4月1日にTESLAのMODEL3を予約しました。
20世紀はまさしくエンジンの時代でした。
私が乗り継いだ車はどれも個性的なエンジン音を轟かせ、運転する喜びを感じたものでした。イタリア車は艶めかしいまでの内装とよく壊れる内燃機関のギャップが稀代の悪女を連想させ、分かっているのに止められない魔性の車でした。一方、イギリス車はロングストロークから送られる力強いトルクが大地を鷲掴みしながら、猫足と称されるサスペンションの華麗さは英国貴婦人を連想させるものでした。アメリカ車は良くも悪くもダルな車でハンドリングの大雑把さと必要以上の馬力の滑稽さががアメリカの荒野の道無き道を走る姿に見事にオーバーラップしたものです。
ところが21世紀に入って、どのメーカーの車もエコロジーの合言葉の上で燃費ばかりを気にして個性のない車ばかりになってしまいました。これも時代の要請かと半ば諦めながらも一言申し上げたいと思い不躾ながら筆をとった次第です。
そもそも車は全て不経済です。私が言っているのではありません。日本を代表する経済学者の宇沢弘文氏が数十年前から、どんな言い訳をしても車を所有するのは不経済だと看破しているのですから。それをエコだから(エコロジーを否定している訳ではありません)お財布に優しいからなどと言い訳をして所有する位ならば、それこそシェアの発想で所有しなくても良いと思っています。私が言いたいのは車は贅沢品だと言うことです。その車を所有するだけの経済力があるならばどんな車を所有したっていいのです(笑)
私は今2台の車を所有しています。1台は2006年製の白のゲレンデワーゲン、これはDOHCになる前のOHCのエンジンです。ロングストロークと強い低速トルクが特徴ですが走行距離は10万キロ近くになります。もう一台は2008年製のポルシェ911カレラSです。空冷ではありませんが、フォルクスワーゲンに買収される前の真性ポルシェです。
ゲレンデはご存知のとおり、NATO軍で使われている軍用車がベースですが、日々それらは改善され続けています。確かにオーバースペックかもしれませんが、大雪の軽井沢で3日間完全孤立した時、道路を走っていたのは自衛隊の車両と私のゲレンデ位なものだったのですからオーバースペック大歓迎だったのであります。911は所有して既に4年が経過しますが全く壊れません。タイヤ交換したくらいです。ですから何の不満もないのですが唯一の瑕瑾なのは燃費です。いや、燃費というとお前も同じじゃないかと言われそうですが、地球環境に負荷を掛けている点では好ましくはありません。
各メーカーの車の多くはHBという手法をとります。このHBというのが厄介で二つの仕組みを併用するわけですから複雑になり部品数が増え、1台あたりの環境負担はHVでない車の1.5倍も掛かるとの試算もあるようです。電気自動車に至ってはまるで話しになりません。国産車の航続距離では実用になりません。政府は水素燃料車を推進していますが、インフラの整備に一箇所数億円掛かり、かつ現在のガソリンと同価格だとすれば一般に広まるとは考えにくいものです。
そこへ行くとシリコンバレー生まれのテスラは330kmの航続が可能です。さらに家庭用の電源からでも簡単に給油ならぬ充電が可能です。さらに同社が進めている自動運転機能が完成すれば過疎地の老人用自動車として大変便利なものになります。とまあここまではいいコトずくめのお話なのですが、ここで注意しなければならないのはその充電方法です。電気自動車の燃料コストはガソリン車の1/9という人も居ますが、それは深夜の一番安い料金で自家充電した場合です。これが外出先での充電ということになれば一気にコストは跳ね上がります。スーパーや量販店で見かける充電ステーションは会員制をとっており、月額3,800円から4,200円の会費がかかる仕組みになっています。会員にならずに充電することも可能なようですが、30分の利用料金が1500円掛かることになります。さらに1回の利用が30分以内と決められており、モデル3を充電する場合には追加であと10分しなければならず、総コストは2000円となってしまいます。つまり330kmのコストが2000円ということです。つまり1kmあたりのコストが6.06円ということになります。
燃費が良いプリウスHBが40km/lとするとガソリン価格が107円/lとすると1kmあたりのコストは2.675円と電気自動車よりコスト的には優れた形になってしまうのです。それもこれも急速充電設備のインフラコストが高く、そのため充電料金に跳ね上がるからです。
テスラを導入する場合、家庭用充電設備が必須です。これならば予めスケジュール管理し、深夜の安い電気によって充電が可能となります。太陽光パネルと組み合わせれば究極の循環型エネルギーとしての使用も可能となり、災害時の緊急用バッテリーの機能も果たせるからです。
結局コスト????と訝しがる御仁も多いでしょうが、そんな訳じゃありません(笑)その証拠に新しいゲレンデワーゲンのG550の試乗予約もしてしまいました。V84リットルツインターボのエンジンのどこがエコ???
