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2014年9月29日月曜日

自己愛中心と幼児化する日本


電車の中でひと目を気にせず化粧をしたり、床に座り込む高校生を前に自己愛中心的な日本人が増えたとそんな日本の風潮を嘆いたことがあったが、昨日もまさしく同じような光景を目にした。
そもそも私は田舎から上京する時にある大人から言われたことがある。それは人里離れた田舎で一生暮らすならまだいいが、都会には都会のルールがある。それを無視して暮らそうとすれば大いなる田舎者としてまわりから蔑まされ最終的には故郷を貶めることになると。
それが理由ではないが、子供を育てるにあたって、世間に迷惑だけは掛けないようにしてきた。それは妻も同様で、電車の中で兄弟喧嘩をすれば電車から降ろし、ホームの人の迷惑にならないところで何故電車の中で喧嘩をしてはいけないのか当人が理解するまで諭した。結果、勉強でもスポーツでも途中で投げ出してしまうようなことはさせなかった。
子供は自由に育てれば良いというのは幻惑だ。社会に出て組織で働けば容易に理解できるが、そうした教育を受けていない人間は組織や社会からふるい落とされる。そして社会から爪弾きにされる。
昨日も飲食店で駄々をこね泣きわめく子供を一向に注意しない両親がいた。他の客に迷惑になっているのに気にも留めないその夫婦は似た者夫婦なのだろう。しかし、子供が大きくなったときまた同じようなことを繰り返し、いつまでたってもうだつのあがらない大人になることは間違いがないが、当の親たちがそうだったように負の連鎖は連続することを知らないのだ。大いなる田舎者と蔑まされていることに。











2014年9月19日金曜日

Straight No Chaser


 男がこの言葉を知ったのは20歳の時だった。男は高円寺にあった小さなジャズバーに入り浸っていた。ある晩店内に流れていたその曲がTHELONIUS MONKStraight No Chaserだとマスターから教わった。そして辞書でChaserの意味を調べてみるとアメリカとイギリスでは使い方が違うということも分かった。アメリカでは強い酒を飲むときの水やコーヒー、牛乳などを指すと辞書に書かれていた。一方、イギリスではその反対、強いお酒を指すと出ていた。日本ではどうなのかマスターに聞いたがマスターは笑って答えなかった。

男はその店でバーボンの味を覚えた。大きな酒屋に行ってもまだバーボンの種類の多くない時代だったのにその店にはEvan Williamsというバーボンが置いてあった。焦がした樽香のするその味はワイルドターキーやジャックダニエルより力強く、ほんの少し酸味を感じるものだった。男がその酒のファンになるのに時間は掛からなかった。

THELONIUS MONKには伝説のような逸話が多いとマスターから教わった。マイルス・デイビスとセッションをしていたとき、THELONIUS MONKは急に演奏をやめてしまった。今度はそれに腹を立てたマイルスがTHELONIUS MONKの演奏中、急にトランペットを吹き始めたというのだ。それ以来、二人は犬猿の仲といわれ一緒に録音もセッションもしなかったというのだ。もっともこの話は後日談があって、話は単なる邪推で、最初からマイルスがピアノの演奏を止めるようにお願いをしていたと訂正されたが、ようするに人々にそう思わせるTHELONIUS MONKがいたことは間違いがない。

ジャズファンとしも有名な村上春樹氏が今月下旬に「セロニアス・モンクのいた風景」という本を上梓する。殆どの氏の本を持っているその男は早速予約した。
何故なら、男はTHELONIUS MONKが生きていた時代を知らなかったからだ。その知らない時代を村上春樹氏のペンによってどう理解させてくれるのか、そう、青豆が3号線から見える建物は西陽があたりベランダにゴムの木が置いてあると表現したように、言葉により景色や登場人物の心証まで送り届けたように、男の知らない時代を垣間見ることが出来れば嬉しいと密かに期待しているのだ。


2014年9月11日木曜日

コアコンピタンスと社会貢献

昨日、やっとテスラモータースのモデルSが日本でデリバリーされました。思い返せば2011年に逗子マリーナでテスラモータースのスポーツバージョンに同乗させてもらってから3年が経ちます。その間にハリウッドでモデルSの実車を偶然発見し、日本に帰ってきてからは実際にこの車に試乗する機会も得て、どれほどこの車が先進的で斬新であるかよく理解しているつもりです。

