私が911のハンドルを初めて握ったのは30代のはじめだった。知り合いの乗っていた911を箱根のターンパイクでほんの少し借りて運転した。運転の喜びなんて全く感ぜず、ただ不安定な乗り物に肝を冷やした。のぽり坂であっけなく前輪のトラクションは無くなるし、ハンドリングが楽しめたどころではなかった。もっともその車のボンネットには20kgの砂が入っていたのだが。
そんなイメージの911だったから新しいタイプが出ても私の耳目を弾くものではなかったし、実用車の必要な私としては乗りたいという気持ちにもなれなかった。
ところが40代の半ば過ぎ、ある機会で997に試乗した。まず走りだしてシャシーの堅牢さに驚く、まるで金庫のようだ。さらに抜群に扱いやすくなっている。トラクションを失うこともないし、普通に走っていれば国産のセダンのように乗りこなせる。その歳まで十数台を乗り継いできた私だがどの車とも違っていた。
当時のポルシェはカイエンの成功でフォルクスワーゲンをいわば小が大を飲み込む買収がなされるのではと噂されたが、結局、現実にはフォルクスワーゲンの傘下に入ってしまった。
この頃、997の後期型が発売された。今のPDKを搭載したモデルだ。
興味のあった私は前期と後期で察かに乗り味が変わっていることに驚いた。さらに走りやすくなっていた。もはり箱根で冷や汗をかいたそれではない。
さらにほとんど全てを見なおした991がデビューした。もちろんこれも試乗したが、ラグジュアリーなGTカーへの方向はさらに進み、誰もが乗りこなせる911だった。
もはや2駆と4駆の差はほんのわずかだった。
そんな時、私の911はどれなんだろうと考え始めた。空冷のナローポルシェは私の腕には乗りこなせない。かといって最新式の911もラクジュアリーすぎるし値段も高い。そこで997の前期型に照準を絞った。走行距離の少ないベーシックな個体だった。
たまたま通りかかった店に素のカレラではないカレラSがあった。内装はスタンダード、色は黒だった。翌日には契約書にサインしていた。
それから911との生活が始まった。普通に乗りこなせるとは言え、RRの特性ゆえ、雨の日のスリップはコマ運動が怖い。もちろんLSDを外して乗ることは禁句だ。
それとこの車、大型車と一緒に走るのが気持ち良い。いまどきのエコカーのようにギアアップしないからだ。
一方、高速での安定性は抜群だ。ワイドボディと扁平率の高いタイヤが効いている。全長が短いがピッチングは皆無だ。ただし、スポーツモードにしてダンパーを強めれば、助士席の車酔いが現れる。
そんなマイ911だが、かれこれ5年目を迎える。タイヤ交換を一回した以外、掛かったのはリアランプの球交換ぐらいなものだ。
ホイールが好きになれないのが唯一の瑕瑾といえば瑕瑾なのだが。まだまだ飽きそうにない。