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2018年9月11日火曜日

小説神髄

 この夏、先兄に勧められて早瀬 耕という私より一回り若い作家の小説を読んだ。最初に読んだのが「未必のマクベス」という小説だった。プールサイドでゆっくり読むつもりだったが、冒頭のマカオのカジノのシーンからそのまま引き込まれ一気に読んでしまった。小説がデビュー作「グリフォンズガーデン」から20数年ぶりの新作と知ったのは後だった。そして彼のデビュー作、その続編とも言うべき「ブラネタリウムの外側」を続けて読んだ。読後の感想はどれも清々しいものだった。
 彼の小説をSF小説と言う人がいる。何故、人はそう決めつけるのだろう。小説は小説である。読後に清涼感を感じ、また読みたくなる小説は良い小説である。それがSFであろうと、難解で読みづらいものであろうと良い小説とはその一点に尽きる。
 ロパート・A・ハイラインの「夏の扉」も私にとってはそうだった。学生の頃、一気に読み進みその読後の満足感は今でも覚えている。ただ、その当時、アメリカの公文書図書館があった街「カールスバッド」を知ったのは息子の机の上にこの小説があったのを発見した30年も経った時だった。
 村上春樹を好きな人も嫌いな人もいる。それはそれで良い。でも前述の私のように自分の知識や見識が乏しく気づかなかったり、知識や見識を取り入れたくないという怠惰な考えのため拒否しているならば既に読者崩壊である。
 美意識というもの、自らの嫌悪の集積であると伊丹十三はその考えを述べているが、それはあくまで嫌悪できるだけの知識の集積の上に成り立つ。
 早瀬 耕にしても村上春樹にしても読者をその世界に連れて行ってくれる。それは私たちの記憶の断片に語りかけ「ねえ、そうだったでしょう」と甘い言葉で囁きかけてる。
3号線から見える西陽のあたるベランダにゴムの木のあるマンションを探したものは私だけではあるまい。陸羽茶室で広東語と大きな麻雀牌あたる喧騒のなかで、何故かBei XuのTou are so beautifulを聞いたのも私だけではあるまい。




2013年5月20日月曜日

丸谷才一と鮨屋


丸谷才一と鮨屋

25年近く前に雑誌太陽に大きな写真入りで岡山の鮨屋が紹介されていた。その寿司屋の名前を忘れてしまい何とか思いだそうとしても思いだせない。インターネットの書きこみを見比べてこの店かなというものも見つかったが定かではない。まるで喉元に刺さったままの秋刀魚の骨のような嫌な気分だった。投稿者のある人の文章に丸谷才一氏の名前があった。もしやあの雑誌の文章は氏のものだったのかもしれない。私の偏狭な読書癖を考えて紡いでいくと確かに私は氏のエッセイばかり読んでいた。そのような題名のエッセイがあったはずだ。自宅の本棚を探すが見つからない。残念ながら数度の引っ越しで消えてしまったようだ。
何故この鮨屋が印象に残っているかと言えば、当時の鮨屋はショーケースにネタを保存する店が大半であった。銀座の高級店でも右に同じで何の変哲もない冷たい表情のショーケースが客の目の前に鎮座していた。私はカウンターでの料理の出し方を研究していた。研究していたとは大層なものではないが、新しく自分で始める飲食店で何か新しくて気の効いた出し方は無いかと思案していたからだ。そしてもうひとつこの店は女性が寿司を握る珍しい店だった。
写真には内水をされた細い路地と妙齢な和服の女性の横顔が写っていた。
この店はその日に使う分のネタを木製の箱に入れ、客に説明し握るとのことであった。なるほど、ある寿司職人から聞いた話だが、ショーケースは乾燥するので、氷の室に入れるのが一番と言っていたからこれは理にかなっている。
丸谷氏の著書は「食通知ったかぶり」というものだった。残念ながら今は絶版している。古書店を見るととんでもない金額が付いている。本をそんな風に買う気はないから諦めたが、なんと電子書籍で売っていた。420円だった。早速、購入し、パソコンの苦手な私なので操作方法をスタッフに聞きながら今ページを開けている。
目次の中にそれらしきものを見つけた。岡山に西国一の鮨ありとある。岡山生まれの吉行淳之介氏をしてその店が紹介されている。その店は「魚正」という。私にとって25年ぶりの邂逅である。私は小躍りしたい気持ちを抑えて、グーグルマップにその店の住所と電話番号を記録した。もちろん真っ先に頼むのは穴子に決まっているのだが。




