このブログを検索

2014年5月20日火曜日

遊びは遊びつくせ

パスカルではないが人間知っていることしか知らないのである。知らないことは知らないのだから。
よく私たちはプロじゃないのだからそんな高いものや贅沢なものは必要ないという人がいる。そうだろうか、プロこそ現実的な要素でモノを選ぶのではないかと私は思う。幸せなことに私の周りの友人は遊びに関してそんなことは言わない。遊びだからこそ遊びつくせというのである。もちろん財力の範囲ではあるが。

家一軒建てられるほどオーディオに凝っている友人もいれば、山を登ることと走ることに人生をかけていると思える友人もいる。つまりは道楽とは道を極めようと暗中模索しながらジタバタ騒ぐことだと思うから。

車にしても歳は関係なく国産車が一番だという人もいる。それはその人の考え方だから何も文句はない。一度きりの人生なのだから乗ってから判断すればいいのにと他人ごとに首を突っ込みたくなるのは別として、車は宇沢弘文氏を持ち出すまでもなく非経済的なのだ。いくら省エネや環境性能を謳ったとしても非経済的なものなのだ。ポルシェに乗ったことがない人はポルシェを分からないと思う。私だって分からなかった。体験して初めて分かることが多い。頭でっかちの考えは退席いただく。

ロードバイクにしてもそうだ。モノコックのフレームしか乗ったことのない人はラグドのフレームの妙味は分かるまい。コンプレッションホイールに乗ったことのない人はコンプレッションホイールの事を知るまい。絹のケーシングのタイヤに乗ったことのない人は絹のケーシングのタイヤのことは知らない。だって知らないのだから。私だって知らないことはいっぱいある。しかし、手が届かないからといって知らないことに蓋をすることはしない。思い続ければいつかは叶うかもしれないから。

よくオンとオフを口にする人がいる。今はオフだから仕事の事は考えないと。そういう人はオーナーには向かない。経営者は四六時中仕事の事を考えている。じゃ遊びは考えないのかというとそうではない。遊びも四六時中考えているのだ。
美味しい物や楽しいことは周りの人たちと共有するからこそ楽しい。一人だけ美味しいものを独占しても所詮腹をこわすのが関の山だ。でもそういうタイプの人間が多いのも事実。私の友人にはそういう人は滅多にいないのだけどね。

あの世には何も持っていけない。持っていけるのは思い出だけ。人は生まれてくることは選べないけど、死ぬことは選べる。エミールウングワレーの絵のように死の直前にどんな景色が目の前に広がるのか、それはどんな思い出を持っているかによって決まるのだから。
















2014年5月15日木曜日

均質化するこの国

新聞社やテレビも週刊誌宜しく視聴者が喜びそうな話題ばかり取り上げ、劇場化していることがマスコミの凋落に繋がると嘆いていたのだが、今度はSNSでも同じようなことが起こった。
そもそも私がSNSを始めようと思ったのはそうしたマスコミの一義的、一方的報道姿勢に疑問を持ち、自分で情報を取捨選択するSNSを試して見たいと思ったことが発端だった。SNSには多くの情報が氾濫する。正しい情報も正しくない情報も。それらを選択するのは自分であり責任も自分にある。SNSも慣れてくると自分と価値観が近いという人を見付けられるし、逆もある。そうして自らが情報という玉を磨き上げていくのだ。

ところがとあるSNS運営サイトから情報の内容を訂正して欲しいと要請があった。理由はポリシーのひとつである「著しく営業に影響する恐れがあり、事実か確認できないこと」に抵触するらしい。
私はその店のピッッアを数回食べている。味は美味しいと評価している。そして掲載した事実は私がこの目で実際に見て、経験したことなのである。伝聞でも推測でもない。
店の前の公道でお揃いの店のtシャツを着て、店内からホースを引いて水だらけにしながら車を洗い、あたり一面が水だらけになっていた。私の布靴は汚れ、通行人はその様子を並行しながら足早に通り過ぎていったのだ。

店というのは味だけではない。オーナーや店主のポリシーが具現化される。それも評価してはいけないというならば斜陽になったグルメ雑誌と同じ、店からお金をもらって良い情報だけ掲載するのと同じである。

