鎌倉散歩
鎌倉に通い始めて20年になる。居を移して2年になるがそれまでは縁遠い存在だった。唯一、小学校の修学旅行で鎌倉を訪れたことがあるが、あのとき横浜に住まう事になる事も、ここ鎌倉が私の身近な存在になるなど毛頭考えも及ばなかった。
鎌倉は四季を通じてその時々の面白さがある。桜咲く、若宮大路の春。紫陽花が海に向かってむせび泣くように開花する成就院。歴史に名高い大銀杏の落葉。数え上げればきりが無い。
そんな中でも私は夏の鎌倉が一番好きだ。人によっては何故気候のよい春と秋ではないのかと訝しがる向きもあると思うが、一番良い時期は観光客に譲る事にしたのだ。それは冗談であるが、やはり夏の鎌倉が好きなのだ。
鎌倉には自転車が置いてある。いつも練習で使っているロードバイクではなく、いわゆるママチャリである。それにサンダル履きでひょっと飛び乗ってあてもなく鎌倉の街を巡るのである。夏の暑い日差しの中、銭洗弁天への坂を登る、汗が滝のように噴き出す。そして弁天の中に入ると汗がすっと引いて行く。その気持ちよさは格別だ。
極楽寺へ続く坂を上り、七里ガ浜に向かう。134号線の渋滞が嘘のように裏道は空いている。お気に入りの家の前で黒いゲレンデが無ければ今日は留守かと要らぬ心配をする。
この春ひとつの楽しみが減った。丸七商店街の中で長く営業していた鰻屋さんが店を閉めたのである。
鎌倉には「つるや」という名高い店がある。味も私の好きな江戸前でお値段も高くない。この店の近くには小花寿司という、これまた鎌倉で1.2を争う店がある。
どちらにしようかといつも思案してしまう。丸七の鰻屋は本店を佐助におく「うな豊」の出店であるが、鰻をこの商店街の中で焼いている。本店にも行った事があるが、出来たてを食べるのであれば、「つるや」に軍配が上がる。もっとも鎌倉には他にも「妻木家」、「浅羽屋」などもあるが、私の個人的嗜好からは「つるや」が上に来てしまう。たれの辛さと蒸しの柔らかさが私の好みなのだ。
一度、天然のうなぎを食べた事がある。一緒にいた人は天然ものだと浮かれていたが、私には固くて甘くて、美味しさを感じられなかった。
丸七内のその店は頭におまんじゅうを載せたような古風な髪型のおばあちゃんが一人で切り盛りしている。もちろん持ち帰りのみ。
私は出来る限り売れ切れ間近に行くようにしている。そのおばあちゃんの笑顔が見たいからだ。最後の鰻が売れた時のその嬉しそうな顔は何よりの味付けになる。
冷めた鰻を温め、熱々のご飯に乗せて、うな丼を作る。それにはここの鰻が一番良いのだ。残念ながら私は今そのおばあちゃんが焼いた最後の鰻を食している。
冷凍してあったものを温めなおし、食している。半分はうな茶にした。これも旨い。
丸七を覗く楽しみが減ってしまった。また、何か楽しみを見つけよう。夏が来る前に。