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2012年9月6日木曜日

併読中 文系2 理系1

鎌倉の古本屋で購入した開高健氏の釣り魚本と野上弥生子女史の「森」はすでに一読しましたが、再度その文章の筆致を確認したく拝読しております。

好きこそものの上手なれと開高氏の釣り魚本を読んでいましたが、再読していくうちにヘミングウェイのそれと同じに抑圧され、ある日常生活ではとことん困り果てて疲弊し、精神的に会いこまれた逃げ場のような感じがしてくるのでもあります。

亡きあとにかれこれ書かれた開高本は数あれど、友人が言っていた「死んだんだから、そっとしておいてくれよ」という気持ち分からぬでもありません。

まさにヘーゲル先生の「従僕の目に英雄なし」というところでしょうか・・・・・・

もう一冊のお手軽本は東京大学の現役の教授でもある著者が人気講座の一読本として出版したものでありますが、何と言っても読み切りのコラムが面白い。

この先生、金沢のご出身で、先般私が訪れた21世紀美術館はその母校でもある金沢大学付属学校の跡地だったと聞きます。石川県は教育県でもあり、進学率も高いと聞き及びますが、そういえば息子が数学か医科学かで進路を迷っている時に、拙宅の些細な集まりの中で妻の友人の夫に「そんなに了見は狭くないと思うよ」と的確なアドバイスを戴いた、その人も石川のご出身でした。

懇意にさせて戴いている日経新聞の編集委員の方も、すでに亡くなられた免疫学の巨人多田富雄先生の本を出版し、私が興味あるというと、当時のその書籍を直接戴いたこともあり、そんな縁で私は多田先生の本はほとんど読んでいましたが、あとになってその人が多田先生の研究生だった事を知り、世の中の縁を感ぜずにいられませんでした。

閑話休題

CPスノウを持ちだすまでもなく、21世紀になって文系と理系は益々乖離していきます。

その証拠にノーベル物理学賞や化学賞、医学賞などの理系分野の受賞者がどんな研究で受賞したのか的確に説明できる人はどれほどいるのでしょうか、研究の専門家、先鋭化が進み、それを咀嚼し得ることが出来なくなっているのではないでしょうか。もっともポピュリズムに毒されたマスコミの大罪を見逃してはなりませんが・・・

秋の夜長の読書、、、文系2、理系1の割合が当分続きそうです・・・・




2012年9月5日水曜日

靴の話

BMWのディラーの前を通ってカタログ見ながら気にいったからとポンと車を買ったフランス文学者のように物に頓着しないなんてカッコのよい事は申しません。

この世の諸々の事につい心乱してしまう愚か者ゆえ、聖人君主の如き物質文明の批判などしないという前触れをしておきます。

私が靴に興味を持つようになったのは30歳の半ば位からです。もっとも、その頃は良い靴が欲しいとか、こんなブランドが良いと所有欲が強かった訳ではありません。もちろん当時に薄給では買える筈もなく、ただパラパラと本を眺めているだけでした。

或る人が私に「男性は靴を見れば分かる」というのです。まさかそんな事はないと、バカにしていたらあれよあれよとその通り推理が当たるのです。

仕事柄多くの人と当時は会っていました。初対面でその人を見抜けなければ失格です。もちろん、その人の職種、家族構成、居住地、言葉づかい、目線など色々な物事を総合的判断する訳です。

人事部にいた事が役に立ったのかもしれませんね(笑)

そんな中に、スーツを着込んで、控えめなもの言いと落ち着いた態度で面談した男性がいました。

ふと、彼の靴に目をやるとその靴は彼のスーツや言葉からは想像もできないような薄汚れたひどいものでした。

彼はその後会社のお金を持ち逃げして警察の御厄介になりました。

こんな事もありました。親戚が代議士と言う触れ込みで、意気揚々と新規事業を立ち上げると言っていたその男性はイタリア製の少し古臭いブランドスーツに、これまた相応しくないような、派手なブランド物のスリッポンを履いていました。

