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2014年2月21日金曜日

スキーのすすめ

このところ艾年を境にスキーをまた始めた。回数は多くはないが行ける時に行こうと出不精な私がスキーに行く。

雪山は全てを覆い尽くすから好きだ。真っ白な雪が実社会の様々な軋轢や問題を覆い隠すかのようだ。
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スキーをするなら断然自前の道具を揃えられることをお勧めする。もちろん財布と細君の許しの範囲ではあるが。
 道具に関しては決して高い道具でなくても良い。自分が好きだと思える道具であれば良い。滑走面のテクスチャーを考えたり、雪質に合わせてワックスを選んだりする。これもまた楽しい。自分が調整した道具が上手くいった時はさらに楽しいからだ。
 
リフトに一人で乗るのも思考の整理に役立ち宜しいが、隣り合わせた見ず知らずの人と会話することも楽しい。インターネットの仮想空間に慣れた私たちには、相手のことを知らない全くの他人との会話をほとんどしなくなったからだ。

先日も日帰りでスキーに来ていた20代の若者と会話した。やはりスキーは楽しいと。そしてストレスの解消になると言っていた。リフトを降りるまでの束の間の会話、それがまた簡潔で宜しい。





2013年12月30日月曜日

初めてのスキー

幼なじみの女の子が近所の県営団地に住んでいた。鉄筋コンクリート造の4階建てのそれは平屋の粗末な我が家には憧れだった。何の変哲もないコンクリートの箱に階段が3箇所あって、部屋が左右に分かれていた。女の子で父親は中学の先生をしていた。そんな関係もあって水上温泉にある教員が泊まれる施設に連れて行ってもらったことがあった。施設の些細は覚えていないが、そのすぐ近くに私が初めてスキーを経験した鹿野沢スキー場があった。あの小さなスキー場が今もあるかは分からないが、ゲレンデのてっぺんに杉の木が一本ひょこんと立っていた。右側に長さは50メートルにも満たないロープトォがあった。
当時のスキーはベニヤ板のようなもので先だけ反り返っていた。つま先を固定する金具もただ長靴を引っ掛けるだけで動きもせず、後ろにワイヤーを回して、バッタンと前で止める代物だった。転んでも外れないし、突然外れることもあった。
暫くして、母は私を連れてスキーに行くようになった。電車しか利用できないので駅から近いスキー場に行った。日曜日の朝、早朝のまだ真っ暗な中、母に連れられて駅まで歩いていく、小学生の身には寒さと眠さが堪えた。両毛線に乗り、新前橋で上越線に乗り換える。電車はもちろん各駅停車、たまに急行に乗ることもあったがほとんどは各駅停車だった。上越線のスキー場までの駅名は全て諳んじて言えた。母は必ず焼きおにぎりを作っていた。理由は冷めても美味しいから。そう言われても冷たいものは冷たい、暖かいご飯が食べたいと思ったことを覚えている。
私は小說の雪国を読むずっと以前にあの文章の光景を見ていた。冬の清水トンネルは小說の描写そのまま、突然真っ白な世界に変わる。そこが好きだった。
よく行ったスキー場の一つが中里スキー場だった。駅前にお椀のような山がある。その山にいくつかのコースが作られていた。少し上手くなってくると山の後ろ側からまわる斜面が平坦すぎて面白くなくなった。
時折、岩原スキー場にも連れて行ってくれた。私はこのスキー場が好きだった。ゲレンデは扇形をしていた。上部には急斜面もあったが平均的には緩やかな斜面で広々していた。あの頃このスキー場にある芸能人のロッジが有名だった。そこでは私がまだ見たことのないような料理やワインが出されていたが、母とはそのロッジで食事をすることは一回もなかった。食堂に毛が生えたようなレストランでも私にはそれで十分だった。私はそのレストランのハヤシライスが好きだった。肉もほとんど入っていないソースにグリーンピースが3粒乗っていた。その横で母は朝の余った焼きおにぎりを食べていた。
何年かするとスキー靴は柔らかな牛革から革にプラスチックをコーテイングした硬い靴に変わったが、それもつかの間、全てプラスチック製の靴に変わった。ポールはだいぶ前に竹からジェラルミンに変わっていたが、ほどなくしてグニやっと曲がるジェラルミンからアルミに変わった。
初めて買ってもらったスキー板はオガサカのコンビネーションというブルーの板だった。当時、ヤマハのパラマウントやハイフレックスそして輸入品のクナイスルのホワイトスターが店頭の一番目立つところに飾られていたがいずれも高嶺の花だった。
小学校も高学年になるにつれて私は次第に友達たちとスキーに行くようになった。母とはそれ以来行っていない。いや、妻と結婚が決まった時、3人で志賀高原に行ったことがあった。30年近く前になる。渋峠の極上のパウダースノウを楽しんだのを覚えている。もうあんなには滑れないかもしれないが、久々に電車に乗って家族でスキーに行くのも悪くないかもしれない。





2012年2月5日日曜日

2級少し手前

30年近く教え続けて妻の腕前は2級少し手前(少しということにしてあげましょう)から進歩がありません。どんな斜面でも遅いですけど降りては来られます(笑  滑って??)

あと20年滑っていられるでしょうか?スキーは私は5歳から始めたので今年で48年、サーフィンは21歳で始めたので32年です。どちらもベテランの部類ですね???

えっ??超ベテラン???

2012年2月2日木曜日

麗しいのG500

妻に雪景色とゲレンデ合うねと一人悦にいっていたら、さっさと行ってしまいました。
朝食はイーストのダイニングです。


2012年2月1日水曜日

Suturday Surf NYC

junのお店がありました。ショーウィンドーにSSNYCの文字が!!!

探していたTシャツがしかも半値です。迷わず購入です。ショッピングはそれだけです。

それにしてもプリンスはヒドイです。スキーのチューンナップもありません。バーは5時半でおしまいです。

フィリピン人と思われるフロントの女の子が辛うじてwifiの事を知っていました。ロビーで24時間500円の有料サービスです。

シャンパンとワインとビール持ってきて良かったです。



dog run 雪初体験

サクラはこんな本格的雪は始めてです。

まずdogcenterでエチケットサービスです。人に足を触られたことの無いサクラは大変です。

怒る怒る、妻の顎にアッパーパンチです。(笑)

セプは雪に顔を埋めて遊んでいます。

小さなdogrunですが独占です。



karuski カルスキ

軽井沢にスキーにくることをこういうのだそうです。

池尻ジャンクション経由で2時間と少しです。

高坂のSAで犬を遊ばせました。

旧軽井沢はお店がしまっています。戻ってお蕎麦です。

私は揚げ餅のお蕎麦です。妻は鴨南蛮です。

おつまみ公魚の天婦羅です。



2011年2月14日月曜日

Audi SKI

FISのスポンサーをアウディが行っているのはご承知のとおりです。

欧州の同社の宣伝ではスキーヤーとアウディがゲレンデで競争するシーンもあるそうです。

そんなアウディがヘッドと共同でカーボン製のスキーを作ったようです。近々発売になるようです。

昔流行った真っ黒のフランス製のダイナミックVR17(確か)に似ているような似てないような・・・・・

サーフボードにもこんなカーボン製がありました。(夏ワックス溶けそうですね ワックス派としては心配です)

確かにおしゃれかも知れませんが、コンペ志向の私としては多分欲しくありません。それにアウディが嫌いな細君なので買えませんし・・・・・

6年間使用した板は今回の志賀高原でカタカタ言い始めたのでそろそろ買い替え時かもしれません。

またサロモンかな・・・・