私の好きな真鶴の寿司店の口コミに店主の手が汚れていたと揶揄されていた。店主はすぐさま同じ書き込みにそのことをわび、手についていたものはある食材を扱うときにつくもので当日はその処理をしたばかりだったと説明を加えていた。私は尚更その店主の人間性、料理に対する真摯さを感じたのはいうまでもない。





2014年5月10日土曜日

演奏者と聴衆

演奏者と聴衆
昨晩、キース・ジャレットのソロコンサートに出掛けた。ご存知のかたも多いかと思うが、この最終公演の前の大阪でのコンサートでキースは演奏を中断してしまったようだ。その場に居合わせていないのでどのようなことが起こったのか定かではないが、耳障りな何かの雑音が聞こえたのかもしれない。
私も行く前までは、そんな小さなことで目くじらを立てるのは、敷居の高い寿司屋のようで客=聴衆をないがしろにしているのではないかと些か諦めていた。
ところが実際に自分が行ってみると、その浅はかな考え大いに反省した。何故ならここ数年のコンサートでこれだけ感動したものはないからだ。
最初の曲が始まった時に、あまりの硬質な音が私の体を突き抜けた。と同時に察かに自分がいつも聞いている音とは別の種類の音がそこで奏でられていた。彼のピアノはタッチとかそういう技巧的なものではなく、本質的な音源としてクリスタルのように透明で直線的だ。しかしそれだけではない。彼の演奏は絵画的でもあるのだ。私は朝靄のかかった湖に浮遊している錯覚におちいった。波も風もない、ただ静寂な湖面にビアノの音だけが流れてくる。別の曲になると今度は夏の草原が目に飛び込んできた。風にたなびく背の高い草が優しく足元をくすぐる。そしてまた別の曲になると夏の入道雲の湧き上がる空を大鷹になって飛んでいるようだった。
彼は芸術家という言葉を嫌う。その代わり音楽を信じるという。30代の頃の精力的だった彼のピアノと今の彼のものは異なっている。どちらが良いとか悪いとかという話ではない。まるで演奏すること生きることの怖さを知った思慮がそうさせているように思えてくる。
彼の発する音に対する拘りはさらに深くなっている。我々の方も彼の演奏を共感するためには努力が必要だと思う。いくらお金を出しているとしても聴衆がその努力をしないなら、どんなに良い演奏でも価値はない。共感できて初めて音楽の喜びがあるのだと知る。
日本人に限った事ではないが、我々は幼い頃より自由と権利を教えられてきた。それはこうしたときにもまず自分の権利を主張する矮小な思想がある。お金を出していれば何をしてもよいというのは思い上がりだ。それを言うなら演奏家はお金で呪縛された衆人でもないし、演奏しない自由だってあるのだ。
キースは神経質で気難しいと言う人がいる。そうだろうか、聴衆にコップ持ち上げ「ウォーター」とジョークを言ったり、「ハッピーバースデー キース」と言う人に今日じゃないと言ってみたり、さらにアンコールを4曲も演奏してくれた事を考えるときっと大阪では彼が共感できない何かがあったのだろうと考えを改めざる得ない。
会場から沸きあがった声援もきっと40年以上日本での彼の演奏をプロモートしてきた鯉沼さんだったのかもしれない。そういう音には彼はきっと愛情をもって答えるはずだ「みんな音楽が好きなんだね」と。





