経営者の私は本当に小心者です。
世の中の変化を絶えずうかがっていて少しでも変化の兆しがあると不安でしかたありません。
そうです。「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」方丈記の一節です。
「定常」という状態はこの世の中に存在しません。私の信条です。
そんなとき51歳で逝去した先輩のことを考えます。多少の変化や浮き沈みなど大したことはないと。大切なものはこの世の中そう多くはにないと・・・・・・
そうです。墓場には誰も連れていけないし、持ってもいけないのです。
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2010年5月25日火曜日
2010年5月24日月曜日
鈴木裕美子さん
個人的にオリンピックの団長になったH女史のことがあまり好きではないのは、30年近く前の事件からです。
その当時の会社で女子自転車の草分けだった鈴木裕美子さんを正社員にして、自転車に力を入れていました。
入社したて頃、総務人事部にいた私は、彼女と歳も近いこともあり、練習の合間に色々な世間話をしていました。オリンピックには当然、選ばれると思っていた矢先、急遽かのH女史が自転車に転向すると言いだしたのです。
当時の協会は異常な熱の入れようで、あれじゃ鈴木さんが可愛そうと思われるようなエコひいきでした。
会社の幹部も残念ながら純粋に自転車を応援していた訳ではありませんでした。結果、彼女は契約社員となり、会社を離れて行きました。
その後、彼女は努力を続けオリンピックの出場を果たしました。
現在では、弦巻で自転車店を営んでいると聞き及びます。
現在のようなロードバイクという言葉すらなかった大昔の思い出が蘇ります。彼女の第2の人生に乾杯です。
その当時の会社で女子自転車の草分けだった鈴木裕美子さんを正社員にして、自転車に力を入れていました。
入社したて頃、総務人事部にいた私は、彼女と歳も近いこともあり、練習の合間に色々な世間話をしていました。オリンピックには当然、選ばれると思っていた矢先、急遽かのH女史が自転車に転向すると言いだしたのです。
当時の協会は異常な熱の入れようで、あれじゃ鈴木さんが可愛そうと思われるようなエコひいきでした。
会社の幹部も残念ながら純粋に自転車を応援していた訳ではありませんでした。結果、彼女は契約社員となり、会社を離れて行きました。
その後、彼女は努力を続けオリンピックの出場を果たしました。
現在では、弦巻で自転車店を営んでいると聞き及びます。
現在のようなロードバイクという言葉すらなかった大昔の思い出が蘇ります。彼女の第2の人生に乾杯です。
教育 贈与論
この写真を見ても、つくづく教育とは贈与であると思わされます。
教授や准教授の皆さまより教えて戴くすべからく多くのものはこの「贈与」の上に成り立っています。
息子もいつかはこの贈与を送る側になってほしいと考えます。
今日も、6時には起床し、朝一番で研究室に行って実験の予定らしいです。
妻が臨床のテキストを全てコピーして、持ち歩ける大きさに各章ごとに裁断してホッチキスで止めていました。
息子は勉強は全く苦にならないといっています。それより睡眠時間が少なくなることが嫌な様子です。一日が28時間あったらいいと言っています。彼は私と同じく睡眠はしっかり必要のようです。高校まで彼の睡眠は7時間きっちり取っていました。
今はそれからマイナス3時間です。
眠たい月曜日です。
2本立て フロアーポンプ
フロアーポンプごときと思うなかれ、これがなきゃ始まらないのです。
パークツールには縦ヘッドのヒラメ、スーパーピスタには横ヘッドのヒラメを付けて使います。
ヒラメが付けられなければ私にはどんなポンプも欲しくありません。このヒラメが良いんです。
お寿司でもマグロより、ヒラメや鯛が好みです。(関係ないか??!!)
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