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2016年6月12日日曜日

サーフィンのお話 乗り方は自由!!


 

40年近く(なんとか)サーフィンを続けてきた身としては振り返ると多くのことが見えてきます。

私が始めた頃、ロングボードは見かけませんでしたが、完全にショートボードというわけでもなく、ロングからショートへのトランジッションの時期でした。

アルバイトをして貯めたお金で初めて買ったボードはT&Cのデーンケアロハモデルの7.7でした。シングルの今で言うトランジションボードです。

その後、瞬く間にショート全盛の時代になり、いつの間にか私のボード古臭いDINOSAURなものになっていました。

私もみんなにつられて5.1AIPAのツインフィンに乗り換えましたが、これが癖のある代物でそれまで楽しかったサーフィンが少しつまらなくなってしまいました。

コンテストにおいても如何に派手なパフォーマンスを見せるかが競われ、優雅なスムースなサーフィンは陰を潜めました。

それから月日は流れ、ジョエル・チューダーに牽引されロングボードは完全に膾炙されるようになりました。

私もすぐさまロングを買ったのですが、その板はボンガパーキンスが乗っていたようなロングなのに良く動くアグレッシブな板でした。コンテストにおいてはまだ派手なカットバックやフローターが高得点をあげていたのですからそれも仕方のない事でした。

ところがワールドチャンピオンを獲得したジョエルが突然コンテストから身を引いたのです。彼は独自のサーフィン哲学を持って新たにダクトテープなるものを主催し今も乗り続けています。

この頃から本格的なロングボード多く作られるようになったと記憶しています。

今持っているジョエルの9.4ノーズライダー、クリスクリステンセンの9.6のグライダー、ボブオルソンの10など今持っているボード達です。

2008年ころからまた新しいムーブメントが起こり始めました。オルタナティブ系と呼ばれる人たちです。タイラー・ウォーレンなどその代表でしょう。

彼らは70年代のアウトラインを持ったミッドレングスと呼ばれる板を使い、流れるようなサーフィンを特徴とします。ノーズに行くことよりも波と一体になってスムースなサーフィンをするのが真骨頂です。

こうして私のサーフィンを始めた時のようなトランジッションボードが世に送り出されてきたのです。

もちろんコンテストの世界は厳然と存在し、その中で高得点を上げるにはそれなりの技が必要なのは変わりありません。

しかしながら今は選べる時代になりました。当時のようにロングかショートかではなく、ロングもいて、ショートもあって、トランジションもありという多様性を持ってきたのですから、今サーフィンを始める人は本当に幸せです。どんなサーフィンをしたいのか、それを考えボードを選ぶことが出来るのです。

私も家人には内緒でチョコレートフィシュの7.1のミニグライダー購入しちゃいました()
 




 

2014年1月7日火曜日

SCORPION BAY 謹賀新年

SCORPION BAY 謹賀新年

明けましておめでとうございます。本年も昨年同様宜しくお願い申し上げます。

さて私の正月はといえば娘夫婦が年末から帰省し、また一族郎党にスタッフ家族も加わる恒例の新年会もありあっと言う間に松の内でした。そんななか、嬉しい事に万緑叢中紅一点、KさんがLAに帰る僅かな時間を縫って立ち寄ってくれました。戴いたオーストラリアの雑誌にはKさんの写真とともにその軽やかなステップをFANCY FOOTWORKと説明が添えられていました。同封戴いたフラッシュメモリーにも2013年のサーフシーンが撮りためられており、マリブはもとよりスコーピオンベイでのショット、さらにKさんを始めALEX KNOSTJARED MELLといった注目のサーファーも写っていました。

私も腕は別としてショルダーの張ったメローな波をクルージング出来るよう腰と風邪を直してKEEP SURFINといきたいものです。





2013年10月30日水曜日

サーフィンが教えてくれたこと

 30代のはじめサーフィンから離れていた時期がありました。離れていたというよりサーフィンをやっていることをあからさまに公言しなくなったのです。子育てや仕事でそれどころではなかったという理由もありますが、サーフィンをやっているというとみんなが怪訝な顔をするからでした。ある年配の人に「そんな若者のスポーツより紳士的なゴルフをやりなさい」と勧められたこともあります。要するにサーフィンは世間の目からすると「そんな若者の」スポーツだったのです。

