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2011年9月30日金曜日

カパルアウェストマウイ空港 JHM

成田ならNRT、ホノルルならHNL大抵の空港コードはその略字です。

しかし、カパルアウェストマウイ空港のJHMはどう考えてもぴたっときません。

調べてみたら、この空港が出来たときのハワイアン航空の社長がJhon Henrry Morganだったそうで、その名前を付けたらしいのです。

これは世界的に見ても珍しいと思います。ジョン・ヘンリー・モーガン空港なら分かりますが、カパルアウェストマウイでは想像することは困難です(笑)

でも一つ勉強になりました。今度、UAのカウンターで聞いてみます(笑)航空会社の職員なら知っていますよね(笑)

段々 ジャーマンシェパード

Sパパに頼まれていたオペラの代表的なものを息子がやっとCDよりipodに移してくれたので、コンビニに持ち込みました。

その後久々に段々です。

レオンが先に来ていて、しばしさくらとレオンを交互にボールで遊びます。

夕闇せまる頃、みんなも集まって来てくれました。

訓練中のお利口なシェパード2匹も入って来てくれました。ロイとさくらはシェパードが気になるらしく遠巻きにワンと吠えますが、すぐ隠れます。可笑しくて笑える二人です。

そんなお利口なシェパードでも長い待てをしていると飼い主のところに匍匐前進してくるのがほほえましいです。

みんな可愛いです・・・・・どの子も本当に可愛いです!!


HOLLY SMOKE




英語でホーリースモークといったらアレですよね、でもお店は70年代のサーフカルチャーを中心に品ぞろえされた真面目なお店です。

このお店が港北ニュータウンにあったころ、CPOジャケット(これ分かる人アメカジにハマった事のある人です)を買いました。

思えば人生初めてのCPOジャケットは高校2年生の頃、上野の中田商店で購入したものです。

確かアメリカの陸軍の制服と一緒に購入しました。中村正竣に憧れていましたから(笑)

そうそう、このお店は青葉台に移転し、さらにここ荏田に移ってきたとのことでした。

店内には70年代のアメカジやビンテージのボードが並んでいます。ウエットもクラシックスタイルで少し長めのタッパーが良い感じです。2ミリも着やすくて好みです。

先般、MB横浜のT氏とも話したのですが、カーボンボードは軽過ぎて小さな波でトリムしずらいというのです。確かに私の持っていたサーフボードハワイの9.1や、今気に行っているジョエルチューダーの9.4、ボブオルソンの10の中で、ボブオルソンはあの大きさでボランクロスをしっかり巻いているので重すぎます(笑)が、ジョエルチューダーもしっかりした重量があります。

ある程度の重さと適度な厚さが好みのようです。

このお店にあるレアなボードも魅力的ですが、やや薄く少し好みとは離れます。また覗いて見ることにします。

ただしこのお店に来るとき、スポーツカーはまずいです。店の前の段差で擦りそうになります。

今度はゲレンデで来ることにします。


秋用のワックス2点お買い上げ、しめて540円也!!





元競馬 宮川

豚ちゃん貯金でのランチはスタッフの要望で、元競馬の宮川に決定です。

スタッフのA女史に弊社の管理案件を見てもらうことも出来一石二鳥です。

なのに今日に限って911で来てしまいました。やっぱ、911に3人はおかしな感じです。

うな重はどれも同じ鰻で大きさのみの違いのようです。

一番大きい3100円を頼みました。予約を入れてなかったらあぶなかったです。店内は地元の人と思しき方々で一杯です。

胆焼きは2本のみあったのでこれもオーダーしました。


胆焼きは硬すぎず美味しい!! 胆汁も生臭くなく美味しい!!

タレも江戸前の辛たれで美味しい!!

残念ながらかんじんの鰻がふっくらしていません。残念!!