2013年3月25日月曜日

大人の読書感想文


大人の読書感想文

子供の頃学校で夏休みの宿題に必ずと言っていいほど読書感想文の提出を求められた。
12.3歳の子供が本を読んで書くのだから、そこには12.3歳の経験からしか物語を読み解くしかないのだが、艾年を過ぎてもう一度読み返すとなるとそこには50年を超えた経験と知識が含まれる。もっとも全てにおいて経験と知識が優位だとばかり喜んではいられない。少年の頃のキラキラした夢や希望が滓に沈んでしまったことだってある。
友人が本を薦めてくれた。私よりずっと年上の先輩であり友人と言っては失礼にあたる先輩であるが、いつも私に知の刺激を与えてくれる。この年になって嬉しい限りだ。
紹介してもらったのは四方田犬彦の「ハイスクール1968」である。著者の事もこの本も読んでなかった。しかしながら、矢作俊彦は読んだことがあった。彼は息子の学校の先輩でもあり、歯に物着せぬ彼の物言いには好き嫌いが分かれるであろうが、私は好きである。実はこの四方田犬彦も同学なのである。
先輩よりお借りした文庫本を一晩で読了した。尤、推薦された当日に新書を発注していたのだがまだ届かなかった。(私は本にマーカーや印を付けて読むことがあるので)新書と文庫版では装丁が異なるが、私としては文庫版の表紙に使われたモンキーパンチの絵柄の方があっていると思うが。
その文中に庄司薫著の「赤ずきんちゃん気をつけて」が登場する。(頁163)実はこの本は私が高校生の頃、友人たちと愛読したベストセラーだった。恐らくクラスの中でこの本を読んだことのない者はいなかったのでないだろうか。私は彼より6つ年下なので彼が読んでいた5.6年後に読んだ計算になる。ところがこの本の感じ方が全く違うのだ。彼は最初すっと受け付けなかったと書いている。ところが私達(少なくとも私)はこの本に大いに共感し、本の主人公に自分たちを投影していた。ところがあれだけ愛読した庄司薫の3部作は数回の引っ越しの間に無くなってしまった。結局、先の矢作俊彦著「ららら科学の子」「赤ずきんちゃん気をつけて」も購入して読むことにした。つまり、3冊を併読した訳である。
私は息子が通ったのである程度分かるようになったが、あのような学校があること自体知らなかった。私の育った市では進学校といえども1年に一人東大に受かれば良い方で、それくらい東大は遠い存在だった。だから毎年120名程度の生徒数から100名近い東大合格者を輩出する学校など考えられなかった。数でこそ開成や灘に負けるものの生徒数の絶対数に比すればダントツの合格率である。
四方田犬彦の「ハイスクール1968」の書評の中には、このような知が存在する事を評価し、彼の優秀さに驚嘆する読者も多いようだが、今の教駒(筑駒)も同じようだから私は驚かなかった。当時も今も変わらずに各進学校の一握りのトップが集まる。彼も言っているように中学組と高校組は確かに分かれる。高校組は将来の希望が東大への進学であるのに対し、もっと詳細な設計図を公言する。つまり東大は経過の一つに過ぎないのだ。
数学が出来る人間は物凄く出来る。息子を見ていても大数、数オリを中学から解いていたし、数オリでもメダルを獲ったが、それでも上がいると知り、数学への道は諦めた。四方田犬彦も出来たであろうが、そんな中の一人だと思う。
彼は下馬から浜田山の100坪の家に引っ越したと書いている。彼は近くの三井のグラウンドとか新日鉄のグラウンドの入場券を何とか手に入れプールで泳ぐのが好きだったと書いている。奇遇だが私はそこでアルバイトをしていた。企業の保養施設だから社員やその家族が使うのは当然であるが、彼のように一人でやってきてプールサイドで本を読み日がな水泳と日光浴を楽しむ若者をときおり見かけた。彼らは決まって自分は特別だというオーラを放っていた。私は労働者階級として彼らを観ていた。
息子の通っていた頃の筑駒生の家庭は彼の時と同様、裕福な家が多かった。そんな彼らもこの学校に来ると勉強が出来なければ始まらない。逆に言えば、そこそこ勉強が出来た位でここに来ると大変な目にあう。これは教師も同じだ。全ての事はここに収束される。
息子のように全くの運動音痴でも勉強が出来ればなんとかなるのだが、逆は否なりなりなのだ。彼が勉強をそっちのけで遊び呆けていたのも、私にはエクスキューズに感じる。じゃお前はどうなのかと言われれば、私も大いにエクスキューズしたのだから彼を糾弾するつもりもないし、彼の行動には共感すら抱く。ただ、いえるのは井の中の蛙ということだ。彼も私も。
本書の中に出てくる映画批評や文芸評論はどうでもいい。何故なら、それらはほとんど後天的に知識の後付けだからだ。
本書の中にもう一つ重要なテーマが隠されている。それは音楽である。彼は幼い頃クラシックを聞いていたと書いていたが、その後、マイルスデイビス、コルトレーン、ビートルズに変遷していく。この音楽趣味が好き嫌いは別にして、とてもポピュラーだと思う。
つまり万人が愛した音楽なのだ。読んでいた本や彼が観た演劇や映画の内容に比べるとあまりに普通なのだ。実はこれこそ彼を読み解くカギなのかなと思っている。
もう一つのこの本の楽しみ方は当時の世相が散りばめられている点である。もっとも彼とは6歳離れているので全てが同じ時期という訳ではないが、私も渋谷の田園には行った事があるし、私が就職を決めたのも当時の西武のアバンギャルドさに惹かれてのものだった。西武のB館の地下のBE-INは忘れられない。ファッションに興味を持ったのもあそこからだった。
では彼とはこうした事物を共有しているのに何が決定的に違うのだろうか。前出した「赤ずきんちゃん気をつけて」が私にとってすんなり受け入れられた理由はその何年間の間に大きく潮目が変わったからだと思う。私が高校の頃には学生運動は急速に下火になり、高校2年の時に東京を訪れた際、大学には学生運動の姿は無かった。無かったと言えば嘘になるが、私立のいくつかの大学にプラカードが立っていた程度である。
氏も書いている通り、「赤ずきんちゃん気をつけて」はドライフールの所業だと思う。庄司薫は既にその当時、攻撃的にわめき散らし周囲を罵倒する全共闘がビターフールつまり道化だと看破している。だから数年間の遅れが私達を十分承知させていたのであると思う。
渋谷の街も変わった。東横線の駅舎は地下にもぐり、プラネタリウムはとっくに姿を消した。西武のA館とB館も当時の面影は観る由も無くつまらなそうな大人の空間になってしまった。アルバイトでカウンターを打ち続けたパルコパート1とパート2の交差点もパート2はなくなり、行きかう人は全身ユニクロづくめだ。
姿を消してしまう前に、百軒店の階段を上ってムルギーでランチでもしようか、それとも暗くなってから麗郷の蜆のにんにく醤油漬けと腸詰で一杯やりながら当時を思い出して定点観測してみるのも悪くないかもしれない。