しばらくして、彼の会社は資金繰りに行き詰まり倒産しました。

この二つは偶然かも知れません。しかし、私がそう思ったように他人からも見られていると思うと靴と言うのはビジネスパーソンの一つの道具だと思うのです。あなたが他人の指図されないような実力者なら話は別ですが、他人との関わりが必要な多くの人には道具は人に見られるものです。

かくゆう私は30代の半ばより自家用車の通勤をしています(余儀なくされました)

今の車がトラックのように高い荷台の車(二匹の犬の運搬も可能な)なのですが、このアクセルとブレーキがトラックそのものなのです。つまりは地面から離れていて、ヒール&トゥで操作できないためコバのある靴では運転出来ないのです。(引っかかる)この車に乗る時は危険なのでドライビングシューズかスニーカーと相成る訳です。

よって事務所には最低2足の靴を用意して、必要に応じて履き替えている訳です。

特別な靴というのは良いもんです。こいつを履いてやるという意気込みが出ます。私の場合にはプレートゥの2足のJLを所有していますが、ここ一番という時にこの靴を履きます。背筋がピンとする感じがします。

少しカジュアルな洋服の場合にはオールデンです。今のようにコードパンが流行る前から大好きで、プレッピーなアイテムとも相性がよく、歳をとってからのアイビーも良いと思うこの頃です。

浜松まで買いに行った別注のスェードのオールデンはいまや手放せません。

それ以外にもグレンソン、EG、チィニー(チャーチ)などイギリスの靴が好きです。もちろんJM
ウィンストンも好きですが、凝ったデザイン性のコルテやイタリア製の靴はあまり持っていません。

そうそう、ジョージクルーニー主演の「マイレージライフ」という映画で、順番を待つのはアジア人の後ろが良いと、ひも靴を履かないお洒落じゃない人を揶揄する場面がありますが、あれはクルーニーの読みは正しいが中身はそんなに単純じゃないのです。

少なからずこの手の靴を履く人は二通りいて、ひとつは最初からクルーニーが揶揄したお洒落やダンディズムとは無縁の人、もう一つはうって変わって、とてもお洒落なのだけどどうしても移動する機会が多く、使い分けている人達です。この人たちは自宅には高級なひも靴がずらっと並んでいたりします。

こうしてみると靴という一つの物がその人を浮き上がらせてくると思いませんか。

少なくとも無頓着言い切れる人は実はその正反対なのではないでしょうか??

皆さんも今日どんな靴を履いているかチェックしてみて下さいね(笑)

もちろん靴好きならば写真の靴は何だかお分かりですよね、ダナーのチロリアンとレッドウィングです。80年代にバックドロップて購入したものとは違いますが・・・・









2012年9月4日火曜日

チューブラーに決めた理由

愛知県の自転車乗りさんより、問い合わせを戴いていたのに間違って削除してしまい本当に申し訳ありません。お役にたつかどうか分かりませんが、以下ジジイの戯言と思って聞いて下さい。

私も最初はクリンチャーでした。迷いもせずアルミフレームにアルミホイールにクリンチャータイヤでした。シマノの初心者用ホイールにミシュランを付けていましたね。

あるときにキシリウムのホイールが格安で売りに出ていて、それがチューブラーだったのです。

まあクリンチャーはあるし、問題があれば戻せば良いという軽い考えでした。

ところがチューブラーにすると、これがすこぶる良いのです。クリンチャーの時のようなサイドのゴツゴツ感がなく、さらに多少の段差による通称カミが少ないのです。それはクリンチャーに比べて相対的に空気圧を高くしないでも乗れるという利点でもあります(空気圧が低いとクリンチャーはカミになってしまう)

そのうちにモノコックのカーボン車体からラグドフレームのカーボン車体に乗り替えたら、さらにその傾向は顕著になり、タイヤがするっと滑る上に、車体がさらにぬめっとしなるような独特の感覚になったのです。これは疲れが全く違いました。

