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2012年5月16日水曜日

カズオイシク゜ロにご用心

カズオイシグロの本を読んだことはあるであろうか?まあ無いならそのまま飛ばせばいい・・・

私はこの手の作家が苦手である。そう村上春樹氏のように・・・何が苦手かというと(苦手という表現は間違っている、自分と違うという意味)彼らの思想はコスモポリタンだからである。

私のようにこの小さな島国から出ることもなく、せっせと農耕民族の性からか、律儀に働き共同体のルールを守る。こんなつまらない人間とは比較にならない世界観を持つからだ。

彼らには羽根がある。世界中どこへでもまたたく間に飛んで行ける。いや、目をつぶれば私達の見たこともないような景色が原色で表れるのだ。

私は彼らに嫉妬する。観た事が無ければ想像できないからだ。私には想像できない。

しかし彼らの本を読めば「その世界」に旅立ちする事が出来る。一種の麻薬である。

今週末は天気も穏やかだという・・・デッキに寝そべって・・・こんな本を読み、心のトリップでもしてみたらどうだろう・・・・


Fair

僕がブログを初めて3年になる。もともとしつこい性格だからこの位は続くと思っていた。

当然、数人の友人のプログは毎日見ているし、気になる有名人のブログも見ている。

数日前に丸山眞男の「キヨキココロ」の危険性について少しばかり書いた。ヒステリックな日本人の「古層」にこのキヨキココロが存在しているのだ。

ところが昨日、ある人(有名人)のブログにハリウッドの大女優であるジョディ・フォスターが今のアメリカに巣くっている現況が「Fair」であると述べていたのは驚きだ。

以下そのブログをご参照あれ・・・

http://blog.excite.co.jp/switch-imai/


アメリカもそうなのか・・・確かにオバマの選出とその後の政治運動、その節が見当たる・・・いやまてよ、フランスだってサルコジが敗れた・・・これは???・・・・・

何となく世界全体、キヨキココロを目指して臭いものに蓋をしているような気がする。

みんながみんな繋がっているつもりになって実際には空気団子しか食べていない。

そんなことしてたらスカスカになっちゃう・・・世界が・・・・・

2012年5月15日火曜日

野田VS小沢

テレビで話題になっている野田首相と小沢元党首の消費税増税を認めるか否かという議論をどのようにお考えであろうか。

消費税増税は財政再建と社会保障のために必要とする政府に対して、景気回復していない現状での増税を反対する小沢氏であるが、私は大統領選を大勝したレーガン政権の時にだぶってみえる。

その前に経済学のお話。マクロ経済においてサプライサイド経済学というものがある。簡単に言ってしまえば減税すれば、景気が上向くといった理論である。

レーガンはこの政策をとった、多くのサプライサイド経済学者を周りに集め、レーガノミックスという経済政策をとったのである。

そもそもサプライサイド経済学の生みの親であるアーサー・ラッファーが提唱したラーッファー曲線なる減税と経済成長と言う二つの要素を無理に結びつけ一つの法則でこの政策は実行されたのだ。

結果は、経済成長はなされず、双子の赤字と言われる貿易赤字と財政赤字を発生させたのである。

後になってこのサプライサイド経済学はブッシュによって馬鹿げた呪術的政策としてブゥドゥー経済学と揶揄され、次第にホワイトハウスからこの手の人間が放逐されたのはいうまでもない。

私には小沢さんがレーガン元大統領にタブって見えるのはそのせいだろう・・・

自動車考

宇沢弘文と言う経済学者を知ってますよね・・・この人の著作は数あれど、「自動車の経済学」という本は素晴らしい、簡単に言ってしまえば自動車を持つと言う事は「不経済」なのです。

それまでどういう風に車を所有して、減価償却をどうするか、ガソリンの消費量はどうなのかなど自分で試算し、合理性を求めていましたが、どんな事をしたって「不経済」なのですから、そもそものルーツが間違っている訳です。