帰りに芸能人G氏の真っ黒な家とてっきりテレビから姿を消してしまったHさん(奥さんはMIさん)の家をチラリと見ながら帰ってきました。

2011年9月29日木曜日

祝退院 冠動脈塞栓術

肝機能の問題で外科的切除術を選択できず、冠動脈塞栓術にて入院していたお客様が無事退院されました。門脈近くの癌に手古摺ったということなので心配していましたが、1週間後のCTで2個の腫瘍は確認されず、無事に退院の運びとなりました。

肝臓癌はまだよくその基序が分かっていない癌の中でも比較的はっきりしているもののようです。さらにいくつかの治療法も確立され、患者のQOLを考えながら選べ、日本は世界でもトップクラスの成績を修めているようですのでこの国に生まれた事に感謝しなければいけないかもしれません。

抗癌剤の副作用も、開腹によるリハビリも必要なく、翌日から起きあがって好きなものが食べられるのもこの術法のメリットです。

冨士山のミネラルウォーターで5人で乾杯です!!

EGG BENEDICT ニューヨーク

747は高度を徐々に下げながらシラキュースの上空を通過していた。

このあたりはニューヨークにとっての分水嶺にあたる地域だとラジオで聞いたことがあった。

英語で分水嶺はwatershedという。山に落ちた雨水が峯のこちら側と反対側とでは別の場所に流れ込む。

ヨシヒコは北関東の地方都市で育った。ここでは川の水はすべて南へ流れて行く。

隣の信州に行った時に川の水が北へ向かって流れて行くのを見て、不思議な感覚を覚えた。不思議な感覚と言うより、ヨシヒコにとっての意心地の悪さだった。

ニューヨークには空港が3つある。ラガーディア、ニューアーク、そして今回ヨシヒコが降り立つジョン・F・ケネディ空港だ。

この空港は出来てから大分時間が立っている。荷物を吐き出すターンテーブルもどことなくぎこちなく古びた音を出していた。

ヨシヒコは機内に持ち込んだディパックを左肩に掛け直し、紺色のスーツケースをターンテーブルからもぎ取るようにして運び出した。

外は小雨が降っていた。

ヨシヒコは自らトランクにスーツケースを押しこみ、映画やドラマに出てくるイエローキャブに乗り込んだ。

その車はリンカーンの古いモデルだった。運転手はインド人だった。車内にはわずかに香辛料の匂いが漂っていた。

車は途中、渋滞に巻き込まれながらも順調にブルックリンブリッジを通過していった。

橋の袂には外見は古びているけれどもよくみるととても豪華な建物が建っていた。上階のペントハウスは開け放たれ、庭のオリーブとウイキョウが秋の日差しを受けながらそよいでいる。

車は南に進み、ヨシヒコが予約してあるホテルに止まった。

ホテルはニューヨークではとても有名なホテルで、ヨシヒコが航空券を予約する時に旅行会社に薦められたホテルだった。

ヨシヒコはタクシー代を払い、チップの額に不服そうな運転手を無視してロビーに進んでいった。

ホテルのロビーは緑色の大理石を壁や床に配した室礼で、人を圧倒するようだった。ヨシヒコはこういった様式をネオゴシック様式と言うのだと何かの本で読んだことを思い出した。