その後、色々なチューブラータイヤを試しました。ビットリオのオープンコルサ、ユッチソンのカーボンコンプ、ベロフレックスのレコード、IRCのシームレスなどです。個人的にはビットリオのオープンコルサEVO CXⅡとベロフレックスのレコードがお薦めですが、どちらもドライ優先です。(ウエットのときはもう少し接地面が多いものがお薦め、ただし、濡れ始めは釘や鋲を拾いやすいので要注意)

その後、カーボンディープリム(ライトウェイトスタンダードGⅢ)を購入しましたが(チューブラー仕様)これは剛性が高く、それほどアルミとの違い(振動吸収性)を感じませんでしたし、高速巡航性を求めるならばもう少し重いホイールの方が実感できると思います。

ただし、いいことづくめばかりではありません。タイヤはパンクします。その時の交換用予備タイヤが嵩張ります。私の場合は家ではミヤタのチューブラーテープですが、携帯用にはTUFUのものを用意していますが、未だ一度もパンクしていません(走行距離が短いだけ?自慢になりません・・笑)交換に要する手間はチューブラーでもクリンチャーでもそう変わらないと思っています。

実際、クリンチャーの時にパンクパッチとチューブを持ってオアフ島の外れでパンクした時には、バルブが吹っ飛んでしまい、結局、修理できませんでした。

結局はどういう乗り味が好みなのかと言う点になります。多少の路面の荒れなど関係ないという向きはクリンチャーでも良いのではないかと思います。路面の状況を的確に捉えたい、タイヤが円である事を味わいたいという向きはチューブラーを履いて見る事をお薦めします。

我が社の力持ちのスタッフもこのFFWDのチューブラーにしましたが、調子は良いようです。疲れが違うとも言っていました(彼のはコルサのSCです)

車のようです。国産の一般的な乗用車は路面状況が伝わりにくく、スポーツカーは即座に路面を判断できるハンドリングのそれとも似ています。

私の場合にはフレームとホイールとチューブラーにしたお陰で、近場しか痛くて乗れなかったサンマルコのアスビデカーボンが普通に乗れるようになったことも付け加えておきます(DASHは未だ100Km以内)

こんな事で少しでも参考になりましたでしょうか、少し心配ですが、老ローディとしてこれからも自転車には拘り続けたいと考えていますので色々な情報をまた教えて下さい。

ちなみに今日新しいレコードの舟発注しました。(ブレーキシューの交換が死ぬほど楽になったらしい・・・・・)




大きな椎の木と椎の実

私が親業を始めるにあたって先輩から注意された。親は決して前からでなく、子供に後ろ姿で知らせるものだ。そして、植物の水やりと同じく、水を与え過ぎれば根ぐされしてしまうし、逆さまに与えなければ枯れてしまう。

そう思って、出来る限りの事を経験させてきたつもりだったし、決して、親が全てを決めてきたわけではない。

娘が結婚すると聞いて驚いたが、半面、安心した。私達が一生、子供達を見守る事は出来ないのだから。

子供達のやる事は全て幼く見えてしまう。仕方ない、私達の半分くらいしか生きていないのだからら無理もない。私達だってあの頃は全く社会の事など見えなかった。

子供達の意思を尊重してあげようと思う反面、何故こうしないのかともどかしなってしまう。

結局、親が思っているように子供はならないものなのだ。私の仕事柄、親の会社を継ぐ二代目が多い。多くは目的を失い、会社も従業員も不孝になるケースが目立つ。

もちろん全ての二代目が悪い訳ではない。二代目だって、親の基礎の上に自分なりの個性を付加して輝いている人も多いのだから。事実、私の周りにはそうした努力を重ねた二代目が存在する。

しかし、我が子たちにとって親の後を継ぐというのは足枷以外の何物でもないし、もっと輝いて欲しいと思うから、自力で社会に出る事を勧めた。娘の就労には何一つ口出しも、手伝いもしなかった。彼女は自分で全てを乗りきっていった。