それ以来自動車は趣味、燃費がどうだとか、経済性がどうだとか考えない、つまり自分の好きなものに乗れば良いと考えるようにしたのです。

21世紀に入ってインターネットの普及によりポーターレス化が進み、情報量は飛躍的に増しました。

しかし、そのことで我々は間違った情報取得をしているケースも多いのではと考えてしまいます。

アルゴアの「不都合な真実」が上梓されたとき、誰もがエコロジー、エコロジーとおおはしゃぎしました。ところが蓋を開けてみるとその事実は「作られたもの」だったり、人々の不安を煽るもので科学的根拠のないものだったりしたのです。

確かにこのまま人間が自然に対して傍若無人に振る舞うことは許されないでしょう。ただ、人間の不安心理を煽ってカルトと同様な危険思想をマスコミが流布する事はもっと悪いことです。

丸山眞男をここ数年読み返していますが、彼が言った日本人の「ヨイココロ」とは裏返せば科学的検証も無しに「ヨイココロ」はそれら論理性の上段に位置し、全てを飲みこむものです。

池田信夫氏も言っていましたが、特攻精神もその顕われでしょう。

断っておきますが私は原発依存派ではありません。原発は将来において別のエネルギーに変えるべきでしょう。ただ、ヒステリックに今すぐやめろとか、事故直後にマスコミに登場し、自分の子弟をすでに国外に退避させていると言った輩のように蛮行はしません。

エコとは企業戦略です。皆さんはその事をご理解されていますか。エコカーと言えば売りやすい、燃費が良いと言えば売りやすい、ただそれだけです。

本来なら一つの車を大切にして何十年も乗っている事がエコなのです。燃費の差なんて車本体のエコ係数にくらぶれば僅かなものです。買い変えないのが一番エコなのは一目瞭然なのにです。

ここまでお話すれば、如何に私達は企業とマスコミに踊らされているか良くお分かりになるかと思います。

エコと言う企業戦略、そして合理性の追求が我々の生活をつまらない、均一なものにしようとしているのです。

まあ、私がハンドルを握れるのはあと15年程度でしょう。エコカー以外の重量税が2倍に跳ね上がっても、へそ曲がりの私はエコじゃないと指さされようとも気にしませんが・・・・・・・・・

2012年5月14日月曜日

縁とは

大学のゼミのOB会がありました。30年以上続いている稀有な存在です。先生のご健康のお陰と感謝しております。

その先生が現役で私達を教えている時も良く口癖のように良く使っていた言葉があります。

それが「縁」です。

考えてみると結婚したのも、子供達が生まれて育っていたのも、犬を飼ったのも全て「縁」です。

何かの「縁」が無ければ一生出会うことの無かった人同士がこの「縁」によって結ばれます。

探してみるとこの「縁」は毎日、どこでも、あちらこちらに存在しています。

若い時分にはそんな事考えたこともありませんでしたが、40歳を過ぎてつくづく感じるようになりました。

今こうしていられるのも、この「縁」のお陰だとしみじみ感じます。

私がMBAの取得を真剣に考え、英語の履歴を書いていたときにある人が「そんなことしても意味がないし、遊べなくなっちゃう」と言ったことがきっかけで辞めました。辞めた代わりにとても貴重な経験を沢山することが出来ました。物事の選択でした。

また、ビジネスにおけるオフバランスの感覚の大切さも教えてもらいました。これは同時にサンクコストの意識も教えてくれました。これ以来、物は持つものでなく使うものだと考え方が大きく変わりました。

息子の学校の先生もそうでした。中学2年生にウォーラーステインやスーザンソンダクを教えてどうなるのかと思いましたが、教えなければ成長する芽も成長しないし、全てに同じ栄養を効率よく与えることが教育ではないということも教えてもらいました。

こうした多くの「縁」によって日々生かされているというのが実感です。

歳を取った時に若い時の苦労を苦労として思い出すのではなく、その苦労が今の自分を作った良い経験だったと思えるようになりたいものです。

柄にもなく、現役の子育て奮闘中のお母様に偉そうな事を言ってしまいましたが、こちらとてまだまだ成長過程、若輩の身なのであります。ご勘弁下さい(笑)

先生の教えて戴いた「縁」をしっかり守って育てて行きたいものです・・・・・・



2012年5月11日金曜日

MY ALBUM

皆さんはアルバムを何冊くらいおもちですか?我が家には50冊近いアルバムが本棚の最上段で埃を被って眠っております。
何処の家庭でも最初の子の方が写真が多くなるたとえの通り、我が家でも長女の写真が多いようです。
考えてみるとこのアルバムは結婚してからのもので、私達の幼い頃の物は実家においてあります。