ロービーに予約の名前を告げると、背の高い男性が別の場所でチェックインするように指示された。

その場所はロビーの反対側にあり、バスや団体専用のチェックインカウンターだった。ヨシヒコはついた早々体よく、人種差別を受けたのだ。

しかし、ヨシヒコは英語で反駁する体力はなかった。長旅の疲れで、一刻も早く熱いシャワーを浴びてベッドにもぐりこみたい衝動にかられていたからだ。

部屋はタワーの上階に位置して、窓から建物の間にセントラルパークの緑がかろうじて見られる部屋だった。

ヨシヒコはこの部屋で350ドルは高いと思ったが、もともと今回の飛行機代も宿泊費も自分が出した訳ではなかったので、そのまま胸にしまいこんでしまった。

翌日、目が覚めるとヨシヒコは空腹に苛まれた。ヨシヒコは身繕いを早々に済ませサキソニーの紺色のジャケットを羽織り、ダイニングに降りて行った。

ホテルのダイニングは多くのビジネスマンと思しき人達が朝食を取っていた。

友人とわいわい話しながら賑やかに朝食を取る人達、一人静かに新聞を片手にコーヒーカップを口に運ぶ人たち・・・・・・・様々な人達で溢れかえっていた。

ヨシヒコは入口から一番離れた席に座り、メニューを見回した。

ヨシヒコは汐留のホテルで叔父に一度、エッグベネディクトなるものをご馳走になったことがあった。ヨシヒコ一人ではとても入れない高級ホテルだった。

そのときにエッグベネディクトはヨシヒコが今泊っているニューヨークのホテルが発祥地で、常連客で食欲のない人に供したのが始まりだと聞いたことがあった。

ヨシヒコはその料理とコーヒーを注文した。ヨシヒコは注文してから、食欲が無いわけでもなく、足らなかったらどうしようとふいに考えたが、ホテルの斜め前にあったコーシャフードの屋台の事が頭によぎり、注文はそのままにした。

2杯目のコーヒーを飲み始める頃に、その料理は運ばれてきた。

東京で食べたそれより2倍以上大きいそれは存在感を放っていた。

卵は半熟で、ソースの酸味が感じられる。何分、パンの大きさが違うのだ。

付け合わせのポテトの量も多く、ヨシヒコはそのひと皿で満腹になった。

はっきりいって味は東京で食べたそれの方が美味しかった。ヨシヒコは世界で一番美味しいものを食べたいなら、東京からでないことだと言っていた事を思い出して、一人で可笑しくなった。

ヨシヒコは3杯目のコーヒーを半分残し、席を立ち、脇に新聞を挟み日差しの長くなった秋のニューヨークを歩きだしていった。









LITTLE BROTHER

知り合いの大家さんがいます。とても人のよい方なのですが、見栄っ張りがいけません。

結構お年寄りで自分をインテリと思っている人にこの手の人を多く見かけます。

自社ビルの一番良いフロアーを30年近く自分の会社で使っています。社員の人数や仕事の中身からすればそんな広い事務所は全く必要ありません。もしずっと前にそのことに気づいていたら、お金に窮することもなく、億単位の差になっていたことは今ではとても申し上げられません。

今回、やっとそのことに気づいたのかなと少しほっとしましたが、やはり見栄と自己への甘さで元の木阿弥ということになりそうです。

こういった人達にはリトルブラザーが住んでいるのです。そうです。村上春樹氏が1Q84で描いたあれです。今回もこのリトルブラザーがお出ましになったようです。

3年間固定式の駐車場でなく、時間駐車場を利用し、その結果ではありますが、車にいたずらされたり、ぶつけられたりしたのか、何故敢えてその方法を私が取ったのかこの人たちには決して理解していただけないでしょう。

物事には出来てもやらない事が必要なのです・・・・

立って半畳、寝て一畳、断捨離の精神で、50歳を過ぎたら物に拘らず、リリースすることを心掛ける・・・・美味しいものはみんなで別けて食べる・・・・・そうすると楽なんだけどな・・・・・・リトルブラザーもすぐ退散するのに・・・・こんな簡単なことが・・・・残念ですが仕方ありません・・・・・

おそらく一生理解されることはないのでしょう・・・・・・・



牡蠣がない

10月に入ろうとしているのにスーパーで牡蠣が買えません。

私の家の近くの東急ストア、食品館あおば、成城石井にも牡蠣がありません。

私のところだけ????

どうしても美味しい牡蠣フライが食べたいーーーーのです!!

私の牡蠣フライの作り方をご披露します。

用意するもの
☆加熱用の大ぶりの牡蠣
☆きゃべつ
☆茹で卵2個
☆塩胡椒、(胡椒はホワイトペッパー)
☆玉子、小麦粉
☆ピクルス
☆レモン
☆牛乳
☆パン粉 出来れば買い置きしてあったバケットで作るとなおよい

①牡蠣をさっと水洗いして、牛乳に1時間程度付けておきます
②きゃべつの千切りを作り水に放しさらに水を切ります(トントントンと包丁で切って下さいね)
③フランスパンをブラインダーで細かくパン粉にします(大きさはお好みで)
④ピクルス、茹で卵をみじん切りにしてマヨネーズと和え、塩胡椒します。
⑤玉子と小麦粉を混ぜた液体にさっと牡蠣をくぐらせ、パン粉を付けます
⑥あとは180度で牡蠣を揚げて、お皿にキャベツ、レモンと一緒に添えて盛りつけます
⑦タルタルソースは別の器に入れてお好みで出します

※とにかく揚げたてをフウフウ言って食べることが一番肝要なのはいうまでもありません!!