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2012年10月16日火曜日
マッチング理論
今年のノーベル経済学賞はマッチング理論の構築と実践のアルビン・ロス教授とロイド・シャブレー名誉教授に授与されました。
ノーペル賞というものもはやりすたりがあるようで殊、この経済学賞に至っては2010年にもこのマッチング理論に関する研究者に与えられているのでまたかという印象です。
日本でもこのマッチング理論をもとにして大学の選択基準(入試の選抜方法と選考)などの研究もなされていて、アメリカでは実際に臓器移植の際のドナーとのマッチングにも応用されているそうです。
条件が複雑になり、選択の多様性が増す状態になればなるほど、どうやらこのマッチングは効果をあげるようです。ならば多様性の現代はこのマッチングが重要なキイワードとなることは明白です。
そもそもロイド・シャブレイ氏が安定結婚問題と称するマッチング理論を世に出したのが1969年ですから、この二人にとっては決して早すぎる受賞では無かった訳で、我々のような門外漢がとやかく言うのは控える事にします。
個人的には何故村上春樹氏が受賞しなかったのか、不思議で仕方ありません。ノーベル賞を取るも取らぬもほんの少しの違い、運とタイミングという気がしてなりません。
ノーペル賞というものもはやりすたりがあるようで殊、この経済学賞に至っては2010年にもこのマッチング理論に関する研究者に与えられているのでまたかという印象です。
日本でもこのマッチング理論をもとにして大学の選択基準(入試の選抜方法と選考)などの研究もなされていて、アメリカでは実際に臓器移植の際のドナーとのマッチングにも応用されているそうです。
条件が複雑になり、選択の多様性が増す状態になればなるほど、どうやらこのマッチングは効果をあげるようです。ならば多様性の現代はこのマッチングが重要なキイワードとなることは明白です。
そもそもロイド・シャブレイ氏が安定結婚問題と称するマッチング理論を世に出したのが1969年ですから、この二人にとっては決して早すぎる受賞では無かった訳で、我々のような門外漢がとやかく言うのは控える事にします。
個人的には何故村上春樹氏が受賞しなかったのか、不思議で仕方ありません。ノーベル賞を取るも取らぬもほんの少しの違い、運とタイミングという気がしてなりません。
2012年1月11日水曜日
J.K ガルブレイス
テレビを付けると白人の大男が今回の金融危機についてマイクにしゃべっていました。
誰かに似ていると思ったら字幕にJKガルブレイス教授とあります。
えっ!!!確かにケネディの政策顧問も務めたガルブレイスは2006年に96歳で死去したはずです。
風貌や背格好もとても似たこの人物はガルブレイスの息子だったのです。テキサス大で経済学の教授をしているようです。
私のようなロートルにはガルブレイスと言えば「不確実性の時代」というほど彼の著作は多くの日本人に読まれていました。
彼の評価は合理的な整合性が無いとか、後にフリードマンらによって批判もされますが、彼の不確実性そのものが企業という発想は今日の投機的マネーの流れを一部読み当てています。
サプライサイドの政策では資金を市場に潤沢に供給すれば、企業が潤い、個人にもその資金が回るはずですが、実際にはそうなっていません。
日本でも小泉政権下で行われた超低金利政策により、流動性の罠が発生し、この政策が間違っていることを証明しました。
番組の後半でこうした投機的マネーについて日本通の経済学者が流暢な日本語で経済が金融資本主体で構築され無秩序に市場原理で動いている。そして投資ではなく投機的なマネーが世界
を席巻していることを人間の英知によって解決するべきだと結んでいました。
サプライサイドの経済学を全て批判するつもりはありませんが、財政政策が有効なのはある一定の金利下においてだと思うのです。
かといって市場を人為的に急速に閉塞させれば経済は暴発します。
ただひとつ言えるのはこうしたマネーの怪物は敏感だということです。
ドイツの国債がマイナス金利です。彼らはリスクに大変敏感です。少しでもリスクの無い舟に乗ろうと後先関係なしに動いています。
我が国の首相が消費税をぶちあげました。確かに政策的なアピールだとしてもこれが現実になるためには新たな成長戦略とともに実現可能性を表さなければ、何だ花火かと敏感なマネーは一挙に動くでしょう。
誰かに似ていると思ったら字幕にJKガルブレイス教授とあります。
