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2010年12月2日木曜日

恥の文化、罪の文化


西欧において初めて日本文化を検証した書籍はルース・ベネディクト著の「菊と刀」といわれています。

内容については色々な評価がありますが、彼女はこの本の中で日本は「恥の文化」西欧は「罪の文化」と言っています。

確かに明治初期までは武士のこのような精神が受け継がれ、「やせ我慢をしてでも義を通す」といった精神文化があったと思います。

いつからでしょうこうなったのは・・・・恥をかいても平気ということは、人を恥じさせても何とも思わないという事でもあります。

自由と平等と引き換えにこの恥の文化を置き忘れてきたのかも知れませんね・・・

脳と疲労  CFS ME PVFS

とある医学博士の肩書を持つ相手との会話で私のロードバイクの話になり「年を取ると筋肉の疲労が早く乳酸が貯まりやすいから困ります」といったところ、

相手は困惑顔で笑いながら「最近の研究では乳酸が悪ものとは決めつけられないようです。疲労と疲労感には脳という大切な要素があり、現在はそのあたりが研究の中心のようです」「乳酸はもはや疲労回復概念の起点のようです」

それは知りませんでした!!我々が当たり前だと思っている知識はもはや古臭く使い物にならないとは恥かしい限りです


まず疲労と疲労感とは違うと言うことです。毎日毎日疲労が蓄積し、夜眠って翌日には疲労が取れたと思っていても、実際の疲労は蓄積し、体に様々な症状を引き起こすことがあるようです。つまり脳が感じる疲労=疲労感と実際の疲労が必ずしも一致しないからです。このようにして継続的に疲労が続き体中に色々な症状が現れるようになるとそれを「慢性疲労症候群」と呼ぶようです。この疾患の概念はアメリカで生まれたので、英語 Chronic Fatigue Syndrome や Myalgic Encephalomyelitis(筋痛性脳脊髄炎)、 Post-viral fatigue syndrome(ウイルス感染後疲労症候群)のアクロニムからCFS、ME、PVFSと呼ばれるようです。

そしてあらたにその慢性疲労症候群が引き起こす、不眠、抑鬱、倦怠感等で年間数万人が自殺や重症化により社会的問題になっていることもあり、新たにこの慢性疲労症候群かどうか疲労を視覚化しようという試みが始められています。以下厚生労働科学研究費補助金(こころの健康科学研究事業)分担研究報告書より抜粋です

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A. 研究目的



「疲労」は休みなく心身を使うことによって生体機能に障害が生じた状態を、「疲労感」は疲労を脳が主観的に定量する感覚を指す。 「疲労感」は、報酬や、やり甲斐などでマスクされ易いため、「疲労感」のみで「疲労」を定量しようとすると、様々な問題が生じる。そこで、「疲労」を客観的に測定するために、疲労によって変化する生体のバイオマーカーを発見し、これを利用して疲労を測定する様々な方法が検討されている。我々は、疲労を客観的に測定するために、「疲れるとヘルペスという水泡が唇にできる」という現象に着目した。 この現象は、通常は宿主の体内に潜伏感染しているヘルペスウイルスが、疲労によって宿主の危機が生じると再活性化し、他の宿主を求めて体外に放出されるという現象である。ヒトのヘルペスウイルスは8種類知られているが、この中でも労働による疲労にはヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)が良く反応することが判った。 これは、疲労の客観的測定法の開発原理として利用可能であるので、唾液中HHV-6測定による疲労の客観的測定法の開発に着手した。一方、HHV-6が疲労に反応して再活性化するということは逆に、疲労によるヘルペスウイルス再活性化のメカニズムを解析すれば、疲労の分子メカニズムを解明することが可能となることを示している。数年前に乳酸が疲労物質でないことが明らかにされてから、疲労の分子メカニズムは、返って謎となった。 我々は、HHV-6の再活性化機構を詳細に検討することで、疲労因子を同定している。この因子は、マウスに不眠や水泳などによる疲労を与えると様々な臓器で発現が亢進することと、この因子を遺伝子導入によって発現を誘導すると、マウスの自発運動量が低下することから、疲労という現象の中心的な働きをする因子であると考えられた。また、この因子の働きを抑制する因子も疲労負荷によって発現が亢進することが判り、この研究が、疲労のメカニズムの解明や疲労回復法の開発を可能にするものと考え、今回の研究課題とした。