2011年9月28日水曜日

イノベーション 経済原理



みすず書房より送られてくる定期刊行物の案内で目にとまったので購入した一冊です。

イノベーションは自ら全崩壊するような突然変異とする仮説の一方で、この本の作者のようにテクノロジーと経済の円環的連続性と捉える考え方もあるのだなと考えることも出来ます。

ドメイン、構造の深化、機会のニッチ、生成経済・・・頭を刺激する言葉の洪水です。

結局、イノベーションなくしこれからの経済は進化しないことを痛感します。今までのような経済原理だけでは発展はありえない、つまりパラダイムの変換が必要となり、全てのテクノロジーの生成要素を一度、分解して再構築する=つまりは経済の解体作業こそこれからの脱工業化社会に求められるのではないか・・・・

秋の夜長に最適の一冊でした。

キャベツの千切り

ヨシコは百貨店の4階にある家庭雑貨売り場のショーケースの中の包丁をまじまじと眺めていた。

傍から見ると、何か間違いでも起こす危ない女に視られているかもしれない、そんな真剣な眼差しだった。

ヨシコは昨晩、会社からの帰り道を最寄りの駅に着いてからいつもと違うルートで帰宅した。

駅前の小道を真っすぐに歩けば7.8分で着くのだが、その日は家から外れた商店街を歩いてみたかったのだ。

ヨシコは外食は滅多にしない、ご飯はまとめて炊いて、小さな容器に小分けにして冷凍しておく。

これなら、いつでも3.4分電子レンジで温めれば、あつあつのご飯が食べられる。

以前はテレビで宣伝しているサ**のご飯を時々買っていたが、値段も高いがそれ以上に出来あがったときのあの一瞬鼻をつく匂いを感じてからは食べられなくなっていた。

ヨシコは料理をすることが嫌いではなかった。いつもは時間が無いので手の込んだ料理は作らないが、味噌汁は煮干しで出汁をとり、味噌は沸騰させないよう、野菜は煮込み過ぎないというおばあちゃんの教えを守っていた。

ヨシコはその晩、珍しく外食をした。

ヨシコが外食をしないのは、巷で言われている「おひとりさま」という言葉に抵抗を感じているからでもなかったが、折角入った店がヨシコの心を満たしてくれることが少なかったからかもしれない。

その晩はヨシコの家の西にある商店街の外れの定食屋に入った。

店の前にはショーケースが置かれていた。ショーケースの中身はいくぶん黄ばんだ料理の見本があった。フォークが空中でナポリタンの麺を掬っている形がシュールだった。

店はこじんまりしていて、10人も入れば満席だった。

カウンターの上には小さな黒板があり、今日のおすすめのメニューが何回か消されまた書かれていた。

ヨシコはミックスフライ定食を注文した。メニューにはチキン、ハムカツ、白身魚とあった。

サーモンのフライが入っている店が多いのに、黒板の白身魚に興味を持った。

店の奥では店主と思しき初老の男性がコックコートを着て下準備をしている。

ホールではふっくらした背の低い女性がお客が席に着くたびに、コップに注がれた水と紙ナプキンに包まれたフォークとナイフをテーブルにセットしていた。

程なくするとスープが運ばれてきた。真ん中にパセリがとんと飾ってあるシンプルなコンソメスープだ。脂はほとんど浮いておらずマグカップの底の文字が見えるほど澄み切っている。スープはこうじゃなきればいけないと思う。

