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2012年7月6日金曜日
魚の話
我が家にはこの手の魚の本があと4.5冊はある。中でも東海大学出版会から出ている南日本の沿岸魚を取り上げた魚類図鑑は愛読書である。
なんで魚にそんなに興味があるのかと言えば、生まれ育った家のすぐ後ろに渡良瀬川が流れていて、子供の頃の遊びはもっぱら川遊びだったからかもしれない。
当時の渡良瀬川の水質は悪く、生活用水は垂れ流されていた。そんな汚れた水質でも6月のある一日(特異日)にはハヤ(うぐい)が浅瀬にやって来て一斉に散乱する様や、大雨の後に大きな鯉や亀が浅場に取り残される姿を見ていたので魚に触れる機会が多かったのである。
片や食べる方になると、当時の輸送事情を鑑がみてもわかるように新鮮な海の幸は口に入らなかったのである。刺身と言えばせいぜい、まぐろでそれもとても上等な代物とは言い難いものだった。
東京に出てきて叔父が始めて食べさせてくれた江戸前の寿司の美味しかった事は今でも忘れられない。それほど当時の地方は新鮮な魚がなかったのである。
では川魚はと聞かれれば、確かに清流にはイワナや山女もいたが、いつも遊んでいた川の汚れのせいか、魚を取って食べるという気はしなかった。
魚の中で好きな魚と聞かれれば、私は断然「櫨」である。私の大先輩にして私の釣りの師匠でもあり、ハゼの美味しさを教えてくれたKさんに感謝申し上げたい。こんなに美味しい魚がこんな近くにいることを教えてくれたのだ。
ハゼはまず天麩羅、これも最初は塩で食すのが良い。そして大きめが釣れたなら刺身にする。透明な身はやわらかく、臭みもなく最高の食感である。旬のハゼならうっすらと醤油に油が浮くはずだ。また、肝も良い。胆を醤油にまぶして刺身を戴けば、カワハギのそれより高尚でオツな味がすること請け合いである。
ハゼに近い味がするものに、ねずみごちがいる。通称、ネズッポ。ぬめぬめしているのでヌメリゴチともいうが味はハゼに劣る。
魚と言うのは獲れる場所や時期によっても美味しさが違う。ブランドになった関アジもそうであるように、鎌倉周辺でも特に腰越で捕れるアジは最高である。どうも海底の地形や潮流にも関係するらしい。
このところ不漁続きのシラスがやっと獲れるようになってきたと聞く。3月の漁が始まってから3カ月不漁が続いた。このシラスも獲れる場所によって味が異なる。太平洋沿岸では色々な場所でこのシラスは獲れるようだが、私の経験則によれば材木座のシラスは抜群である。もっとも、料理屋や魚屋に並ぶものでは駄目だ。シラス漁師のところに直接買いに出掛け、今取れたばかりの物を買うのである。
買ってきたらとにかく冷たい流水で良く洗う。雑菌を繁殖させないためだ。そして出来る限り早く食す。
生姜醤油の定番以外にも、胡麻油と卵であえて熱いご飯にかければ至福の一杯の出来あがりである。考えていたら朝から無性に食べたくなった。お腹がギュゥーと音がしはじめたのでお仕舞いにしよう。
2012年7月5日木曜日
ヒッグス粒子
名付け親のヒッグス博士も出席しても祝典となったCERNであったが、確かに歴史的快挙であることは間違いない。ただ、マスコミの取り上げ方がやや少ないと思ったのは、この発見が今すぐ何かの役に立つか分からないため、マスコミの特性ゆえ仕方のない事であろう。まあずっと先になって世紀の大発見というものは評価されるのだから。
40歳を過ぎるまでまで素粒子物理学、いや素粒子が何ぞやなどと考えた事も無かった。
我々が教わった物質の最小単位は何せ原子でしたから(笑)その私がたまたまこのレオン・レーダーマンの著書を読んでその世界の広がりにある種の哲学的命題も感じて本を買い増していった。
もっとも、思いっきり文系脳の私が難しい式を理解できるわけでもないのだが、「そういう世界」があることを知るのである。
話はそれるが、歳をとってからの勉強と言うのはそれでいいと思うのだ。「そういう世界」があると知る事が大切なんだと思っている。
ヒッグス粒子の仮説はこの宇宙全体を構成する素粒子の骨格を決定している。この粒子の存在がないとすれば現在のインフレーション宇宙論は成り立たないであろうし、物質そのものの成り立ちさえ説明できない。
