牡蠣のお話
牡蠣好きのご仁は多いと思うが、我が社のT氏程牡蠣にぞっこんの人間はいないと思う(もっともT氏は鰻も相当な好物であるが)
私が牡蠣を初めて意識したのは小学校5年生のときである。祖母の姉が石巻で旅館や結婚式場、仕出し料理屋など手広く商いをしていたので、うろ覚えながら石巻に行った記憶がある。そんな祖母の姉より桐生に気仙沼と書かれた木樽が送られてきた。中を見ると殻を外した牡蠣がびっしりと詰まっていた。子供心にその匂いとグロテスクな異形からしばらく当分の間牡蠣は私の頭から消えてしまった。
それから10年、秋の日もつるべ落としという表現がぴったりの11月初旬。大学進学で上京して私はアパートに程近い笹塚の定食屋に入った。当時の私は3食揚げものでも大丈夫な空腹な血気盛んな若者である。それでも昼食に学食でかつ丼を食べたのでトンカツは選択枝から消えていた。海老フライは高くて手が出ない。そこでとなりの牡蠣フライ”旬”とあるものが目にとまった。十数年脳裏から消えていた牡蠣であるが、なにせ”旬”である。勇気を持ってオーダーしてみた。(実は隣のサラリーマンが揚げたての牡蠣フライをあまりに旨そうに食べていた)
運ばれて来たその牡蠣は小さいながらも身がぷりっとしていた。まだ揚げたてのジュージュー音がするその黄金色の身に檸檬をたっぷりと絞って、ウスターソースを掛けて食した。う、う、旨いじゃないの、何で今まで食べなかったのだろうと自分の狭量さを責めたものの、既に次の瞬間には次の牡蠣に箸を伸ばして、今度は付け合わせの大根おろしに醤油で食していた。それ以来牡蠣フライは私の大のお気に入りになった。
それからまた十数年が経過し、経済的にも時間的にも余裕が生まれて来た。牡蠣についてもその興味から本を読み調べてみた。「牡蠣礼賛」という新書は東北で森から育てている畠山さんの著書でいかにして牡蠣が作られるのか現場の立ち位置で詳しく書かれていた。残念ながら今回の震災で甚大な被害を受けたと言う。一早い復興を願うばかりだ。
生牡蠣と言えば今までは産地の一部の場所でしか食べられなかった。ところが輸送手段と栽培方法(こちらの要因が大きいと思う)の発達から産地以外でも食することが出来るようになった。貝と言うのは同じ種類でも生育環境によって体内に蓄積される毒素の量が変わってくる。これが所謂、貝毒である。新鮮さとこの毒の多さは比例しないのだ。今では紫外線、オゾンなど新たな方法でこの貝毒を減らし生食用として出荷している。これによりRのつく月以外は食べてはいけないという不思議の国のアリスの一場面も塗り替えられるかもしれない。
生食をしない西洋人であるが、この牡蠣に限ってはそうではないらしい。アメリカ人もフランス人もこの牡蠣の美味しさに抗えなかったのであろう。
牡蠣には日本の牡蠣のように縦長の形をしたものと、もう一つ丸く平べったいものがある。日本ではほとんど見られないが北カリフォルニアやボストンではこのタイプを見かける。フラッターといった。フランスでもよく食べられていると聞いたが、近年このタイプがフランスで全滅したと言う悪いニュースも聞いた。それほど牡蠣は環境に敏感なようだ。
生牡蠣は問題ないのだが、問題なのは火を入れて食す場合の事だ。生食用の牡蠣はやはりどうしても痩せてしまう。もちろん旬ならば大きな三陸産も手に入るが今のような季節ではそれも無理だ。そこで数年前から旬の大ぶりのカキを瞬間冷凍したものを使ってみた。
これがすこぶる調子が良い。旬の牡蠣なので身も痩せておらず、旨みも凝縮している。
そういえば、しじみ類など貝類の旨みの成分は冷凍するとさらに旨みが益すと聞いたことがある。なるほど納得した。
ここで牡蠣のロックフェラーについて蘊蓄をさらりと。この料理が生まれたのはルイジアナ州のアントワーヌズというレストランである。ここは街角がフランスに似ているフレンチクォーターに立地しており、同店でも本場仕込みのフランス料理が作られていたようである。そこである時に牡蠣にホウレンソウや香草のソースを掛けて店で供したところ、客がロックフェラーのようにリッチじゃないかと驚嘆した事から命名されたとある。真偽の程は定かではないがそういう事にしておこう。
そこで私流の牡蠣のロックフェラーの作り方である。料理店のように牡蠣の殻に綺麗に盛り付けたのでは、30人以上のゲストに同時にお出しすることは出来ないので、オーブンに入るぎりぎりの大きさの琺瑯皿でいっぺんに作るのだ。
牡蠣のロックフェラー オリジナルレシピ
※冷水又は冷蔵庫で牡蠣を解凍する
※用意するもの
牡蠣(冷凍)、エシャロット、にんにく、パセリ、ホウレンソウ、イタリアンパセリ、パルミジャーノ、パン粉、白ワイン、生クリーム、塩、胡椒、パター、オリーブオイル、タバスコ
①
フライパンにニンニクの微塵切りを炒めて香りが出てきたら捨ててホウレンソウを塩、胡椒して炒める。最後に白ワインを入れてアルコールを飛ばす。
②
上記が冷めたらフードプロセッサーで生のイタリアンパセリとともにペースト状にする(ホウレンソウのソース)
③
別のフライパンで低温のオリーブオイルでエシャロット、にんにくのみじん切りを炒めて香りが出てきたら白ワインを加えてアルコールを飛ばす
④
上記に生クリーム、パルミジャーノ(半量)、パセリのみじん切りを加え塩、胡椒で味を整える(ホワイトソース)
⑤
フライパンにバターとオリーブオイルを入れ牡蠣の表面ががプリッとするように軽く焼く
⑥
琺瑯皿にバターを塗り、ホワイトソース、牡蠣、ホワイトソースの順で重ねる
⑦
表面にパルミジャーノ(半量)、パン粉、ホウレンソウのソースを掛け、黒胡椒を掛けオープンで焼きあげる(焼きすぎに注意)
※合せるワインは辛口の白。個人的にはサンセールなんかが良いと思う。
※お好みでタバスコをこれがまた旨い