実際にその間に様々な車を試乗する機会がありました。パナメーラ、911、アストンマーチン、ジャガーF、コルベット・・買える買えない、買う買わないは別としてもどれも素晴らしい車でありガソリンエンジン車としては優秀でした。
しかしながらどの車も既存の枠の範囲内でイノベーションという言葉は当てはまりません。BMWに至っては自社の電池走行距離や充電システムの理由からもし途中でその必要が応じたら同社のネットワークで別の車を貸し出す有償のサービスまで売りだしたくらいです。これには失笑してしまいます。

ところがテスラモータースはこのモデルSの次にモデルXというSUVを発売することを謳っており、さらにその先にはモデルSの半額近いモデル3を用意しているというのです。そしてテスラ社の営業利益は四半期を除いて全て赤字にも関わらず株価の時価総額は35000億円という数字です。如何に市場が期待しているかこれからも分かります。

その強みはまさに電気自動車の心臓部、つまりバッテリー電池の技術にあります。他社の追随を許さないそれはコアコンピタンスであり同社の最大の強みです。他社が50キロ100キロの走行のところ、同社は500キロ走れるのですからその違いは一目瞭然です。

そしてさらに驚くのはその技術を他社に与えても良いということなのです。何故そうのようなことを言い出したのでしょう。クックCEOは将来悔やむかもしれないと言っていますが、それこそ自信の現れであり、イノベーションを続ける信念を持っている左証なのです。

電気自動車の市場は一向に大きくなりません。何故なら、実用に耐えうる技術が進んでいないからです。官公庁では環境問題もあり、実際に一部導入していますが、50キロしか走れない車を農村や山奥で走らせる訳にはいかず手を焼いていると言う声を耳にします。

同社のイノベーションの原動力はこうした社会インフラを整備させ電気自動車を実用可能なものにしてマーケットを創造することなのです。その理想があるからこそ生まれた産物であり、その理想(社会的貢献)そのものがイノベーションの解なのかもしれません。


2014911日た 29歳になる娘の誕生日にかえて










2014年9月8日月曜日

連帯について

私が大学に入学した頃には大学紛争は見る影もなく、その遺影さえ存在しない時代でした。そのような環境からかイデオロギーや政治的議論をするということはもはや時代遅れ、負の産物と考えていたのか分かりませんが、極端な理念、信条というものにはどうも胡散臭さを感じてしまうのです。

ところが近年、原発事故後の国民の反応はそうではなく、良くも悪くも黒白をはっきりつけるような、絶対感覚でモノを言う人を多く見るようになったのです。
首相官邸前で反原発を訴える人も自分たちは正しいことをやっていると信じきっているようで、彼らのデモのせいで迷惑を受けている人のことなど毛頭にないといった感じです。どうもこの手の政治的思想には私は嫌悪感を抱いてしまうのです。

断っておきますが原発が良いと言っている訳ではありません。ただ、どんな物事にも良い面と悪い面があるようにこの問題もそんなに簡単に割り切れるものでもないし、第一今までこうした政策で恩恵を受けていたのは私達の訳ですから、それを棚上げにして論ずるというのはあまりに虫のいい話だと思ってしまうのです。

養老孟司氏が近著の中で良いことを言っていました。人間なんて地図の上の矢印程度のもので、生きているのではなく生かされていると。原発推進にしても、反原発にしても口角泡を飛ばしながら持論を展開される多くの方々はこの地図上の矢印などではなくて自らが壮大な地図を作っていると考える人なのではないでしようか。

私が入社試験の面接をしていた頃、必要以上にオリジナル性を強調する若者が多かったのです。そういえば通りが良いと思ったのか、何かの就職本に書かれていたのか不明ですがとにかく多かったのです。私はへそ曲がりなのでそういう輩には多くの点数を付けませんでした。オリジナル、オリジナルといったところでそんなにオリジナルが大切な訳ではないし、組織というもの同じようなカラーでないと上手く機能しません。さらにそういう輩が如何に仕事が出来ないか分かっていたからです。仕事のできる人は声高にオリジナル性など強調しなくともさらっと出来てしまうのです。

