倫敦の食事
ロンドンから帰って知り合いに会うと皆口を揃えて、ロンドンでの食事について「大変だったでしょ、お口に合うものがありましたか?」と心配とも憐みとも取れる言葉を戴いた。
こちらとしてはどの食事も美味しくまた楽しく過ごす事が出来たので何故そこまでにロンドンの食事は酷いと言う事が定説になっているのだろうと考えてしまう。
少し前までのロンドンはそうだったかもしれない。確かに今回も泊ったランガムヒルトンでの朝食に出て来た食パンはとても薄く、焦げていて硬く、多くの日本人は目をしかめるのだろう。ところが私はそもそもパンがあまり好きではない。ふわっとしたバーターたっぷりのクロワッサンなど目の前に置かれたならば、すかさず逃亡して部屋でカップヌードルを啜りたくなる。食パンを食べるときは出来るだけ薄く、かつ焦げる寸前まで良く焼く。つまりはこの食パンのようなものが個人的には好みなのである。
ロンドンの地下鉄はその形状からチューブと呼ばれる。パリのメトロに比べると近代的であるが、ひところの治安の悪さは改善され昼間ならツーリストも問題なく乗れる。私達はこの地下鉄で街中移動した。
ピカデリーの近くの中古レコード店に出掛けた。ここはレゲエとロックのLPレコードが世界中から集められ、そのジャンルのファンが年中押しかけていた。私もジミークリフの古いレコードを一つ買い求め店の外に出た。
通りを歩いていると何やら良い匂いがしてきた。こちとら何かと食べ物には鼻が効く。美味しいものの匂いとそうでないものを嗅ぎわける先天的能力と言ってしまえばカッコか言いが、要するに食いしん坊なのである。
表通りからその店を覗くと、細長く店のファサードは表通りにあるのだが、店は裏の広場に抜けている。その広場を2.3店の中華料理店が共同で使っていて、食材の下処理がなされていた。豚の足が吊るされ、中国語が飛び交っている。私は迷わずその店には行った。
従業員は笑顔一つ見せずにテーブルにメニューをバサッと置いて、奥に戻ってしまった。店は決して新しくはないが、綺麗に磨きあげられていた。厨房では4.5人の中国人と思しき男性たちが働いていた。
私は北京ダックと炒飯、そして青菜の炒め物を注文した。妻は五目粥にしようとしたが、本場の五目粥は内臓が入るため妻にそのことを告げると彼女は海鮮粥に変更した。
一緒に頼んだ青島ビールと一緒に次々と料理が運ばれてきた。私は一度香港の北京ダックの有名店で食べた事があるが、こちらのものは概して日本のように皮だけを上品に包むそれとは違う。肉も時には骨の付いたような大きな肉片も一緒に食べるのでボリュームはかなりある。やはり間違いはなかった。
青菜の炒め物は実に軽やかだ、炒め物なのに油が抑えられていた。中華料理の本にあったが、油でいためる方法ともうひとつ、油の浮いたお湯の中でゆがくという方法があるらしいが、その場ではどちらなのか判断が付かなかった。
海鮮粥には海老とホタテ貝そして豪勢にあわびまで入っていた。猫舌の妻はレンゲに少しだけ粥をとりフウフウ言いながら掬って食べていた。私は二本目の青島ビールを飲みおえるところだった。
ホテルに戻ってから腹ごなしにリージェントパークまで散歩した。すぐ近くにシャーロックホームズ博物館があるというので立ち寄ってみた。普通の小さな家がそれだったがあまり見るべきものはなかった。
リージェントパークの緑は美しかった。その美しい芝生の真ん中で子供達がサッカーをしていた。日本のように見るだけの美しい芝生とは大違いだと思った。散歩をしている犬もどこか落ち着いている。紳士淑女の国というが犬もそうなのか。
その日の夕食はホテルからほど近い、インドレストランに入った。南インドの料理と出ていた。南インドと言えば新婚旅行で行ったスリランカを思い出す。来る日も来る日もカレーだったが一向に飽きなかった。あれは人生最大のカレーの日々だった。
私達は海老の辛いカレーと卵とココナッツミルクの優しいカレー、それにナンを頼んだ。カレーはどちらも香辛料が効いていて美味しかった。辛いと言っていたがさほどでもなかった。ナンは幾分小振りであったが弾力があってモチモチして美味しかった。インドにはキングフィッシャーというビールがある。もちろんそれを頼んだ。軽くて癖が無く美味しいビールだ。
翌朝、ホテルを出てヒースロー空港で時間を潰していると、オイスターバーと白文字でブルーの地に大きく書かれた看板が目に入った。すかさずカウンターに陣取り、目の前にあるフラッターを指差してフランス産のシャルドネを頼んだ。そして飛行機の中では昼間のワインが効いたのか良く眠る事が出来た。
ようするに私のロンドンはこんな塩梅なのです。
誰です!イギリスの料理は食べていないと言う方は?確かに代表的イギリス料理なるプディングも、フィッシュ&チップスもそしてハギスも食べていませんが要するに不味いものは無かったのですから・・いいじゃないですか??