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2011年3月16日水曜日

無事を祈ります  宮古・石巻・松島

宮古に住んでいる姉と義父は連絡が取れません。過去の津波の経験で高台に居を移したとのことですが、今回の津波には抗えなかったようです。心配です。

そして石巻、祖母が満州から命からがら引き揚げた時快く迎えてくれた祖母の姉の実家のあるところです。実家は旅館や仕出し弁当、銭湯まで手掛けていました。私も幼いころ行った記憶があります。祖母の姉には一度だけ新入社員の薄給の中、稲菊の天麩羅をごちそう(とはいってもランチです)したことがあります。この惨状を天国からどのように見ているのでしょう。残念です。

そしてもう一か所、昨年も松島に行って現地で食べた牡蠣のお店です。ここ数年来ここから送ってもらっていた「牡蠣 こうは」さんです。何とか生き延びていてほしいと思います。

再建したら真っ先に購入します。それが私たちに出来る精一杯のことです。何とか何とか無事でいて欲しいものです。

他人事ではありません。生き延びた我々はこの人たちに矜事を持って生きていることを見せなければなりません。

我が家の結論  普通の生活 あるがまま

あざみ野のいつものスタンドに並ぶ列は駅を通り越して荏田駅近くまで伸びています。そこにきて計画停電でポンプは動きません。

午後の藤が丘のスタンドも列は青葉台駅近くまで伸びています。

金曜日の往復のガソリンを確保しているのであとは融通がつくまで我慢です。

背中を痛めているので長く歩くことは困難ですが、車が無くても生活は出来ます。無理をして並んでまでも買い焦ることはしません。

以前にも車は嗜好品であると。ですから、生活品として必要な運送会社やバス、病院の送迎車に優先します。嗜好品なのですから我慢できるはずです。生活品として車をお持ちの方、どうぞ先にお使いください。

ガスや電気、水道も使えるのです。保存食料を買う必要はありません。新鮮な野菜とお肉、魚でお腹を一杯にしたほうが良いでしょう!!

我が家の夕餉は鯛ごはんです。鯛ごはんは熱々が美味しいです。夕方、停電になったらその後でお釜のスイッチを入れます。

ビートルズの名曲です"Let it Be"

Refugees home " Tohoku-Kanto Eathquake"

"Kitaku Nannmin"refugees home, Do you know the word?
It was coined supposed to Earthquake in the metropolitan area for the first time saw this scene in this earthquake.

People commute to Tokyo, of course Tokyo, Kanagawa, Chiba, Saitama Prefecture, comes from. This is exactly why the Tokyo megalopolis.
I stopped all that Tokyo's train system.

Yokohama blackout in my living ,has been  6 hours.

The friend went home to Yokohama for over four and a half hours from Roppongi.

We Japanese do not mess this time, I headed home as usual and orderly commute.

But unfortunately there. Experienced some degree of oil has acted in a similar buying public should also know how ridiculous the lack of panic buying and goods.

Assist in the disaster area to inhibit our actions, even those hard not to, without buying more than we need, it is self-discipline to take action.

Voice of support from overseas do not know how many people have been encouraged by many of the affected area.

In order not to waste even this assistance, we are not affected by the " noblesse oblige" in a spirit of forgiving, people must feel devastated  gently.