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2013年3月12日火曜日

Surfaceな街

以前ある方からこんな話を伺った事がある。

アメリカの東海岸と西海岸ではアジア人である我々に挨拶を返してくれるのは圧倒的に東海岸の方が多いと。

それもWASPである彼らの方が多いと言うのは驚きだった。

何でも西海岸は結局我々のような多人種の集まりで、とどのつまり同じなのだ。

妙に納得した。

先般、LAに滞在した折、息子の研究室のボスがLAはアメリカでも特異な街でとてもSURFACEだと言っていた。

確かにハリウッドの映画の舞台のように張りぼてに見えなくもない。

そのボスは東海岸の方が日本人にとって情緒的に合うかもしれないと付けくわえていた。

それも何となく分かる。

けれど、しかし、私はこのSURFACEな街が好きかも知れない。

我々は所詮トラベラーであり、永遠のトルバートールである。一か所に居を構え暮らしている訳ではない。トラベラーとして訪れるのだ。

そんなとき、歴史や伝統でがんじがらめにされた街より、SARFACEではあるが自由で気ままな街に居心地の良さを感じる。

LAは全米第2位の大都市である。でもNYやシカゴにはない田舎くささがある。

マルホランドからタウンタウンを眺めたらその意味が一層強く感じる。

ヨーロッパ特にパリには何回も行った。何回行っても尻の座りが悪く落ち着かない。

何故なら、伝統と歴史をこれでもかとトラベラーに強要する。

私はやはり東を見ているようだ。そう面(卯)舵イッパイである。取(酉)舵ではないのだ・・





2013年3月4日月曜日

リンダ・グラットン「ワークシフト」



この本の題名は正式には"THE SHIFT The future of work is already here"である。

2025年にあなたは誰と何処でどのように働いていますかと問われるのである。

ブログやSNSをやっているなら是非読んでおいた方が良いお薦めの一冊である。

2025年に私のように生きているかどうかも分からない老人は別として若い人はどのように考えるのか大変興味深い。

私は暫く前に友人に勧められ購入して読んだ。和訳本を一読して、それから原書を読んだ。

英国人らしい英文と簡易な説明は小気味良い。

私自身、今の若者のように生まれたときからネット社会が当たり前になっている人ではないから、ネットの無い社会に戻れと言われれば戻れる。しかし、戻ろうとは思わない。

それは有史以来新しい文明を享受した人間の性だと思う。

本は働き方に触れているが、私はもっと大きなパラダイム変化だと思っている。

私がサラリーマンをしていた流通業はもとより、製造業、運輸業、情報通信などなど・・・これらほとんどの業種がその良い悪いに関わらず影響を受けると確信していた。

大きな時代の変化の渦中にいるとその変化に気づき難い。

このブログを始めるきっかけは変化の中にいる私の備忘録のつもりだった。

文章が無性に書きたいときはこのブログで試験的に書いて見たり、その時その時思った事を綴っていた。

ところがそれにも思わぬ広がりがあった。

ずっと疎遠だった知り合いから連絡をもらったり、友人が私の今を知っていることだった。

昔なら友遠方より来るとなれば1日2日酒を酌み交わし膝つき合わせてお互いの事を話した後でなければ知りあえなかっただろう。それがあった瞬間に相手の事を理解していた(ある意味での)

さらにフェイスブックをこれまた勧められてやってみたら、やって初めて理解した。

どうして中東の春がこんなパソコンの画面で繋がっているだけでなし得たのか。

やっと理解した。

何故ならそれはアイデンティティの共有だったから。

繋がるということはある人間と同質化する。これは繋がりの無かった社会とは大きな違いだ。

何故なら、同一性を求めて繋がりを求めているからだ。当たり前なのだ。

しかし一方で自分に都合よくそれを利用しようとする人間もいる。

私がまだ使い方も分からずにSNSをやっていると、ある見知らぬ人から友達申請があった。ずっと無視続けていたが、あまり頻繁なので承認してしまった。その後、その人は自分の思想信条の正しさを同意を求めるがごとく、煩いほど発言するようになってきた。私はそっとボタンを押しなおした。