私が初めてサーフィンを知ったのは19歳の夏でした。正確には初めてその時サーフボードを触ったのです。それから6か月が過ぎた頃、アルバイトで貯めたお金を握りしめて中古のサーフボードを買いました。タウン&カントリーのデーンケアロハモデルのボードはところどころリペアの跡が黄ばんでいてお世辞にも綺麗な板とは言えませんでした。あの頃、日本ではサーフボードがロングからショート変化し、ボード自体にもコンケーブやチャンネル、ツインフィンにトライフィンと新しい性能がどんどん取り入れられていきました。

ノンシャランを気取った自由な学生生活も就職というごく当たり前の工程表の中で忘れ去られていきました。リーのジーンズにTシャツの生活から、紺色のリクルート用の背広に着替え生活は次第に海から離れていきました。
あの頃、なぜ自分が実力もないのにあれほど過信していたのか分かりません。分からないですが絶対に自分は志望企業に受かると思っていました。その世間知らずの確信は一日であっけなく崩れました。

私にとって教職を諦め企業就職を決めてからそれが人生初めての挫折でした。私は折れた心を携えて友人とサーフボードを車に付けて西浜に出かけました。しばらくぶりの海でした。オフショアの風に飛ばされる水飛沫きを見ていて、ちっぽけな自分が何かに固執していることに気がつきました。その固執こそ自分を視野狭窄にしているのだと。それまで企業の就職担当者から志望理由を聞かれて、紋切型に暗記した内容を答えていた自分が馬鹿らしくなりました。それから知名度や売上でなく好きな事に携われる会社を候補に入れました。
おかしなぐらいにこちらはトントン拍子に運んでいきました。そして数社から内定をもらいました。その中でも蓄音機と犬のマークのレコード会社では、何が得意かと聞かれ、謝ることですと伝えると担当部長が大笑いして、「それゃうちに向いているよ、君は洋楽より演歌の方がいい、きっといい仕事をする」とも言われたことがありました。

私のサーフィンは少しも上手くならないのは今に始まったことではありません。当時もショートになってからろくに海に入っておらず、新しく買ったアイパのツインフィンは浮力もなく、時々サーフィンをする鈍った身体には扱える代物ではなかったからです。
それから数年が経って二人目の子供が生まれ、仕事は相変わらず二足のわらじどころか三足のわらじで多忙を極めましたが生活の息苦しさは変わりませんでした。
ちょうどその頃ロングボードが復権し始めていました。ロングボードの最後の時期にサーフィンに触れた私にはこの復権には全く抵抗がありませんでした。

初めて買った新品のロングボードは9フィートの水色のティントの美しいサーフボードハワイのものでした。シングルフィンではなく、小さなフィンが付いていました。それから数本を買い換えているのですが一向に上手くならない。いつになったら大きくて深いボトムターンが出来るのだろうと上手い人を見ると羨ましくなります。それでもサーフィンを続けています。どんなに風で波がぐしゃぐしゃでも、小さくてテイクオフが精一杯な波でも笑顔で楽しむことにしています。海に入った以上嫌な顔でサーフィンをしたくないと思うからです。だって、好きな事をしているのですから。

 海の上から陸を見ると、陸から見える風景とは全く違うものが見えます。ハワイだって海の上からワイキキを見ると自分が違う世界からやってきたと錯覚を覚えます。

 それにしてもこの古い写真はサーフィンを始めた当時のものです。場所は伊豆の大浜です。断っておきますがTシャツをトランクスに入れているのはシャツのコーラが溢れたからでいつもではありません。()いくら田舎者でもその程度は理解しておりました()