結婚と言うひとつの儀式を契機に自分たちの人生をリスタートさせたのかもしれませんね。

つまりはこれらのアルバムは私達夫婦のものであり、子供達のそれではないのです。子供達は自分たちも新しいアルバムを作って行かなければならないのです。

最近では重くて嵩張るアナログの写真より、デジタル化が叫ばれ全ての写真がPCの中で管理できるようになりました。
時系列に検索すればあっという間に写真を取り出すことも出来ます。さらにクラウドを使えはその写真を数人で共有したり、いつでも見ることが出来ます。

そんな古くて重いアルバムを見ていると私達の尖がった顔も大分丸くなった(物理的には十分丸いですが・・笑)ようですが、若い時に世間全体を敵に回しても自分の考えを貫いていた鋭い眼光は多少穏やかになったにせよ、相変わらず反骨の精神は残っているような気がします。

今日、糸井さんのブログ(愛読者ですので)に「30才位までは少年のようなと言われても良いが、それ以上の年になってまだ少年のようなという形容をされたら、それは自立していない、危なげなことである」と否定的に書かれていました。

そうでしょうか、丸山眞男がいうように日本人は多分に「動機の純粋性」好むの例え通り、感情的な正しさを優先させます。昨今の原発廃止論などまさにその通りです。動機が純粋なら、経済性も、法理性も無視しても良いと考える訳です。池田信夫氏はこれを「福島みずほ化」と読んでいました。(笑)

確かに動機の純粋性のみで感情鼓舞するのは間違いです。そうではなく、大人になると見えなくなる何かをインスピレートすることです。

少年っぽいとは見掛けや、スタイルの事ではありません。そんなインスピレートを大切にして、自分の考えを持つことです。そして周りに迷惑を書けない、それが本当の大人の少年っぽさではないでしょうか。

幸いな事に私の周りには60歳を過ぎてもそうした大人の少年っぽさを持っている人が多くいます。

私もそうした大人の少年っぽさを失わない老境を迎えたいものだと考えています。

2012年5月9日水曜日

好きな街  Paris

ヨーロッパの街はどこも歴史的すぎて私達を容易に受け入れてくれない。

パリを訪れたのは仕事の商材を集めるためだった。私は妻の用心棒といったところだ。

パリにはその後1年に1.2回は出掛けるようになった。お店を辞めるまで5.6年通い続けた。

最初にパリに着いて向かったのはモンマルトルの坂の途中にある小さなホテルだった。

重い荷物を石畳の階段を引ずるようにしてそのホテルまで運んだ。

ホテルはレストランもない小さなもので、部屋にはスーツケースを入れると動き回れるスペースもなかった。

このホテルは画家たちが集まり、アトリエとして使われていたと表の看板に書いてあった。

ユトリロやロートレックと同じように、小さな部屋の窓からモンマルトルの坂を行き交う人の姿が良く見えた。

季節は9月の末だと言うのに異常気象の影響からか、夏のような暑さで、昼間は半袖でも暑い位だった。

私が階段のベンチに腰をおろして妻を待っていると、階段の下の方から身長は2メートルを超えるような真っ黒な大男が近づいてきた。

一瞬身構えたが、その男は私に握手を求めてきた。男はセネガルから出稼ぎにやってきているようだった。すぐしたのレストランで下働きしているので遊びに来るように誘ってくれたのだ。どうやら日焼けしてぐたぐたのコートを羽織った私も同様の出稼ぎと間違えたようだった。

モンマルトルという駅は無い。一番近いのがアペスという駅だ。

駅とは反対側に坂を上って行くとサクレクール寺院がある。高台の広場は画家たちが思い思いの絵を描いて観光客に売っていた。

ここからパリの街が一望できる。パリの街には様々な形のチムニーが屋根に張り付いている。

パリの屋根が見えるのだ。

坂の下にはぶどうの栽培をしている畑が広がっている。ワインの国といっても街中でブドウの栽培をしているところは少ない。

その後もっと高級で立派で快適なホテルに泊まったがこの最初のホテルが一番印象深い。