このブログを検索

2011年9月20日火曜日

魁力家 黒田クロ

市が尾の魁力家さんにエエコト書いてあります。

黒田クロさんの言葉です。


自分にツキが無いと思う人はツキの無い人と付き合っています。

味のわからない人と付き合うと自分も味音痴になります。

暗い人と付き合いと自分も暗くなります。

マイナス思考の人と付き合うと自分もマイナス思考になります。

つまり縁のない人は自分で縁を切っているのです。

説明は不要でした。

私のオーダーは麺=普通、脂=少なめ、葱=多め、唐辛子=ありです。

矜持なき普通の人

日本と言う国はどうしてここまで落ちぶれたのかと恨めしく思う時がある。

外国人に言わせると夏なのに長袖のアームカバーをして、顔がすっぽり隠れるつばの大きい帽子をかぶり、挙句に日傘をさしているのだ。

日傘がいけないと言っているのではない。セザンヌの絵のように陽光燦々としている草原を日傘をさして歩く婦人の絵になる事は既知の事実。

問題なのは、観光客でひしめく鎌倉の小町通りを平気な顔をして日傘をさしているそんな人達だ。

背の低いこれらご婦人がたの傘の先がちょうど男性の顔のあたりに来る。今にも目に入りそうである。

全く持って自分のことしか頭にない、矜持なき普通の人々。日本はいつから思いやりに欠ける自分本位の普通の人の国になってしまったのか、嘆かわしい限りである。

理知的な蟹


理知的な蟹がいる。

どんなに大きな波が来てもその場所だけは脅かされない場所だとその蟹は知っている。

何故蟹がその場所を知り得たのか、何故その場所を探し当てたのか、不思議だ。

そもそも蟹は考えているのだろうか。蟹の思考回路があるとすればどうなっているのか。

人間は真っすぐにその対象を目で確認し、脚を前に運ぶ。この動作とて蟹は違う。

目を真横に睨みかえて、斜に構えた体を目的物に向けて運ぶ。それは決して真正面に歩くことが出来ないからだ。真正面の風は進まない。左右のどちらかにすこしでもずれていないと前に進めないヨットの原理のようだ。

思考などなくここを探し当てたのならば本能の為せる技かとさらに驚く。

台風のうねりはますます大きくなり、波消しブロックに容赦なく襲いかかる。

砕け散った波は白い泡となって岸壁にへばりつく。

波を見ているとどの波も全く同じではない事が分かる。とても似ている波はある。しかし、全く同じではない。ほんの些細にも異なっているのだ。砂粒ひとつでも。

はるか数千キロ離れた南の島の鼓動が伝わってくる。それは地球が生き物である証左でもある。

2羽の鴎が水平線近くを飛んでいる。太陽は波面を照らし、アイスクリームをスプーンですくった後のようにキラキラと輝いている。

波がせり上がると今まで暗緑色の水がすぅーと色が抜けるようにライトグリーンから透明になって遠く江の島がぼんやり透けて見える。

また大きな波がやってきた。

さすがに今回は蟹のいるところにも少しだけ水がかかった。

「あっ!!落ちた」

蟹は何の前触れもなく、その神々しいまでの場所をあっさり放棄したのだ。

OCEAN GLIDE







東名横浜MBのT氏とも話していたのですが、今年は台風の当たり年です。

台風と言っても近すぎるとクローズアウトしてしまうし、中々良い波は難しいのです。

ところがこの週末またもやそのチャンスが巡ってきました。金曜日土曜日はオンショアで面が荒れていましたが、日曜日、月曜日はサイドオンショアからオフショアにかわり、おまけに天気も良く最高のコンディションです。

