このブログを検索

2013年2月21日木曜日

川エビの唐揚げ 緑が丘 芝松


川エビの唐揚げ 緑が丘 

緑が丘に芝松というチャンコ屋がある。最近、中目黒の駒沢通り沿いにも2号店を出店した。私はここの川エビの唐揚げが大好物である。もちろん良く冷えたビールと一緒に。

一言でビールの味といっても個人の好みに分かれる。辛口ですっきりしたドライ系のビールが好きな人もいれば、濃いビールが好きな人もいる。
 
私の場合にはその土地や場所で好きなタイプが変わってくる。アメリカの乾燥した暑い場所では軽くてあっさりしたものが飲みたくなるし、タイやベトナムのように素肌に湿気がからみ付くような熱帯モンスーン気候ではもう少し重たいものが好みだ。
 
日本ではどうかという季節によって好みが変わってくる。今のような寒い時期には黒ビールとピルスナーのハーフ&ハーフをストーブに当たりながら飲みたくなるし、もっと暖かくなればオランダのグローイッシュやキリンのハートランドを飲みたくなる
 
これを自分なりに分析してみたのだが、どうやら最後のあの鼻に抜ける香りに関係があるようだ。
 
冬は活動量も低く、ひっそりと息をしている。そこへ行くと夏は大量に発汗し息使いも荒くなる。当然、鼻から取り込む空気も多くなりより敏感になると言うわけだ。
 
皮膚粘膜の感受性と言うのはどうやら湿度、温度に影響されるようである。今度、論文でも書いて発表してみる事にする。
 
冗談はさておき、そんな日本の夏は無性にビールが旨い季節でもある。そんな無敵のビールに合う料理は数あれど、川エビの唐揚げほど合うものはないと断言できる。
 
ビールの持つ匂いを川エビの香ばしい匂いでひれ伏せて逆に川エビの脂っこさをビールの豊潤な炭酸が洗い清める。これぞ相乗効果というやつである。肝心のちゃんこはどうだって?川エビしか記憶にないのである。歳を取るとこれだから困る。
 
もう少し量があってももちろんへっちゃらでペロリといける・・
 
 



 

ネットワーク時代の真贋


ネットワーク時代の真贋

友人に勧められてブログやフェイスブックを初めて数年になる。もっともフェイスブックはまだ始めたばかりなので偉そうな事を言える訳ではないが、このところ気になった事を書いている。

私の場合、ブログとフェイスブックの住み分けが大分はっきりしてきた。日々の日常の事はフェイスブックで、そして少しまとまった考えや実験的なものはブログで行うようになってきたからだ。

フェイスブックを初めて自分の内面が見られるとか、プライバシーが無くなると心配のあなたはこれ以上読まなくてよろしい。もう少しレベルの高い話なので。

フェイスブックはその設定の仕方如何でどのようにもなる。内々だけの内容ならそう設定すれば良いし、もう少し世間の中に入り込みたいと思えば設定を変えれば良いだけである。

私の場合はフェイスブックでは「それとはなしに」私の考えを伝えている。ネットばかりで実際のコミュニケーションが無くなったと嘆いている向きもあるようだが、私の場合はネットが無い時よりも伝えやすくなった。それも細かなニュアンスのような難しい感覚的事柄もネットでは伝えやすい。

仕事の本質はプロとしての意識をどこまで相手に共感させるかだと思っている。これが出来なければ良い仕事など出来ない。

つい先日、私がLAに行って見てきた事もSNSにその断片をアップさせることで多くの人が私の知っていることを共有する。

もうお気づきの方もおられようが、つまりSNSとは個人的な事なのだが、その人の役職や仕事によってはよりビジネスに直結するのだ。ソチオリンピック一番乗りの女子アイスホッケーチームがフェイスブック禁止令を出されたように、大企業の役職ならば緘口令ならぬSNSの投稿禁止は無理からぬ話なのだ。何故なら私の様な個人商店ではないのだから。

ところでユーチューブや写真の投稿サイトを見るととても面白い作品が掲示されている。
これもネットワーク時代なればこそ誰もが簡単にプロになれる訳である。

しかしここに落とし穴がある。楽しいねと無料で見ているうちは良いのだが、いざお金を払って見るかと言えば、そこには大きな垣根がある。こうした現象が多くみられる。

実際の世界だったら、いくらたまに作る料理が旨いねと言われてもプロのコックを目指そうとは思わない。でも仮想の世界ではそれらの一切の厄介な事が取り除かれるので、勘違いしてプロの料理人を目指そうと思う人が出てくるのだ。

大変失礼かと思うが、何とか食堂のレシピ本が出ているがあれはまるで病人食だ。あれが旨いと言う人はどんな舌をしているのだろう。仕方ない、彼らはプロの料理人ではないのだ。プロの料理人と栄養管理士は全く別の次元の話なのだ。どっちが高いとか低いとかといったものではなく、つまりは次元が別なのであるから。

SNSを使っている皆さん。プロでない限りあくまで自分はアマチュアである事を自覚して、くれぐれも少し儲けてやろうなどと邪な考えは持ちませんように、そうすればみんなが楽しく繋がれるのだから・・・