2014年4月30日水曜日

「ユニクロとアマゾン」

新幹線のお楽しみは、いつもは買わない雑誌が見られることである。買えばいいじゃないかと思われるだろうが、お金を出してまで買いたいと思わないのであるから仕方ない。ましてや、記事に一つでも耳目が引きつけられるものがあれば大層得をした気持ちになれるのだから。
過日もあるコラムに「よいものを安くから、よいものを高く」というコピーが出ていた。著者は元新聞記者でその後独立した磯山友幸氏である。著書の好き嫌いは別として、「よいものを安くから、よいものを高く」というコピーそのものが気に入った。
断っておくが、ユニクロやアマゾンが嫌いなわけではない。それどころか便利なのでよく利用するし、両者とも消費者にとっては強い味方だ。
しかし、消費者にとって強い味方というのは、果たして企業の経営にとってプラスに作用するのだろうか。一ドル360円の時代ならばともかく、日本と先進国との通貨ギャップが解消され、さらに新興国とは逆ざやの通貨ギャップが生じている現在は「安くたくさん」の時代ではないのは察かだ。
私はとあるきっかけで、通称ドンペリで有名な(悪名?)シャンパン、ドン・ペリニョンの主催するソサイェティのメンバーになった。メンバーになったからといって何かしているわけではないのだが、既知の通りこのドンペリはLVHMというブランドを数多く持つ持株会社によって運営されている。お酒ならモエ・シャンドン、ヘネシー、ファッションならロエベ、セリーヌ、ジバンシィ、時計ならタグ・ホイヤー、ゼニスなどである。誰もが一度くらいは耳にしたことのあるブランドである。
私はこのブランドの時計を偶然持っている。その時計がわずか数年の間に値段が大幅に上昇しているのである。これはこのグループに限らずスイス製の高級腕時計に多く見られる現象だ。ところがどうだろう日本の時計メーカーの多くは低価格競争に明け暮れている。例え強気の値付けをしたとしてもスイス製の時計のように市場に歓迎されないのだ。
スイスには多くの資本家が集中する。彼らの資本は時代や時局が変化しても変わらないものを求める。いくら安くてもメッキの金はメッキの金なのである。
こうしたことは簡単には行えない。長い年月と経験がものをいう。確かにそうした背景も違い、日本にそのまま当てはめるのは酷な気もするが、あえていうなら企業も人々も我慢が足りない気がする。ドンペリのソサエティは安売りのサービスを行うわけではない。彼らは正しい情報の発信と定着を行い、それが分かる人にのみ売る。別に多くの人に買ってもらわなくても良いのである。この我慢が肝要なのだ。
ところが日本ときたらどうであろう。ある若者が全身シャネルで身を包んでいた。聞いてみると、ほとんどのものをローンで買っているのだそうな。そのローンの支払が重く、彼女は一日千円で生活しなければならず、3畳一間の安アパートで昼はお弁当屋、夜は水商売のアルバイトに明け暮れているそうである。
こんな日本では正しいブランド化など夢のまた夢かもしれない。聞くところによると佐川急便がアマゾンの配送から手を引いたようである。あまりの値引きにこれ以上は無理と判断したのかもしれない。いずれにせよ、企業も消費者も果たして我慢ができるのだろうか。それが日本の課題のような気もする。佐川には頑張ってほしいものと願うばかりである。




2014年4月22日火曜日

イメージの封殺

私はビードルズマニアではないがいくつかの好きな曲もあり、BGMとしてよく聞く。
いつもは詩の内容など気にしないで聞くのだが、村上春樹氏が執筆した本の題名ともなったNORWAGIAN WOODSはそういうわけにもいかない。

映画にもなった春樹氏の「ノルウェイの森」は深い緑に彩られた美しい景色である。そんな森を舞台に男女の純愛をテーマにしている。

ところがビードルズのこの歌の方はそんな小說とは違い、純愛でも深遠な緑の森とも違う。若者の脳天気な歌だ。北欧家具を部屋にデコレートした若い娘の話である。その娘は脳天気で少しだけ堕落している(のかもしれない)。そんな若い男の妄想の話。
凡人の私たちは「ノルウェイの森」にイメージが封殺されてやしませんか?