私には冷やされたからヒッグス粒子が誕生したのか、それともヒッグス粒子が存在したから冷やされたのか分からないが、この二つの要素は宇宙生成の大切な要素であることは間違いない。
大昔の宇宙論はこの宇宙をエーテルのようなものが満たしていると説いたのはアリストテレスであり、デカルトであり、ニュートンでもある。そのエーテルの正体が徐々に分かり始めたのである。
私達は二つの宇宙を持っている、この銀河系のように星空を覆う広大な宇宙、そして内なる宇宙である。どちらも決して人知の及ぶものではではないが、人類は必死にその一部でも解明したいと努力を続ける。これこそ人類の知識欲である。
七夕も近い。星空を見上げてそんな宇宙の事を考えてみては如何だろう。国民に媚を売ったふざけた名前を拵えた政治家達の姿よりずっとずっと深遠だと思うのだが・・・・
40歳を過ぎるまでまで素粒子物理学、いや素粒子が何ぞやなどと考えた事も無かった。
我々が教わった物質の最小単位は何せ原子でしたから(笑)その私がたまたまこのレオン・レーダーマンの著書を読んでその世界の広がりにある種の哲学的命題も感じて本を買い増していった。
もっとも、思いっきり文系脳の私が難しい式を理解できるわけでもないのだが、「そういう世界」があることを知るのである。
話はそれるが、歳をとってからの勉強と言うのはそれでいいと思うのだ。「そういう世界」があると知る事が大切なんだと思っている。
ヒッグス粒子の仮説はこの宇宙全体を構成する素粒子の骨格を決定している。この粒子の存在がないとすれば現在のインフレーション宇宙論は成り立たないであろうし、物質そのものの成り立ちさえ説明できない。
私には冷やされたからヒッグス粒子が誕生したのか、それともヒッグス粒子が存在したから冷やされたのか分からないが、この二つの要素は宇宙生成の大切な要素であることは間違いない。
大昔の宇宙論はこの宇宙をエーテルのようなものが満たしていると説いたのはアリストテレスであり、デカルトであり、ニュートンでもある。そのエーテルの正体が徐々に分かり始めたのである。
私達は二つの宇宙を持っている、この銀河系のように星空を覆う広大な宇宙、そして内なる宇宙である。どちらも決して人知の及ぶものではではないが、人類は必死にその一部でも解明したいと努力を続ける。これこそ人類の知識欲である。
七夕も近い。星空を見上げてそんな宇宙の事を考えてみては如何だろう。国民に媚を売ったふざけた名前を拵えた政治家達の姿よりずっとずっと深遠だと思うのだが・・・・
2012年7月4日水曜日
鶏と同じ 昨日の事は
今回のO沢さんの離党劇にさすがのマスコミも「もうだまされないぞ」という強硬な論調も目立ちます。
そもそもO沢氏がこれまで言ってきたことや、自らが幹事長として剛腕を振るった結果、思うような結果が残せず、時の総理が交替していった事を考えれば、氏の責任こそ重いのです。
消費税増税前にやれることがあるでしょというけれど、やって結果が残せなかったのはあなたですよ。
当時のマスコミはR女性議員を先鋒にこれとばかりに無駄を省くジェスチャーを大々的に宣伝していたではありませんか。でも結果はどうですか。
大震災は天災です。誰も止める事はできなかったのです。問題はそのような国難を経験した今、この国の将来をどうするかです。
もちろん消費税増税が得策だとは思っていません。今の経済を成長させなければこの程度の増税では砂にこぼした水のようにあっという間に枯渇してしまいます。
しかし、それでもO氏のいうような先送り論に国民はもういいよと言っているのではないでしょうか。
大震災の復興プランもなんとなく大きなビジョンが見えません。国が壊滅的被害を受けた地域を今までと同じような箱もの的考えで再建しようとしている愚挙しか見当たりません。
バラバラに切断された地域のネットワークを再建し、国民の希望となるような政策を実施する行動力が求められているのです。
マスコミは戦前のような同じ過ちを犯してはなりません。このことを肝に銘じ、国民に正しい情報を偏りなく流す事を心掛ける必要があるのです。
そうO氏の政治はもはや旧い政治なのですから・・・・