音楽はレディマドンナからサムシングに変わったところだ・・



2013年2月21日木曜日

ネットワーク時代の真贋


ネットワーク時代の真贋

友人に勧められてブログやフェイスブックを初めて数年になる。もっともフェイスブックはまだ始めたばかりなので偉そうな事を言える訳ではないが、このところ気になった事を書いている。

私の場合、ブログとフェイスブックの住み分けが大分はっきりしてきた。日々の日常の事はフェイスブックで、そして少しまとまった考えや実験的なものはブログで行うようになってきたからだ。

フェイスブックを初めて自分の内面が見られるとか、プライバシーが無くなると心配のあなたはこれ以上読まなくてよろしい。もう少しレベルの高い話なので。

フェイスブックはその設定の仕方如何でどのようにもなる。内々だけの内容ならそう設定すれば良いし、もう少し世間の中に入り込みたいと思えば設定を変えれば良いだけである。

私の場合はフェイスブックでは「それとはなしに」私の考えを伝えている。ネットばかりで実際のコミュニケーションが無くなったと嘆いている向きもあるようだが、私の場合はネットが無い時よりも伝えやすくなった。それも細かなニュアンスのような難しい感覚的事柄もネットでは伝えやすい。

仕事の本質はプロとしての意識をどこまで相手に共感させるかだと思っている。これが出来なければ良い仕事など出来ない。

つい先日、私がLAに行って見てきた事もSNSにその断片をアップさせることで多くの人が私の知っていることを共有する。

もうお気づきの方もおられようが、つまりSNSとは個人的な事なのだが、その人の役職や仕事によってはよりビジネスに直結するのだ。ソチオリンピック一番乗りの女子アイスホッケーチームがフェイスブック禁止令を出されたように、大企業の役職ならば緘口令ならぬSNSの投稿禁止は無理からぬ話なのだ。何故なら私の様な個人商店ではないのだから。

ところでユーチューブや写真の投稿サイトを見るととても面白い作品が掲示されている。
これもネットワーク時代なればこそ誰もが簡単にプロになれる訳である。

しかしここに落とし穴がある。楽しいねと無料で見ているうちは良いのだが、いざお金を払って見るかと言えば、そこには大きな垣根がある。こうした現象が多くみられる。

実際の世界だったら、いくらたまに作る料理が旨いねと言われてもプロのコックを目指そうとは思わない。でも仮想の世界ではそれらの一切の厄介な事が取り除かれるので、勘違いしてプロの料理人を目指そうと思う人が出てくるのだ。

大変失礼かと思うが、何とか食堂のレシピ本が出ているがあれはまるで病人食だ。あれが旨いと言う人はどんな舌をしているのだろう。仕方ない、彼らはプロの料理人ではないのだ。プロの料理人と栄養管理士は全く別の次元の話なのだ。どっちが高いとか低いとかといったものではなく、つまりは次元が別なのであるから。

SNSを使っている皆さん。プロでない限りあくまで自分はアマチュアである事を自覚して、くれぐれも少し儲けてやろうなどと邪な考えは持ちませんように、そうすればみんなが楽しく繋がれるのだから・・・

追記

最近デジタル化以前の写真を整理した。過渡期のAPSという規格の物もあったが、大方はフィルムである。驚いたことにデジタル化する以前の写真はデジタル化された写真の10分の一しかなかった。
我々はデジタル化されるまで様々なものを削ぎ落して来たのだ。良く言えば精査してきたのだ。今もなお心に残るキャパの写真はそんな中に秘められていたかと思うと尚更愛おしくなる。
博覧強記のRパパのお薦めのこの本、そろそろ届きそうである。週末にしっかり読んでその後横浜美術館に行ってキャパの削ぎ落としの傑作を観てこようか・・そのあとはライカを持って中華街へ・・・