えっ!!!確かにケネディの政策顧問も務めたガルブレイスは2006年に96歳で死去したはずです。
風貌や背格好もとても似たこの人物はガルブレイスの息子だったのです。テキサス大で経済学の教授をしているようです。
私のようなロートルにはガルブレイスと言えば「不確実性の時代」というほど彼の著作は多くの日本人に読まれていました。
彼の評価は合理的な整合性が無いとか、後にフリードマンらによって批判もされますが、彼の不確実性そのものが企業という発想は今日の投機的マネーの流れを一部読み当てています。
サプライサイドの政策では資金を市場に潤沢に供給すれば、企業が潤い、個人にもその資金が回るはずですが、実際にはそうなっていません。
日本でも小泉政権下で行われた超低金利政策により、流動性の罠が発生し、この政策が間違っていることを証明しました。
番組の後半でこうした投機的マネーについて日本通の経済学者が流暢な日本語で経済が金融資本主体で構築され無秩序に市場原理で動いている。そして投資ではなく投機的なマネーが世界
を席巻していることを人間の英知によって解決するべきだと結んでいました。
サプライサイドの経済学を全て批判するつもりはありませんが、財政政策が有効なのはある一定の金利下においてだと思うのです。
かといって市場を人為的に急速に閉塞させれば経済は暴発します。
ただひとつ言えるのはこうしたマネーの怪物は敏感だということです。
ドイツの国債がマイナス金利です。彼らはリスクに大変敏感です。少しでもリスクの無い舟に乗ろうと後先関係なしに動いています。
我が国の首相が消費税をぶちあげました。確かに政策的なアピールだとしてもこれが現実になるためには新たな成長戦略とともに実現可能性を表さなければ、何だ花火かと敏感なマネーは一挙に動くでしょう。
2011年11月17日木曜日
THE NEXT CONVERGENCE マイケル・スペンス
来るときに一読したマイケル・スペンスの英語版がバーンズ&ノーブルに並んでいました。
早速購入し、一読してみると意外と平易な英語です。日本語の方が難解かも・・・・
帰国したら日本語版を渡したO川家にプレゼントします。
経済学を専攻している長兄と負けず嫌いな長女とどう折り合いをつけるか楽しみです(笑)
早速購入し、一読してみると意外と平易な英語です。日本語の方が難解かも・・・・
帰国したら日本語版を渡したO川家にプレゼントします。
経済学を専攻している長兄と負けず嫌いな長女とどう折り合いをつけるか楽しみです(笑)
2011年10月17日月曜日
RATIONAL FOOL
新古典派と呼ばれる人たちも、ケインジアンも経済人として合理的な人間を仮定する。
アマルティア・センはそうした人たちを合理的愚か者=RATIONAL FOOLとして概念化する。
この考え方はロールズにも近い・・・・・
世界中で起こっている格差是正のデモはこの合理的愚か者に向けられている・・・・・
合理的愚か者は果たして人間なのだろうか、私には自由主義と国の垣根を越えたグローバリゼーションが生まれたそのシステム全体があたかも人格を持っているかのように感じられる・・・・
組織を標的とすることは自らが属する社会そのものを標的とすることになる。つまりは自己攻撃・・・
倒せぬ相手いや倒せるかもしれない膨大な自己犠牲と社会崩壊を許すのであれば・・・・
アマルティア・センはそうした人たちを合理的愚か者=RATIONAL FOOLとして概念化する。
この考え方はロールズにも近い・・・・・
世界中で起こっている格差是正のデモはこの合理的愚か者に向けられている・・・・・
合理的愚か者は果たして人間なのだろうか、私には自由主義と国の垣根を越えたグローバリゼーションが生まれたそのシステム全体があたかも人格を持っているかのように感じられる・・・・
組織を標的とすることは自らが属する社会そのものを標的とすることになる。つまりは自己攻撃・・・
倒せぬ相手いや倒せるかもしれない膨大な自己犠牲と社会崩壊を許すのであれば・・・・
2011年10月11日火曜日
合理的期待 パレート最適
アメリカ人2氏のノーベル経済学賞が決定しました。
クリストファー・シムズ教授とトーマス・サージェント教授です。
残念ながらシムズ教授の事はあまり知りませんでしたが、サージェント教授といえば合理的期待を導入した第一世代の新古典派経済学者だと思っていました。
私にはこの合理的期待というものが今一つ理解出来ません。それに95年に真水学派の本丸シカゴ大のロバート・ルーカス教授が既に受賞していたはずです。
