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2010年3月8日月曜日

BEI XU "LOST TRANSRATION"

中国系のジャズシンガーBEI XUさんのアルバムは全て持っています。その中でも好きな曲はアルバム”You are so beautiful”に収められた”Sunday Morning”とアルバム”Lost transration”に収められたこの”A happy new year”です。このア・ハッピー・ニュー・イヤーは言わずとしれたユーミンのカバー曲です。

ttp://www.youtube.com/watch?v=ImVgJF4kdqg

K・K氏への批判  上から目線 下から目線

対談形式で共著している「三低主義」(低層、低姿勢、低酸素または低コスト)を評論家の三浦氏が言うのはわかりますが、建築家で多くの作品を残してきた人がいうのはどんなものなのでしょう。

ミスター円こと榊原英資氏の「構造改革は間違ってました」と変わらないような気がします。
少なくともT大教授としては疑問です。

しかし、巻末に建築家としてこの対談に臨んでいいものなのか、彼自身戸惑いを呈していました。

そのとおりです。

今までの建築が「上から目線」これからの建築は「下から目線」とシニックに言い捨てるのは、大衆を「上から目線」で見ている何物でもありません。

確かに、箱物至上主義の公共機関の一部、莫大な資金にものをいわせた金満開発などそのとおりの部分もありますが、若者を全て「小屋」誘導するのは間違いです。

私達のような年齢になれば所詮「寝ても一畳、立てば半畳」の意味が分かりますが、それを若者に押し付けるのはまさに老人力のする弊害です。

ル・コルビジェ


このLC1 LC2からもコルビジェが好きなことはおわかりかと思います。ただし、私のコルビジェ好きは彼がモダンな建物により近代的都市づくりを目指していたからではありません。

だから異端的愛好者の所以をもう少しご説明いたします。




以前この「荷風とコルビジェのパリ」を読みました。コルビジェ研究家は数多いますがこの著者東秀紀氏もそのひとりです。著者は同じ時代にいて、正反対の方向に歩んだとしていますが、本当にそうだったのでしよぅか。

荷風は都市の近代化を嫌い、あえて猥雑で混沌とした場所を好み、居を遊郭の一角が色濃く残っていた玉ノ井に居を移します。そして、あの作風はそのとおり荷風の評価にあてはまります。

一方、コルビジェはどうでしょう。確かに「サボォア邸」あたりまでは、ガラスと鉄、直線によるモダンな建物を作っています。しかし、彼の後期の作品とはあきらかに異なるのです。そうです。ロンシャンの礼拝堂などです。

彼はスイスの出身です。スイス人はパリでは田舎者です。その田舎者が都会的建築を標榜するにはより都会的な作品を好き嫌いではなく残す必然があったのではと考えてしまいます。

その証拠に彼は生涯を通じて南欧の女性を好みました。みずから、南欧の血を引いているとまで言っています。そうつまりコルビジェも都会的で壮大で人を圧倒する建築より猥雑で、人間的、混沌としたものを本質的には欲求していたフラストレーションがあの作品を作る基盤だったような気がするのです。
多くの評論は一元的に作品をとらえて結論付けようとします。人間は多面的であり、時と場合によっては太陽と月ほどの違いもあります。その部分欠落が多くの評論に見られるのは寂し限りです。

CHEZ L'AMI LOUIS

パリ3区にあるビストロです。シェ・ラミ・ルイです。1924年より変わらずここで営業しているようです。すごいですね、辻静雄さんの1942年以降現在までなんと86年です。

フランス料理というのはワインとの相性が必要です。すでに辻さんが46年に辛口の冷えたシャブリとパテ・ド・ファグラキャラフェのフルリーの赤と仔牛の腎臓のフランと書いてあります。


そう軽いフォアグラは重い赤より、辛口のシャブリやサンセール、冷やした軽い赤なんかと相性がいいのです。是非試して下さい。ただ、ここで鴨のフォアグラと書いてありますが、カナールは小さいので、やはりアヒルだと思います。文章には鵞鳥としてありますので辻氏の名誉のため書き添えます。お店のデータです。もちろんFAXもHPもありません。フランス語が話せないと予約すらできませんので念のために・・・・・・・・・・

Address:
Chez L'Ami Louis
32, rue du Vert-Bois / 75003
Phone:+33 (0) 1 48 87 77 48
Fax:N/A
Email N/A
Chefs:Thierry Delabrosse and Louis Gadby 
Official Site:No