きっとこの逆だってあるだろう。ネットとはそういうものであると認識しなければならない。

フェイスブックの創始者マーク・ザッカーバーグがSNSは嘘が嫌いだと言っていた。その通りだと思う。繋がりの社会では嘘はすぐばれるから。

もう一面を考えておかなければならないのは、「人は良い評価を得られようと行動する」という事だ。

全人格的人間など存在しない。神でない限り、怒ったり、笑ったり、悲しんだり、喜んだり、悪い人になるときもあれば、良い人になる時もある。つまり、ネットに表れているのはその一面だと言う事。

その人の本当の悲しみや怒りなどは奥深くにしまってしまうのだ。

だから私はこうつぶやくことにしているネットでの情報は「確かにそういう一面もある」


12年前にLAに行ったときと、先月のLAで一番驚いたのは、全てが超スムーズになったことである。

レストランに出掛けても、ホテルについても全くまごつくことは無い。だって事前にどんな店かどんなメニューか知っているのだから。

道路だってLAの複雑なハイウェイを心配していたが、グーグルマップがあれば渋滞も時間も心配ない。ナビよりずっと正確だった。

だがこれをやりすぎるともはや観光など必要なくなってしまうのではないかと危惧する。

名所旧跡巡りはもうみんなの「知っている」になってしまっているからだ。

ではネットワーク時代の観光とはどういったものなのか?

その一つは自分のアイデンティティの旅だと思う。価値観と言うのは変化する。つまりその時々で自分は何を目指し、嗜好しているのか探す旅だ。

これはある一点の歴史を客観的に眺めるのではなく、時間と言う流れの中であくまで自分を中心に社会システムやその基盤を探す旅だ。そう動的観光なのだ。

私はことごとく前述の観光的旅行は遠慮している。申し訳ないが、どこぞの工場を観て回ったり、名所旧跡を巡る旅など御免被る。

いっそ、私が旅行の企画でもしてアィデンティティの旅を売り込むなんてのはどうだろう。
冗談だが、これは冗談でなく今度のパリに行ったらシャルルドゴール2に立ち寄る、今日決まった。いわば毎日の好奇心の積み重ねの旅なのだ。

閑話休題

変化にはリスクはつきものである。私の回りにはそのリスクの取り方について3種類の人間がいる。

ひとつはリスクを取らず最初からネットと距離いや拒絶してひきこもる地下人である。

もうひとつは積極的にリスクを取り、変化についていき、生き生きと自分を発揮している人達だ。伊藤穣一氏なとその典型ではなかろうか。

そしてもう一種類は仕方なくしぶしぶリスクを取っている人達だ。実は3番目が一番多い気がする。


過去の歴史を見てもパラダイム変化が起きた時に変化出来ないものは必ず淘汰される。

前述したワークシフトの中に「仕事と遊びの境界線を曖昧にすることが創造性を発揮する最良の方法だと述べていた。

自画自賛だが、幸せとは

Happiness=√(健康)×(人間関係+価値共有の時間)

なのだから・・・

定年で蕎麦打ちをするのでは遅いのだ。

昨日、LAの息子とスカイプした。LAは30度だという。息子の顔は暑くて汗ばんでいるようだった。

臨月を迎え里帰りした娘が階段から降りてきた。妻は息子と会話している。

犬は2匹横たわり眠ったままだ。幸せとはこんな一瞬かもしれない・・・・・


息子もお世話になったI・K氏から送られてきたマリブの昨日の写真・・このポイントは正式にはMalibu Surf riders Pointといい、海底はCobble Stoneと教えてもらった、53歳にしてまたあたらしい事を娘と同年代の人に教えてもらった・・・これも幸せである・・・間違いない・・・



