2012年6月6日水曜日

つながりすぎた世界


久々に読書の時間が出来たので買っておいたこの本を読む。

著者は長らくインテルに勤務していた人物だ。SNSを礼讃する書籍は多いが、SNSのリスクについて書かれたものは少ない。

彼の説では20世紀初めにも電報という情報ツールと鉄道網という物理的ツールの発展が過剰になり、最終的には機能不全に陥り、輸送手段が自動車という輸送手段に取って代わられた経緯を今の情報化城社会になぞらえる。

私はそのまま彼の意見に賛同するつもりはない。確かに似ているがその規模、スピードはまるきり違う。そのあたりは「マルチスピード化する世界の中で」(マイケル・スペンス著)を参考にされたし。

ただ彼の言う過剰結合は多くの局面に置いて見受けられる。

匿名性の2チャンネルには多くの犯罪予備情報が横行する。また、人種差別主義者がナチ同様の意見を繰り広げる。

匿名性でないFACEBOOKはその点である程度の自浄作用が働き、そこまでひどい書き込みは少ないものの、ユーザーは全ての情報を委ねていることに変わりはない。

アイルランドの金融危機も、アメリカの住宅バブルもそのつながり過ぎたことが原因ではないかと著者は述べている。

情報化が過度に進み、そこの渦中にいる人間が本当の意味でのリテラシーを持たなかったら、おそらく彼の言う「情報のドミノ倒し」に突き進むだろう。

ただ一点、彼はつながりを断つことが唯一の解決手段というけれど、私はそうは思わない。

鉄道網が自動車輸送に取って代わられたのは、確かに鉄道網自身の混乱が一助ではあろうが、本質的には鉄道から自動車と言う、産業のイノベーションが進んだことが原因だと思う。

昨日、都市銀行の支店長が政府や与党に政策決定力が無い事が、国策としての産業を衰退させていると言っていたが、その通りだと思うが、私には今のこの段になってもTTPを反対する人々がこれほど多い事や未だにこの国は輸出立国だと言い張る企業や国民の知性の欠如に失念する。

インフレーションが起こっているということはその国が発展している証左である。その間は輸出立国であっても何ら問題はない。問題なのはその後デフレに進み始めたときである。その時こそがこの国の構造転換の必要な時なのに過去の成功体験にしがみついてばかりいる。

2012年5月22日火曜日

庄司 薫

高校生の頃の愛読書と言えば庄司薫だった。仲のよい親友数人と彼の本を読んでその場面を共有していた。

田舎者の高校生は当時の東京での大学生の華やかな生活と政治や思想についての友人たちとのあけっぴろげの議論に憧れを抱いていたのかもしれない。

庄司薫は丸山眞男の最後の生徒だろう、彼は当時大学生で小説を書いていた。当時文Ⅱ(今の文Ⅲ)に入学するも成績優秀で文Ⅰに転部した。私は彼がかっこいいと思った。

デビュー当時、武田泰淳氏らには評価されるも、三島由紀夫には疑念を持たれる。しかし、最後には三島も認めた。

彼の作品がサリンジャーと似ているといわれることがある。あの独特の口語表現である。

私達にはそんなことはどうでもよかった、私達の近い目線で世の中を切り取っていた。

東大には行くことも志望校として書くことも憚られたが、憧れは強かった。同じ空気を吸いたかったからだ。

私達の頃には学生運動は下火になり、私立のいくつかの大学で辛うじてプラカードが残る有様だった。

丸山眞男に直接会っていた、Rパパから当時の雰囲気を聞く、羨ましい限りだ。

私達の頭上を学生運動という大きなエネルギーの通過した後の何にもないキャンパスで大学生活を送った。

後年、庄司薫が美人ピアニストと結婚した。やるな、と思った。

その後バブルで借金は膨れ、株や投資で大失敗をしたと聞く、普通なら破産していてもおかしくない。しかし、それも完済したと聞く・・・これもかっこいいではないか・・・・

いつまでも私達、昭和の青春のヒーローなのだ・・・



2012年5月17日木曜日

私の開高健

開高健の小説や散文はほとんど読破している。どうして好きかと言うと彼の文章には体験して知っている人にしか持ちえないニヒリズムとシャイが同居しているからだ。

後年、彼がアマゾンやアラスカの冒険旅行をしたのもそうした原体験を埋める作業のような気がしてならない。

私が当時、ワインのことなど何も知らぬ若造の身分で短編集「ロマネコンティ 1935」という本を読んだ記憶がある。

今は手元にもなく絶版となっているので、手に入れるのは古書店で見つけるしかない。ただし、文庫になっているので比較的手に入れやすいだろう。鎌倉で探してみようか・・・



先日、犬友のMちゃんパパにこの本をお借りした。著者は長年開高の編集者として身の回りのことや愛人への送金まで任された人である。これは読んでいなかった・・・

現在はパリに在住し、ワインの専門家として人気を博している。

そんな彼女が人生で薫陶を受けた開高のことを書いている。面白くないはずがない。

好き勝手に生きてきた開高が、いまわの際になって復讐をされる。独占と言う復讐を・・・そして彼が去った後に残ったものは・・・

男の優しさとはなんであろう・・・今、自分に出来ることとして相手の事を考え、封筒に100ドル札を束ねてそっと渡すことなのか、それとも君が来ると色々とまずいから君はこないように釘をさすことなのであろうか・・・優しさとはやっかいな代物である・・・・