そもそもO沢氏がこれまで言ってきたことや、自らが幹事長として剛腕を振るった結果、思うような結果が残せず、時の総理が交替していった事を考えれば、氏の責任こそ重いのです。
消費税増税前にやれることがあるでしょというけれど、やって結果が残せなかったのはあなたですよ。
当時のマスコミはR女性議員を先鋒にこれとばかりに無駄を省くジェスチャーを大々的に宣伝していたではありませんか。でも結果はどうですか。
大震災は天災です。誰も止める事はできなかったのです。問題はそのような国難を経験した今、この国の将来をどうするかです。
もちろん消費税増税が得策だとは思っていません。今の経済を成長させなければこの程度の増税では砂にこぼした水のようにあっという間に枯渇してしまいます。
しかし、それでもO氏のいうような先送り論に国民はもういいよと言っているのではないでしょうか。
大震災の復興プランもなんとなく大きなビジョンが見えません。国が壊滅的被害を受けた地域を今までと同じような箱もの的考えで再建しようとしている愚挙しか見当たりません。
バラバラに切断された地域のネットワークを再建し、国民の希望となるような政策を実施する行動力が求められているのです。
マスコミは戦前のような同じ過ちを犯してはなりません。このことを肝に銘じ、国民に正しい情報を偏りなく流す事を心掛ける必要があるのです。
そうO氏の政治はもはや旧い政治なのですから・・・・
2012年7月3日火曜日
井上寿一 橘考三郎
皆さんは井上寿一氏をご存じでしょうか?
私は前出の戦前日本のグローバリズムを読んで、中々、良く調べてあり、事実に基づく考察とそれに伴う特に中国に対しての戦前の日本が抱いていた思想が垣間見えて面白かったので、急遽、後段の「戦前の国家思想」を発注しました(今日届く予定です)
この人は私より数歳年上の学習院大学の教授です。
この頃の日本思想史と題する読み物(著作とは言い難いもの)はその多くが、無責任と無秩序により戦争を引き起こしたという資料に基づかない勝手な論調が目立ちますが、氏は断じてそうではなく、かの東条さえ最後まで真剣に悩んでいたと書いています。(史実による検証)
さらに皆さん、橘孝三郎という人を知っていますか。立花隆氏の親戚にあたる方なのですが、私は丸山眞男が「似非インテリゲンチャア」と酷評したことで覚えているのですが、5.15事件で変電所襲撃を行い、逮捕された経歴をもつ、農本主義者、反国家主義者とレッテルを貼られている人です。
氏はこの橘孝三郎にも言及しており、戦後の政治システムが何故、国家主義、全体主義へと突き進んでいったかという現実を当時現に存在していた議会制民主主義、社会主義、農本主義らの崩壊と引き換えに台頭したと論じているのです。
そしてその陰には「国民総意」をもたらしたマスコミの責任も挙げています。
すでに何回も申し上げ通り、今の政治家は「民意」「民意」とコンセンサスを求めたがります。
石橋湛山や吉田茂のように、己の信じる事を軽々に口にせず、実行をもって為す政治家は少なくなっています。
先日のデモを見ていて、戦前のマスコミが「民意」に訴えて、理想主義である軍国主義に突き進んだ愚挙を思い起こしたのは私だけではないはずです。
とにかく戦前、戦中の日本についてほとんどが戦争と言う二文字で語られてしまっている訳ですが、もう少し何故そうなったのか考えるためにも是非、氏の著作をお勧めします。
2012年7月2日月曜日
下流社会VS第四の消費
三浦展氏の「第四の消費」(朝日新書)が版を重ねて好調のようですが、昨日、その前書の「下流社会」を思い起こす出来ごとがありました。
娘が用事で都筑阪急に行くと言うので車を出すといつもはスイスイの道が大渋滞、わずかな距離なのに30分も掛りました。
そして今度はその娘をピックアップしてララポートへ、ここでも周辺の道路は大渋滞です。
聞いて見るとバーゲンが始まるらしいのです。
まわりの車を見るとほとんど同じような小型の銀色の車です。ハイブリッドも多く見かけました。
以前、バーゲンを仕掛ける方にいた事もあり、私は安さの秘密を知ってからバーゲンにはほとんど行きませんからこんな光景を見ることも久しかった訳です。