相手のご両親が結婚指輪と婚約指輪を買ってくれたそうだ。ポイントで買ってくれたと言う親の優しさ痛み入ります。

大きな椎の木は枝を広く広げ、自分の子孫である椎の実を出来る限り遠くに落とすのだそうだ。

閑話休題

あるYという作家(元大学教授であるが読み物の方が俄然面白いので)がブログで自分の持ち物について、自分は無頓着だと言っていた。まあもそういう人もいるだろう。しかしね、BMWのディラーの前を通りかかり偶然カタログで探した車を無頓着で買ったと言うのは無理があるだろう。
物に対する「意味性」とはその人の主観的概念でしょう。逆に「意味性」を持たなければ所有しないものとそうでないものが存在し、そこには必然的に「執着」が生まれるのですよ。車は走ればいいと言ったってそこに走れば良いと言う「意味性」が存在するのだから・・・・フランス文学者なのだから当然ご存じのはず(ソシュールのシニファン、シニェ)なのにそうするのは????
まあ、「俺は物になんて無頓着だぜ」という読者に多々対するメタファーと受け止められますな・・・・私は執着もするし、諦めもする、聖人君主のように物質文化を超越し、精神世界にのみ生きるなんて決して言いませんから・・・

2012年9月3日月曜日

先人達の教え

世の中にハウツー本なるものが横行しております。中には読んでためになるものも多少はありますが、そのほとんどはお金をドブに捨てているようなもの。考えてみて下さい。今までお金の貯まらなかった人が一冊の本を読んで溜まるようになるくらいなら、この国のGDPはあっという間に世界一になってしまいます。そんな話はさておき、数日前のイトイさんのブログにもありましたか゛、先人達の教えというものを私達はどこかで受けているのです。イトイさんが言っていた「汁物より食べよ」は私の祖母も言っていました。何故、なのか幼い頃には分かりませんでしたが、温かい汁物(総じて)より食べ始めると体の体温が上昇し、腹八分でも満腹感を覚えます。さらに口腔が乾いていると味覚の感覚は乏しくなるのだそうです。と言っている我が家でも妻や息子は最後に汁ものに口をつけるのですが、先人は教えてくれなかったようです。(私は先人ではないので・・笑)

昨日も鎌倉の二楽荘で食事をしていると上品な白髪のご婦人達が3人後ろの席に付きよもやま話をはじめました。聞くともなくその会話を聴いていると、他人の話題や娘息子の話題はほとんど出ず、今自分がどうしているのかいう話題と最近の世間の動きを話しています。決して我田引水にならず、歳を取ると孫と病気の話になるというのとは正反対の内容でした。新しいものを受け入れるというのは中々難しいものです。しかし、そのお一人は楽しい、面白いという言葉がポンポン玉のように出てくるのです。私は感心しきりでした。しかし、ある事に気付いたのです。そのご婦人は決して結論を言いません。楽しいとか面白いとかいう事は言っても、二項対立的な白黒の判断はしないということです。つまりは、経験はするけれども、結論は言わないのです。

ある人に言わせれば、古だぬきのような考え方だと揶揄する向きもおありでしょうが、何でも白黒付けたがる昨今の風潮には新鮮さを感じました。

政治にしてもマスコミにしても、甘受の精神を失っています。例え自らの信条と違えど、他人の意見を一度は聞き、もう一度咀嚼する。そんな行動がめっきり減っているからこそ、新鮮に思えたのです。

アンチョコなハウツー本よりそんな先日達の教えが実は周りに転がっているのです。私はイトイさんのようにそれを広く人口に膾炙することはようしませんが、小さくこうしてアナウンスメント程度はするつもりです、近しい人にだけですが・・・・