スープはあくまで脇役だ。主役の邪魔をしてはいけない。

フライヤーの中で白い煙とともにじゅーっっと香ばしい音が聞こえてくる。同時にトントン、トントントンというキャベツを切る軽快な音が聞こえてきた。

洋食の専門店でも面倒なキャベツはまとめて切っておくことが多いのに、この店はお客の顔を見てから切り始めたのだ。

それと同時にヨシコはそのキャベツを切る音が懐かしく、自分のそれとは異なっていることに気づいた。

ヨシコは錆びないからといってステンレスの包丁に、プラスチックのまな板を使っていた。

プラスチックのまな板は包丁がその面に届くと、甲高い声を上げる。

今聞いている音とはあきらかに違う。

店主は大きな木のまな板の上でキャベツを切っていた。包丁は鉄の包丁で洋包丁とは違う四角い包丁を使っていた。

運ばれてきた皿には熱々のフライが大盛りのキャベツに乗せられている。

キャベツの切り口はみずみずしく、フライと交互に口に入れるとフライの脂っぽさを旨く中和してなんとも言えない味わいだった。

白身魚はオヒョウだった。英語ではハリバットという。ヨシコは昔彼と観た映画のワンシーンを思いだした。その場面は禁漁の場所で小さな魚を釣りあげた老人がこれはオヒョウだと髭面の男に言うと、その男が魚のサイズを馬鹿にしてこれがオヒョウかと嘲笑する場面だった。

ヨシコは最後に残ったキャベツにウスターソースをほんの少しかけてまた口に運んだ。

ヨシコは満足だった。私のためにキャベツを切ってくれているという行為が嬉しかった。何か大切にされたような気がした。

店を出てもヨシコの頭はあのキャベツを切る音で一杯だった。

ヨシコが幼い頃、ヨシコの母は働いていた。だから、夕食はおばあちゃんが作った。

ヨシコが炬燵に入って宿題をしていると、背の低い猫背のおばあちゃんは後ろ向きで料理を作っていた。

そのとき包丁とまな板はトントントン、トントントンとあの食堂と同じ音がしていた。

おばあちゃんが使っていたのは、刃先の丸くなった鉄の包丁だった。そしてまな板は銀杏の木だった。銀杏の木は抗菌効果もあり、まな板に最適なんだとおばあちゃんは教えてくれた。

ヨシコの頭の中には、おばあちゃんと同じように鉄の包丁でトントントン、トントントントンと軽快な音を鳴らしながら料理をしている自分の姿がはっきり映っていた。





ポルシェのブレーキ

よくポルシェのブレーキは宇宙一なんてフレーズが言われますが、何故だか分かりますか?

制動力だけならばフェラーリと同じプレンボのブレーキに変えたアウディS6改に乗っていたのでこれと比較すると分かりやすいのでこの車を例にします。

このアウディは改造に200万円以上費やし、ショックもタイヤもロムも大幅に変更しました。もちろんリアが太く、30の超扁平高速タイヤです。

しかし、これが思った通りに制動力を発揮できません。特に慣性が働けば働くほど効きません。

理由はアウディはフロントエンジンのためプレキーングのGがより前方に移動し、後輪が浮いた状態になっしまうためです。つまりはエンジンレイアウトということです。

これこそがレーシングカーがRR方式を採用する理由の一つなのです。

乗りこまないとポルシェのブレーキは分かりません。BMWやメルセデスのように女性や非力な人でも同じようにブレーキが掛るようには作っていないからです。踏んだ分だけ止まるという考え方です。

パッドは硬いです。ですからBMWやメルセデスのようにホイールは汚れません。ただ放熱が良いのですぐ冷えます。また、洗車後はさらにブレーキが効かなくなります。もっとも4.5百メートル走れば元に戻りますが、これはローターの表面に酸化塗膜が出来るためです。

少しずつ、ポルシェの事が分かってきます。中々、奥の深いものです。




喜寿 三和楼 上海蟹

9月27日に母が77歳になりました。長生きの秘訣はずばり好きなことをする事でしょう。

人工股関節を入れてからは歩くことも容易になり、至って元気です。




中秋の名月を過ぎれば上海蟹も食べられます。ということで横浜中華街の三和楼です。

忘年会でスタッフを連れてきてから、A女史など単独で数回、排骨麺を食しに行ったそうです。

コースはいつもの揚子江の恵みです。一人前2940円と嬉しい価格。

料理はまずは前菜でチャシューとくらげです。チャーシューはわずかに大蒜が効いている程度でさっぱりしています。クラゲも薄味で塩辛くありません。

スープもこれまた絶品で、よくとった中華スープ(頂湯)が基本であると理解できます。

海老の龍井茶炒めは、杭州で食べたものより海老も大ぶりで、お茶もしっかり入っています。

ここの方が上ですね!!

