「図鑑少年」というこの作者の本を読んだ。ごくありふれた日常の描写なのだがその精緻で綿密な企みに惑わされた。筆者の目は文学者の目ではなく観察者のそれであり、マクロ写真のようでもある。文章に描かれた玄関横のヤツデや中が歪んで見えないようなガラスブロックは私の頭のなかで勝手に近くの「有村医院」に仕立てられる。
彼女は写真もとる。撮るというような表現よりむしろ風景を剥ぎ取ると形容したい。乱暴なまでの描写は性別を超え、人種も超える。ニューヨークの犬さえも喋り出す。
そんな彼女が永井荷風へのオマージュとして散歩を薦めている。荷風は東京の崖の上を散歩した。崖は二つの世界をつくる。下の世界と上の世界。崖の端でしかこの二つの異界を感じることが出来ない。
本郷台地の端から見る東京はオレンジ色の靄の中にある魔界都市か。いや、崖の上こそ魔界なのかもしれない。
湯島の怪しげなネオンが霞んで見える立春。