開高とヘミングウェイはその風貌もさることながら、自分で何事も実践する作家として共通していると思う。
ヘミングウェイはスペイン内乱、開高はベトナム戦争・・ふたりとも人間の最も卑しい所作である戦争を体験している。

この二人は書くと言うことが出来なかったらもっと早く命を落としていたのではないかと思う。

ふたりにとって書くことは、唯一の現実だったのだ。それ以外は全て夢かうつつか分からないものだったのでは・・・・と考えてしまう。

それにしてもボルドーのシュバルブラン(今はどうかわからないが)のオーナーがサントリーださったとは初耳であった・・・・

2012年5月16日水曜日

カズオイシク゜ロにご用心

カズオイシグロの本を読んだことはあるであろうか?まあ無いならそのまま飛ばせばいい・・・

私はこの手の作家が苦手である。そう村上春樹氏のように・・・何が苦手かというと(苦手という表現は間違っている、自分と違うという意味)彼らの思想はコスモポリタンだからである。

私のようにこの小さな島国から出ることもなく、せっせと農耕民族の性からか、律儀に働き共同体のルールを守る。こんなつまらない人間とは比較にならない世界観を持つからだ。

彼らには羽根がある。世界中どこへでもまたたく間に飛んで行ける。いや、目をつぶれば私達の見たこともないような景色が原色で表れるのだ。

私は彼らに嫉妬する。観た事が無ければ想像できないからだ。私には想像できない。

しかし彼らの本を読めば「その世界」に旅立ちする事が出来る。一種の麻薬である。

今週末は天気も穏やかだという・・・デッキに寝そべって・・・こんな本を読み、心のトリップでもしてみたらどうだろう・・・・


2012年5月2日水曜日

横断的思考

現在読書中と読後の本である。私達が高校生の時の生物学はやっとクリックとワトソンの2重ラセンなるDNAの構造が紹介されている程度で、今の教科書においてDNAやRNAなど分子生物学の紹介される範囲の広がった事は驚きである。

だからせっせとその手の本を買っては今の高校生に負けじと本を読むのである(笑)

オーサグラフの開発者で建物の構造計算者でもあり、設計家でもあるN氏が面白い事を言っていた。

「宇宙物理学もそうでしょうが、生物(人体)はパラメーターが多く研究しかいがあるのでは」と・・・

確かに分子生物学の分野の発展はめざましく、同時に物すごい量の情報を包含した。もちろんパラメーターも物凄く多くなったのだ。



しかしながら生命の設計図などと簡単に説明されては困るというのが本書である。

長らく理研に在籍し現在は東京大学に戻り駒場の銀杏並木を見ながら暮らしている著者はDNAは自己変革するという。鴨長明に照らしてその有様は「無常」でありつねに移ろい続けていると言う。

文章は平易で分かりやすい、専門家でなくてもすらすら読める。さらに最終章の近くでは生物学的にもデフレは発展を妨げるとそこらへんにころがっている駄経済学者に読ませたい文章まで書いている。

レビィナスまで言及するのはどうかと思うが、レビィナスを知らない文系の人には慧眼であろう。



もう一冊の「誘惑される意思」はしばらく前に話題になった本である。人は何故不合理な行動を撮るのか、そのことを双曲線に基づき説明されている。

たばこは体に良くないと分かっているのに止められないとか、ギャンブルは負けることが分かっているのに同じく止められないといった行動を分析する。

個人的にはそういった事も集団行動を全体のインフルエンスと考えると波動的関数によるデポケットなのではと考えるのだが皆さんはどうだろう。

幸い家の近くの本屋はとても変人で(ごめんなさい評価しているのですよ)みすず書房のコーナーを設けて特集をしている。

誰が買うのか分からないがこんな変な本屋がある事が私には嬉しい。


この本の横にCPスノーの「二つの文化と科学革命」が並べられていたのは、私が30代にこうした人文科学系の本を読むきっかけとなっただけに何か因縁を感じるのだ。

もちろんこちらは重版である。


2012年4月26日木曜日

宇宙論 佐藤勝彦氏

みなさんは宇宙について興味はありますか?興味の無い方や宇宙の事を考えると怖くなる人(息子は小さなころ宇宙の話をすると耳をふさいでいました・・笑)はとばしてください。

佐藤勝彦氏という研究者がいます。この分野でノーベル賞に一番近い人だとも言われています。

数年前まで東京大学で教鞭をとっていたのですが、定年で退官し別の大学に移られました。

私は小柴教授のノーベル賞受賞記念の公演の折、直接佐藤氏の講演を聞く機会に恵まれました。

氏の講義は一般の聴衆のため難しい方程式は使わずに、至極簡単に彼の唱えるインフレーション宇宙論について説明してくれました。

ここにお薦めする本は氏がまさにそうした素人向きに分かりやすく書きあげたものです。

宇宙論の序章としてお薦めの書籍です。




ステープ・ホーキング氏は皆様もご存じの車いすの天才物理学者です。彼はスタートレックにも出演していますから知らない人はいないと思います(笑)