ラジオからは辻堂や茅ヶ崎でもオーバーベッドでクローズしていない様子、大崎はレフトもレギュラーも大混雑です。駐車場は近県ナンバーで満車です。

こういうとき自転車で行けるのは嬉しい限りです。

プール前はタブル近くのセットがあります。少し掘れ出したのでロングだとパーリングしそうです。

なんとか左よりならメイク出来ます。

玉石も結構入りだしましたが、トロ厚く中々メイク出来ません。

今年は水母が全然いません。8月の中頃に行燈水母を見かけたきり、9月に入って見かけません。

何故でしょうね・・・不思議です。こんなビューティフルな一日が時折り待っていてくれるのです。



養地培養

心配していた事態が起こってしまいました。3週間誰も行かなかった鎌倉ベースの畳一面に黴が発生しました。まるでシャーレーの培養後のようです。

私一人でこの黴と格闘する事半日、なんとか黴くささも消えました。

それにしてもマンションと言うのは恐ろしいものです。空調機を付けていても扉を閉めるとこの有様です。空気が循環していないのですね。

除湿冷房に切れ替えてサーキュレーションを付けっぱしにしました。

ペニシリンでも出来そうなほどでした。暑さが収まるまではこまめに面倒見なければならないようです。

2011年9月16日金曜日

チャイナクライシス

先般、杭州に行った目的は世界的に独自のスタイルで展開するアマンリゾートの中身を見てみようと思ったことに加え、色々と言われている中国バブルの崩壊が果たしてあるのかどうか確認する為でした。

以前、慶応のビジネススクールの特別講演でSパパことS先生がアメリカのバブルを予測することが出来たと話されていましたが、私もその説に従い中国をこの目で見てきたかったのです。

結論から言って遅からずバブルの崩壊は起こります。

日本のバブルの頃と似ています。世界中のGREEDなマネーが中国に集まり、需要をはるかに超える不動産が生み出されています。日本の地方都市に高層マンションや商業施設が作られた頃と同じ現象です。北京に住む知り合いは、もはや事務所ビルの空室率は50%を超えたといいます。

それでもまだ杭州空港から、杭州市に向かう田園地帯にもこうした建物が次々に建てられているのです。





空港から市内に向かう高速道路には日本よりはるかに多くの高級車が走っています。確かに日本より人口が多いのですから、お金持ちも多いかもしれませんが、その多くが資産太りによって稼いだとすれば危険です。

日本の場合と同様にすでに市場は進み続けるしかない状況に陥っています。動き続けなければ死んでしまう回遊魚のようです。

中国当局はインフレの抑制のため貸出を絞り始めました。しかし、絞ってはみるものの、耐えきれなくなってまた貸出をして、業者はその隙にさらに開発を行う、いたちごっこのようです。

おそらくバブル崩壊後は世界中のマネーが一気に移動します。緊急避難的な動きによりさらに円高は加速するでしょう。

一方、中国政府は銀行の損失補填をせざる得ないでしょう。結局、大量に刷られた元はインフレを呼び、経済成長の鈍化した実体は国民の生活を逼迫します。

中国国内に存在する地域的民族問題も影響し、国民に餓死者が出ようものなら、どのような事態になるか分かりません。

これは最悪のシナリオです。こう考えると中国に輸出をしている日本企業は大打撃を受けるのではとお考えかもしれません。確かに影響はあるでしょう。しかし、日本から中国に輸出している原材料の5%が中国国内向けと聞きます。残りは加工して輸出するのならばその影響は限定的ですし、場合によっては外貨獲得を急ぐ中国は輸入量を増やすかもしれませんから。

問題なのは中国に直接投資している場合です。この場合は大きな損失が予想されます。

チャイナクライシス・・・御一考あれ・・

間違った日本語 姑息

昨日、私より年上と思しき紳士が間違った日本語を使っているのを聞きました。もちろん見ず知らずのその人に指摘するなんてことはできず、自分だって同様の間違いを犯すこともある訳ですから・・・・。でもこのブログを読んだ人には「人のふり見て我がふり直す」の例えもあります。

姑息の原意は「休む」ことです。それが「その場しのぎ」という意味になったのだと思われます。ところがこの姑息には「ケチ・卑怯」といった悪い意味が間違って上書きされてしまったようです。

これは「小癪」と混同されたかもしれません。

昨日の叔父さんは部下の悪口を言っていたようですが、それならば「小癪」な奴と言うべきです。姑息な奴ではチト意味が違うのです。それより、その人のいないところで「小癪」といならば、面と向かって言うべきではありませんか?言葉より大人の男の矜持が疑われます。


もう一つ私達が使う言葉で「あこぎな」という言葉があります。アコギだとアコースティクギターになっちゃいます(笑)

意味は「際限なくむさぼる」という意味ですが、この「あこぎ」は「阿漕」と書きます。三重県にある地名で、禁漁区なのに漁夫が度重なる密漁の末、捕えられたことから「たびかさなる」様子になり、近世以降、しつこい様に変化していったようです。


現代国語一時限、金田一先生の授業でした・・・・・・・・