この分野では実質的景気循環理論=リアルビジネスモデル論として2004年にも2氏が受賞しており、何かノーベル賞はこの方向性に偏っているように見えるのですが如何でしょうか・・・
何故、私がこの理論を好きになれないか、それはその仮説である合理的個人の存在と貨幣の中立性を建前としているからです。
経済の動きは絶えずパレート効率的(集団内では誰かの効用を犠牲にしなければ他者の効用を高めることができない)とする理論を前提としているからです。
マクロ経済学の理論は数字を多用します。それは科学的と呼ばれるのかもしれませんが、そもそも経済は科学の対象なんでしょうか、我々の欲と善意の蠢く経済は・・もっと哲学的に様な気もしますが・・・・
小さな白い丸と黒い丸を遠くでみるとグレーに見えるように、マクロ経済の問題はそこだと思うのです。ここの小さな個別の状況を見誤らせる恐れです。一応、ミクロ的見地での検証をしているらしいのですが・・・・でも非自発的失業はないというのは無理があるでしょう・・・
私は一つのケーキを一人で食べるより、家族や仲間と別けて食べた方が効率的だと思うのですが如何でしょうか・・・彼らに言わせればこういう人間は合理的経済人ではないということらしいです・・・・・
そしてこの二人の理論にしたがえばどんな財政・金融政策も無効となってしまうのです。
クリストファー・シムズ教授とトーマス・サージェント教授です。
残念ながらシムズ教授の事はあまり知りませんでしたが、サージェント教授といえば合理的期待を導入した第一世代の新古典派経済学者だと思っていました。
私にはこの合理的期待というものが今一つ理解出来ません。それに95年に真水学派の本丸シカゴ大のロバート・ルーカス教授が既に受賞していたはずです。
この分野では実質的景気循環理論=リアルビジネスモデル論として2004年にも2氏が受賞しており、何かノーベル賞はこの方向性に偏っているように見えるのですが如何でしょうか・・・
何故、私がこの理論を好きになれないか、それはその仮説である合理的個人の存在と貨幣の中立性を建前としているからです。
経済の動きは絶えずパレート効率的(集団内では誰かの効用を犠牲にしなければ他者の効用を高めることができない)とする理論を前提としているからです。
マクロ経済学の理論は数字を多用します。それは科学的と呼ばれるのかもしれませんが、そもそも経済は科学の対象なんでしょうか、我々の欲と善意の蠢く経済は・・もっと哲学的に様な気もしますが・・・・
小さな白い丸と黒い丸を遠くでみるとグレーに見えるように、マクロ経済の問題はそこだと思うのです。ここの小さな個別の状況を見誤らせる恐れです。一応、ミクロ的見地での検証をしているらしいのですが・・・・でも非自発的失業はないというのは無理があるでしょう・・・
私は一つのケーキを一人で食べるより、家族や仲間と別けて食べた方が効率的だと思うのですが如何でしょうか・・・彼らに言わせればこういう人間は合理的経済人ではないということらしいです・・・・・
そしてこの二人の理論にしたがえばどんな財政・金融政策も無効となってしまうのです。
2011年2月24日木曜日
竹森俊平 「世界デフレは三度来る」
すでに既読の方も多いと思う慶応大学経済学部教授の竹森俊平氏の佳作です。
この本の中で自らの名前?(最初はペンネームかと思った)シュンペーターの創造的破壊を単なる迷信にすぎないと批判しています。
さらに同大の同僚I氏やS氏さらに元日銀総裁のM氏に対しても痛烈に批判しているのです。
個人的に極端なリフレ派のマクロ経済理論はしっくりとこないので、竹森氏のような折衷的思考は好みです。
この本の中で自らの名前?(最初はペンネームかと思った)シュンペーターの創造的破壊を単なる迷信にすぎないと批判しています。
さらに同大の同僚I氏やS氏さらに元日銀総裁のM氏に対しても痛烈に批判しているのです。
個人的に極端なリフレ派のマクロ経済理論はしっくりとこないので、竹森氏のような折衷的思考は好みです。
2011年2月23日水曜日
宿題提出
Sパパが講演の前に会場の聴視者であるKBSの方と同窓の大先輩方に出されていた宿題です。宿題は忘れた事のない私ですから(笑)、いの一番に提出しました(笑)もっともSパパの講演を聞いた後では、それこそ目からウロコノ発見もあるでしょうから、それはそれとして宿題の提出です。
質問1 2008年の金融危機では1930年代の世界恐慌が懸念されたが何故それは起こらなかったか?