彼の著したこの本も入門書としてお薦めです。今最新の宇宙論の概要をつかむにはうってつけです。

そうそう佐藤勝彦氏はホーキングの訳者でもありましたね。




もう少し量子論や粒子の振る舞い(物理学は良い言葉を使いますね)を知りたいと言う人にはこちらの本をお勧めします。

内容的には日本人で先般ノーベル賞を受賞した益川・小林理論とも通ずるものがあります。

宇宙創成の謎は対称性の破れだった?本当に想像が膨らみます。



さらに宇宙の姿を俯瞰しようとするならばこの2冊がお薦めです。宇宙観が一気に広がること間違いありません。カラビヤウ多様体ということばや超弦理論もこの本で知りました。

読み終えると村上春樹のパラレルワールドが嘘ではなく、実際に説明されているところに驚きます。

金環日食が近づいています。専用の器具を使って目を傷めないように観測しましょう。私は日食の開始と終了間際のダイヤモンドリングが好きです。



2012年4月7日土曜日

メディア再構築 Bernard Stiegler

先程も知人と日本のメディアのことについて将来の展望に失望していたところであるが・・・・・

内田先生がメディアに対して画一的横並びの思想と批判していたが本当にこのところのメディアの疲弊は甚だしい。某新聞社のように老害がはびこるところもあれば、思考停止したマスコミも多い。

インターネットの発達がメディアの情報の片務性を飛び越えて浸透すれば、その問題は内在化し、簡単に終わらない。

インターネットは既存のメディアを食い物にするが、徐々に「そのモノ自体」が個人的な情報の取捨をするようになる。

フランスには国立視聴覚研究所という組織がある。テレビ、ラジオのありようや変化を分析し政策に投影する。

日本には残念ながらこういったものは存在しない。

現在フランスのIRI(リサーチ&イノベーション)の総責任者を務めるBernard Stieglerも前述の機関に在籍していた。

科学技術と哲学それらはアクシデント=偶有から生まれると彼は慧眼する。

こんな花寒の午後は彼の思索を垣間見る絶好の時間である。



2012年4月4日水曜日

都市論 社会学





社会学の博士号を持ってらっしゃる方がFACEBOOKにおられるので大業な事は言えませんが、私は三浦氏のこの三冊は優れた本だと思っています。

ご存じのように彼は「アクロス」というマーケティング誌の編集長でした。その雑誌では「定点観測」とい決まった場所での若者のファッションを通じて、世相を分析する試みがありました。

理論的でないとおっしゃる向きもありましょうが、あるスコープを使って社会全体の傾向を考えるのはこの学問ではあながち間違っていないと思うのです。

当時のPは所沢に出店するにあたって悩んでいました。もともと都市が基盤の会社が郊外に出店する訳です。「アーバンとサバ―パン」と題して特集を組んだこともありました。

結果は見ての通りです。三浦氏が言う、郊外つまり核家族化がもたらした幸福論とは所詮絵に描いた餅である。確かにその通りです。

私のいる横浜北部などまさにこの郊外ドンピシャです。どこにいってもユニクロと家電量販店、シネマコンプレックスにフードコート・・・均質化した街です。

日曜日に青葉台の百貨店に行くとそこは高齢者ばかりです。まさに世代が固まっている状況です。

街と言うのは色々な年齢の色々な職業の人がいて面白いのにここは違います。

以前に中根千絵氏の「縦社会の人間関係」を履修したと申しました。あの本には伝統的家父長制度が根本にあり、日本的な縦社会の人間関係が作られると言う骨子のものでしたが、この郊外の現実はその家父長制度の崩壊と核家族化という変化が顕著に見られます。

しかし一方で若い人を中心に面白いムーブメントが起こっています。郊外化の象徴でもあるようなニュータウンに注目して、「ニュータウン面白いじゃん」というものです。

R不動産はネットでそんな企画を特集しています。

震災がありました。震災に限らず家父長制度から核家族化へ変容し、そして崩壊したものを再構築するそれが今の日本には必要なのだと考えます。

彼の著作「3.11以降の建築と都市デザイン」にはそんなヒントが隠されています。

シェアという言葉は住宅に限ったものではありません。幼稚園、保育園のシェア、サテライトオフィスのシェア、病院のシェア、移動手段のシェア・・・知識、情報もっともっと拡大していく可能性があるのです。

2012年3月28日水曜日

電力会社はつぶれなさい

電力会社の社員の人には申し訳ないが、契約企業に対する値上げの要求、さらに姑息な方法で便乗値上げしようとしたとしか考えられないモラルの低さ・・・

そして何よりこれからの日本を変えて行くのはエネルギー政策のはずなのに、その中核となるスマートメーターの受注に至っては政府の声に耳を貸した形だけの公募、さらにその内容は単なる検針作業の簡素化にとどまるものだった。

スマートメーターは電力の自由化をにらんだ新しいツールである。家庭での使用量の可視化はもちろん、自家発電した電力の相互融通し合うことも出来る。

これじゃ、昨今の原発の廃止是非論と同じように、既得権の擁護である。

国民の血税を入れ込んでこんな企業を生かせておく必要はあるのであろうか・・・・・

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吉本隆明氏の著作にこんな本がある。氏は丸山を批判したといっていたが、よく読み返すと吉本は日本人の本質的物は丸山のいう古層ではなく、中層にあると言っているだけで、天皇制の前から日本人の根っこのようなものとしたそれを慧眼していた丸山を賞賛しているのだ・・・・・

