錆が車体のあちこちについた茶色のフローリアンはブスブスという不快な音をたてながら国道から松林の小道に止まった。車のバックウィンドゥは土埃にまみれていた。
土埃が収まるのを待って、二人の若者は眠たい目をこすりながらドアを空け、車外に出て星空に手が届くような大きく伸びをした。月は雲間に隠れながら太陽の上がるのを待っていた。松林には初秋の風が吹き抜け、二人の頬をさすって流れていった。
二人は同じ高校の同級生だったが、今は二人とも東京の違う私立大学に通っていた。ひとりは一浪したため学年がひとつ下だったが、ノンシャランな二人はうまが合い、いつも一緒にいた。サーフィンを始めたのもほぼ一緒だったが、ほんの少し優夫のほうが早かった。二人は車の屋根についた緑色の安物のサーフラックからボードを降ろして、道路わきに立てかけた。優夫のボードはアイパのツインフィンのクリアデッキの真新しいものだった。久夫のボードは中古で買った稲妻マークのライトニングボルトの赤いボードであちこちにリペアの跡があり早く新しいものに買い替えたいと思っていた。
鍵をバンパーの中に隠して、二人が足早にビーチに向い歩いていく頃には東の空が明るくなり、金星は群青からオレンジのグラデーションの中に消えて行った。
ポイントにつく頃には烏帽子岩がくっきりとその姿を現していた。台風が種子島の東にあって東北東に向かっている。うねりは筋となって沖合から向かってくるが、オフショアの風で完全な姿を保っている。面は完全にクリーンで鏡のように朝日を浴びて輝いている。
サーフィンをしていて時折思うのは、今日のような完璧な日があるということだ。PERFECT DAY。湘南にも少ないがそんな日が数日ある。今日はそんな一日だ。
ポイントには二人以外にはいなかった。優夫が最初の波をつかまえてテイクオフするがレールがひっかかってワイプアウトした。ボードが飛沫をあげて高く舞った。久夫はうまく波をつかまえアップスンダウンを数回繰り返し波の裏側に消えて行った。二人でしばらくセッションを楽しんだ後、ポイントに人が集まり始めたので少し沖にパドルアウトしていってポイントの様子をぼんやり眺めていた。
10年経って、いや20年、30年経って今日の事をこの二人は覚えているのだろうか。今日のPERFECT DAYの事を。それよりも二人はサーフィンを続けているのだろうか。二人ともそれぞれの道を歩み、それぞれの家族を持ち、人生という荒波の中に船出しなければならない。今日はそのほんの束の間のPERFECT DAY。