ヨシヒコは高校に入学していた。ヨシヒコはバスケット部でもキャプテンで、成績もそこそこだったので市内の進学校の入試をパス出来た。もっとも、生徒会の副会長も務めた内申書の点もかなり後押ししたことは事実だ。
高校1年の夏休み、ヨシヒコは友達数人と自分の学力がどのくらいのものなのかと、2週間の夏期講習のために上京していた。
裕福な家庭の子供達はウィークリーマンションやホテルをとってその予備校に通ったが、ヨシヒコや友人にはその余裕はなかった。幸い、ヨシヒコの叔父が杉並で建設業を営んでいたので友人とともに2週間そのもとにころがり込むことにした。
友人はヨシヒコと同じ母子家庭のミチヒコだった。当時のヨシヒコの通う高校は県内でも三指に入る進学校であったが、これといった産業のない地方都市の例外にもれず街は衰退し、それとともに学校も長い下り坂を落ちる手前だった。
五日市街道に面した叔父の家はちょうど方南町と南阿佐が谷の中間にあり、徒歩で駅に行くには20分近く歩かねばならなかった。ただ叔父の家の斜め向かいに関東バスの停留所があり、そこから中野駅にバスは向かう。
予備校はお茶の水だったので、中野駅からは中央線で1本だ。これがヨシヒコの通学ルートになった。
ヨシヒコは名作といわれる文庫本の20冊をすでにお茶ノ水の三省堂で買ってある。ヨシヒコは高校になって現代国語の成績を伸ばしたいと思っていた。担任のまだ若い赴任したての先生がヨシヒコの目指す大学の出身であったこともあったが、その先生の言った「現国の出来ないやつは、絶対受からない」という言葉が呪文のようにヨシヒコに乗り移っていたからだ。
関東バスは細いまがりくねった道を猛スピードで抜けて行く。家々から飛びだした木々の枝をかすりながらアクセルは吹かしたまま中野駅までヨシヒコを運んで行く。
「暗夜行路」「人間失格」「小説神髄」「赤と黒」「戦争と平和」・・・最初の頃は、2日で一冊も厳しかったものの、慣れとは恐ろしいもの、揺れるバスの車内でも本を読めるようになり、多い時は行き帰りで2冊仕上げていた。
叔父の家にはいつも5.6人の職人が出入りしていた。どの人も日焼けし、屈強そうな身体つきをしていたが、ヨシヒコには叔父が一番強そうに思えた。叔父は職人にテキパキと指示を出し、数人が別々の車に同乗して現場に向かって行った。
ヨシヒコが予備校に向かうのはその後。
中央線は総武線と並行して走っている。オレンジと黄色の違いなのに行き先が異なる。ヨシヒコは時々、総武線に乗ってみた。オレンジの時は、一切余裕のないような切羽詰まった人達ばかりだったのに、黄色は違う、ぼんやり外を見ていたり、本を読んだりする人もいた。
ヨシヒコの通う予備校はS予備校だ。予備校に入るにも試験があった。ここの午前部に入ると言うことは一応、現役合格で一流校を狙うというお互いの了解があった。
ヨシヒコの住む北関東の市から東京に行くには東武線に乗って浅草に出る。そしてヨシヒコの場合は銀座線に乗り換え渋谷に行き、さらに私鉄に乗り換える。
東武線は大きなカーブを描きながら浅草駅に滑り込む。滑り込むというよりは、キィーキイーという悲鳴のようなレールの音を鳴らしながら無理やり押し込んでいくような感じだ。
カネボウが鐘が淵紡績の略だと知ったのは小学5年生のときだった。
当時の銀座線は駅に着く直前、車内の電灯が一瞬消える。寝息を立てて眠っていた背広姿のサラリーマンも催眠術から解けたようにパッとして立ち上がり目的の駅で降りて行った。
ヨシヒコは浅草から渋谷まで全ての駅名を暗記していた。子供のころのヨシヒコは目に入るものを全て暗記していた。駅名、住所、電話番号目に入るものは何でも記憶していたが、この頃はこの能力がどんどん薄れていくことを自覚していた。
渋谷に着く前にあたりが急に明るくなり、左手に銀色の丸い球が見える。電車が一瞬、地上に出るのだ。ヨシヒコはその銀色の球であるプラネタリウムには行ったことがなかったし、おそらく一生行かないだろうと思っていた。
お茶ノ水は学生街だった。ヨシヒコの子供の頃「学生街の喫茶店」という歌が流行った。ヨシヒコはお茶ノ水駅近くの画翠檸檬に併設された喫茶店こそ、この歌の喫茶店だと勝手に思っていた。
