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2014年2月20日木曜日

マスコミの凋落

夕方テレビを付けると顔を異様にひっぱり若作りをしている女性キャスターが出ていた。私はこの人が嫌いである。過日は我慢して聞いていた。航空会社のマイルが不正に使われたニュースだった。最後に「マイルは現金とは別だとお考えください」と締めた。

馬鹿じゃなかろうか。全く、マイルの実体を調べていないだけでなく、法律のほの字でも教えてやりたくなる。マイル不正はいけない。犯罪だから。しかし、日本航空は他の航空会社と比べてもマイルが使いやすい。それよりもマイルを現金と同じように使えると宣伝しておきながら目に見えないブラックアウトをする航空会社が如何に多いことか

。それらは政治的、地勢的バリケードをうずたかく積み上げ、日本の法律を反故にする。消費者契約法もその前ではかたなしだ。マスコミに流れるニュースはその程度のうわべのものなのかと失望する。もはやニュースは報道番組ではなく、グルメとゴシップ芸能情報誌のようである。





2014年2月19日水曜日

言葉の問題

村上春樹氏の新作「ドライブ・マイ・カー」での文章の一部が問題になっているという。私も読んでみた、確かに北海道の実在する町の名前を記している。そしてその女性に向かって「***町ならみんなタバコを道に捨てているだろう」と書かれている。これを見て一部の町民が目くじらを立てたわけだ。私たちはそんな公共のルールを守らない人間ではないと。彼らは文章全体を読んで作者の意図を理解しているのだろうか。
例えば私のことを家人の誰かが「北関東の辺境の人間が魚を食べて美味しいとか、美味しくないとか、ホザイている事自体馬鹿馬鹿しい」と言ったとする。だからといってこれが本当に北関東の人全てを馬鹿にしているわけではない。私のことを特定して揶揄しているだけだ。私個人の特定にはディレクトリが役立つ、これはよく私たちも使う。関西人だからとか、関東の人はなど頻繁に使う。つまりすべての人がそうだと言っていないし、悪意もない。あるのはその女性に対する怒りや失望だ。
こんな事を抗議する町議たちは今のマスコミにも似ている。重箱の隅をつついて全体を見ない。
そう考えると小説家というのは大変な職業である。そういえばこんな事があって筆を折った人がいた。村上氏にはそうなってほしくないと願うのである。






2014年2月16日日曜日

違和感

四谷にある学校とアパートの往復で四谷界隈を歩くことはほとんどなかった。ところがどうしたことかその日はパチンコ屋のすぐ先の路地を歩いてみたくなった。パチンコで負けたせいか、今でも理由はわからない。
路地は坂になっていて下っている。丁度新宿通を背にして南側に行く道だ。道はうねうねと曲がりながら途中幾つも道は分岐していた。
坂の途中まで下ると右手が崖になっていた。雨水と苔に覆われた無機質のコンクリートの壁が獣の皮膚の表面に出来た潰瘍のように小さく無数に盛り上がっていた。
人気のない木造の家屋化の窓が開け放たれていた。猫がこちらを睨む。夏の日差しも落ち気温が下がっているはずなのに一向に涼しくならない。谷地になっているからなのか風が通らない。身体に汗がべトッとまとわりつく。
臭気が漂ってきた。下水道の匂いだ。どこかに臭気の原因の入り口があるのだろうが見つからない。
振り返ると大きな黒い動物が横切った。猫にしては大きい。ヤツデの葉の陰に隠れてしまった。目だけが光ってこちらを見ていたが、居なくなってしまった。
通りに出て時計に目をやると8時を回っていた。こんな狭い空間に2時間もいたことになる。
後になってその辺り一帯が鮫河橋と言われる東京でも三指にあたる貧民街であったことをしる。谷にくるといつも違和感を覚えるのはあの日の既視感かそれとも風のいたずらか。

