渋谷のワイルドターキー
渋谷にいた頃、先輩に色々な店に連れて行ってもらった。どの店も共通するのは音楽を楽しめる空間だった事だ。
ヤクザな社員だった私達はお昼を早々に済ませて、レコード屋をぶらつくのが日課だった。東急ハンズの道を渡った裏路地にはいくつかのレコード店があった。タワーレコードも近くにあった。そんな宝物のある店を巡るのだから時間が足りない。定刻までに戻らない常習犯は、その課のお局様(失礼)と思しき年上の女性に小言をいわれた。それも今では懐かしい思い出。
数年前、その先輩の一人が他界した。闘病中より相談を受けていたが結局手遅れだった。
この先輩とは長い付き合いだった。私か会社を辞めても渋谷近くのどこかで会う機会を定期的に作ってくれた。皆、歳をとったけれどあの頃と変わらない。先輩の墓が私の家と同じ多磨霊園なのも不思議な縁だ。
渋谷の東急プラザの裏手にインクスポットはあった。ベージュ色の麻のスーツにジェフリービーンのネクタイを締めた先輩は飄々としてその店に向かう。私ともう一人の先輩も一緒に。店内は薄暗い。いや黒が基調な店の上にスポットでしか一部しか照らしていないから。
大きなターンテーブルが見える。壁には今かけているレコードのジャケットが飾られている。スタンバーバレーのブルーだった。
私はこの店でバーボンの味を覚えた。ワイルドターキーのアルコール度は高く、つんと鼻につく樽の匂いが際立つ。それをロックで飲んだ。先輩がいなかったら一人では入る事は出来なかったろう。もう一人の先輩の弟はミュージシャンで、そのせいか音楽にとても詳しかった。今でも本当に詳しい。
その店のオーナーが同じく岐阜で世話になった先輩の奥様(元)の親戚だと知ったのはずっと後になってからだった。確かに名字が同じだった。
現在、このマスターが経営している店が都内に四店舗もあるという。灯台元暗し、恵比寿にもある。店名は「BAR MARTHA」「BAR TRACK」というらしい。
七月は命日月である。フランスから帰ったら先輩を偲んであの頃と同じワイルドターキーのバーボンを飲むのも良いだろう。
出店 渋谷「インクスポット 閉店」、恵比寿「BAR MARTHA」「BAR TRACKS」
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