そんな昔も懐かしみながらもそれでもいつかはサーフィンもできなくなります。でもそれまで何とかサーフィンを続けたいのです。だから無理は禁物ソローリソローリと様子を伺いながら身体と相談してサーフアップをするのです。ただし、みんなにサーフィンを続けているとこれからはしっかりと公言しながら・・






2013年9月11日水曜日

1978 PERFECT DAY


錆が車体のあちこちについた茶色のフローリアンはブスブスという不快な音をたてながら国道から松林の小道に止まった。車のバックウィンドゥは土埃にまみれていた。
土埃が収まるのを待って、二人の若者は眠たい目をこすりながらドアを空け、車外に出て星空に手が届くような大きく伸びをした。月は雲間に隠れながら太陽の上がるのを待っていた。松林には初秋の風が吹き抜け、二人の頬をさすって流れていった。

二人は同じ高校の同級生だったが、今は二人とも東京の違う私立大学に通っていた。ひとりは一浪したため学年がひとつ下だったが、ノンシャランな二人はうまが合い、いつも一緒にいた。サーフィンを始めたのもほぼ一緒だったが、ほんの少し優夫のほうが早かった。二人は車の屋根についた緑色の安物のサーフラックからボードを降ろして、道路わきに立てかけた。優夫のボードはアイパのツインフィンのクリアデッキの真新しいものだった。久夫のボードは中古で買った稲妻マークのライトニングボルトの赤いボードであちこちにリペアの跡があり早く新しいものに買い替えたいと思っていた。

鍵をバンパーの中に隠して、二人が足早にビーチに向い歩いていく頃には東の空が明るくなり、金星は群青からオレンジのグラデーションの中に消えて行った。
ポイントにつく頃には烏帽子岩がくっきりとその姿を現していた。台風が種子島の東にあって東北東に向かっている。うねりは筋となって沖合から向かってくるが、オフショアの風で完全な姿を保っている。面は完全にクリーンで鏡のように朝日を浴びて輝いている。

サーフィンをしていて時折思うのは、今日のような完璧な日があるということだ。PERFECT DAY。湘南にも少ないがそんな日が数日ある。今日はそんな一日だ。
ポイントには二人以外にはいなかった。優夫が最初の波をつかまえてテイクオフするがレールがひっかかってワイプアウトした。ボードが飛沫をあげて高く舞った。久夫はうまく波をつかまえアップスンダウンを数回繰り返し波の裏側に消えて行った。二人でしばらくセッションを楽しんだ後、ポイントに人が集まり始めたので少し沖にパドルアウトしていってポイントの様子をぼんやり眺めていた。


10年経って、いや20年、30年経って今日の事をこの二人は覚えているのだろうか。今日のPERFECT DAYの事を。それよりも二人はサーフィンを続けているのだろうか。二人ともそれぞれの道を歩み、それぞれの家族を持ち、人生という荒波の中に船出しなければならない。今日はそのほんの束の間のPERFECT DAY




2011年12月2日金曜日

お気に入りの写真 ジョン・セバーソン





メネフネビーチストアと言う町田にあるサーフショップでこの3枚のジョン・セバーソンの写真を購入しました。

1枚は豪快にアラモアナでリップを決める私の神様ことジエリー・ロペスです。(ジェリーのGランドのチューブからリラックスして出てくる佐藤傳次郎氏の写真は随分前にカウアイから送ってもらいました)

2枚目はエンシニースタ出身のリンダ・ベンソンです。大きな板で手をいっぱいに広げてグライドする直前の写真です。

三枚目はヨットハーバーになる前のダナポイントです。小さいけど良い波が入っているのが分かります。

このころサーフィンは創生期でダナポイントマフィア(実際のマフィアとは関係ない)といわれるサーフィン業界のパイオニアが集まっていたといいます。

KKAFのどこに飾るか思案中です。そういえばパイアで開催されていたジョン・セバーソンのフィルムフェスティバルの広告も持ち帰って額装にしたのでした。

伊東屋に取りに行かねば・・・・・・・

2011年11月22日火曜日

CAWABUNGA !!!!!!!