2012年8月31日金曜日

夢の話

数年前まで見た夢を記録していた事があった。私の夢は白黒だったり、カラーだったり、音があったりなかったり、冷たかったり暖かかったり、その夢によって違う。

中には明らかに昨晩のこんな言動や体験がそえさせたものだろうと思えるものがあるが、多くは潜在意識の奥に澱のように淀んでいる記憶の断片の事が多い。

今朝方、30年近く前に亡くなった父親の夢を見た。私が電車を降りるとカーキ色のトレンチコートをきつくベルトで結んで、帽子を被った父親の姿が見えた。

私は父親と分かりながらも、先を急ぎ見て見ぬふりをする。しばらく進むと、こんな機会はもう訪れないのではという焦燥感にかられ、引き返す。

そこには父親に会えて感激して両手を握る叔父(父の兄)の姿があった。

死んでしまった父親の手は冷たいのだろうと思って、腕に触れると暖かい。その時夢は終わった。

考えてみるとここ1.2か月は娘の結婚が目の前に迫って、親と子の関わりや、やがて消えゆく運命の私達や、新しい命との関わりなど今まで考えもしなかった感情が生じていた。

娘や息子の年齢には考えもしなかったような老境を迎える親の感情である。

妻も私も寂しいからの感傷と言う訳ではない。友人は新しい家族が増えるのだから嬉しい事ではないかと私に言う。確かにそうなのだ。世の中の常なる流れであり、何一つおかしなことはない。

ただ、割り切れぬ感情なのである。

別の友人は娘の父親は永遠に孤独であると言う。なるほど言い得て妙である。

考えてみれば子供を授かり育て上げる喜びは何物にも代えがたい。ただし、それはいっとき神が(無宗教なので一般的例えとして)私達に与えてくれた至上の喜びなのかもしれない。

そして喜びを与えると言う事は、永遠の孤独をその裏側に隠しているのだ。

数年前アボリジニの画家の絵を見た。彼女の死の数時間前に描いたと言う絵はまさに混沌に向かう一瞬の映像のように感じられた。

CMに人生の意味など考えても仕方ないというのがある。そうかもしれない。人生の最後が混沌に向かう一瞬の曳航だとすれば、その一瞬に走馬灯のように記憶の断片に残照される映像そのものが人生なのだから。

今日で8月も終わりです。夏の終わりの海は季節の中で一番寂しいと思います。




2012年8月30日木曜日

失敗と成功

昨日タケシさんの絵描き小僧展観てきました。会場を訪れた人は口々にタケシは天才とか、全く作品が理解できないとか言っていました。

確かに才能は認めます。でもタケシさんが芸人にならずに絵描きを本業としていたらどうでしょうか。

私は上手く行かなかったような気がします。芸人であって、映画監督であって、そして絵描きなのです。この順序が大切なような気がします。

若い人の中には自分はこの職業があっていないとか、自分の事をこの会社は過小評価しているとか、はたまた会社のやっていることは社会正義にあらずと陳腐な義にかられて分かりもしないうちに会社を飛び出したりして悩み続ける人がいますが、世の中の職業ってそんなもんじゃないような気がするのです。

理想は変わります。変わらないのはその人が成長していない記です。

ここで人間は成長体験と失敗体験を混ぜこぜにして、判断していくものなのです。

知り合いに某国立大学を卒業して大手商社に就職するも高校生の時にブラスバンドで味わった高揚が忘れられずに、もう一度音楽大学に入り直して音楽家を目指しましたが旨く行かず、結局40歳を過ぎた今も音楽だけで食べて行けず、飲食店の手伝いをしてなんとか生活している人がいます。

もう一人は中学の時に数学オリンピックに出場しメダルまで獲得したのですが、彼はその時自分より数学の能力がある人がこの世界にいる事を十分理解し、結果、数学の道には進まず現在国立大学のとある病院長をしています。

もちろんこの二人はそれぞれ満足しているかもしれませんし、不満を持っているかもしれませんから他人がとやかく言う事はないのですが、要するに私が言いたいのはバランスを欠いた成功体験だけでも、失敗体験たけでも人間の判断はバイアスが強くなり、極端な方向に向かわせる傾向があるということです。

タケシさんはそういったことを知っていたのでしょうね。

失敗が多いから心配だとお嘆きのあなた心配はありません。人間の脳は都合よく出来ていて、失敗を覚えている脳は成功を覚えている脳の10分の1程度ということです(笑)