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しりませんでした、多くの人が元々持っているヘルペスウィルスが介在していたとは、それも通常ではウィルスは宿主である細胞を殺さないために数を増やさずにいるのであるが、過度のストレス等に継続的にさらされると数を抑制する因子が働くなくなりウィルスは増殖を続けて細胞を死に至らしめ、ウィルスが沈む舟から新しい船に乗り換えるというのは面白い話です。

我々が常識だ恒常的だと思っていることの本当はいくつがそうなのでしょう。ひょんなことから私も一つ学びました。参考にしたのはこんな本です。


2010年12月1日水曜日

鳥鮮 青葉台

久々の横浜鳥鮮です。家から車で10分です。早い時間だったのて駐車場空いていました。

もちろん風邪気味の妻は飲みません。

ここの鳥唐揚げの塩は和辛子につけて食します。やわらかくて美味しい。

鳥マリネは玉ねぎがとても効いていて美味しいです。

串もどれも美味しく、締めの釜めしもベリーベリーグッドです。釜めしには串焼きが3本選べます。

4人で食べて1万円です。佐藤のお湯割りと日本酒、ビールでこの価格です。

ここのご主人はもとハスキーとラブラドールを飼っていたといっていました。もう飼わないのでしょうか?

とにかく家の近くの少ないとびきりお薦めの一店であります。

お店のHPです。

http://home.r07.itscom.net/torisen/

価格再考

私の会社のスタッフでも取引先でも過去のデータや相場といったもので価格を構築しています。

私達は学生の時に価格は需要と供給によって決まると教えられてきました。そう需給曲線による価格均衡です。

しかし、実態の経済はそんな単純なものなのでしょうか?グローバル化した21世紀、価格の決定には自国の需要者と供給者以外の多くの要素が含まれるはずです。

当然、他国の同様の価格均衡、世界的に漂流するマネー、それらと複雑に関係し合う債権や株価こういった様々な要素により価格が決定されるはずです。つまり、トヨタが10円円高になったらいくら損するという理由は無意味なのです。

以前私は「日本は物作り大国という信奉を捨てよ」といいました。いくら良い品物を造っても自国の閉じた経済システム(多少の為替リスクを上乗せした程度の価格構築)では耐えきれなくなるからです。

数年前、IBMが全ての生産(実物としての商品)のライセンスを中国企業に売却した時に、いつかはこれが現実のものになるかそうでなければ生き残れないと感じました。

ただしここでいう価格とは単に商品の価格ではありません。もう少し広い意味で物の価値と言い換えるべきものです。

我々は経験を一番のよりどころとします。しかし、今価格についてもっと弾力的に価値観を一掃させても良いくらいだと感じています。

ワイキキのビーチで1ドルを貰って、お客の所に行ってビーチパラソルを開いている子供の姿を見て強く思ったわけです。

だって彼は1ドルが150円近くしていた時も、今の80円でも同じような笑顔でパラソルを運んでおこずかいと生活費としてサーフィンしているのですから・・・・・・・・



国債は暴落するのか?

真面目にこの国の行く先を心配する一人として「国債は暴落するか?」という今もっとも熱いテーマについて考えてみます。

テレビに登場するK女史などはどんどん国債を発行すれば景気は良くなるといっています。この種の理論の中心は、政府のバランスシートである負債の部にばかり目をやり、資本や資産を無視しているというものです。K女史は公認会計士でもあるので直感的にもそう思うのでしょう。