吉本はこの日本的なるものつまり既得権はスターリニズム~軍国主義~官僚社会という円環的関係であるとも述べている。

つまり中層(吉本の)内包する日本的なものがこの構造を支えているといっている。

これを借りれば官僚主義の解体とは我々自身のアイデンティティとも深く関わるものだと見えてくる。

これはかなりニヒリスティクな結論であるが・・・・・今のこのようなむ国民世論、マスコミの有様をみてただ納得する。

だらこそ勇気を持って解体する必要があるのではなかろうか。

2012年3月25日日曜日

社会ネットワーク ミルグラムの実験

FACEBOOKを始めて2日目なのに中学で一緒にバスケをしていた友達と繋がった。

連絡の取れなかったオーストラリアの先輩とも繋がった。



まあFACEBOOKの熱に踊らされぬようによくよく考えてみると、暫く前に複雑系の勉強のため何冊か読んだ本の中にSteven Strogatzの「SYNC」があって、その中にミルグラムの実験という章が設けてあった。

これはネブラスカからマサチューセッツ州シャロンにいるある人物までたどり着く(直接連絡取れるのは個人的知り合い、つまり知り合いの知り合いは駄目というもの)まで何人必要かという実験だった。

結果は大方の予想(100人以上必要)とは異なり2人~10人の知り合いで可能との結果になったのだ。

つまり平均で5人つまり6次の隔たりでリンクが形成されたことになるのだ。

もちろんこの実験は全てに当てはまるものでもないし、クラスター化率を計算することもできないのだが、社会ネットワークがいかに極小でも存在出来る可能性を示したと言える。

FACEBOOKはこの特徴を表している。FACEBOOKにはFACEBOOKの可能性があると思う。一方ではブログはブログの役割があるように思うのだが。

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政治が混迷している現在、以前にも書いたが私が注目している政治家は石橋湛山である。



彼への批評は数あれど、この「雨神者」という本には公人つまり公とは何ぞやということが記されている。

この本は今は亡き恵比寿の名物本屋の主で稲穂の大学を卒業されていた大先輩のI氏より戴いたものだ。I氏は石橋湛山の孫にあたるT経済新報社の社主よりもらったものだと言っていた。

こんな大切なものを戴いたのだ、政治に関心が無いわけにはいかないのだ。

2012年3月24日土曜日

貝殻図鑑


図鑑少年という小説がありました。著者は大竹昭子さん。ここに描かれる生活風景はっきり言って好きです。

その風景は街の小さな開業医の待合のようで、波ガラスの向こうにソテツやシュロの木が見え隠れする、柔らかなそんな住宅の庭のイメージです。

ところで、妻が頼んでいた書籍が届きました。



貝殻図鑑です(正式には貝類学です・・・笑)

こんなことをして夫婦二人で各々好きなことをしている訳です・・・

2012年3月12日月曜日

湯木貞一 二代目は本当に駄目なのか


この本はいつもの木犀堂さんで購入した本です。「吉兆」の名前が全国的にしられるようになったきっかけがこの本の装丁企画をした花森安治氏が湯木貞一氏のインタビューを暮らしの手帳で連載したことによるそうで、この本はその花森氏が他界した後にやっと黒の色が印刷で出来るようになって発刊されたいわくがあります。

皆様には偽装事件で名を落とし、廃業に追い込まれた船場「吉兆」を想起される方も多いでしょう。

ほら見たことか二代目はだから駄目なんだという声も遠くから聞こえていますが、実は吉兆の創業者、貞一氏も二代目なのです。それに暖簾分けをして、京都、神戸、東京とそれぞれの吉兆を切り盛りしている人たちも三代目や四代目です。みな頑張っています。

暖簾を分けるというのは、名実とも名前と精神を受け継ぐことです。目に見えない、ものこそ暖簾なのです。そのところが疎かになったということでしょう。

しかし、本当に料理を真摯に考える人にはこうした本は何物にも代えがたいよきお手本となります。

私は刺身につれる醤油とはどんな醤油が適しているのか(もちろん季節や素材で異なるでしょう)しかし、馬鹿の一つ覚えのように「たまり醤油」を供する店も、ただの「生醤油」を供する店も戴けません。

かといって煮切りにするといま一つあの醤油の香りが薄くなってしまう気がしていました。

そんな中、この本にはありました。

以下、抜粋ですーーーー

ではどうするかというと、私は日本酒にかつおを入れて、煮いてからそれをしぼり、それをたまりじょう油にに加えるか、濃口しょう油に加えるかします・・・

ポン!!なーんだ!!でもみんな知らないと思いますが・・・・???