<私 見>
今回の金融危機と1929年に始まった世界恐慌のどちらがその深刻かは歴史の証人でもなく分かりませんか、そもそもの発生において構造的な違いがあるように思います。世界恐慌の頃、金融機関(当時の中央銀行は民間)が「信じ、維持したい」と思っていたのは金本位制です。これについてはFRBのバーナンキも世界恐慌の原因はこの「金本位制」だと言っています。金本位制はケインズが前時代の亡霊といっている制度です。これに当時一部の銀行家が執着したあまり特にアメリカにおいて傷を深くしていった訳です。そしてその裏側には各国の貿易の渦動流動性が存在し、各国に 飛び火していった訳です。
一方、今回の金融危機は国際資本投資の焦げ付きが危機をおこしているのであって経常収支、貿易収支には何の問題もないのです。いわば資本収支上の問題です。この点が世界恐慌とその成り立ちにおいて大きく異なる点だと思えるからです。
では何故、金融危機がこのくらい(この先はわかりませんが)で済んでいるのかといえば、(これから先は完全な私見となりますが)ケインズの残滓と呼べるものがわずかながら存在していたのではと考えます。残滓が最後の徳俵で踏ん張った訳です。つまりIMFとFRBのことです。IMFはご存知のように金本位制への逆行をさせないために、作られた組織です。バンコール勘定は採択されないまでもケインズが唱えていた投機抑制機能(ドルと各国通貨の交換比率を一度決めた場合、IMFの承認が必要)を有していました。一方、FRBの対応にも差異があります。世界恐慌の時は後手にまわり、1929年の恐慌後、アメリカ金融機関の連鎖的倒産が起こるのが3年後です。FRBはその間何もできずにいたのです。グリーンスパン、バーナンキ氏の賛否は分かれるところでしょうが、それとてスピード感は当時と比べ物になりません。こうしてマルクスのいうところの「大金融業者と株式仲買人たち」の力をかろうじて封じ込めていたのです。
しかしながらそれとて1980年代以降の金融自由化により風向きは変わり、収益重視なよりリスキーな貸付へと変貌していき、結果今回の金融危機を招いたとなる訳です。このように述べるとこのまま何とかなるのではという希望的観測も生まれますが、私はもっと深刻になると考えています。それは当時失業者が溢れても当時のアメリカや日本はそれを吸収する内需を備えていたからです。それが現在では特に製造業の空洞化は顕著です。失業者を吸収する状況にはありません。さらにゼロ金利を続けるアメリカはいくらFRBが否定しても、世界的な金余りの状況に加担していることは確かです。このような中いくら国民を刺激しても、実物を購入しない、デフレスパイラルが形成されています。過去2回の恐慌はいずれもデフレ下で起っています。今回の金融危機が時間を掛けて恐慌にならないとは言い切れないのです。
質問2 高度経済成長を続けている中国経済にバブル発生の懸念はあるのか?
<私 見>
中国においてすでに資産バブルは実際に起こっていると思います。上海の知人も住宅の価格が上がり今ではもう取得できない金額になっていると言っています。資産特に不動産のバブルは北京や上海などの大都市では確実に起きていますし、中国政府が価格抑制策として投機的売買規制を進めていることなどはその一端です。一方、世界的金余りつまり過剰流動性により中国では様々なインフレも起きています。これもバブルの特徴です。
しかしながらここで注意しなければならないのは、中国という国の政治体制です。強健な政府はバブル抑制のためにあらゆる手段を講ずることが出来ます。この点が我が国とは大違いです。つまりバブルの芽を早く強力に摘むことができるのです。そしてもう一点はアメリカや日本と違い中国の貯蓄率がGDPの50%という高さを持っていることです。アメリカの貯蓄率の低さはご存知だと思いますが、高いと言われた日本も近年低下していると聞きます。中国は依然高い貯蓄率です。貯蓄率が高いとどうなるか。これにより内需が喚起されます。この内需が続いている間はまだ良いのです。日本もそうでした。しかし、バブルは突然やってきます。日本もそうでした。誰かがバブルだと囁いただけでも起こるかもしれません。つまり、逆説的に読めば、格差の縮小つまり国民全体の平準化と引き換えに、この高い貯蓄率が低下した時こそバブル崩壊のサインなのでは考えています。
質問1 2008年の金融危機では1930年代の世界恐慌が懸念されたが何故それは起こらなかったか?
<私 見>
今回の金融危機と1929年に始まった世界恐慌のどちらがその深刻かは歴史の証人でもなく分かりませんか、そもそもの発生において構造的な違いがあるように思います。世界恐慌の頃、金融機関(当時の中央銀行は民間)が「信じ、維持したい」と思っていたのは金本位制です。これについてはFRBのバーナンキも世界恐慌の原因はこの「金本位制」だと言っています。金本位制はケインズが前時代の亡霊といっている制度です。これに当時一部の銀行家が執着したあまり特にアメリカにおいて傷を深くしていった訳です。そしてその裏側には各国の貿易の渦動流動性が存在し、各国に 飛び火していった訳です。
一方、今回の金融危機は国際資本投資の焦げ付きが危機をおこしているのであって経常収支、貿易収支には何の問題もないのです。いわば資本収支上の問題です。この点が世界恐慌とその成り立ちにおいて大きく異なる点だと思えるからです。
では何故、金融危機がこのくらい(この先はわかりませんが)で済んでいるのかといえば、(これから先は完全な私見となりますが)ケインズの残滓と呼べるものがわずかながら存在していたのではと考えます。残滓が最後の徳俵で踏ん張った訳です。つまりIMFとFRBのことです。IMFはご存知のように金本位制への逆行をさせないために、作られた組織です。バンコール勘定は採択されないまでもケインズが唱えていた投機抑制機能(ドルと各国通貨の交換比率を一度決めた場合、IMFの承認が必要)を有していました。一方、FRBの対応にも差異があります。世界恐慌の時は後手にまわり、1929年の恐慌後、アメリカ金融機関の連鎖的倒産が起こるのが3年後です。FRBはその間何もできずにいたのです。グリーンスパン、バーナンキ氏の賛否は分かれるところでしょうが、それとてスピード感は当時と比べ物になりません。こうしてマルクスのいうところの「大金融業者と株式仲買人たち」の力をかろうじて封じ込めていたのです。
しかしながらそれとて1980年代以降の金融自由化により風向きは変わり、収益重視なよりリスキーな貸付へと変貌していき、結果今回の金融危機を招いたとなる訳です。このように述べるとこのまま何とかなるのではという希望的観測も生まれますが、私はもっと深刻になると考えています。それは当時失業者が溢れても当時のアメリカや日本はそれを吸収する内需を備えていたからです。それが現在では特に製造業の空洞化は顕著です。失業者を吸収する状況にはありません。さらにゼロ金利を続けるアメリカはいくらFRBが否定しても、世界的な金余りの状況に加担していることは確かです。このような中いくら国民を刺激しても、実物を購入しない、デフレスパイラルが形成されています。過去2回の恐慌はいずれもデフレ下で起っています。今回の金融危機が時間を掛けて恐慌にならないとは言い切れないのです。
質問2 高度経済成長を続けている中国経済にバブル発生の懸念はあるのか?