2014年2月15日土曜日

労災病院

私は毎朝、父が息を引き取った病院の前を通って会社に通っている。理由は高速道路の出口に位置しているためその場所を通らなければならないのだ。その病院は最近建て替えられたばかりで当時の汚くて消毒薬臭い病院の姿は何処にも見付けられないが、何故か私はそこを凝視できない。
父が危篤でこの病院に運ばれたとの知らせを受けた時、私は岐阜に赴任していた。父は元気なとき一度だけ岐阜を訪ねてきたことがある。妻が好物の料理を作って何日でも泊まっていって下さいと言ったのに翌日にはもう出掛けていた。それ以来、父には会っていない。
父と私が特別に不仲だった訳ではない。私は自分の生活に精一杯だった。母と父は既にその頃離婚していて父は一人暮らしだった。
父は台湾によく出掛けていた。あちらで陶芸の指導もしていたようである。私に台湾の友人から貰ったという手紙を見せてくれたことがある。父は得意そうに便箋に書かれた先生という文字を誇らしげに私に見せたが、台湾では普通の敬称で誰にでも付けることは知っていたが、父には話さなかった。
父は夢を見ていた。アムール川のほとりで岩陰に隠れているのだろうか、細身のルガー拳銃を手にしている。父はあの頃体験した馬賊と一戦を思い出していたのかもしれない。
人は死ぬ前に自分が一番輝いていた時を夢見るそうである。死と隣り合わせの瞬間ほど輝かしいものはないから。私はどんな夢を見るのか今から不安である。




2014年2月14日金曜日

中田さん

青年が10号通りの中華屋を出る頃には雨はあがっていた。商店街のモザイク模様の歩道は街路灯の冷たい光と月明かりを反射している。
商店街を抜けると青年の住んでいるアパートはすぐそこだ。築50年以上の木造二階建てのアパートは贔屓目に見ても綺麗とは言いがたい。水道道路に面して建っているため大きな車が通るたびに激しく揺れた。
開け放しの玄関から中に入ると細長い廊下が続く。天井にはいくつかの裸電球がついているが半分くらいは切れていて光を放っていない。どの光も弱々しく、そのまわりを夥しい夏の虫が飛び回っている。
階段を登ったすぐ左側が青年の部屋だった。階段を一歩一歩ゆっくりと上がる。それでもギシギシと音がしてしまう。階段の踏面はコンクリートで塗り固められていてそれがすり減って手前に傾斜している。後ろから誰かに引っ張られているそんな重さを感じる階段だ。
ここに住んでいるのはほとんど老人だった。いや、青年は誰一人正確には入居者の歳など分からなかったが勝手に独居老人と決めつけていた。
何故なら廊下で出会う誰もの目が精気を失っていたからだ。人生に疲れたのか、病み上がりなのか分からないが、とにかく老人たちを凝視してはいけない気がした。
青年の部屋は四畳半で赤茶色をした隣の建物の壁が窓を塞いでいた。トイレも台所もないからっぽな部屋だった。
緑色のナイロンの安いプリントカーテンの隙間からガラスに止まっていた蛾が見える。蛾の羽には目玉のような大きな円が描かれていた。どうして蛾はこんなに気持ち悪いのだろう。毛が生えた触覚、寸胴の身体、地味な色彩、どれをとっても同じような昆虫の蝶とは違う、全ての不幸と引き換えに手に入れたようなその体を蛾は何故受け入れてきたのだろう。
青年はカーテンで蛾が見えないように塞いだ。
ドアがノックする。居留守を決め込もうとしたが、先程の足音とドアが開く音でわかったのだろう。このアパートの管理人だ。青年はこの管理人が苦手だった。
管理人の名前は中田さんといった。恐らくこのアパートでは青年の次に若い女性だった。若いと言っても五十歳にはなっている。この中田さんも独身だった。
中田さんは悪い人ではない。どちらかと言えばいい人だ。青年には優しかった。しかし、その優しさとは別の顔を持っていた。彼女はよく人を観察する。人知れず観察するのではなく、足の先から頭まで舐めるように観察し、自分の仕入れていた知識と合致させ少しでもそぐわないと感じると質問をしてくる。その質問は容赦なく、拷問のように感じる。
青年は一度本当に大学に通っているのか質問をされたことがある。良家の子供が多く通う大学と青年の姿が一致しなかったようだ。青年は学生証を見せた。すると中田さんは「へえーえ」と言って。金歯を見せて笑った。青年は何故この人に学生証を見せなければならないのか、行き場のない怒りを覚えた。それ以来、中田さんのことが苦手になった。
蛾が窓から居なくなった。蛾は街路灯の周りにうつり、他の虫達と一緒にうろうろ飛んでいた。
青年はドアを開け、預けられた小包を中田さんから受け取った。小包は開けた跡があった。小包は実家の母からの貰い物のお菓子だった。青年はそのまま中田さんに菓子箱を渡した。中田さんは「エヘヘ、悪いねえ」と言って部屋をもう一度ぐるっと見回しドアを閉めて帰っていった。青年がそのアパートを出たのは二か月後のことだった。