戦後の民主主義は自由と平等を教えてきました。しかし本当に自由と平等な社会なんて存在するのでしょうか。現実には格差は拡大しています。教えられた自由と平等がもはや夢と分かったこととこうした極端な白黒をはっきりさせる風潮が生まれ始めたことは決して偶然ではないような気がするのです。








2014年8月18日月曜日

夏休み

子供の頃、夏休みが待ち遠しかった覚えがあります。私の父は勤め人ではありませんでしたが、高度経済成長の波に乗り遅れた人で家の家計はいつも火の車、母といがみ合ってばかりいました。

父はそんな母を避けるかのように作陶に没頭し、家を離れ窯場で一人寝食をすることが多かったのです。そんな事情ですから夏休みに家族旅行に行くどころか遊びに連れて行ってもらった記憶さえありませんでした。傍から見るとそんな可哀想で憂鬱な夏休みでも小学生の私には待ち遠しくなる理由があったのです。

それは大好きな祖母が東京から遊びに来てくれるからでした。
祖母は杉並の叔父の家を出て、渋谷で銀座線に乗り換え浅草に着くと、必ずそこで舟和の芋ようかんと松屋デパートのお好み焼きを買ってきてくれました。舟和の和菓子は今でも有名ですが、お好み焼きは地下街の名もない店で味の方はパッとしませんでした。母がいつも買ってこなくても良いと言っても祖母はそれでも買ってくるので、私たちはとうに言うことを諦めていました。

そんな祖母とも1.2日遊べば飽きてしまうのが子供です。あとは学校のプールや近くの雑木林での虫取りなど日が落ちて真っ暗になるまで遊んでいました。

祖母も東京に帰り、今日で夏休みも終わろうという日のことです。茜色に染まる西の空を見上げると銀色に光る物体が筋をつけながら西陽に向かっていきます。はやる心を抑えながらその事を母に告げると飛行機か人工衛星じゃないのと素っ気ない答えが帰ってきてがっかりしたものです。

次第に群青色に変わっていく空を眺めながら妙な寂寥感に包まれたものです。
それは夏休みが終わることへの寂しさというより、もう二度と同じ夏休みが来ない事を予感する寂しさだったような気がします。

それから半世紀近く経ってもあの夏休みの終わりに感じたメランコリックな気持ちは変わりません。それは子供が生まれ、育ち、その子供が結婚して子供が出来て私のまわりの環境は行く川の水のたとえ通り変わることがあの時感じた同じ夏がないことの確認作業でもあるからです。

去年いた愛犬も今年の夏休みにはもういませんでした。二匹と海で遊んだ記憶は心の中の頁に格納され、恐らく来年もそして再来年も全て違う一度きりの夏となることでしょう。

自分が最後に記憶の頁に格納されるまで、一度きりの夏を楽しむことにしましょう。





2014年8月5日火曜日

ロードバイクのタイヤのこと

ロードバイクをお持ちの方はチュブラータイヤかクリンチャータイヤはたまたチューブレスタイヤのいずれかにお乗りのことと思います。

そこでつたない例ではありますが、私のタイヤ変遷の歴史をほんの少しばかり報告したいと存じます。

初めは私も安価なクリンチャータイヤを付けていました。当時はチューブレスはなく、必ずチューブを付けなければなりませんでした。

皆さんも経験あると思いますがこのクリンチャータイヤだとリムパンという細い切れ長にチューブが裂けてしまうパンクを多く誘発します。

仕方なしにチューブ交換をする羽目になりますが、これが中々の曲者、指が痛くなるほど力が必要で老骨の身としては辛いものがありました。

さらにクリンチャータイヤは高い空気圧を必要とし乗り心地が良くありません。

それでも当時はチューブラーにするにしてもセメントしか無くて、そのセメントが乾くまで走りだせなかったため実用的でなかったのです。

ですから当時はミシュランPRO2を履いていた覚えがあります。

そうこうしているうちにチューブラーテープというものが売りだされ、乾燥の時間を待たず走りだせる商品が開発されたのです。

これを試してみると中々のものです。圧着は半年程度で弱くなりますが接着は至って簡単です。

そこで最初はビットリアのオープンコルサを使用していました。これが一番長く乗っていたかもしれません。

当時、ヴェロフレックスはハンドメイドに近く価格も高かったのです。

その後何とかヴェロフレックスを購入できる環境になり、レコードやさらに軽量タイプも試しましたが、それほど驚くような乗り心地の変化はありませんでした。それよりビットリアよりさらに早く空気漏れするのに驚きました。