<私 見>
中国においてすでに資産バブルは実際に起こっていると思います。上海の知人も住宅の価格が上がり今ではもう取得できない金額になっていると言っています。資産特に不動産のバブルは北京や上海などの大都市では確実に起きていますし、中国政府が価格抑制策として投機的売買規制を進めていることなどはその一端です。一方、世界的金余りつまり過剰流動性により中国では様々なインフレも起きています。これもバブルの特徴です。
しかしながらここで注意しなければならないのは、中国という国の政治体制です。強健な政府はバブル抑制のためにあらゆる手段を講ずることが出来ます。この点が我が国とは大違いです。つまりバブルの芽を早く強力に摘むことができるのです。そしてもう一点はアメリカや日本と違い中国の貯蓄率がGDPの50%という高さを持っていることです。アメリカの貯蓄率の低さはご存知だと思いますが、高いと言われた日本も近年低下していると聞きます。中国は依然高い貯蓄率です。貯蓄率が高いとどうなるか。これにより内需が喚起されます。この内需が続いている間はまだ良いのです。日本もそうでした。しかし、バブルは突然やってきます。日本もそうでした。誰かがバブルだと囁いただけでも起こるかもしれません。つまり、逆説的に読めば、格差の縮小つまり国民全体の平準化と引き換えに、この高い貯蓄率が低下した時こそバブル崩壊のサインなのでは考えています。
2011年2月15日火曜日
ケインズ再考 モラル・サイエンス
ケインズといえば経済学を机上の学問にしばりつけたと経済=合理性と人間の不確かな感情や欲動を無視して結論付けると批判されることがありますが、よくよくケインズを読み解くとそんなことはありません。
1938年に経済学者のハロッズに向けてこんな手紙を書いているのです。
「経済学は本質的にモラル・サイエンスであって、自然科学ではありません。すなわち経済学は内省や価値判断を用いるのです」
「経済学は動機、期待心理的不確実性といったものを取り扱っているのです。我々は素材を不変かつ同質的に扱わないように、たえず注意しなければなりません。言ってみれば林檎が地面に落ちることが、あたかも林檎の動機に依存したり、地面に落ちることが勝ちあることかどうかとか、地面が林檎の落ちることを望んでいるかどうかとかに依存したり、地球の中心からの距離についての林檎の誤算に依存しているようなものなのです」
言うまでもありません。ここでいう林檎はニュートンの林檎です。ケインズのこの考える林檎によるレトリックなのです。2つの世界観をつなぐ重要なファクターそれが林檎なのです・・・・
1938年に経済学者のハロッズに向けてこんな手紙を書いているのです。
「経済学は本質的にモラル・サイエンスであって、自然科学ではありません。すなわち経済学は内省や価値判断を用いるのです」
「経済学は動機、期待心理的不確実性といったものを取り扱っているのです。我々は素材を不変かつ同質的に扱わないように、たえず注意しなければなりません。言ってみれば林檎が地面に落ちることが、あたかも林檎の動機に依存したり、地面に落ちることが勝ちあることかどうかとか、地面が林檎の落ちることを望んでいるかどうかとかに依存したり、地球の中心からの距離についての林檎の誤算に依存しているようなものなのです」
言うまでもありません。ここでいう林檎はニュートンの林檎です。ケインズのこの考える林檎によるレトリックなのです。2つの世界観をつなぐ重要なファクターそれが林檎なのです・・・・
2010年12月27日月曜日
コモディティ化と付加価値
財物は一般に自由競争にさらされ続けるとコモディティ化します。どんなに売れ筋でも市場に蔓延し、どの会社でも容易に生産されるようになれば価格の一番低い商品価格がその財の価格となるのです。(一物一価の法則)
先般、今年になって19回も海外渡航している犬友のK井氏が新しい仕事を任され、本当はコアの1を売りたいのに、それ以外の99も売らなければならない」と言っていたことを思い出します。
彼の専門分野である重電気の原子力発電も、発電所本体以外にもそれに伴うコンデンサや昇圧装置、中継システムなどもろもろの付属する設備もパッケージで売るというのです。
なるほどパッケージになれば情報の非対称性は残ります。つまり情報の対称性が成り立てば、コモディティ化し、差別性、優位性は失われるのです。
