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2012年11月2日金曜日

1981年のゴーストライダー Ⅴ


 
 
洋一は坂を登り切ったところにある小さな公園のベンチに腰をおろした。

洋一は今聞いたばかり講演に興奮していた。公園通りのショッピングセンターの上にある劇場でその講演は行われた。昨晩、音楽関係の会社面接を受けていた洋一はそんな学生向けのあるダイレクトメールに目がとまり、どうしても今日の講演を聞きたくなり渋谷にやってきたのだ。

今の今まで講演を行った会社のことなど全く知らなかった。講演者はその会社の専務でもありカリスマ性で流通業に新風を吹き込んだと言われる人と、この劇場も含めて新たに照明デザイナーという言葉を作り上げた気鋭の女性とを司会者が繋ぎテーマにそって勧められた。
 
カリスマと言われたその人は背が低く、白髪の目立つ典型的日本人であったが、眼鏡の奥の目はまるで獲物を狙う野生の豹のように鋭かった。

それまで流通業には全く興味のなかった洋一であったが、そこでの話は洋一の興味の琴線にふれた。洋一は自分で目にしたものしか信用しない、少しイケズなところがあった。ただ、こうして実際に見る渋谷の街もそしてこの劇場もすべてそれを証明しているように思えた。

「流通から文化を発信する」という今日のテーマは二十歳そこそこの男の子の気を引くには十分すぎるものだった。

洋一は笹塚にある以前住んでいたアパートをテレビ局の人に頼まれて一度だけ貸した事があった。どんなドラマに使われるのか知らずに貸したのだが、後になって洋一の大好きな個性的な俳優MYの主演する探偵ものだっと分かった時は不在にした自分を怒ったものだった。
 
そのドラマの冒頭のシーンでもここ公園通りの壁に書かれたモナリザが使われている。この企画も実はこの会社が街づくりの一端として若手アーテイストに描かせているとは知らなかった。

洋一はそう多くはないが渋谷の街にも足を運んだことはある。先輩が渋谷からほど近い代官山に住んでいたこともあり、しばしばこの街に連れてきてもらったことがある。洋一の大学は早稲田や慶応のように運動部の活躍に全校を挙げての応援というような機会もなく、新宿や六本木というような常連の遊び場を持たない、いうなれば根なし草のようでもあったから、ここ渋谷は丁度良い居心地だったのかもしれない。

洋一は黒いショルダーバッグを掛けなおし、公園の隣にあったイタリアンレストランの扉を開けた。その店は大きなガラス窓が公園の緑に開かれたカジュアルなレストランだった。

イタリアレストランとは名うってはあるもののケーキはどれも大きくとてもアメリカ的であった。洋一は窓側の席に案内された。洋一はアメリカンコーヒーを注文した。しばらくして運ばれてきたコーヒーは大きめのガラスのコーヒーメーカーに並々とつがれ、ゆうに3.4杯は飲めるものだった。白いコーヒーカップにはこの店のトレードマークである赤いトマトが小さく描かれていた。
 
窓の外にダークグレーのスーツを着て髪の毛をポニーテールにした優子の姿が見えた。優子も洋一に気がついてこちらに手をふっている。優子は席に着くなり、洋一のグラスに注がれていた水を一飲みして、大きく息を吐いた

9.11 America

Paul Simon
Musician

American Tune
Lyrics by Paul Simon

Many's the time I've been mistaken, and many times confused
And I've often felt forsaken, and certainly misused.
But it's all right, it's all right, I'm just weary to my bones
Still, you don't expect to be bright and Bon Vivant
So far away from home, so far away from home.

I don't know a soul who's not been battered
Don't have a friend who feels at ease
Don't know a dream that's not been shattered
Or driven to its knees.
But it's all right, all right, We've lived so well so long
Still, when I think of the road we're traveling on,
I wonder what went wrong, I can't help it
I wonder what went wrong.

And I dreamed I was dying. I dreamed my soul rose
unexpectedly, and looking back down on me, smiled
reassuringly, and I dreamed I was flying.
And far above, my eyes could clearly see
The Statue of Liberty, drifting away to sea
And I dreamed I was flying.

We come on a ship we call the Mayflower,
We come on a ship that sailed the moon
We come at the age's most uncertain hour
And sing the American tune
But it's all right, its all right
You can't be forever blessed
Still, tomorrow's gonna be another working day
And I'm trying to get some rest,
That's all, I'm trying to get some rest.