吉兆ばなし 湯木貞一著 暮らしの手帖版 昭和57年発刊より


木犀堂の口数の少ない店主が笑うようにむなりました。大きな進歩です(笑)

2012年3月5日月曜日

忘れてきたもの

私が大学に入学した頃には学生運動は下火になり、マルクスやレーニンを論ずることも避けられるようになっていました。

丸山眞男もこの頃は話題にされなくなり少しがっかりしたことを覚えています。

私の大学には某東京大学(どこが某だい!!)から優秀な先生が大挙してエスケープしていました。経済学の岩田さんなどその一人でした。

ですから、奇跡的にこうした人の授業をとることが出来たのです。

今考えてみると、あの当時そうした状況も分からずにただ大学に通っていたのだとつくづくもったいなく思うのです。

当時の私の学部には多分に宗教色の強い、人間学という授業がありました。これは生徒同士で討論させたり、集団で考えたりするもので、合宿さえありました。今で言うサンデル教授の白熱教室のようです。

しかしこれが多感な青年にはまずかった。私は一気にその宗教的色彩の強い哲学が嫌いになりました。

大学の一般教養での哲学は充実していたのにほとんど取らなかったのです。

そんな私が30歳を過ぎた頃、全てにおいてそうなのですが、哲学的と政治学の素養の無さを思い知ったのです。

それからです。ハイデカー、サルトルの実存主義、ラカン、フーコー、レビィストロースの構造主義、そしてそれに続く脱構造主義といった思想の系譜から忘れ去られていた丸山眞男、さらにもう一度、マルクスやレーニンも読み返しました。

するとそこには学生時代全く知らなかった「知」か存在していたのです。

丸山眞男が言った「古層」、私が見た「光ニュータウン」の思想的幻影、すべてが瓦解し、溶解しだしたのです。

私は一度も政治運動を行った事はありません。戦後の日本の思想史はそうした運動の基序なくして起こりえませんでした。それを知る良い機会になったのです。

今日も既に5.6回は読み返し、考え直している。アーサー・オー・ラビジョイの「観念の歴史」とヴィトゲンシュタインを開いて見ることにします。



立松和平 相沢忠洋

この本は上梓したときに作者から送られてきた本です。そう今は亡き立松和平氏です。

彼は日本の公害問題の原点として足尾銅山鉱毒事件を取材していました。

偶然、父親が足尾の汚泥を原料に作陶に励んでいた頃に訪れ、足尾の公害についてヒアリングをしていたのです。

私が幼かった頃、足尾の川は清流なれど魚はいませんでした。渡良瀬川の源流です。

そんな渡良瀬の水をずっと飲んでいたのです。

私の嫌いな言葉です。「エコ、反原発、効率的、人にやさしい」全て聞くと虫唾が走ります。

こんな言葉を声高に主張している人は政治家でも、経済人でも信用なりません。

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父親の所によくパンを持ってきてくれた人がいました。パンと言ってもお洒落なパケットやクロワッサンなどではありません。ジャムパン、アンパン、クリームパンといった菓子パンです。

その人と一緒に父親に連れられて土器を発掘したことがあります。有名になる前の岩宿でのことです。

その人は後に教科書にも登場する相沢忠洋氏でした。

今でも土器を観ると何時代の土器か分かります。黒曜石も発見したことがあります。

私の地味な少年時代はそうして作られたのです・・・・

2012年3月2日金曜日

恩田陸 平松洋子  親子は似るもの


息子が恩田陸のファンで全ての本を持っています。私も好きで時々同じ本が重なります。

彼女の小説の面白さの解説は別に譲るとして、もう一人平松洋子さんの本が好きです。

こちらはエッセイ、食に関するエッセイはまさに膝を叩くことしきりです。

息子も好きなようです。

平松洋子さんのエッセイの特徴はそのものの見かたにあります。

単に食を分析するのではなく、よりパーソナルな状況を仮定して、多くの読者の共感を呼ぶのです。

名画座と焼餃子は私の中では相当リンクしています(笑)

それにしてもネーミングの妙だと思いません!!

「鰻にでもする?」ですよ!!「鰻にする」でも「鰻にでもするの?」でもないのですから・・・恐れ入谷の鬼子母神とはこの事ですな!!!





2012年2月21日火曜日

マーシャル・マクルーハン



昨年、これらの書物、そうマーシャル・マクルーハンの書いたものを読み返していました。

ご存じのようにマクルーハンはポップカルチャーに祭り上げられ、学問から少し距離を置いた存在のようにアカデミックな人達には批判的に見られていました。

私も若い頃に読んで頭の片隅に置いてけぼりになっていた人でした。

けれども、クラウドを始めITの技術進歩がムーアの理論宜しく指数関数的に発展し世の中が劇的に変化していく様相を見るにつれ彼のメディア論の特徴でもある「メディアは身体的特徴の延長にあり、拡大をしていき、さらにその先には断裂がひかえている」という有名な理論が引っかかったのです。

従来のようにメディアがマスであった時代には中々彼の理論は受け入れられなかったでしょう。

しかし、現在のように非常に個人的メディアが並行的に乱列されている今こそ、このメディア論は読み返す必要があるような気がします。

分断され小さくなったメディアはそれ自身情報を内在し、拡大していき、さらにいくつかのメディアはそれ自身、ホメオスターシスを欠いて、ネクローシスを迎える細胞のように破壊されて行くそんな気がしてなりません。

奥にしまって置いた記憶もたまに読み返すと思いがけない発見があるものです。