烏賊のカシューナッツ炒めも、鶏肉のトウチ炒めも、火入れが絶妙で硬くありません。葱の香りが素晴らしい!!

そして名物の排骨は五香粉の塩梅がちょうど良く、揚げたてのそれは十分肉の旨みを閉じ込めていました。

そしていよいよ、上海蟹です。今年の初物です。笑って食べましょうとはいうものの、蟹の前では皆無口になります。

海産の蟹は身が美味しいのですが、この上海蟹はみそが旨いのです。

オスとメスのペアを二人でシェアします。私も妻もオスが好みです。

今年の蟹は昨年のより濃厚で旨みが多い気がします。旨い!!

蟹を食べ終わったら、しょうが湯で口直しです。

最後にチャーハンと排骨麺です。チャーハンもとてもあっさりしています。ご飯はパラパラです。

そして排骨麺は・・・旨すぎます!!これで840円は安い!!すぐ前のお店は940円でした!!

スープの最後まで飲みほしました。今のところここより美味しい排骨麺は食べた事がありません。

今度、山本一力氏が推薦している新橋のお店もチャレンジしてみますが、ここがアベレージなので中々難しいかもしれません。

排骨麺のあまりの旨さに写真を忘れました。ショーウィンドの写真です(笑)

4人足して250歳を超える高齢者です。無理はしません。残り物は全て持ってきたジプロックのプラスチックの箱に詰めて、まだ帰宅していない息子たちへのお土産です。

息子の喜ぶ顔が目に浮かびます。












2011年9月27日火曜日

KAPALUA WEST MAUI AIRPORT

今年の夏は大規模停電の可能性もあり、マウイの予定を急遽キャンセルし、11月に変更しました。

突然の変更だったのでHRのサウスは一杯でノースのロックオフしか取れませんでした。

今回は友人のO氏の家族4人と行きます。

朝一でそんな打ち合わせを済ませ、空港はカパルア・ウエスト・マウイと確認しました。

何故JHMなのかは不明ですが、スーツケースにこのタグが付けられないとその荷物はカフルイに運ばれてしまうのです。また、荷物の積み残しはしょっちゅうで、この対策として水着や着替えを手荷物に入れておくことも伝えておきましょう。




2011年9月26日月曜日

豚ちゃん貯金箱 開封!!

オアフ島のオールドネイビーで購入した豚ちゃん貯金箱が一杯になりました。

繰越金2000円を併せて、19,093円になりました。

次回繰越金は前回の1.5倍にするので、前回と併せて計5,000円です。

これはマルサの女で山崎努さんが残した名言の実行です(笑)

前回は近くのフレンチで4人でランチしました。今回は若手がうなぎを御所望のようです。

14,093円のうち、10,000円はスタッフと美味しいランチに使います。幸せはみんなで山分けが私のモットーですから(笑)

そして4,000円はとある団体に寄付します。寄付は偽善たらしくないところにします。

お守りに入っていた幸せを呼ぶ刀剣と5セント硬貨はこのまま貯金箱に戻します。

こうして使うと小銭も喜びます。ということは無駄にお金を使わなくなるのです。

みなさんお試しあれ!!!






クオーク(QUARK) 文学的抒情

科学者というのはとても文学的であると思うのです。

以前も分子生物学の遺伝子の正しい折りたたみの手助けをするタンパク質の総称を分子シャペロン(Moleclar Chaperone)と名付けたと申し上げました。そしてこのシャペロンは若い女性が社交界にデビューするときに付き添う年上の女性のシャペロンから引用したとも言いました。