稲村のダコタのTシャツは私のお気に入りです。

鎌倉のサーフポイントのTシャツには大崎やプール前も出ていないので完成度としては今一つですが、CAWABUNGAのTシャツは好きなTシャツです。

強力な乾燥機で2着駄目にしてしまいました。一着は気にいっているカワバンゴのチューブTです。


自称英文科の我が細君はこのCAWABUNGAの意味しらなかったようです。

私もずっと前にハワイでサーフィンした時に若いカリフォニアンがロングでチューブメイクした後に口走っていたので初めて知った言葉でしたから大きなことは言えないのですが、サーファーのスラングです。

「ヤッホーとか、やったぜ、本一」みたいな意味です。

こればかりは机の上の英語では絶対に教えてくれません。海の教室で学んだスラングでした。

2011年11月21日月曜日

Honolua Bay LINE UP

11月12日のホノルアベイのラインナップです。

反対側のホオキパはサイズが上がっていました(ピアヒも何となく盛り上がり始めた)が、反対側のホノルアは風が遮られてサイズは上がっていません。

それでもしばしホノルアをご覧あれ・・・・

2011年10月29日土曜日

やってもうた!!!!  靭帯損傷!!!

このところのサーフィン続きで、9'4のボードをカールでアップダウンしながらフローとして、降りることが出来るようになりました。

腰痛気味なのにセプとさくらが来る前から波乗り三昧です。

由比ガ浜の正面はサイズはありますがオフショアでダンパー気味、材木座よりでサーフィンです。

私と同じくらいの年配サーファーが挨拶してくれました。今日の天気や昨日の波の事を話してしばし夢中でサーフィンです。

フローター気味からもう一度大きく深いターンでバックサイドです。

セプとさくらが遠くから近づいてきました。しばし一緒に遊びます。妻もウエットを着てきました。

さくらの昨日の声は妻に海に入れという指図だったのです。

懲りもせず、浅いところまで来て、ボードを降りたところ、左足のふくらはぎがぶちっと音がしました。

激痛です。立ち上がれません。

T氏の靭帯損傷を笑っていたら私がなりました。歩けません。

自転車につかまりながらなんとか部屋に戻りました。

いやー痛いもんです。T氏の苦労が分かりました。なんとしてもハワイまでに治します。

ソファーに寝転んで・・・イテテテ・・・・笑っちゃいますね・・・なんで同じところを同じように怪我するのか不思議です・・・・・・(笑)





2011年10月25日火曜日

SURF A DAY

2週間海から離れているとどうも体の具合が悪くなってしまいます。

オンショアで厳しいコンディションでしたが、何とか風をかわせるポイントでサーフ・ア・デイです。

2ミリのウエットがすこぶる調子がよく、快適です。

途中からセプとさくらも参戦です。

犬と一緒の時にはリューシュコードは付けられません・・・ひっかかってさくらが吊れてしまいますから(笑)

この子達の元気なうちに沢山遊んであげることが当分の最重要事項です(笑)