2014年4月17日木曜日

夏への扉

息子の本棚で見つけたロバート・A・ハイラインの同名の小説。中学生の頃だから四十年も前になる。あの頃から時空のことが気になってSF小說を読みあさっていた。
私は小心者だった。あの頃、宇宙のことを考えると怖くて眠れなくなった。そのことを誰にも言えずに布団をかぶって何も考えないようにしていた。
息子が小学生の時、数学には興味はあるのに宇宙について尋ねたことがある。彼は怖いと言った。私は納得しそれ以上聞かなかった。その彼の本棚にこの本があった。
私は時々パラレルワールドの夢を見る。現実の私がいるところが夢の世界であって。夢の中の私が現実なのだと物語は伝える。私はいつも狼狽える。
早熟だったのか中学生の頃、憧れていた女の子がいた。二歳歳上のバスケットボール部の先輩だった。その当時の2歳の差は大人と子供、何も始まるわけでもなく、時は蒸発していった。その人にはその後会ったこともない。
ところがその人が夢の中で私の妻となっている。そこには妻も息子も娘もいない。私は取り乱しさらに混乱し、夢から目覚める。
大人になっても怖いもの見たさは続いた。スティーブホーキングの本に夢中になった。訳者も好きだった。訳者佐藤勝彦氏は言わずと知れた世界的インフレーション宇宙論の第一人者である。その彼が平易な言葉でホーキングの理論を説明してくれる。
ホーキング博士が1月にブラックホールは存在しないというショッキングな論文を発表した。エネルギーや光はその地点を通り抜けて別の世界に移るというのだ。理論の正否は別として、宇宙の果てはさらに続くということになる。ただし、次元が変わってのことらしい。
もう一度「夏への扉」を読んでみよう。あの時感じたこの世界の不条理と不安、時空という道具を使って自由になれる精神的安穏。今はどう感じるのだろう。いつか孫に読ませたい。



2014年4月15日火曜日

演繹的経営

今日、立川にIKEAがオープンする。公共交通機関を利用して来店できる店だそうである。ご存知のように同店は過去一度出店したが上手くいかず撤退した。私など当時その店で扱っていた雲の絵のマリメッコのタペストリーを今でも覚えている。
十数年前に私はある人から頼まれて家具店のマーケットを分析したことがある。当時の家具店というのは一人のお客に専属の販売員がつき、その客の要望を聞きながら商品を説明しながら、最終的に希望する商品をメーカーに発注し、その仲を取り持つような完全オーダーメイドの家具店がほとんどであって、人件費と固定コストのものすごく掛かるビジネスだった。
ちょうどその頃、大学の同期で同じ会社に就職した人物がフランフランというインテリアショップを立ち上げた。彼は大変有能な人物でマーケットに欠けているものをいち早く見つけることが出来た。インテリアショップとはいうもののそれは雑貨店であり、雑貨店の中に家具も置かれている店だった。もちろんコンセプトはデザイン性である。これが消費者に受け入れられ、あれよ、あれよという間に人口に膾炙された。
私はそれを観て、家具店の方向性を感じた。誰もが難しいだろうと言っていた目黒通りに家具店が雨後の筍のごとく乱立していった様は記憶に新しい。
春からレジデントとなり一人暮らしをした息子が家具を選ぶ際に面白いことを言っていた。「ニトリならいいけどイケアは嫌」ずっと心のなかで私はこの言葉が気に掛かっていた。
イケアの経営は「よりよい生活を、より多くの人に」という一つの命題の演繹的戦略である。店舗を大型化することも、シーン別の配置も、予備の部品数を減らし、組み立てや運搬のコストを抑制することもその命題への回答にほかならない。
しかし、これだけならニトリも同じである。そこにもうひとつの命題「よりよい生活」が重なってくる。イケアにとってのより良い生活とは何であろう。私はサイードのオリエンタリズムが思い浮かんだ。結局、自身の文化性を尊重しているに過ぎないのではないか。事実、中東のある国でカタログに掲載された女性を宗教的理由で抹消したとイケアの本国では批判されたようであるから、私の幻想だけとは言えまい。
そうした理念の経営は大規模な資本による経営とは結びつかないと私は考えている。全く別の話しであるが日本でコンビニチェーンがこれだけ発達したのはコンビニチェーンが理念の経営とは全く別の存在だからだ。彼らは多様性に対応するために画一的商品を供給する。一見矛盾するその戦略こそが彼らの強みなのだ。
理念の経営はそうは出来ない。あくまで演繹的に導き出されるその商品の賞味期限は有限でコンビニのように簡単に廃棄し、作り変えることが出来ない。
私にはどうしても道長の歌が思い出されてならない。

「この世をば わが世とぞ思う もち月の かけたることも なしと思えば」