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2013年1月19日土曜日

ステーキ 岐阜 潜龍 


ステーキ 潜龍 岐阜

 ステーキの美味しい店は数あると思う。値段を関係なしに言えば銀座の「かわむら」新橋の「麤」、汐留の「吾利欧」と都内には肉のスペシャリストが数多存在する。
この頃は歳のせいか脂の少ない赤身が食べたくなる。そんなときはアメリカに限る。日本にもルースズなどが出店しているが、アメリカ国内では大抵の店はどこに入っても旨い。最近出来たワイキキのBLTなんかはアメリカ風ではなくフレンチの繊細さを持っている。叔父に紹介されたハイズはキァベの香りがしてシックな内装の中、ライブの演奏も聞くことが出来満足度が高い。私が行った時にはアウディ木村がステージにいた。
そんな店とは正反対なのが岐阜の潜龍である。30年近く前、岐阜に赴任していながら敷居が高くて入れなかった。義父が岐阜に来た時に(??)初めて連れて行ってもらった。当時の私にはこの店の肉は衝撃だった。使用されている肉は飛騨牛と言っていた。
それから東京に戻り、潜龍のようなコースでステーキを提供する店に行く機会を得た。ただ確かに美味しいのだがあの時のような衝撃を受けなかった。何分、潜龍ではそれまで肉を吐き出していた娘が食べたのである。子供心に美味しい肉とそうでない肉を理解していたのかもしれない。そんな潜龍に昨年出掛けた。心待ちにした料理は私達には十分すぎる量だった。あれ、美味しいけどあの時の様な感動が無い。落ち着かない私を見透かすように、妻は歳を取ったのよと一言。そういうことかいつかは美味しいものも段々食べられなくなっていく。アボリジニの画家エミールウングワレーの絵のように徐々に混沌と・・・



人生はブーメラン

今年の正月から妻と諍いを起こしました。私は一泊二日で鎌倉に夜逃げしたのですが事の顛末をお話します。

私にも妻にもそもそも代襲と言う考え方はありません。いくら息子や娘と言ってもその仕事の適性はあるし、人が仕事を呼び仕事が人を評価するからです。

ましてや個人の能力なんて30年保持できれば恩の字です。だから、大企業は組織そのものが新陣代謝するのですから。

個人商店はもっと厳しい訳です。一代の経営指針が旨く引き継ぐ事が出来なければ会社をたたむべきです。

そんな事は百も承知の上、人生はままならないと思うことも事実です。

娘は岡崎に嫁ぎました。御主人は公務員です。普通ならば安泰でこれからも計画的、継続的生活が送れることでしょう。

しかし、色々な人を見てきた私としては、人間万事塞翁が馬と思えるのです。

人生なんて何が起こるか予想できません。昨日だって、大学時代の友人で一番、生真面目で確実な人生を歩んでいた友人から正月早々のエキセントリックいやいやドラマティックな実話を聞きました。

それと同じように人間の人生は決して静的でなく動的であり何が最適か、最良かなどと決めつけられないと思うのです。

娘や息子が自分たちの希望の通りの人生を歩む事が彼ら、彼女らの幸せとは限りません。

ブーメランのように遠くに言って、また戻ってきたり、本当に何がどうなるのか全く持って分からないのが人生です。

私が言いたかったのはそうした事が起こってもそれが私の人生だと楽しめる位に一所懸命に毎日を送ってほしいと思うのです。

こんなはずじゃなかったという言葉ほど私にとって心寂しい言葉はありません。

これも人生、あれも人生、オーママよ、それが心情なのです。