2013年2月4日月曜日

パリ憧憬



初めてパリを訪れたのは1997年だった。
降りたシャルルドゴール空港は古いターミナルでエスカレーターがガシャコショと音を立てていた。
建物を出ると11月のパリはもう真っ暗になっていた。
タクシーにトランクを詰め込み行き先のホテルを告げた。
途中から雨が降り始めタクシーの窓にはしずくが横に流れた。
小一時間でパリの市内についた。暗闇の中、タクシーは石段の下で止まり、ここから先は歩いていかなければならないと言われ、重いトランクを引きずるように運びあげた。
石段の中腹にはちょっとした広場があり、ホテルはその広場の横だった。
雨は不思議にあがっていた。
部屋は狭く、トランクを置くと足の踏み場もなかった。
翌朝目が覚めると外はまだ暗い、小さな食堂は10人も座れば満席になる。
クロワッサンのバターの香りが疲れた胃にコタエル。
私はゆで玉子だけ食べて表に出た。
当時はまだ映画のアメリも上映されておらず、パリの下町のモンマルトルには日本人は少なかった。
坂道を上がり、頂上付近のテルトル広場に行くと観光客相手の似顔絵かきが広場に点在していた。
広場の隅に小さなカフェがあった。11月なのに夏のように暑いその日は何としてもビールが飲みたかった。フランス語でビールはビェールだった。そこからパリの屋根が見えた。
あれから何度もパリに通った。飛行機もエコノミーから上のクラスに変わった、ホテルも少しずつ高級な物に変わった、食べるところも次第に要領を得てきた。
しかし、この時のパリが無性に懐かしい。高級でなくても、美味しくなくても、何も知らなくても、私を一番心ときめかせたのはこの時のパリだったからだ。石段の下から2メートル近くの大男のセネガル人がやってきて、同胞と間違えられ大きな手で握手されたのはこの時だけだった。あの男が出稼ぎで働いていたイタリアレストランは今もあるのだろうか。今年はパリに行ってみようか。



2010年10月6日水曜日

Montauk Yacht Club Resort And Marina



行ってみたいところの一つにロングアイランドの突端モントークがあります。

そこにモントークヨットクラブ&マリーナという施設があり宿泊が出来ます。プライベートビーチも付いています。

今度NYに行ったらまずここで2.3泊して、残りの2日をトライベッカのシェラトンにステイするという計画を考えています。

時期は今頃が夏の喧騒も終わり静かなビーチでいいのでしょうが、今は動けません・・・・

残念ながら本日も大切な商談です。いくぶん涼しいのでスーツも楽になりました。

本日は紺色のピンストライプのスーツに薄いブルーのシャツを合わせました。

2010年8月30日月曜日

やっぱり日本は変??  成田は遠い!!!

オーシャンプール&バー・グリルでエッグベネディクトの朝食を朝日に色着きを増したジンジャーの花を見ながら優雅に朝食をとれました。

まあ細かく言えばこのベネディクト、高級ホテルのコンラッドのものと比べれば月とすっぽんですが海風が美味しくしてくれました。

ホノルルへは10時20分のカパルア発なのでこれもゆっくりです。車を空港で乗り捨てられるのも便利です。行きは旅行会社の手違いでカフルイでしたが、ヴィラから5分でしかも飛行時間も22分と短く多少揺れたとしてもこちらをこれからは選択します。

ホノルル空港では案の定日本人の団体客が目立ちます。私達は航空会社のラウンジに直行です。

妻がビールを2本取ってこようとしたら、ハワイ州の法律で一人1回に着き1本と決まっているのでとお店の人が持ってきました。こんなの初めて聞きます。私の顔を見ていたので未成年者へのアルコールではないかと疑ったのかもしれません。

それにしてもSパパがD航空を使っていた頃とはきっと変わってしまったのでしょう、はっきりいって機内食は最悪でした。JALはもとより、ノースやUAよりも落ちます。時代変われば何とゃらのようです。

旅行用に一度第一線より退役させたビィトンのお財布を使っていたのですが、経年経過により裏側がボロボロになってしまいました。円高なので迷わずモンブランのお財布を買ったですが、DFSのチョンボで間に合いません。しかたありません。当機は離陸いたしました。

