもさほど遠くないこの沿線に暮らしていた。
妻は福島の浜通りの出身だった。大学は東京の短大で英文学を学び医療機器メーカーに就職した。そのメーカーは康夫の取引先だったので、上司から見合いの話が出た後は、とんとん拍子に結婚まで運んだ。結婚式は都内の中規模な宴会場で行われた。いまどきの豪華な式ではなかったが出席者は親族と双方の会社の人が中心だった。康夫は結婚式の当日になってもその女性が自分の妻となることが不思議だった。
父の住むこの家は環状七号線の外側の住宅だ。以前は大きな邸宅が立ち並んでいた高級住宅街であったが、多くの家が相続で切り売りされ、新しく出来あがる家はどれも小さくなっていた。父は取り立てて植物に興味があった訳ではないが、南側に面した猫の額ほどの庭にオリーブを植えていた。苗木から育てたその木はどんどん大きくなり人の背丈をゆうに超えていたが、何年経っても実を付けなかった。実を付けないことに父はどうしてだろうと口癖のように呟いてはいたが、敢えて深く調べようとはしなかった。
父はわずかであったが少しばかりのお金を残していた。康夫はそのお金を使って細切れだった4LDKの間取りを3LDKに変更した。浴室もキッチンも全て新しくした。
ただ手を入れなかったのは庭だった。
妻が二階から白で濃いブルーに縁どられたダンスクのマグカップ2つ持って降りてきた。脇には何かのパンフレットを挟んでいた。康夫は陽のあたる縁側で妻からマグカップを受取り、横に置いたパンフレットに視線を移した。パンフレットは近くのレディースクリニックのものだった。
庭のオリーブに目をやると、白い葉裏が西日に照らされて輝いていた。その逆光の中に目を細めてみると小さな黒いものがある。
南風が強くオリーブを揺らした。黒いものがオリーブの実である事が二人にははっきり分かった。妻が康夫に今年は白い花が咲いていたと言った。康夫は知らなかった。




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