※注意、本文は架空の話です。登場するは人物も架空のものです。




2014年2月13日木曜日

陰影のない時代

フリードマンのフラット化する社会を読んだのは随分昔になるが、現代(イマ)は彼が宣言していたように国境さえ意味を持たなくなる平滑化されつつある世界である。これによって情報の非対称性はなくなり、人々は平等に共通の情報を保有する。一方で平滑化は陰影を持たない。知っているか、知らないかそのどちらかである。
私はSNSを暫く前から試みている。情報は瞬時に誰かに届けられ閲覧した人はその情報を廃棄する。見事なまでに己に都合のいい情報が集まる。SNSをやると言うこと(覚悟して)つまりその事を甘受していなければならない。自分の情報を開示しない閉じたコミュニティに安住したいならばSNSはやらない方がいい。自分が隠しておきたい情報がなくても微妙な人間の陰影さえも失われるからだ。
では何故続けるのか、それは利便性に他ならない。他社に情報をネットワーク経由で伝達することで直接の強さを軽減できる。さらに、プライベートでは珠にしか会わない友人にも近況を伝えられる。確かに便利だ。
ある米国の学者がFACEBOOKはこれから衰退すると言っていた。今の状況は熱病のようなもので、多くの人は我に返ると。閉鎖的な日本人ならともかくあちらの学者がそう言っている。
何だか分かるような気がする。確かに便利ではあるが全く陰影のない世界は案外面白くない。例え利便性を手放したとしてもそちらを選ぶかもしれない。いずれにしても世界は変わったのだと。




2014年2月12日水曜日

小說考

男性女性を問わず様々な小説が世に送り出され消費されてゆく。このところ女性の作家に優れた作品が多いように感じる。
小說にはマクロ的に読ませる小說とミクロ的に細部に拘り、深く潜行して表現される小說がある。もちろんこの二つの混在型もあるが、多くの作品は何となくぼやけてしまっている感じがする。
前者の小說は全体が劇のようでもあり始まりと終りがある。そして作品中に抑揚が付けてあり、読み終えると一定の満足感を覚える。歴史小説のたぐいの多くはこちらである。
一方、後者は何気ない日常の表現の中に様々な要素を織り交ぜる。文中に出てくる人間の感情や感性、日常的時間軸の中における非日常性などを散りばめる。
こうした表現はやはり女性が得意なのかもしれない。私の好きな作家は見事にそれを表現する。時折、そんな作家のブログを読む。すると作家の空気感のようなものを感じられる。益々、その作家の作品が読みたくなる。何故なら彼らは文章の達人であって、たとえブログの中でも陰影を忘れないのだ。



もし参考になればと私のよく読む山崎ナオコーラ女史のブログとHPである。