REMINISCE
今気になる洋服があるEG(エンジニアドガーメンツ)である。デザインを手がけるのは鈴木大器氏である。私より3歳若い。彼は日本にはいない。NYに住んでいる。今話題の人物である。
彼は27歳くらいからボストン、ロサンゼルス、ニューヨークとアメリカ中を転々としていた。彼の服の魅力は平均的でないことだ。何かが飛び抜けている。彼は押しなべて手頃で誰もが良いと思う服を作っているわけではない。例えば価格は高い、縫製はボロボロ、でも生地は特別という何か一つ特別なものがあればそれが商品として作り上げられる。
彼の商品は敢えてアメリカサイズで展開される。渋谷にある彼の商品がおいてある店は一見すると入口も分からない。店の名前は「ネペンタス」食虫植物ウツボカズラのことである。こうした不自由さを補っても買いたくなる服なのだ。胸囲107センチの私でもシャツはSサイズで丁度いい。19世紀のワークシャツをリメイクしたものではない。19世紀のシャツをイメージとして取り入れ、彼流の解釈で再構築される。だから全く別物である。
彼はユニクロを消耗品と思って割りきっても購入を躊躇すると。私も全く同感だ。しばらく前なら消耗品として割り切っていただろう。しかしこの歳になると消耗品だからというエクスキューズは身に付けるものには要らない。着たいものを着たいそれだけで良い。
彼が言っていたが、若い時に池袋パルコでNYの7人展という企画物を見たのを覚えていると。私はその現場にいた。時代の寵児たる箱がパルコで若者はそれぞれ刺激を受けた。彼はそういった一切合財のものを袋にしまって米国に渡ったのだろう。水槽のあちらとこちらで同じ魚を見ているのにその後の人生が全く異なる。よくあることだ。
彼が言うように当時は簡単には海外のことは分からなかった。NYがどんなところでどんなものなのか。赤貧の青年はせいぜい映画グロリアでジーナローランズがくわえタバコで闊歩するシーンからその街を想像するしかなかった。
彼は言う。天賦の才を持ったものは別として凡人は経験と知識を積まなければ何事も成功しない。確かにその通り。私も40才近くまで失敗の連続だった。熱が入り過ぎて周りが見えなくなる。そして案の定の失敗を繰り返す。でもこれだけは譲れない一線がある。その一線を簡単に明け渡す人間を私は今でも信用しない。結果として40歳を過ぎてからこの拘りが澱のように堆積し下地を作る。
渋谷の公園通りにアップスフォーというパルコの別館のようなものがあった。その中にREMINISCEという店が入っていた。商品はビンテージ風の破れたシャツやミリタリー調の古着もあったが、商品はとにかく混沌としていてどのジャンルにも属さなかった。あるイベントでこの店のファッションショーを行った。行わせた側から言うのも失礼だが見ていてこれほどドキドキしたショーはなかった。なにせ全てが手作り、ショーに出演するモデルもお店の子が演じたし、演出そのものもそうだった。素人ゆえステージに上る直前に緊張を和らげるためにテキーラ(たぶんそうだったと思う)をストレートで一気飲みしてステージに立った。ところがこれがかっこよかった。白々しいモデルの演技ではなく、この洋服が好きだという気持ちが伝わってきた。ショーが終わってその子は現場に座り込み大泣きをしていた。そういえば彼の渋谷の店は当時のREMINISCEに雰囲気が似ている気がする。
あれから30年、考えてみると好きなモノは変わらない。そう人間の本質的なところで気持ちのいいと思うことは変わっていないと思う。そういえば鈴木氏もサーフィンをやるそうだ。もちろん住んでいるロングアイランドだけでなくハワイでも。ここでも彼と水槽の向こう側で会っているのかもしれない。