実は物理学の世界でも、そうした夢のある名前の付け方があるのです。

クオーク(QUARK)とはレプトンとともに物質の基本構成をなすものの名称ですが、この言葉はモデル提唱者のマレー・ゲルマンにより名付けられました。

この名称はジェームズ・ジョイスの最後の作品「フェネガンズ・ウェイク」に登場する鳥の鳴き声なのです。



何故、マレーはこの素粒子をクオークと命名したか?それは鳥が3回鳴いたからです・・・もうおわかりですね

それにしてもこのフェネガンズ・ウェイクの最良の読者とは「不眠症で最後まで読み届き、最初に戻ってもう一度読み返す者だと言っていますが、少し前の私にぴったりです。今は不眠など考えられません。10分で夢見心地です。

円環的小説と言えばマルセル・プルーストの「失われた時を求めて」、アラン・ロブ・グリエの「去年マリエンバートで」(これは映画にもなった)に代表されますが、ジョイス同様多くの作家に影響を与えています。




恩田陸さんもアランの小説をヒントに確か作品を作っていたことを思いだしました。

タイムマシーン 相対性理論

偶然、ブライアン・グリーンの「エレガントな宇宙」を再読していたら、ニュースで光よりも早い素粒子ニュートリノがCERONで観測されたというではないですか。

マスコミは漫画家などを引っ張り出してタイムマシーンも夢では無くなったとまで言わしめていました。

そもそもCERONの発表を見ると観測ではデータ上そのような結果(光より6秒/1億速い)となったが、理論的な説明がつくものではなく、この実験について検証して欲しいと言っているのです。

カミオカンデで発見された時もはるかかなたから光と素粒子は同時に観測されています。今回はたかだか700キロ前後の距離で観測計器とくにGPS誤差や分布計測器の問題もあるようです。

まだ検証を待つ必要がありそうです。妻は何のことか全く理解していませんが、文系でも相対性理論は知っておくべきでしょう。

妻にスタートレックを観るように促します。この番組にはニュートンやステープホーキンスも出演しているのを皆さん知っていましたか?結構、この番組宇宙物理の基礎が学べます・・・

新しいワンコ ゴールデンドゥードル




K西家の新しいワンコ、ゴールデンドゥードルのマルモ君です。

7月生まれの2カ月の男の子です。

妻が間違ってマモル君と言っていました。マモル君だと高校の時の友達になってしまいます(笑)

K西家もやんちゃ娘のメイちゃんが亡くなって、この子が2代目です。

所ジョージさんが良い事を言っていました。

「ワンコはワンコなんだと、人間の家族とは違う。もちろん死んだら悲しいけど、お前馬鹿だな、何死んでんの、でもお前とはこんな楽しいこともあったな、お前、俺のとこきて良かったなと思う」んだそうです。

私は保健所に犬を引き取りに行ったことがあります。私が大学で上京し、母が病気になりどうしても飼えないと思ったのか、私に無断で保健所に引き渡してしまったのです。私が迎えに行くと、その子はまだ無事でした。悲しそうな目と嬉しさと怖さで尻尾を振りながら、おしっこをしてしまいました。あのときのことが忘れられません。私は職員を頭を下げその犬を抱きながら帰ろうとすると、処分を待つ多くの飼い主から捨てられた犬が悲しい目で訴えていたことを思いだします。

それ以来、どんなことがあっても一度飼った犬は天寿がくるまで一緒に居ようと決めたのです。

そして私が生きている限り出来る限り、多くの犬と暮らしていたいと思ったのです。とはいっても手は2本しかありません。小型犬ならいざ知らず中型犬以上だとひとりで2匹が限界です。

K西家のマルモ君、新しい歴史を作るのですね・・・くるみちゃんはS家がありますから、マルモ君は我が家とF家が担当です(笑)、早いうちからさくらに接して戴くことにしましょう(笑)

マルモ君、結構怖がりです。犬語のオジサンを遠巻きに見ています。






 それにしても追突事故を受けたご主人の後遺症が心配です。何せ3トントラックに追突されたというのですから、それでも後部だけでガラスは割れなかったそうです。さすがBMWです。





美味しい生活 メイプル

私のシュークリーム好きは今に始まったことではありません。

私が育ったK市には「なとり」という唯一の洋菓子店があり、父がたまにお土産に持ちかえるシュークリームのお美味しさに子供心にをいつか食べきれない程一人で食べたいと密かに思っていました。