最近、「第四の消費」を読む前にも震災後の人的ネットワークや若い人たちの生き生きした話を聞きながら、彼らなりの新しい消費スタイルが定着していると嬉しく思っていた矢先の事だったので、やや失意の年を禁じませんでした。
これじゃ誰かが言っていた物が売れないんじゃなくて、買えないんですよ。つまり、プロパーで買い物する余力が無いのです。
三浦氏が言うまでもなく、この青葉区は東京に通勤する人たちのベッドタウン、ニュータウンです。
そのニュータウンへの人口流入はいまだ止まりません。止まらないというより、より多くの階層の人達が住むようになったのです。
今までは少数で目立たなかったものが、数の拡大につれ目に留まるようになった訳です。
いやいや違うよ、それはショッピングを楽しんでいるんだよと言う向きの方はこれ以上読まなくて結構です。
少なくとも1.時間も駐車場の列に並んで、混雑するショッピングセンターで商品を獲り合いながら買い物することは私の価値観にはありません。
例え5万円もらってもまっぴらです。
大切な日曜に1時間無駄にしただけでも腹ただしいのに、折角、ビーチパラソル用のプロ用アンカー(笑)を作ろうと思っていたのに・・・
まあ、人は色々です。三浦氏が言っていたように新しい価値観を持つ若者もいれば、劇場化するマスコミに踊らされるポビュリストもいる、そうかと思えば単身(子供と)限界集落に乗りこみ、地域ネットワークとの関わりを模索しようとする若者もいる・・・・様々な訳ですね・・・・
閑話休題
弊社のA女史にこの現象を聞くと、普段つまりバーゲン前から欲しい商品を品定めし、バーゲンになったら購入し、さらにバーゲンの後半にもう一度値段が下がるのを待って買い足す、かしこい買い方なのだそうです。なるほどマメなんですね!!
でも何だか無駄が無い気がします。無駄って本当は売る側にも買う側にも必要なんだと思うのですが・・・・
娘が用事で都筑阪急に行くと言うので車を出すといつもはスイスイの道が大渋滞、わずかな距離なのに30分も掛りました。
そして今度はその娘をピックアップしてララポートへ、ここでも周辺の道路は大渋滞です。
聞いて見るとバーゲンが始まるらしいのです。
まわりの車を見るとほとんど同じような小型の銀色の車です。ハイブリッドも多く見かけました。
以前、バーゲンを仕掛ける方にいた事もあり、私は安さの秘密を知ってからバーゲンにはほとんど行きませんからこんな光景を見ることも久しかった訳です。
最近、「第四の消費」を読む前にも震災後の人的ネットワークや若い人たちの生き生きした話を聞きながら、彼らなりの新しい消費スタイルが定着していると嬉しく思っていた矢先の事だったので、やや失意の年を禁じませんでした。
これじゃ誰かが言っていた物が売れないんじゃなくて、買えないんですよ。つまり、プロパーで買い物する余力が無いのです。
三浦氏が言うまでもなく、この青葉区は東京に通勤する人たちのベッドタウン、ニュータウンです。
そのニュータウンへの人口流入はいまだ止まりません。止まらないというより、より多くの階層の人達が住むようになったのです。
今までは少数で目立たなかったものが、数の拡大につれ目に留まるようになった訳です。
いやいや違うよ、それはショッピングを楽しんでいるんだよと言う向きの方はこれ以上読まなくて結構です。
少なくとも1.時間も駐車場の列に並んで、混雑するショッピングセンターで商品を獲り合いながら買い物することは私の価値観にはありません。
例え5万円もらってもまっぴらです。
大切な日曜に1時間無駄にしただけでも腹ただしいのに、折角、ビーチパラソル用のプロ用アンカー(笑)を作ろうと思っていたのに・・・
まあ、人は色々です。三浦氏が言っていたように新しい価値観を持つ若者もいれば、劇場化するマスコミに踊らされるポビュリストもいる、そうかと思えば単身(子供と)限界集落に乗りこみ、地域ネットワークとの関わりを模索しようとする若者もいる・・・・様々な訳ですね・・・・
閑話休題
弊社のA女史にこの現象を聞くと、普段つまりバーゲン前から欲しい商品を品定めし、バーゲンになったら購入し、さらにバーゲンの後半にもう一度値段が下がるのを待って買い足す、かしこい買い方なのだそうです。なるほどマメなんですね!!