アイランドエアーのリコンファームのときも妻がホノルルで荷物をスルーにすると一つに着き10ドル掛るといわれたそうです。私は言われたことがありません。今回もオーバーウェイトの追加料金は取られましたがそれ以外はとられていません。

どうも州法も含めてそれぞれの解釈があるのがアメリカで、いうなれば人を見て話しているようです。でもそれ以外のインフラは整備されているので全体としてはスームーズな訳です。



成田に着くと比較的気温は低いのにこの湿度です。スカイポーターに無料なので荷物を預けリムジンのチケットを購入しようとしたらすでに満席です。次まで45分待たなければなりません。
45分待って乗り込んだリムジンは省エネのためと満員のせいで暑くて仕方ありません。途中渋滞もあり2時間掛ってタマプラーザに到着です。これおかしいです。飛行機に乗っている時間は7時間程度なのに自宅まで3時間は普通じゃありません。それも横浜でですよ。これ間違っています。

10月から羽田の国際線化が始まる聞いています。私はきっと羽田しか使わなくなると思います。

迎えに来ていた息子とタマプラで江戸前のお寿司を食べましたがこれが値段もそこそこに高くあまり旨くありません。なんとなく最後ががっかりの珍道中でありました・・・・・

2010年8月28日土曜日

マウイ通信 ディナー

最終日もしっかり海に入りました。お魚とは友達です。なんてね!!!
夕餉はスーパーで買ってきたカリフォルニアロールと下のマーケットの串焼きです。

合わせるのはケンドールジャクソンのリゼルバです。こんなラナイのディナーもいいかも。

ディナーの後は夕陽を見ながらライブを聴いて、バーでもう一杯です。

どうも36と76が間違えられるようでする。舌をしっかり引いて発音が要衝のところのようです。

一番最後は私のスケッチです(笑)  ・・・・・・・・


マウイ通信 最終日

明日は帰途です。5日間のマウイもあっと言う間に過ぎてしまいました。

今日は朝からシャワーです。北側の山には雨雲があり、すごいスピードで南下してきます。

貝好きの妻はパイアでみたトレイをどうしても欲しかったらしく自分で運転して行くと言っています。

私は唯一読み切っていない村上春樹氏の短編集を読む予定です。

方眼紙に自分なりに逗子の改装プランを考えてみるのですがどうも今一つ旨く行きません。

面積的にはここのヴィラとそう変わらないので組み合わせられるはずですが・・・・・・・

プールサイドでも考えてみます・・・・・・・

2010年8月27日金曜日

マウイ通信 サンセイ チャイナボウル

今日日本では「文」の会が催されるのに参加できず残念です。

午後よりシャワーがあって午前中とは打って変わって荒天です。

ウオークインでサンセイに向かいましたが店内に入ると1時間待ちとのこと、店を出てチャイナボートの姉妹店チャイナボウルに向かいます。そこまでのものでは決してありません。

途中、今回の旅行で初めて虹を観ました。

餃子にチャーハンとビーフンが今日の二人の夕餉です。

パドルで筋肉痛になった腕の重みが心地よい今日です。

マウイに来てまだ妻と諍いがありません。高徳のなせるわざです。

マウイ通信 ビューティフルディ

干からびた体に海水が一番とばかり朝からラハイナハーバーでサーフィンです。

妻も一緒なのでプライベートレッスンです。

ラハイナの波はロングライド可能で岸まで乗り継げます。

最初は手伝ってくれていた先生も途中から適当です。このゆるさが良いんです。

2時間で10本は乗りました。妻も何とかサーフィンできました。

そうそうこの海底はサンゴなのですが、うなぎ???がいて噛まれることがあるとのこと歩くのはご法度のようです。たぶんうなぎではなく、ウツボなのでしょうね・・・・

岸で一休みしていると主人を待っていた黒い犬が間違えたのか私の横に来てお尻を付けます。

でも途中で間違えたのが分かったのか横目で離れて行きました。本当に可愛い子たちです。

I love dogs!!!!!