2011年10月16日日曜日

クラシック ウエットスーツ完成 ワセリン

家に帰るやHOLLY SMOKEよりウエットが出来上がったとの事、早速引取りに行きました。

2ミリのウエットはあるようでなかなかないのです。12月頃までは大変重宝します。

思っていたエンジ色が少し紫っぽいですが、まあいいでしょう。

それとこの小さな容器はウエットを着るときに使うワセリンです。私の好きな洗剤の匂いです。

ウエットを着るときにいい気分になります。密かな拘りです・・・・


2011年10月12日水曜日

揉め事 リューシュコード

揉め事と言ってもサーフボードのリューシュコードのお話。

愛用のディスティネーション9フィートの赤のリューシュコードが絡まって絡まって仕方ありません。

熱湯に入れてみたり、延ばしてみたりしましたが、すぐ丸まって脚に絡みついてきます。

先日もその性で(リューシュの性にしています・・笑)2.3回チンしました。カッコ悪いことこの上ありません。

まあ、4.5年も使っていれば元をとったようなもの、清水の舞台から飛び降りる気持で新しいリューシュコードを購入しました。

小さい波用だと普通より1フィート短いリューシュが好みです。それも細めです。

10フィートのボブオルソンには12フィートを併せていますが、もっぱら小波用の愛用ジョエルチューダーにはこの9フィートです。

このリングが微妙な重さで、波待ちしているときは下に、パドルや乗っている時は後方にリューシュを運んで絡み付を防止するのだそうです。

もっともサクラと遊ぶ時はリューシュは付けられません。一度、さくらを引きずったことがありますから・・・・

2011年10月3日月曜日

WETSUIT クラシック

荏田のHOOLY SMOKEでウエットスーツをオーダーしてきました。



写真はお店のオリジナルです。これにラインが入ります。

ウエットは以前、やはりこのあたりにあったエムズでフューチャーのウエットとクラシックな3mmのロングションとタッパーをオーダーして以来です。

サイズ的にはMLでぴったりなのでサイズは計りません。ただし、胸にエンジの6センチのラインを入れます。納期は3週間、待ち遠しいものです。

ここのウエットは2ミリなので動きやすく、欲しかった厚さです。さらに後ろが少し長いのもGOODです。ビーバーは個人的にはやりすぎの感があるので・・・・・

これで真冬以外は海に入る準備OKです。



サーフポードは以前はオアフのチャンズで2.3年に一度購入していたのですが、チャンズが無くなり今持っているのはジョエルチューダーの9.4とボブオルソンにシェイプしてもらった10のクラシックです。サーフボードハワイの9は若い子に上げてしまったのでもっぱらジョエルが私の普通使いのボードですが、もう1.2本クルージングしやすいボードを狙っています。

今狙っているのは写真の上田義則氏シェイプのPIIGGYです。これはPIIGYではありません。PIIGGYはもっとノーズが細くなっています。

先月のNALUに氏のコメント通り、ノーズが大きくなりすぎて不安定なボードより、波のカールにとどまれるボードが楽しいのは同意見です。

そんな氏のボードと対抗しているのは、もう一人日本のビックウェイバーこと櫛本喜彦氏率いるKIサーフボードのGRANPA9.11です。ガンを作らせたら右に出る人がいない氏のボードですが、ストリンガーをきっちり入れてテイクオフの速そうなボードです。



よくよく考えるとエンジよりブルーグレイの方が私的にはピッタリとくるかも・・・早速変更できるか電話してみます。

オレンジ→エンジ→ブルーグレイ・・・優柔不断な私です・・・・・




2011年9月20日火曜日

OCEAN GLIDE







東名横浜MBのT氏とも話していたのですが、今年は台風の当たり年です。

台風と言っても近すぎるとクローズアウトしてしまうし、中々良い波は難しいのです。

ところがこの週末またもやそのチャンスが巡ってきました。金曜日土曜日はオンショアで面が荒れていましたが、日曜日、月曜日はサイドオンショアからオフショアにかわり、おまけに天気も良く最高のコンディションです。

ラジオからは辻堂や茅ヶ崎でもオーバーベッドでクローズしていない様子、大崎はレフトもレギュラーも大混雑です。駐車場は近県ナンバーで満車です。

こういうとき自転車で行けるのは嬉しい限りです。

プール前はタブル近くのセットがあります。少し掘れ出したのでロングだとパーリングしそうです。

なんとか左よりならメイク出来ます。

玉石も結構入りだしましたが、トロ厚く中々メイク出来ません。

今年は水母が全然いません。8月の中頃に行燈水母を見かけたきり、9月に入って見かけません。

何故でしょうね・・・不思議です。こんなビューティフルな一日が時折り待っていてくれるのです。



2011年8月28日日曜日

Perfect Day!!

