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2013年1月31日木曜日

ささやかな楽しみ



この季節になるとささやかな楽しみが増える。もっとも花粉症という難苦を替わりに背負うはめになるのだがそれでもマスクをして戸外に出て、小鳥のえさ箱にそっとみかんやパンの屑を置いてくる。
テレビでも紹介されていたが私と同じように小鳥が来るのを楽しみにしている人も多いようだ。
今の時期はメジロ、ヒヨドリ、シジュウカラだ。シシュウカラはかんきつ類より稗や粟を好む。みかんはメジロとヒヨドリの人気メニューで取り合いになる。取り合いと言っても大きさの違う2羽だからヒヨドリが居ない隙にメジロが食べるので、ヒヨドリの死角になるところにもみかんを置く。メジロは必ず2羽で現れる。低い茂みに身を隠し、そっとえさ場に近づいてくる。そこにいくとヒヨドリはえさ場から離れた止まり木でこちらのようすを窺っている。ヒヨドリも一羽ずつ性格が違うようだ。メジロがいても我関せずと食べ続ける鳥もいれば、一目散にメジロを追い払ってから食べるものもいる。そんなやつが別のヒヨドリから追い払われたりすると、これはまた面白い寸劇を見ているようでもある。
野鳥だから警戒心も強く、普通は人影が近づけば逃げるのだが、ある年の鳥は違った。そう2年前の震災の直後だった。私が戸外に出ても逃げないのだ。手から餌を取ることはしないが、宙に放り投げるとそれを直接キャッチして食べたのだ。それ以来、その年はずっと空中キャッチの連続だった。あれは震災で元気をなくした人間への哀悼だったのかもしれない。
私は幼い頃文鳥を飼っていた。最初の一羽はふつうの色をした文鳥だったが、2羽目は真っ白な文鳥だった。ピーコと名付けた。ごくありふれた名前のその鳥は頭が良かった。人の声を聴き分けられた。私と母が同時に呼ぶと必ず私のところにきた。私は誇らしかった記憶がある。文鳥は繁縷が好きだった。幸い畑でなく河原のそれは農薬の心配もなく、それでも綺麗に洗って文鳥に与えていた。手の中で眠るその鳥は暖かく、幼い子供の友達だった。母が余計な事をした。毛づくろいをする鳥を何か虫が付いて痒がっているのだろうとDDTをかけた翌日冷たくなっていた。
あれから四半世紀今でも動物が好きだ。でも籠の鳥はもう飼わない。可哀想だから。こうして自由にきままに遊びに来る鳥たちと楽しんでいる。





2011年3月28日月曜日

ヒョちゃん  

3日間家を離れていたのでもうどこかへ行ってしまったのかなと思っていたら、朝ヒョちゃんが鳴いています。

行く前に、手製(手製といっても木の余りものを接着剤で付けた簡単なもの)の餌箱を作っておいていったのです。

私が出て行っても逃げません。今日はパンの屑を放り投げてやると直接器用に食べます。

何匹か来ますが、この子が一番度胸が良いのです。

こんな小さな生き物にも個性があり、ちゃんと他の動物ともコミュニケーションをしています。地球にいるのは人間だけではないのだと思い返します。

小さな生態系の頂点にいるカラスさえ今日はヒョちゃんが勝っていました。面白いことです。

周りの小さな出来事もその人次第です。私はとても幸せな気分でヒョちゃんの動きを見ていました。

小さなころ煙突から落ちた雀や傷ついたカラスを飼育したこともあります。蝙蝠も飼育しました。

餌付けして唯一馴れなかったのはイタチです。足尾の裏山のほこらの住処に餌を置いてくるのですが、餌は無くなっていても姿は見えません。そうイタチは夜行性なのです。夜は怖くて行けません。何分その沢はマムシ沢と呼ばれていましたから・・・・

自然は自然のままが一番だという人がいます。私もそう思います。餌をやる行為はその自然の摂理に反すると言われるでしょう。その通りです。

でもでも、子供が人間以外の動物と触れ合うことで、人間のエゴや生命の大切さを学べるのだとしたら、その行為も無駄ではないのでは??

愛犬にはドッグフード以外与えないという厳格な愛犬家もいます。それはそれで良いではないですか。

しかし、どうせ短い人生(犬生?)です。一緒にいられることがこんなに幸せだとお互い思いたいじゃありませんか。と私は不届きにもメイプルのシュークリームのかけらをさくら達に与えてしまうのです・・・・

庭の雪柳が咲き始めました。妻は鳥に来てほしくて実になる木を植えています。ぐみ、きんかん、キウイ、こけもも・・・・・この地球はものすごく微妙な関係で成り立っているのです。しかし、それは決して弱いということではありません。生命の持つ力強さを兼ね備えているのです。