でも何だか無駄が無い気がします。無駄って本当は売る側にも買う側にも必要なんだと思うのですが・・・・
2012年7月1日日曜日
シマノ電動VSカンパニョーロ電動
ここでロードバイクの話題をひとつ。ツールでも電動の変速機が数チームに見られますが、シマノの電動は出始めの年には使用もままならないトラブルが多かったと聞きます(材木座の某ショップのオーナーがいち早く買ってこのコメントを聞きました)
一方、カンパニョーロの電動は今予約受付中とのことですが、数年前より試行を繰り返していたと聞きます。
車でいうならエンジンから電気自動車への変革とは少し違う、そうです。マニュアルからオートマに変わっていったあの変化を思い出します。最初はマニュアルが良いと肩ひじ張って威張っていてもオートマの楽さにはあがなうことは出来ず、ほとんどオートマ車になりました。
きっといつかは電動になるんだと思います。ただし、今のところシマノはギア一つ帰るたびに一回押さなければならず、素早い変速はパチンコの早押しのようにしなければなりません。
カンパは押し続ければ変速するのでもう少しましですが、それでもカンパの特有の一段飛びは無理のようです。
今のところ私のカンパは綺麗にスムーズに変速します。引っかかることもギアから外れることもありませんので何一つ不満はありません。
ラグドフレームはほぼ無くなった今、数少ないラグドフレームを手に入れるか、モノコックに替えるか(モノコックも乗っていたんだけどね)迷います。
こうしているうちにも歳をとり、ロードの俊敏な動きにもついていけなくなるのかも知れませんが、いつも新しいものを見ていることは良いことだと思います。
先日も丘の上の自転車屋さんOさんで今のラインナップ(ウィリエール、コルナゴ、タイム、ルック、カレラ、その他)にもう少し加えたいというのでした。私の意見を聞かれたのでトレックは例の専門店があるし、ジャイアントは色々なブランドのOEMをやっているのでこれも良いし、さらにアンカーはパーソナルフィッティングもやっているので予算は少なくても本格的にレースをやろうとしている人には良いかもしれないと申し上げました(個人的にはアンカーレーシングの西園選手応援しています)
脚の靭帯も昨日、結構踏みましたが、大丈夫でした。7kmを53kmは無理でも2kmなら47kmで行けます。(笑)結構脚に自信が付いてきました。
50歳を過ぎてもやりたいことが山ほどあります。サーフィン、ロードバイクこの二つで今の時間を取り合っている気がします。とてもとてもゴルフに向ける時間がありません。仕方ありません、体は一つですから・・笑
2012年6月29日金曜日
老化とは インターネット
前回は生物学的老化について書きましたが、今回は精神的老化についてです。
私も齢50を過ぎ、まさに老境のあたりをいったり来たりしているのであまり偉そうなことは言えませんが、少なくともまだ現役で仕事をせねばならず当分は息子の学費のため働かなければならないので一応社会的接点は多かろうとは思います。(笑)
まわりの人を見渡してみると、私よりずっと年上なのに風貌もさることながら、考え方も老人然としておらず、私より若いと思える人もいる反面、この人どうしちゃったたんだろう、つい4.5年前とこんなに変わっちゃったのと不思議に思える人もいるのです。
仕事をしていれば若いかと言えば、それも違います。
老いと感じるのはおそらくその人のそれが社会全体から見ると微妙にづれが生じ、そのづれが次第に拡大していることを感じるからではないでしょうか。そうです社会的適合力です。
うまく人の意見に合わせたり、おべんちゃらを言うことが社会的適合力ではありません。
種種の情報を、正しい情報と間違った情報に正しく分類し、世の中の流れを感じ、予見(Prospect)していく力のことです。
では何故その予見が見当違いの方向になったり、予見そのものの論理性が崩壊しているのでしょうか。