追記

最近デジタル化以前の写真を整理した。過渡期のAPSという規格の物もあったが、大方はフィルムである。驚いたことにデジタル化する以前の写真はデジタル化された写真の10分の一しかなかった。
我々はデジタル化されるまで様々なものを削ぎ落して来たのだ。良く言えば精査してきたのだ。今もなお心に残るキャパの写真はそんな中に秘められていたかと思うと尚更愛おしくなる。
博覧強記のRパパのお薦めのこの本、そろそろ届きそうである。週末にしっかり読んでその後横浜美術館に行ってキャパの削ぎ落としの傑作を観てこようか・・そのあとはライカを持って中華街へ・・・










2013年2月20日水曜日

パンのための学問

息子が研究者を目指すと決めた時に私が一つだけお願いした事がある。

それは「パンのための学問をするな」ということである。

何を偉そうな、所詮食べるために働かなければならず、お前の言っている事は詭弁だと反論する向きもあろうが、敢えて私は申し上げるのである。

人は食べるために働かなければならない。それはその通り。

しかし、多くの色々な業界の人に会っていて、特に成功をしている人の概ね、食べるための大変さより仕事をしている楽しさの方が前面に出てくるのである。

そうした人は会社を褒めこそすれ、上司の悪口を言うことも無い。嬉々としたその表情を見ている内にこちらも安心して、その人を信頼する。

一方、上司や会社の悪口を言っているような人(私は交わらないのだが)は魅力が全くない。魅力どころか自己弁護と言い訳の塊のようなそうした人物は当然のごとく回りから嫌悪される。

奥田碩氏が講演で日本人も嫉妬からそろそろ賞賛のできる国民になるべきだと言ったときに、もうひとつ経営者にオンとオフは要らないと言った。その後の私の座右の銘になるその言葉だった。

退職したら蕎麦打ちをするといのは私の辞書にはない。やりたいなら、今やるべきである。なんで短い人生嫌いな事をして生きていかなければならないのだろうか。

だってそうでしょう、人生にオンもオフもないのだから・・・・・

どうしたら食べていけるかという話ほどつまらないものはない。どうしたら楽しいか、好きな事を話す方が何倍素敵であろうか。

美味しい料理の話、楽しい旅行の話、これから完成する家の話、昨日乗っ面ツルの波乗りの話・・・

そうした事を共感できる人と一緒に仕事や遊びもする、それで良いのでは・・・

以前にも書いたけど私の幸せの方程式を再掲する。

幸せ=happiness=√(健康)×(人間関係+価値の共有時間)

※√は全体にかかっています。健康は係数です。







2013年2月19日火曜日

科学技術の進歩とその汎用化


昔の写真です。日付に93年10月7日とあります。

見て戴きたいのはその後ろに移っているパソコンです。

義父が新しい会社を立ち上げ、その運営スタッフからどうしても必要と言われて購入したマックです。

結局、何も貢献しないまま、私のところに用済みでおろされました。当時の価格で200万円しました。

私が覚えたのは「エイリアス」位なものです(笑)


一方こちらは昨日購入したHDDです。容量は1.5Tあります。

そしてUSB3.0が2.0と併設されています。これで1万2000円です。

私のようにSEでも、工学系の知識も持ち得ていない典型的文系人は次のように考える訳です。

科学技術の進歩というものは日進月歩です。新しいからと言ってすぐに飛びつくのは、20年前のマック同様、お金をどぶに捨てるようなものです。

メーカーは次から次に新しい技術を市場に投入します。過去の例を挙げればレーザーディスク、ベータ方式のビデオ、MD、メモリースティックなどなど・・・枚挙の人間がありません・・・

しかし、今残っているのはほんのわずかなものです。それとて変化の中では定状している訳ではありません。

このHDDが3.0と2.0を併設している意味はそういうことです。

断っておきますが、一部のどうしてもその先進機能が無ければ仕事のできない人は別です。

プロのカメラマンのように撮影に数100万円を掛けて海外に出掛ける仕事となれば、RAW画像と一般的JPEGなどを一緒に記録するということになります。そうするとこの送信速度が大きく影響します。

結局、USB3.0の搭載したスペックのPCと組み合わせることになります。そしてやっと新規格のメモリーカードが本領を発揮する訳です。

これにはこの価値がありますが、私のような一般人はやはり技術が汎用化されるのを待つべきです。

ではいつこれが汎用されるようになったと考えるか、これが難しい問題でもあります。あまり長い間新しい技術を使わないのは、逆に時間の浪費になりますし、さりとて早く手を出し過ぎれば環境が整備されない・・・


えっ??きょろきょろと回りを窺う・???その通りかもしれません・・人生に最適解がないように・・



2013年2月14日木曜日

玉子 三橋農園 伊勢原


玉子 三橋農園 伊勢原

卵料理の上手な女性は男性を惹きつけると何かの本に出ていた。本を持ち出すまでもなく世の男性の多くは玉子好きである。かくいう私も玉子とピーマンの醤油炒めがあれば他は何も要らない。嘘。

