Ⅶ
優子の自宅は国道一号線の混雑で有名な原宿の交差点から少し入ったところの住宅街にあった。
洋風のその建物は年数こそ経っているものの良く手入れのされたものだった。庭は南側に造られ、玄関横にはシュロの木が植えてあった。
優子には4歳違いの妹がいる。一年中真っ黒な優子とは違って色白の高校生の智子だ。優子の家に行くと洋一と優子の間に入るようにして二人の会話をよく聞いている。でも洋一にとっても智子が間にいることで、それが優子に対してみえないカーテンの様で都合が良かった。
ある日、智子の誕生日にケーキを買って出掛けたことがある。ケーキは洋一のアパートのある駅近くで有名なパティシェが作るものだった。ケーキの箱を開けると中を覗き込むようにして、智子は「好きなものがなーい」と屈託なく声をたてそのまま笑いながら二階に上がって行ってしまった。智子にはそういうところがある。冷蔵庫にケーキをしまって、二人は近くの権太坂にある炭焼きハンバーグで有名なファミリーレストランに出掛けた。洋一は甘いものが苦手だった。
ガラス越に焼かれる大きな肉の塊を見ながら、洋一は一週間前に出掛けた渋谷での講演の様子を話し始めた。
講演の内容に優子は全く興味のない様子だったが、洋一がレコード会社ではなくその会社にしようかと迷っていると話をしたら、その時だけ優子は「じゃコンサートやツアーに行ける特典はお預けなのね」と少しつまらなそうな顔をした。
料理が運ばれてくる頃にはいつもの優子に戻り「でも行きたいところに行くのが一番だものね、レコード会社だって洋楽とは限らないし、演歌の歌手のどさ回りにつきあうっていう事もあるし」と一人で食べながら笑っていた。
満更冗談ではなかった。2つ目の会社で君は演歌に向いていると洋一は言われたのだ。
二人は店を出て、車をUターンさせ国道一号線から第三京浜にのった。
空の高いところに宵の明星が出ている。西の空の端が茜色に燃えているようだった。
バックミラーにその茜色の空が取り残され、次第に闇の中に沈むように小さくなっていった。
街路灯はそんな茜色の空に突き刺さるようにサイドミラーを流れて行った。