その後、ダイワボウからシームレスタイヤが発売され試してみましたがこれが今まで購入したタイヤで一番高いものでしたが、やはり乗り心地にあまり差は感じませんでした。

後に同じようなシームレスで安価版が発売されましたが同様だった気がします。

そして究極のハンドメイドのFMBと出会いました。最初はケーシングコットンを履いていましたが、多少の値段差ならと絹のケーシングにしています。

これは察かに乗り心地が違いました。ただし、空気抜けは早くヴェロフレックス以上です。

とまあ乗り心地を追求してきた訳ですが、このタイヤの弱点があります。とにかくタイヤが細いため山道やカーブの連続する道は弱いのです。軽くて最高の乗り心地ですが、この点を注意しないでハンドルを引いたりすると側面が一発でやられます。

そこで邪道かもしれませんが、私はこのFMBにノーチューブスというブランドのパンク修理剤を入れて走っています。何故、ノーチューブスにしたかといえば水溶性で汚れてもすぐ拭き取れるからです。

ただし、入れ方にコツがあってピンの取れるタイプでないと万が一ピンの部分に圧着したら大変なのでお勧めしません。それにタイヤを十分回転させ平均にしておかないとバランスが崩れるのと、最低口金を左右の45度以上の角度にしておきます。これも同様の事です。

とつれづれ書いてきましたが、良いタイヤとは結局その人の走り方にあったタイヤということになります。

ヒルクライムに出て1秒でも早くタイムを縮めたいと言う人には超軽量のタイヤが必要でしょうし、
ヤベツをガンガンに攻めるような走りをする人や、SCSのコーナーを高速で抜けるような人にはそれなりの幅と強度の高いタイヤが求められることになるのだということです。

皆さんも自分にあったタイヤを見つけられんことを!!





2014年7月3日木曜日

沈んだ費用

今日は少し経営者らしい話をさせて下さい。

大学時代一番学ばなかった私が説明するのも何なんですが、個人商店を経営する上で大変重要な事なのでご容赦下さい。

サンクコストと言う言葉をご存知でしょうか。sunk costつまり埋没された費用のことです。既に支払ってしまった費用のことをいうのですが、いささかこれには説明を要します。

例えば建物などの固定資産と呼ばれるものは将来に渡り、その効果が継続され対価として家賃などの収益を生み出します。そうしたものは税務の中には費用と収益一致の原則が決められ一度に費用化することが出来ません。オフィスの家具も同様で一定金額以上のものは複数年で費用化されていくわけです。

ここで問題となるのはその家具は直接的に売上に貢献するものなのか否かという事です。どんなに高い応接セットを購入し、来客が喜んだとしても、それが売上に直接影響することはないでしょう。そうしたものを償却資産として税務上計上するあまり、それらに要した費用が既に支払ってしまった費用=サンク・コストだという認識を忘れがちなのです。

ある人が会社の車はリースにすると胸を張っていっていました。よほど儲かっている会社なのでしょう。しかしながら、サンク・コストの考え方に立てばこれは得策ではありません。車が直接的売上に結びつかないものである以上、その効果を将来に求めるべきではないからです。

実はこの考え方は売上にも共通します。私は埋没した売上=サンク・アーニングと呼んでいます。例えば支払が遅れたテナントが保証金も食いつぶしさらに約定を果たさないのに、家賃を回収したいと居続けさせるような場合です。結果、事態は悪化し、収益をさらに圧迫することになるのです。

人間誰しも元を取りたいと考えます。そこがこの問題の一番厄介なところです。
私はひとつ自分で決めていることがあります。それは現金で支払えるもの以外は買わないということです。車でも不動産でも現金で買えるものにしています。現金が足らないなら買わなければいいのです。確かに欲しいなあと思うこともありますがそれによってこの小さな会社も何とか30年持ちこたえることが出来たのだと思うと範を変える気にはなりません。

皆さんもサンク・コスト今日から意識してみませんか。