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2011年8月22日月曜日

ある若者の会話

ある若者が友達と思しき人物と会話していました。

聞く気はなかったのですが、声が大きく相当ヒートアップしているようで、嫌が応にも聞こえてきます。

A男「俺、会社辞めちゃった、だって営業の仕事おれに向いてないもん」

A男「それにアルバイトと自給そんなに変わらないし、どっちみち家の仕事手伝うことになっているんだから何だって良いんだよ」

B男「お前、何年勤めたの?」

A男「一年と半年」

B男「それじゃ、何にも分からないんじゃないの?」

A男「いたって分からないよ」

B男「おまえんち何やってるの?」

A男「開業歯科医」

B男「お前、医者じゃねえのに継げないじゃん」

A男「いや事務とかそういうのあるでしょ」

B男「開業歯科医で事務ねえ・・・」

A男「楽して生きて生きたいじゃん」

B男「今だけね」


こうして下流社会に一人の若者が加わったのであります・・・・・・・

モルゲンシュテイン

これも中島京子さんの小説に出てきて40年ぶりに思い出した言葉です。

確かジャンプの選手にこんな人がいた記憶があります。

小学校の時、スキーに通っていた道すがら、あの選手のヘルメットのような山を見つけて勝手に「モルグ山」と命名していました。

場所は中の条から草津に向かう途中です。

吾妻渓谷の左手にそれらしき山がみえてきたら、その「モルグ山」に他なりません。

モルゲンシュタイ山です。でもどうやって登るのでしょう。今でも不思議な山です・・・・・・

大人の水中運動会 逗子マリーナプール

以前はテレビでも子供は見てはいけないような、お色気番組がありました。

大磯プリンスのプールで行われる芸能人の水中運動会なんかその典型でしたが、今や健全化のためどの局でも放映することはありません。

ところが昨日も逗子マリーナのプールでその水中運動会が行われていたのです。

MCはマイケ*富*氏でした。

どうりで日曜なのにお休みになっていたはずです。

もちろん昔のような乱痴気騒ぎを陰をひそめ、健全化した、子供も参加する内容だったのですが、夕方までマイクの声は響いていました。

今は一般から参加者を募って行うようです。参加費も必要なようです。

私が学生でテレビ製作会社のアルバイトをしていた頃には、参加者は女優や歌手の卵(卵というより孵化して育ちすぎた雌鶏)ばかりでした。30年前の話です。わたしなんざぁ、ちょいとひねられておハイ終わりといった感じでした。

送迎のバスの中で人目を気にせず化粧直しをし、あの新宿二丁目のような独特な香水の匂いが鼻をつき、とても弁当が食べられなかった事を思い出します。

健全化について、しばし考えた日曜日でした・・・・

中島京子 ゴセイト

中島京子さんの短編「東京観光」に「ゴセイト」というものがある。

実は私も小学校の頃、同じような体験をしていた。

私の住む北関東のK市はかつては日本の上海とまで言われ、織物業の盛んな街であったが、当時すでに外国製の安い製品にその座を奪われ、まるでチューブを外された延命患者のように徐々に衰退していた。

彼の名は確か永田君といっていたと思う。彼のその後の消息は知らない。

風の噂では調理人になったとも、交通事故で死んだとも、またやくざの抗争で服役しているとも聞いた。

彼は正確に言えば中島京子さんの「ゴセイト」とは違う。

午前中には学校に来るのだから少なくとも「ゴセイト」ではない。

ただ、かならず授業を抜け出す。

先生も慣れたもので、ある一握りの生徒を追跡させるのだ。

選ばれた生徒はまあ普通に勉強が出来て、運動もそこそここなせる輩が選ばれる。

家が税理士をしていて、N社の株がカップヌードルの誕生で大儲けして、自宅を新築したH君(一橋に進学後、今は大手の証券会社Mインベ****の役員)や私、足の速いY君などが選ばれた。

彼の行き先は決まっていた、理科実験室の前の水槽のところか、音楽室の裏庭だった。

彼を捕捉しても、すぐには授業に戻らない。特別に与えられた自由な時間こそ我々の特権だった。

数時間を費やし、やっと見つけた風に授業に戻る時にはそろそろ給食の準備が整っていた。

今でも、あれは幻だったのではないかと疑うことがある。そもそも永田君はいたのだろうか?

2011年8月21日日曜日

居酒屋 兆治

高倉健さんが出ていた居酒屋兆治とい日本映画がありました。

あの小説は山口瞳さんが好きだった国立の谷保にある「文蔵」という小さなご夫婦で経営していた実在のお店だったのです。

国立には縁あって行ったことがありますが、それは素敵なお店でした。

居酒屋とはああいうお店のことを指すのだとよくよく分かりました。

この文蔵さんも数年前に閉店し、店主の意思をついで婆娑羅として生まれ変わりまた。

あれ以来行ってはいませんが、名物のもつ煮込みは健在なので゜しょうか・・・

ところで先日購入した山口瞳さんの「行きつけのお店」は面白く、一晩で読破してしまいました。

木犀堂の店主が本を買うつど、ポコッと出てくる一言が楽しみです。

今回は「力の抜けた良い本だよ」の言葉通りでした。

2011年8月20日土曜日

古本 木翠堂

先日目に留まった本を確認しに「木犀堂」さんです。

ありました今はなき藤本義一氏のお酒の本です。

すると山口瞳氏の絶版本が目に留まりました。

国立の谷保の焼き鳥屋さんも載っています。ここ知っています。

迷わず購入。

鎌倉の楽しみ方が広がりました。

夏もすとんと終えたように、蝉の声が今日はしません。

すこしつづ買い揃えた本をウイスキーを飲みながらゆっくりと頁を薦めるこんな日もよいのではありませんか・・・・


玉子焼き おざわ

鎌倉ベースのお隣さんが白馬で買ってきたお土産の椎茸茶を持ってきてくれました。

これがスープのようでとても美味しいのです。

黒胡椒が利いていてとても旨いのです。ありがとうございます。横浜よりずっとご近所づきあいが楽しい鎌倉です。

私はどこかに置き忘れた財布でとんでもない目にあいながら、母が鎌倉駅まで持ってきてくれました。

お昼は天麩羅「ひろみ」です。

次に向かうは玉子焼き「おざわ」です。

お隣さんと家にひとつづつ、しかしこれが旨いのです。

甘いだけの玉子焼きでなく、出来立てのものしか扱いません。

旨いのです・・・・

鎌倉で玉子焼き「おざわ」実は超お勧めのお店です。

でも階段は超急勾配なので手すりは必須です。

みつけてみてください。