ネットワークの怖さとは実はそのところなのです。価格のオープンは消費者にとって悪いことではありません。むしろ歓迎されるべきことです。しかし、それが進めば企業は意欲を減退し、はたまた保護主義に向かう恐れさえあります。
情報の非対称性とコモディティ化難しいテーマです。
先般、今年になって19回も海外渡航している犬友のK井氏が新しい仕事を任され、本当はコアの1を売りたいのに、それ以外の99も売らなければならない」と言っていたことを思い出します。
彼の専門分野である重電気の原子力発電も、発電所本体以外にもそれに伴うコンデンサや昇圧装置、中継システムなどもろもろの付属する設備もパッケージで売るというのです。
なるほどパッケージになれば情報の非対称性は残ります。つまり情報の対称性が成り立てば、コモディティ化し、差別性、優位性は失われるのです。
ネットワークの怖さとは実はそのところなのです。価格のオープンは消費者にとって悪いことではありません。むしろ歓迎されるべきことです。しかし、それが進めば企業は意欲を減退し、はたまた保護主義に向かう恐れさえあります。
情報の非対称性とコモディティ化難しいテーマです。
2010年12月1日水曜日
価格再考
私の会社のスタッフでも取引先でも過去のデータや相場といったもので価格を構築しています。
私達は学生の時に価格は需要と供給によって決まると教えられてきました。そう需給曲線による価格均衡です。
しかし、実態の経済はそんな単純なものなのでしょうか?グローバル化した21世紀、価格の決定には自国の需要者と供給者以外の多くの要素が含まれるはずです。
当然、他国の同様の価格均衡、世界的に漂流するマネー、それらと複雑に関係し合う債権や株価こういった様々な要素により価格が決定されるはずです。つまり、トヨタが10円円高になったらいくら損するという理由は無意味なのです。
以前私は「日本は物作り大国という信奉を捨てよ」といいました。いくら良い品物を造っても自国の閉じた経済システム(多少の為替リスクを上乗せした程度の価格構築)では耐えきれなくなるからです。
数年前、IBMが全ての生産(実物としての商品)のライセンスを中国企業に売却した時に、いつかはこれが現実のものになるかそうでなければ生き残れないと感じました。
ただしここでいう価格とは単に商品の価格ではありません。もう少し広い意味で物の価値と言い換えるべきものです。
我々は経験を一番のよりどころとします。しかし、今価格についてもっと弾力的に価値観を一掃させても良いくらいだと感じています。
ワイキキのビーチで1ドルを貰って、お客の所に行ってビーチパラソルを開いている子供の姿を見て強く思ったわけです。
だって彼は1ドルが150円近くしていた時も、今の80円でも同じような笑顔でパラソルを運んでおこずかいと生活費としてサーフィンしているのですから・・・・・・・・
私達は学生の時に価格は需要と供給によって決まると教えられてきました。そう需給曲線による価格均衡です。
しかし、実態の経済はそんな単純なものなのでしょうか?グローバル化した21世紀、価格の決定には自国の需要者と供給者以外の多くの要素が含まれるはずです。
当然、他国の同様の価格均衡、世界的に漂流するマネー、それらと複雑に関係し合う債権や株価こういった様々な要素により価格が決定されるはずです。つまり、トヨタが10円円高になったらいくら損するという理由は無意味なのです。
以前私は「日本は物作り大国という信奉を捨てよ」といいました。いくら良い品物を造っても自国の閉じた経済システム(多少の為替リスクを上乗せした程度の価格構築)では耐えきれなくなるからです。
数年前、IBMが全ての生産(実物としての商品)のライセンスを中国企業に売却した時に、いつかはこれが現実のものになるかそうでなければ生き残れないと感じました。
ただしここでいう価格とは単に商品の価格ではありません。もう少し広い意味で物の価値と言い換えるべきものです。
我々は経験を一番のよりどころとします。しかし、今価格についてもっと弾力的に価値観を一掃させても良いくらいだと感じています。
ワイキキのビーチで1ドルを貰って、お客の所に行ってビーチパラソルを開いている子供の姿を見て強く思ったわけです。
だって彼は1ドルが150円近くしていた時も、今の80円でも同じような笑顔でパラソルを運んでおこずかいと生活費としてサーフィンしているのですから・・・・・・・・
国債は暴落するのか?