マウイ通信 デュークス

昨晩のディナーはヴィラから歩いて隣のマリオットヴァケーションのレストラン「デュークス」にしました。

ワイキキにもある有名店ですがここのロケーションは抜群です。

これはこれから使えそうです。

まずは妻はマイタイで私はフローズンダイキリです。夕陽が綺麗です。

ウェイターが昔のカパルアベイホテルを知っていて、そこでのハウスワインがあるというのでもちろんオーダーしました。

妻はフィレミニヨン、私はリブです。

夕食後、ホームリゾートのバーで彼女はマティーニ、私は白ワインの続きです。

横に座っていたアメリカ人はワシントンから来ていたようです。彼は医療福祉系の仕事をしているというのでしばしアメリカの医療事情など聴かせてもらいました。とてもナイスガイです。

彼に1杯おごってしばし様々な話題です。彼はマイケル・サンデルを知りませんでした。

今日日本では文武両道の集いです。文が好きな私ですが今回は残念ですが参加できません。残念です。


2010年8月26日木曜日

マウイ通信  イアオニードル パイア

観光をしない私が今日はイアオニードルまで運転です。妻がハナに行きたいと申すのでなんとかこちらで手をうってもらいました。

まあ行ってみれば浸食が織りなす渓谷美とでも申しましょうか、とりあえずステートパークになっていました。

カフルイからパイアは近いのでパイアに立ち寄ります。こちらではラギットな風景に出会えます。




カフルイのマウイショッピングセンターでこちらのサイズのXXLの息子用のTシャツを購入し、ランチはこの中に入っているL&Lというプレートランチ屋さんで私はビーフサイミン、妻はマヒマヒプレートです。注文した後ここのチキンカツプレートが美味しいと有名なことに気づきました。

妻のマヒマヒプレートは2㌦ちょっとです。これでも満腹になります。

30号線を西にひた走り、途中オフィスマックスで方眼紙とペンを購入して、スタンドで給油してビィラに戻りました。リコンファームしていないことに気付きその足でカパルア空港です。
やはりカパルア空港の方がマウイに来たという実感が湧きます。

エレベーターに乗ってきた白人の3歳くらいの女の子が腕にウォータースライダーのリングをしていたので妻が「うおーたーすらいだー」と聞きましたが全く通じません。行き先を聞いても不思議がるばかりで自分で3階を押していました。日本人の「うぉーたーすらいだー」では抑揚がなく分からないのかもしれません。妻撃沈でありました。

マウイに来てプールにも海にも入らないとても珍しい一日になりました。明日は一日中水につかります。河童同様マウイで水煮入らないと干からびてしまう私であります。

2010年8月25日水曜日

マウイ通信 タイムシェア マリオットバケーション

マウイ島もこのところウェスティンに続き、マリオットもタイムシェアを作りました。

私たちのウェスティンからビーチロード沿いにあります。

規模も大きく、ワイキキの大型コンドミニアムのようです。

妻はウェスティンの方が明るく好きだと言っていますが、身びいきもあり人それぞれでしょう。

金額も大きく下がり、毎年使える人ならば絶対に買い時です。

ただ私たちはもうこれで十分です。「どれだけ元気で使えるか」が鍵なのです。

ビーチではロコが愛犬を連れて穴掘りをさせていました。熱いので冷たい砂に全身潜っていました。

2010年8月24日火曜日

マウイ通信 ラハイナ

新しく出来たラハイナのバーンズ&ノーブルに建築関係の本を探しに出掛けます。

ラハイナハーバーの夕陽です。

妻はフロントストリートの505ショップを観たいみたいです。観です。

夕餉はいつものようにポーサイゴンです。一品多く頼んだ妻は必死です。

腹ごなしのドライブでカパルアのホノルアストアでワインです。

のんびりしたマウイの一日が過ぎていきます。

マウイ通信 ビーチダイブ


午前中重いのに持ってきた雑誌に全て目を通して、残った数冊も読破しました。

恩田陸さんの新しい小説も期待していた時間的なグルーブ感がなく少し興ざめでした。

ビーチからスュノーケリングです。一週間のレンタルで借りました。

初めての水中撮影です。残念ながら今日はホヌは見かけませんでした。

相変わらず水を得た魚のごとく水中では妻は「スポーツ万能??」のようです。間違ってもブダイ似ているとは言わないで下さい(笑)