快晴、風は弱いオフショア、台風12号のうねりが入ってサイズアップしたいい波が入っています。

ただ残念なのはサーフできるエリアが限られていることです。夏の間はビーチにサーフボードが持ち込めないのです。

これだけ海水浴客が少ないのですからビーチでもサーフエリアを作ってみたらどうなんでしょう。

もっともビーチはクローズ気味で大崎や、プール前がいい並です。突端はサイズはあるのですがぎりぎりまで割れません。丁度ワイキキのマリオット前のピアで割れるボディーボード用の波です。

プール前は距離といい、形といいワイキキのシェラトンの沖で割れるTREESに似ています。

駐車場はサーファーの車で一杯です。自転車で行ける私は幸せです。

Perfect Day!! Keep Surfin'!!!



2011年8月19日金曜日

水母 September







台風10号のうねりで絶好の波が来ていた鎌倉も、いよいよクラゲの季節となってしまいました。

この時期はいくら波が良くても躊躇します。

カツオノエボシにやられたらその痛い事と言ったらまさに電気クラゲの名にふさわしいものです。

見てる分には綺麗で涼しげですが、海の中では出くわしたくないものです。

クラゲ!! セプテンバー・・・グッバイセプテンバー・・・

2011年8月8日月曜日

Good Wave

夏の鎌倉では珍しく台風10号のため東うねりが入り形の良い波がたっています。

金曜日が一番で徐々にサイズが落ちています。

風はほとんどなく弱いオフショアです。

金曜日、土曜日、日曜日の写真です。




2011年6月27日月曜日

手間ORエコ  CLEAR DECK

室内に保管するためボードに塗ったワックスを剥がさなければなりません。ならばこの透明のデッキパッドを貼って地球にも優しいエコと手間を省くためチャレンジしようとネットて購入しました。

いけません、いけません、波乗りしたいときは波の良い時です。逸る心を抑えられません・・・

結局、焦ってしまって一枚のシールが他のシールと粘着してしまい、取れません。結局、1セットお釈迦にしてしまいました。

今度は波乗りをしないときに、室内で2人でゆっくりと作業することにしましょう。


2011年4月10日日曜日

Riding Giant

負けず嫌いの私でもこいつには勝てないなと思ったことがある。

カビラにあるクラブメットでOG相手に水中バスケットを対戦した時、あいつらのべらぼうな体力には恐れ入りました。とうていついていけないものでした。

このDVDの監督・主演はレアード・ハミルトンは言わずと知れたビックウェバー、トゥ・インサーフィンの先駆者です。

マウイ島のパイアにあるアンソニーズというコーヒーショップで会ったことがあります。その体躯はバスケットをするまでもなく、強靭な鋼のようなものでした。

世界一といわれるピアヒでまるで遊んでいるようにサーフィンする姿は70年代のロペスのGランドのチューブのようでもあります。

サーフィンの醍醐味は大波の恐怖の中、一瞬に現れるリラックスということになりましょうか・・・・

2011年2月28日月曜日

七里が浜 レジェンド

昨日BILLSの入居している1階のBLUE HORIZONというお店のこと書きましたが、このお店今はNOBRANDというサーフボードのメーカーを運営している人が七里のレジェンドこと出川三千男さんです。つまりここは彼のお店です。

大学生の頃、マナーが悪いと良く怒られていたとってもとっても怖い人だったのです。もともとはパイオニア・モスのシェーパーで善家さんなんかがテストライダーだったような気がしています(正確ではありませんが)

妻を押し倒して甘えていた犬はジル君というラブラドールがこの出川さんの愛犬のようです。



そうです。帰りがけに挨拶された男性が出川三千男さんことレジェンドです。妻は全く持って知りません。そう奥田さんとお話していた時もレジェンドとは全く持って知らぬが仏でした・・・・

2010年8月20日金曜日

Long Long Long Board!!!!!

ラッシュガードが見つからないのでムラサキスポーツに探しにいったところお店のスタッフが世界一長いロングボートをスポーツが作成し実際に真木蔵人さんが乗ってギネスに記録されたというのです。

ネットで調べてみたら本当にありました。笑っちゃいます!!なんと長さが9メートル20センチ!!
いつもなら軽やかなノーズへのステップも今回は距離がありすぎます(笑)

松の廊下のようです(笑)

というわけで面白かったので見てください!!