中学生のある日、お年玉を握りしめてこのシュークリームを20個食べました。

食べた直後、もうシュークリームは要らないと思いましたが、時と共にシュークリーム好きは戻ってきました。

青葉台の「メイプル」そんな私のシュークリーム好きのど真ん中をついてきます。

先日食べた広尾のモンブランも500円以上するのはチョットと思ってしまいます。

そこへいくとここのシュークリームは以前より小さくなったとはいえ、200円台です。

そして昔ながらの味です。会社のスタッフにお土産で買って行きましょう・・・


2011年9月25日日曜日

サーフィン お疲れ アップーガル

帰って自転車のメンテを終え、由比ガ浜でセプとさくらがくるまでサーフィンです。

途中、かっこいいスティングレイがあったのでパチリ・・・・


9月なのにクラゲに刺されません。イスラエルのクラゲ防止クリームのお蔭かも??

越の小さな波ですが、選べばワンアクションです。

遠くからセプとさくらがやってきました。

既に脚と腰がパンパンです。パドルしていて脚がつっています。

二人を洗いあえて、精根尽き果てたとはこのことでしょう。

夕餉を作ることは止め、近くのインド料理「アップーガル」です。

北インドなのでラズィージィに似ています。

タンドリーの盛り合わせ、サモサ、ホウレンソウのカレー、ブラウンマサラです。

サフランライスはボリューム満点、バターの香りも秀逸です。

ナンはラズィージィが一枚上手です。タンドールはスパイシーで美味しいです。

カレーはラズィージィに軍配かな???

でも近くにこんなお店重宝します。




もうクタクタです。脚越パンパンです。

江ノ島 BOOTSLEG号

最高の自転車日和、極楽寺、稲村が崎、七里が浜を経由して江ノ島です。

裏磯に続く綺麗な堤防が整備されていました。



妻のブレーキが緩んで異音がしていたので、アーレンキーで調整です。音はしなくなりました。

昼ごはんにはまだ早いので上に上ります。途中、大きな巨木が折れていました。

台風の影響でしょうか。

入る店は富士見亭です。岩屋の真上のお店です。戸外に席があるのが二重丸です。

ビールと焼きはまで喉を潤おし、帰り道です。




134号線は平らですが、車が渋滞するとバイクまで左側を縫うように走るので危険です。

途中から、鎌倉方面です。



由比ガ浜通りのHANABIです。開店前だというのに既に4人が待っていました。

私は昔ながらのあっさりラーメンに味玉、妻はラーメンに味玉です。私のには魚介のスープは入っていません。鳥の出汁が良い味です。

由比ガ浜のフラフェスティバルではフラガール達が出演していました。


うに焼きにビールまた頼んでしまいました。

もう満腹です。

2011年9月23日金曜日

台風の爪あと

椰子の木は無事でしたが、自身の代替に多くの樹皮を落としました。

庭の片付けを終え、自転車で海岸に向かうと、防波堤が飛んでいました。

ちょうどエキスパンションジョイントとコンクリの弱い部分が綺麗に割れていました。

ずっと前にはプールの護岸も崩れて、もっと大きく防波堤が壊れたことがあります。

プール前のポイントに行くにはこのままのほうがエントリーしやすいのですが、そうもいかないのでしょう。

波の力すごいものです。理知的な蟹のいた消波ブロックも綺麗になくなっていました。






新しい店 IERI

バスで鎌倉駅に向かう途中、大町の交差点を過ぎたあたりに可愛いお店がオープンしていました。

今日のランチもディナーも明日のランチもディナーも一度行きたかった「エス」は満席で取れません。

頭の中には鴨のサルミソースがコダマシテイマス。

そんなときガラスに書かれたつぶ貝のガーリックソテーと鴨のグリエが目に留まりました。

お店の名前は「IERI」です。

グラスでワインを頼み、アルカルトです。厨房を一人で、ホールを一人で全部で8席の可愛いお店です。

料理はまじめに作っています。塩加減も丁度良く、イタリアンとフレンチ両方楽しめます。

ワインがいまいちなのが玉に瑕ですが、及第点です。

ここなら自転車で来られます。

地元の人が入れ替わりやってきます。とても感じのよい接客と料理でした。