真面目にこの国の行く先を心配する一人として「国債は暴落するか?」という今もっとも熱いテーマについて考えてみます。
テレビに登場するK女史などはどんどん国債を発行すれば景気は良くなるといっています。この種の理論の中心は、政府のバランスシートである負債の部にばかり目をやり、資本や資産を無視しているというものです。K女史は公認会計士でもあるので直感的にもそう思うのでしょう。
確かに日本はアルゼンチンやアイルランドのように外国が国債を多く持っている国とは異なります。
一方、このまま増発すれば国債は信用力をなくし、国債の長期金利は上昇しハイパーインフレーションが起こると警鐘を鳴らす人たちがいます。
この人たちは国債の発行が実体経済に波及しておらず、国債発行によるお金は血肉になっていない数値的データを持ち出します。私も実感的にはこちらに近い感じがします。何かをやろうと考えても長期的ビジョンの描けないこの国では有利子負債は大きな壁となるからです。
さらに彼らの意見の中には、高度経済成長とちょうど逆の高度経済停滞が起こっているとも言っています。さらに高度経済成長により、安価な若い労働力として都市に集められた人たちが高齢化し都市を急速に疲弊させるというものです。
つい最近読んだ日経新聞コラムに行天豊雄氏が「小泉さんが改革をほっぽりだしたから・・・」という件がありました。
私は「はっと」しました。そうか小泉さんは改革を実行しようとしたけど結局出来なかったんだ。その理由は官僚、政治家彼を取り巻く全ての人たちが彼の前に立ちはだかり改革を阻止したのだと。
それはとりもなおさず我々国民が痛みの伴う改革を望まず、このまま坂を転がって何もしないことを選択したのだと思い本当に目の前が真っ暗になりました。
今日から師走です。前半は目の回る忙しさですが、こんなときこそ忙即閑、閑即忙です。
こんな本を読んで徹底的に頭の中で考えることにしましょう。
テレビに登場するK女史などはどんどん国債を発行すれば景気は良くなるといっています。この種の理論の中心は、政府のバランスシートである負債の部にばかり目をやり、資本や資産を無視しているというものです。K女史は公認会計士でもあるので直感的にもそう思うのでしょう。
確かに日本はアルゼンチンやアイルランドのように外国が国債を多く持っている国とは異なります。
一方、このまま増発すれば国債は信用力をなくし、国債の長期金利は上昇しハイパーインフレーションが起こると警鐘を鳴らす人たちがいます。
この人たちは国債の発行が実体経済に波及しておらず、国債発行によるお金は血肉になっていない数値的データを持ち出します。私も実感的にはこちらに近い感じがします。何かをやろうと考えても長期的ビジョンの描けないこの国では有利子負債は大きな壁となるからです。
さらに彼らの意見の中には、高度経済成長とちょうど逆の高度経済停滞が起こっているとも言っています。さらに高度経済成長により、安価な若い労働力として都市に集められた人たちが高齢化し都市を急速に疲弊させるというものです。
つい最近読んだ日経新聞コラムに行天豊雄氏が「小泉さんが改革をほっぽりだしたから・・・」という件がありました。
私は「はっと」しました。そうか小泉さんは改革を実行しようとしたけど結局出来なかったんだ。その理由は官僚、政治家彼を取り巻く全ての人たちが彼の前に立ちはだかり改革を阻止したのだと。
それはとりもなおさず我々国民が痛みの伴う改革を望まず、このまま坂を転がって何もしないことを選択したのだと思い本当に目の前が真っ暗になりました。
今日から師走です。前半は目の回る忙しさですが、こんなときこそ忙即閑、閑即忙です。
こんな本を読んで徹底的に頭の中で考えることにしましょう。
2010年11月11日木曜日
行動経済学 プロスペクト理論
株式や債券の投資に詳しい方なら既知のことでしょうが、人間というのは必ずしも合理的行動を取らないものです。
質問1
あ 100万円が無条件で手に入る
い コインの表が出たら200万円手に入る、裏が出てら何も手に入らない
質問2
あ 200万円の負債が無条件に100万円に減額される
い コインの表が出たら200万円全額免除される、裏が出たら何も免除されない
この質問では多くの人が質問1 あ 質問2 いを選ぶのです。利小損大の理論ともいいますが正式にはプロスペクト理論と呼ばれ、1979年にダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーによって展開されたものです。
ちなみに我が社のスタッフは二人とも質問1あ、質問2あでした。モデルの通りではありません。質問1と質問2の間に電話が入ったことが影響したのかも????
質問1
あ 100万円が無条件で手に入る
い コインの表が出たら200万円手に入る、裏が出てら何も手に入らない
質問2
あ 200万円の負債が無条件に100万円に減額される
い コインの表が出たら200万円全額免除される、裏が出たら何も免除されない
この質問では多くの人が質問1 あ 質問2 いを選ぶのです。利小損大の理論ともいいますが正式にはプロスペクト理論と呼ばれ、1979年にダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーによって展開されたものです。
ちなみに我が社のスタッフは二人とも質問1あ、質問2あでした。モデルの通りではありません。質問1と質問2の間に電話が入ったことが影響したのかも????
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