以前もブログでちょこっと紹介したのが、そんな玉子好きの私が一押しする伊勢原の三橋農園の玉子である。朝一番に行かなければ買えないのであるが。

生玉子用として売られているブランド玉子の中には普通の倍も3倍もするものもある。食べてみるとあれっと思うものもあり、ここより美味しいと感じたことはない。もっとも始めはどんなに新鮮でも、食卓にのぼるまでには時間は掛るだろうし、高ければ中々売れないということもある。

そこへいくとここでしか買えないこの玉子は新鮮の折り紙保証付きである。そして価格がまた嬉しい。スーパーの生卵の価格とさして差が無いのである。生玉子用の醤油と言うものも売られているが私は生玉子には切れ味のヤマサより少し田舎っぽいキッコーマンが合うと思う。もっと甘みが欲しければたまり醤油もよかろうが、私はキッコーマンの丸大豆醤油の封を切りたての物と決めている。何故なら醤油は封を切るとすぐに風味が損なわれてしまう。玉子と一緒だ。

難点なのが伊勢原まで行かなければならない。車だと厚木まで東名で走ってから下に降りる。当然高速料金が掛ってくるわけだ。それにガソリンも掛る。なんだ結局、高いじゃないかと言うなかれ、新鮮さは保障されているのだから。それとそんな考えが脳裏にあるとつい買い過ぎてしまう。すると何日かして玉子の新鮮さは失われ本末転倒となってしまう。新鮮なうちに食べられる分を買うのが宜しい。





Diversity

ロサンゼルスを訪問して驚いたのは12年前と比較して、どの場所も安全になっているということだ。

もっとも今でも深夜や女性の独り歩きは危険極まりないが、こと昼間に限ってはそんなことはなかった。

景気が良くなると街は安全になるというが、今のアメリカが本当に景気が良いとは言い難い。

ロサンゼルスに暮らす二人の日本人男性に話を伺ったところ、二人とも異口同音に「珍しくなくなったから」という言葉を聞いた。

1992年に起こったロス暴動のその根源は人種間軋轢であることは明白だった。

その直後に訪れた私達は言わば同類のアジア人として見られていたのだろう。差別や攻撃的な人達に何回も遭遇した。

当時も今も一部のアングロサクソンの人達は言葉にしないまでも、決定的人種的偏見を持っている。

ところがアメリカという国は他の国の民族を取り入れることによつて成長している。ニューヨークが人種の坩堝として教科書に掲載されている通りである。

アメリカと言う国はこの”Divesity”こそが生命線なのであり、一部の人達の偏見や優位性を除いてマスとしてはこの特徴を受け入れているのではないだろうか。

それが彼らの「珍しく無くなった」という言葉の意味ではないだろうか。

片や我が国はどうだろう。

人工減少高齢社会と誰もが知りながら、この”Diversity”を受け容れたがらない。

フィリピンやマレーシアに厚生労働省が介護や看護の分野の門戸を開いたと言っても、実際には言葉の壁や官庁の横並びの弊害により、多様性には程遠いのが現状である。

こんなことを嘆いていたら、良い本が見つかった。

鈴木 鍵氏の「なめらかな社会とその敵」である。

本の内容については内田 樹氏が紹介しているのでそちらを参考にされたし、鈴木氏はサルガッソーという会社も運営している。サルガッソーをご存じの方なら著者の慧眼はお分かりのはず。

 
 
 
 

http://blog.tatsuru.com/

2013年2月13日水曜日

私のアメリカ

1979年の8月私は片道のチケットを握りしめてロサンゼルス国際空港に立っていた。

経由便に載せられやっとアメリカに着いた。外は雨が降っていた。

食費とアルバイトで貯めたいくばくかのお金で格安航空券を購入した。確か空港会社も何もかも決まっていない、まるでこれからの自分を暗示するような心細いスタートだった。

海外どころか飛行機にも一度も乗ったことのない若者が初めて降りたのがここロサンゼルスだった。

私にとってのアメリカはポパイや平凡パンチに掲載される西海岸の文化そのもので、そこには日本にない自由と新しさがいつもあった。

それから30年以上が経過し、そんなことを忘れていたときに、ふとしたことで青山のギャラリーに足を運んだ。

するとそこには当時にそれらの雑誌にアメリカから情報や写真を送ってくれていた小林昭さんがいた。

そう、彼の「P.O.P」の写真集の個展だった。彼は昨年からサーフィンを始めたらしい。

サーフィンはとても魅力的で、自然と一体になれると言っていた。彼らしい。

その中でも特に私の印象に残ったものがこの一枚。マリブの全景だった。

記憶の澱の中に忘れいた記憶が甦ってきた。

若者の暴力的とまで言えるエネルギーが当時のヒッピーやサーファーに静かに神託された自由と寛容と引き換えに広がっていたアメリカ、そのアメリカを観たかった。

果たしてアメリカは変わってしまったのだろうか。

答えは言わない。

この写真を見て考えてほしい。

日本とアメリカ、この二つの国は同じように年をとったはずなのに、ふたつの国の立っている場所がまるで違う。

どちらがどうのと言うんじゃない、ただ違うのだ。