確かに日本はアルゼンチンやアイルランドのように外国が国債を多く持っている国とは異なります。

一方、このまま増発すれば国債は信用力をなくし、国債の長期金利は上昇しハイパーインフレーションが起こると警鐘を鳴らす人たちがいます。

この人たちは国債の発行が実体経済に波及しておらず、国債発行によるお金は血肉になっていない数値的データを持ち出します。私も実感的にはこちらに近い感じがします。何かをやろうと考えても長期的ビジョンの描けないこの国では有利子負債は大きな壁となるからです。

さらに彼らの意見の中には、高度経済成長とちょうど逆の高度経済停滞が起こっているとも言っています。さらに高度経済成長により、安価な若い労働力として都市に集められた人たちが高齢化し都市を急速に疲弊させるというものです。

つい最近読んだ日経新聞コラムに行天豊雄氏が「小泉さんが改革をほっぽりだしたから・・・」という件がありました。

私は「はっと」しました。そうか小泉さんは改革を実行しようとしたけど結局出来なかったんだ。その理由は官僚、政治家彼を取り巻く全ての人たちが彼の前に立ちはだかり改革を阻止したのだと。
それはとりもなおさず我々国民が痛みの伴う改革を望まず、このまま坂を転がって何もしないことを選択したのだと思い本当に目の前が真っ暗になりました。

今日から師走です。前半は目の回る忙しさですが、こんなときこそ忙即閑、閑即忙です。

こんな本を読んで徹底的に頭の中で考えることにしましょう。







2010年11月30日火曜日

ゆっくり悩む タイヤ アレコレ

股関節の様子が芳しくないので元に戻るかどうか別として、お金も払い入荷を待っている我がLightweight Atendard G3ですが、これにア・テ・ガ・ウ タイヤを悩んでいます。

チューブラー一筋の我が身としては今までビットリオオープンコルサEVOーCX2、ユッチソンカーボンコンプ、ビットリオセルヴィッオコルセと乗り換えてきましたが、一番重く感じたのがカーボンコンプです。乗り心地はビットリオに軍配が上がりますが、転がりはコルサの方が上のような気がします。

ライトウェイトの文字の入ったコンチネンタルのチューブラーもあるのですが、レターがタブって煩いかも知れません。

国産でSOYOが開発したこのシームレスも中々良さそうです。

 コルサエボCX2 21mm 245g
 セルヴィッオコルセ 20mm 210g
 SOYO シームレス 22mm 205g

人の縁 

今日11月30日でやく5年間働いてくれたT女史が退職します。第二子の出産のためです。

彼女が受け持っていたギャラリーも変わりました。組織は人が作るもの、人が代わり組織のカラーも変わるのです。一言で言ってしまえば水により住む魚は変わると言うことでしょうか。

きちんと対応し、丁寧に心掛ければ相手もまた真なりです。

しかし、縁とは奇なものです。彼女やご主人そしてお子さんも会社の行事に積極的にそれもよろこんで参加して(そう確信しています)くれました。だから皆で仕事の時間もそうでない時間も共有できたのです。この価値の共有こそが私は生きている中で一番大切なことだと思っています。夫婦、子供たち、犬、友達、みんな奇跡に近い確率でこの世で出会えたのですから・・・・・

物は壊れます。命あるものはいちかは命の火は消え失せます。しかし経験と思い出は肉体と意識が消滅する最後の最後まで生き残ります。

そして最後に十返舎一九のように「この世をば どりゃお暇 せん香の 煙とともに 灰さようなら」と軽妙に別れられたら最高でしょう。

それまではこの縁を大切にしたいと私は考えています。ですから回数は減ってもまた合える日を楽しみにしています。健康な赤ちゃんを産んだあかつきには是非見せに来て欲しいと思っています。

そして新しいM女史(旧姓で呼んでいますので)がまた彼女の新しいカラーで進めていってほしいと思っています。そして新たな縁の始まりです。

出会いと別れではありません。会う回数が減っただけですから・・・・・・・・

彼女とご家族にユーミンのこの曲をプレゼントします。

そしてクリスマスなのでクリスレアのドライビング ホーム フォー クリスマスです。

2曲続けてどうぞ・・・・・・・