青ヤガラとまでは申しませんがもう少しスマートな魚にお例え下さい(笑)


波が荒く目が回るのはご容赦ください。カアナパリの水中でした。

昼食は一つのハンバーガーを二人で分けて丁度良い量です。

マウイ通信 番外編 日本国自動化ゲート

今回成田の出国のときにしか手続きの出来ない今年より始まった日本国の自動化ゲートを登録しました。登録には指紋とパスポートのみでした。

混雑時にはこの自動化ゲートが利用できるので迅速な出国が可能となります。

ハーツのナンバーワンゴールドも有効度高しです。今回もレンタカーの手続きが長蛇の列だったのですがゴールドカウンターはすきすきです。それでいて安くなるのですからいうことはありません。

番外のお知らせ情報でした。

マウイ通信  日本人 ヴィラの設計 

今日も風が強く雲をかきわけて太陽が顔を出しています。いつもより長く睡眠が取れました。体調はバッチリです。

それにしても日本人が少ないです。もともとカパルアやこのウェスティンビラは日本人の少ない場所でしたが日本人に元気がないような気がします。リーマンショック後にワイキキに行ったときにどこのブランドブティックの店員さんもあまりの少なさにあきれ顔だった以来の少なさです。

アメリカ人は(多くの中流家庭)バケーションは外しませんが、ブランドブティックで買い占めたり、高級レストランに行ったりしません。キッチンで簡単な食事を作り、ビーチではタオルやござを敷いてお金を掛けません。このあたりが日本人と違います。日本人は景気に極端に左右される国民性のようです。


洗濯機や乾燥機は浴室に置かなければという発想もこういうコンドやビィラの作りを見ると勉強になります。部屋のコアにあっても外が見えるようにしたこの浴槽の設計はハレクラニのジュニァスイートと同様です。この広さで900スクエァフィート(約89㎡)です。


2010年8月23日月曜日

マウイ通信 行く川の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず

昨年の9月にこのチャイナボードに10人近くが集まった事を考えると今回の二人のマウイとのギャップに感慨深いものを思います。よくもあれだけの人数が集まってくれたものだと驚きです。

スターマーケットで食料品を購入した後、二人なので作るのも面倒とここに来ました。



内装が綺麗になっていました。メニューも一新され残念ながら私の好みの「白身魚の薄切りブラックビーンズソース」が姿を消していました。なんとオーナーが変わったとのことです。

私も妻もスープに前菜とメインが一つついたコースBです。一人15㌦少しでした。心配していた味は?
味はいつもの少し濃いめの味付けです。ひと安心です。

「行く川の流れは絶えずしてしかもむもとの水にあらず」吉田兼好の方丈記を思い出します。

今回の私たちの足はこのブルーのマスタングです。妻がハンドルを握ります。

この色ここだから良いですけど日本では絶対に浮きます。バドライトのようなものです????




夜は窓を開けると涼しいくらいです。日本から避暑とは本当です。この気候は変わりません。

マウイ通信  ホノルル カフルイ  ウェスティン到着


ホノルル上空はいつもよりやや雲が多い気がします。乗り継いでカフルイです。

カフルイからレンタカーを借りて一路ウェスティンです。

お腹がすきました。プールサイドでビールとケサディーラにシーザーサラダです。眠たいので海辺にパラソルを借りてお昼寝です。






さっきまでの雲は強い風で飛んでなくなってしいました。気温26度カラッとしたマウイの天気です。