9.11の犠牲者の追悼式を見ていて、私の頭の中にはこの曲が繰り返し繰り返し流れていた。

1975年にポールサイモンが歌ったこの歌は若き日の日本の青年の心にアメリカを植え付けた。

ただ強く広大なアメリカだけではないアメリカ、それがこの曲だった。

それから37年、ポールは歳を取ったけど、この曲は変わらない・・・・

私のアメリカの原点です



1981年のゴーストライダー Ⅳ


洋一はウエットスーツに着替えると新しく買ったばかりのアイパのツインフィンのボードを抱えて砂浜に駆け出して行った。優子は洋一から足元に脱ぎ捨てられたビーチサンダルに直線的に視線をうつした。さっきまで降っていた雨はすっかりあがり、オフショアの風が優子の長い黒髪を撫でつけていた。波は綺麗に整えられ規則正しく左から右に崩れて行く。朝日を浴びたその表面は無数の小さな鱗のように光を反射していた。

砂はさっきまで降っていた雨のせいで固く締まっている。それでも歩くと優子のクリームイエローのフレアスカートに砂が舞い上がった。
 
優子は防波堤の隅に腰をおろし、持ってきた文庫本のページをめくった。文庫本は書店のカバーもなく、表紙には無数のしみがあった。
 
本はヘミングウェイの「海流の中の島々」だ。優子はこの本を数十回読んでいる。途中までの時もあれば、最後まで読む時もある。ただ、いつも最初からしか読まないのだ。途中から休んで読むということは優子の流儀に反するらしい。だから最初から読む。

優子にとってその本は特別だった。優子はいつも思うのだ。今日はどんなライオンの夢が見られるのかと。

文庫本を1/3くらい読み進むと洋一が海からあがってきた。洋一の髪はあまり濡れていない。

いつもなら真っ黒な洋一も今年ばかりは普通の人と同じ肌の色をしている。洋一はもってきたポリタンクから勢いよく水を掛けながらタッパを脱ぎ、Tシャツと短パンに素早く着替えた。

お腹が空いたという優子にせつかれるように、サーフボードを車の上のサーフラックに固定して、車のエンジンを掛けた。洋一の車は中古のベージュ色のフローリアンだ。ディーゼルエンジンなので暖まるまでマフラーから黒い煙が出る。それにコラムシフトと来ているので運転には多少の慣れが必要である。

洋一の車にはステッカーが貼ってある。ひとつは馴染みの都内のサーフショップのもの。しかしこれが中々の曲者で、ここK沼の様な比較的部外者にオープンな場所ならいいがS里の様なローカル色の強いところに行くとたちまち部外者扱いをされる。まあ、部外者のレッテルを自ら貼っているのだから仕方のないことなのだが。

もうひとつはFENのステッカーだ。ブルーで大きくFENと書かれ、文字を取り囲むように同じブルーの線が描かれている。このシールは洋一が2年生の時に赤坂のテレビ局のイヴェントでもらったステッカーだった。洋一はこのステッカーが気にいっていた。それを観ているだけでまだ行ったことのないウェストコーストの雰囲気がして好きだった。前に乗っていた車からこのステッカーは丁寧にはがされてフローリンアンに移植されたものだ。だからシールの四隅をセロテープで補強してある。

車は134号線を南下した。由比ヶ浜海岸はまだ海の家の残滓がたたずんでいる。車はトンネルを抜け逗子海岸を過ぎ、渚橋のたもとに最近オープンしたファミリーレストランに入った。平日なので駐車場は空いている。出来るだけ日陰になるように大きな樹木の近くにフローリアンを停車させた。遠くから見るそれは大きな犬が気の下に蹲っているようにも見えた。

洋一も優子もここのクラブハウスサンドが好物である。アヴォガドも入ってボリュームもあるしカリッと焼かれたパンが美味しい。さらにこの店ではブルーリボンビールが置いてある。赤と白のアメリカのビールは今更どこにでもあるし、味も色も薄すぎて好きではなかった。このブルーリボンビールはアメリカでは一般的に飲まれているらしい。いるらしいといってももっぱら労働者が好んで飲むごく普通のビールということだったが、二人にとってこのごく普通というところが一番好きな理由だった。
 
二人は戸外のテラスに席を取った。ここ逗子海岸は穏やかな海岸だ。となりの材木座海岸と比べても波は静かだ。だからサーファーの姿はない。代わって無数のウィンドサーファーが浮かんでいるが、どうやら今日は風がなく彼らも苦労しているようだ。

夏も終わったが秋と呼ぶにはまだ早いこの時期が洋一は好きだった。風は適度に湿度を含んでいて優しかった。秋あかねがパラソルにとまった。