おそらくそれは情報取得の方法とその分類にあるのでは思われます。
PCを全くさわることすらできないというのも問題ですが、下手にインターネットにはまりその情報ソースが偏っているという人も多いのです。以前にも書きましたが、情報の片務性が解消されると同時にインターネットは自分の好きな情報のみに偏る傾向があるのです。これはインターネットを使う上でよく知っておかなければならない前提です。
私の場合も情報が偏らないように意見を参考にさせていただく場合には必ず正反対の人の意見も聞くようにしています。これは最低限のリテラシーだと思っています。人間オールマイティではありません。ある分野では優れた人物も全く違う分野では家僕であるということも多いからです。
SNSではよくU tubuの映像を流しながら、感情的に原発廃止を求める論調が多いのも気にかかります。これなど劇場化の最たる所以ではないでしょうか。
原発が存在している事実、原発の危険性、代替エネルギー政策、社会インフラの整備、そしてその原資となるお金のことなど包括的に考えなければならないのに、どこか一点で反対をするこの考え方は軍事独裁国家的とも通ずるものがあります。
保守化とは自分にとって都合の良いものを選択する思想です。そうです、だからインターネットは好都合なのです。
私も齢50を過ぎ、まさに老境のあたりをいったり来たりしているのであまり偉そうなことは言えませんが、少なくともまだ現役で仕事をせねばならず当分は息子の学費のため働かなければならないので一応社会的接点は多かろうとは思います。(笑)
まわりの人を見渡してみると、私よりずっと年上なのに風貌もさることながら、考え方も老人然としておらず、私より若いと思える人もいる反面、この人どうしちゃったたんだろう、つい4.5年前とこんなに変わっちゃったのと不思議に思える人もいるのです。
仕事をしていれば若いかと言えば、それも違います。
老いと感じるのはおそらくその人のそれが社会全体から見ると微妙にづれが生じ、そのづれが次第に拡大していることを感じるからではないでしょうか。そうです社会的適合力です。
うまく人の意見に合わせたり、おべんちゃらを言うことが社会的適合力ではありません。
種種の情報を、正しい情報と間違った情報に正しく分類し、世の中の流れを感じ、予見(Prospect)していく力のことです。
では何故その予見が見当違いの方向になったり、予見そのものの論理性が崩壊しているのでしょうか。
おそらくそれは情報取得の方法とその分類にあるのでは思われます。
PCを全くさわることすらできないというのも問題ですが、下手にインターネットにはまりその情報ソースが偏っているという人も多いのです。以前にも書きましたが、情報の片務性が解消されると同時にインターネットは自分の好きな情報のみに偏る傾向があるのです。これはインターネットを使う上でよく知っておかなければならない前提です。
私の場合も情報が偏らないように意見を参考にさせていただく場合には必ず正反対の人の意見も聞くようにしています。これは最低限のリテラシーだと思っています。人間オールマイティではありません。ある分野では優れた人物も全く違う分野では家僕であるということも多いからです。
SNSではよくU tubuの映像を流しながら、感情的に原発廃止を求める論調が多いのも気にかかります。これなど劇場化の最たる所以ではないでしょうか。
原発が存在している事実、原発の危険性、代替エネルギー政策、社会インフラの整備、そしてその原資となるお金のことなど包括的に考えなければならないのに、どこか一点で反対をするこの考え方は軍事独裁国家的とも通ずるものがあります。
保守化とは自分にとって都合の良いものを選択する思想です。そうです、だからインターネットは好都合なのです。
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