平松洋子

妻の高校時代の親友も「ヨウコ」さんであり、犬友にも複数の「ヨウコ」さんが存在します。

どうやらこの本の著者ヨウコさんと同じく、共通しているのは「オイシイモノがスキ」ということのようです。

平松洋子さんの「焼餃子と名画座」すでに購入して家族の愛読書(妻は電車の中、息子は寝る前の睡眠導入剤として)です。今日もう一冊、購入しました。「おんなのひとりごはん」です。

この著者と好きなものが似ているということが一番の原因でしょう。冒頭から蕎麦屋に行きたくなりました。それも高級なやつでなく、どこにでもあるような蕎麦屋です。

「板わさ」「ふきのとうのてんぷら」(間違っても漢字ではいけません。十文字必要です)
「日本酒」・・・・・・・・・・・至悦の時間です。

2010年3月7日日曜日

大人の責任 日本語

今日雑誌を立ち読みしていたら「布石」にかながふってあった。これ大人の読む本です。
日経はまだいいのだけど、毎日、産経、読売となると漢字のふりがなは当たり前、これじゃ調べる必要もなく結局覚えないのです。

市町村併合で色々な新しい名前がついたけれども、「南アルプス市」はしょうがないけど、「みどり市」はないでしょう??結局、大人がそうしているのですよ。

大人の責任です。息子の高校1年の時「お父さん、今日先生から君の答案は瑕瑾にあたわず」と言われたと帰ってきたことがあります。子供は大人から正しい日本語を学ぶのです。

若者が間違った日本語を使うのは、間違った日本語を使う大人や、若者に迎合して分かりやすい言葉を使いすぎる大人がいけません。

ミスグランプリが美と教養というのであれば、「サンガツクニチ」はよしなさい、長崎の「オクンチ」じゃないのですから、「サンガツココノカ」です。

超紫陽極秘回想録  三低主義

超紫陽氏が死去した後肉声の録音テープに基づき作られた本書です。私の興味は彼がライバルの李鵬氏をどう思い、どういう状態だったのか、さらに絶対的権力者としての鄧小平氏が何を思ったのかです。日米安保同様、天安門事件とは何であったのかと思う私なのでじっくり読んでみます。

一方、「三低主義」は三浦氏が建築家の隈研吾氏との対談ですすめる、2010年2月に上梓されたばかりのものです。

三浦氏は建築についてはその後相当勉強をされたようです。知識も豊富です。そしてコルビジェファンとして異端的である私の感覚と隈氏が観察するそれが似ていることに驚きました。

隈氏 文中略

「コルビジエはカルビィニズムのすごい抑圧の中から一種の解放を南に求めて・・・・・・・・
自分は南の血があるというフィクショナルなロジックによって組み立てる・・・・・」

さらに二人が高円寺や阿佐ヶ谷に興味をもっているのも同じでした。


以前、次回ニューヨークに行ったときにロングアイランド、特にサウスハンプトンに行ってみたいと言っていたのは豪華なWASPの避暑地を見学したいということももちろんありましたが、隈氏がこの本にも書いてあるように、サウスハンプトンまで行く高速道路の橋が異常に低いという現実を観てみたかったからなんです。ニューヨークに住んでいた友人が「ロングアイランドまで低所得者がバスで移動できないように低くしてあるんだ」「それはアメリカ人特にWASPの意地悪さだ」

それ以外にもフラーに関する記述、宮脇 檀氏をプードルに例えたり、興味深く読むことが出来ました。


隈氏の「ヨーロッパはバカンスを、アメリカは持ち家住宅のプロパガンダを進める」という下りです。そうハードの住宅とバカンスというソフトです。そして続けるなら日本もアメリカの真似をしてということになります。ただ残念なのは隈氏が建築家の生徒は旅をとなくなったといのは「旅をしなくなった生徒」しか見ていないからです。

さらに「小屋のような建築が良い」と三浦氏が言っているあたりでは、前出したボーボー文化の再発掘というサブカルチャー的要素が垣間見えて、少し嫌な気がします。


それにしても三浦氏はこのところ色々な分野でひっぱりだひのようです。ただ古い建築をリノベートして共有することの現実には、法律上の責任と経済的合理性の相克が生ずることも無視できません。