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2010年12月23日木曜日

妻の誕生日 日向ぼっこ

めでたく二人足して102歳になってしまいました。ということで今日は妻の誕生日です。

3人からカードをもらい、そのうえ娘は二人分のディズニーシーのチケットをプレゼントしてくれました。えっ、もちろん妻と娘が行くため用です(笑)

今日も娘は仕事です。手作りのチョコレートケーキを用意してくれました。息子は6時過ぎには家を出て研究室に向かいました。

穏やかな天皇誕生日です。長椅子を外に出して年賀状用の記念撮影です。

今年のバージョンのプレビューです。




撮影も終わって、今度は人間が日向ぼっこの番です。

そういえば三バカの一人K氏の娘が結婚近いかもと言っていました。どうしてあのK氏の子供がああで、うちはこうなのと思いますが、親のようにならないのが子供かもしれません。

ということは我が家は相当自宅待機が長そうです・・・・・・

土曜日の犬友K宅でのクリスマスパーティ用の海老とホタテのクリスマステリーヌを作ります。妻用はすでに冷蔵庫にあります。夕刻過ぎたらビラベスタを開けてお祝いをします。妻はとても幸せそうです・・・・・

大久保 美味しいお店 火の国 とっとっと

大学の親友と2年下の後輩との忘年会でした。

仲間のお姉さんがやっている居酒屋さんですが、これが料理はどれも安くて美味しいのです。



熊本名物の馬刺しは今まで食べてた馬刺しがなんだったのと思うほど美味しかったです。

魚も築地で仕入れているだけあって新鮮そのもの、鍋も鰤とまぐろのしゃぶしゃぶをポン酢で食します。白子もべらうめえです・・・・

友達のお姉さんの店だからではありません。中々この料理を提供するのは難しいです。横浜にあったら週一で通うこと間違いなしです。

次は4月8日に皆と春合宿の約束をして別れました。

大久保にある「火の国とっとっと」朝まで営業しているので、終電が終わってしまったら是非覗いてみてください。アネキのお眼鏡に合わなければ当然OFFLIMITです・・・・(笑)

2010年12月22日水曜日

OFFLIMIT

こんな時間まで事務所に居ることは珍しく、ビルの谷間に太陽が沈みオレンジ色に染まる景色は見られません。

ところで須藤靖教授のエッセイ本に以前私が感じた事と同様のことが書いてありましたのでご紹介します。

それは英語の「OFFLIMIT」という看板です。そう「立ち入り禁止」です。

私は「LIMIT=限界」を「OFF」するのだから立ち入り可能なんじゃないのと思う訳です。

しかし、一方アメリカ人はここまではOKでもここから先は限界を超えているからダメなのという訳です。

限界の捉え方も国や文化により違う訳ですね・・・・・・




大分仕事が片付きました。

これから新宿に向かう準備をします。

音楽はparis matchの「After six」から・・・・・・

良いコストの下げ方 見極め


昨日、港北イケアにフォトフレームを買いに出掛けました。

鎌倉ベースのピクチャーギャラリー用です。物によっては以前購入していたものの1/6位しかしません。イケアは平日なのにクリスマス前で結構混んでいました。

白枠のアメリカンなフレームを大きさも様々に購入してきました。

このフレームが何故安いか分かりますか?

それは「必要のない所を徹底して見極め、省略している」からです。

写真を出し入れする裏蓋には金属のツメがあるたげです。あとはそれをドライバで立ち上げて開封し、写真を入れてからツメを折るだけです。

金属ですから何十回もすれば折れてしまうでしょうが、数回の出し入れには何ら問題はありません。

我々が当たり前と思っているそのことが私達を縛り付けているのです。

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先程も弊社で使っている事務機器を納入している担当者が「私の回っている企業でリースが通らなくて困っている。世間の景気は悪いようです」とこぼしていました。

それゃ違うでしょう。そもそもリースが良いと判断し、リースを続けている経営者はコストの意識に欠けます。税務上必要という人は、税務にかこつけた他人任せです。会社が傾くのは道理です。

私が担当なら儲かってそうな会社に行って、「この中古資産を買うと、税務上こんなメリットがあるんでよ」と営業トークしてきます。まあ、ここまでくれば考え方の問題ですね・・・・・

断捨離のすすめ  

TVでも良く取り上げられる「断捨離」です。もともとはヨガの断行=外界から余計なものが入ってこないようにアクセスを遮断する、捨行=身の回りの不要なものを捨てる、離行=精神的に自由になる事なのです。現代ではこの断行が難しいものです。

でも物を切り離して少なくするのは今更のお話ではないのです。

大好きな女優であるオードリーヘップバーンは映画「戦争と平和」の中で「悩みなんて投網のようなもの、引き上げるまでは重いけど、上げてみると大した獲物は入っていないものなの」と言っています。

人間の執着が強ければ強いほど、そのものはすっと手から離れていくものなのです。

死の哲学を実践している私としては、毎回海外に渡航するたびに「遺言書」を書いています。

書きながら考えるのは本当に死に直面した時、人間の大切なものなんて本当に少ないということです。

50歳を過ぎたら毎年必ず、身の回りの整理をしています。要らなくなったものを処分します。

人間最後は物や人でなく自らの記憶のみになるのです。エミール・ウングワレーの絵のように混沌として行くのです・・・・・

観念の歴史 アーサー・オー・ラヴィジョイ




オットー・シャーマーの「U理論」再読していて、数年前に読んだアーサー・オー・ラヴィジョイの「観念の歴史」が思い返された。そうふっと頭に浮かんだのです。

この著作は1933年のハーバード大での講義を元に執筆されたものでした。

漠然としたもの」の本質を見事に看破した名著です。彼は無意識の精神の習慣のようなものを「観念の歴史」としてとらえているのです。

U理論の著者が自宅が火災にあっているときに感じた、浮遊したような感覚、つまり自我とは別の存在そのものも、同様に普段は気付かないものなのです。しかし、自我とは別のこのような無意識の存在が私達を開放してくれるのでもあります。

我々は目にしたものを脳で理解し、制御しているだけではありません。既に予測し、仮定しているのです。これはまさに無意識の精神の習慣にほかなりません。

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妻はオートマを2つの足で運転します。今まではこれじゃマニュアルは運転出来ないし、アクセルワークが旨く出来ないと揶揄していました。しかし、人間の脳は絶えず与えられている刺激と別の刺激には反応しにくいという調査結果が出ています。歳をとり認知機能が低下すると、もしかしたら妻のような両足の運転が合理的安全性を高めるのかもしれません。これからは決して揶揄しません。(笑)

サッシペレレ (Saci Pererê)


サッシペレレ=ブラジルの山奥に住む妖精、日本で言う座敷わらしのようなものでしょうか。

四ツ谷にある同名のお店は数回行ったことがあります。何と今年で38年になるとのことです。

オーナーは日本人でボサノバを本格的に歌いメジャーな音楽に引き上げた「小野リサ」さんのお父さんです。

小野リサさんのアルバムはいくつも持っていますが、中でも同名の「サッシペレレ」は素敵な曲ですが今回はそれではなく、ジョビンの名曲「イパネマの娘」です。

サテンドールに小野リサさんのコンサートを聞きに行ってから10年以上が経過します。