ヨシヒコ達は叔父の家に居候していた。朝食と夕食は叔母が作ってくれる。その代わりといっては何だが忙しくない時には叔父の手伝いをするのが決めごとだった。
叔父は13キロ以上ある重量ブロックを片手で2本持ち、荷台に次々と積んでいく。よしひこは一つ持つのも苦労しながら手伝った。ひ弱な予備校生は二人足しても職人の一人にも及ばなかった。
ヨシヒコはあるとき授業を欠席した。どうしても手伝ってほしいという叔父の頼みで1時限だけ欠席した。ヨシヒコは友人に授業のノートを頼んでいた。
翌日、授業に行ってみると突然答案用紙が配られた。ヨシヒコはミチヒコから試験のことは全く聞いてなかった。ミチヒコはヨシヒコと全く目を合わせず、せっせと鉛筆をカリガリいわせ答案用紙を進めていた。それに比べ試験範囲の復習をしていないヨシヒコはお手上げだった。
試験が終わり、ヨシヒコはミチヒコに何故、試験のことは教えなかったのか詰問した。
するとミチヒコは友達だって、結局自分の敵になるのだから崖から落ちるところを助けたりしないし、欠席したのはお前が悪いから。俺のせいにしないでくれという冷ややかな言葉が返ってきた。
予備校の校舎を出ると夕立が降っていた。ヨシヒコは傘もささずそのままお茶ノ水駅に向かった。
ヨシヒコとミチヒコはその後数日間一緒に生活したが、二人の気まずい生活は続き、その後ヨシヒコはミチヒコと口を交わすことは二度となかった。
ヨシヒコはその夏期講習で如何に自分の成績が悪いのか、そして何より自分がお人好しで馬鹿だったのか思い知らされた。
ヨシヒコ16歳の夏だった。
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2011年9月7日水曜日
キャッチ&リリース
もう一つ最近読んだ本の中で私の琴線に触れる言葉がありました。
多くの人がキャッチばかり夢中になってリリースをしない。結果、大切なものを失ってしまうというものです。
人間の欲と言うのは無限と言われます。この欲を自由に散歩させてはならないのです。
腹八分目にして、周りにお裾分けをする。これが私の経営の極意です。
本当に必要なもの以外はリリースするのです。つまり周囲に返すことです。これによってあらゆる枯渇を回避できるのです。寝ざめもいいしね・・
人生下り坂といわれる残念な人はこのリリースが出来ず、キャッチした古い獲物にしがみついています。まず100%間違いないです。
それに引き換え成功している人は昨日のことは昨日のことと意に介しません。そして新しい魚を得るのです。
みなさんもキャッチ&リリースしていますか?
多くの人がキャッチばかり夢中になってリリースをしない。結果、大切なものを失ってしまうというものです。
人間の欲と言うのは無限と言われます。この欲を自由に散歩させてはならないのです。
腹八分目にして、周りにお裾分けをする。これが私の経営の極意です。
本当に必要なもの以外はリリースするのです。つまり周囲に返すことです。これによってあらゆる枯渇を回避できるのです。寝ざめもいいしね・・
人生下り坂といわれる残念な人はこのリリースが出来ず、キャッチした古い獲物にしがみついています。まず100%間違いないです。
それに引き換え成功している人は昨日のことは昨日のことと意に介しません。そして新しい魚を得るのです。
みなさんもキャッチ&リリースしていますか?
寝ざめの悪いことはしない
30代の頃、アパレルメーカーの社長で今でも数十店を展開している妻方の親戚が私にこう言ったことがあります。
「Sちゃん、いくら儲かるといっても寝ざめの悪いことはしちゃいけないよ」
「そんなことをするくらいなら実直に本業をするほうがいいよ」
それ以来、私の信条にこの言葉が加わりました。
そして私は一人の師を得たのであります。
学力低下について、内田 樹先生が面白いことをブログで述べていました。
以下引用です
学力とは
第一に、「自分は学ばなければならない」という己の無知についての痛切な自覚があること。
第二に、「あ、この人が私の師だ」と直感できること。
第三に、その「師」を教える気にさせるひろびろとした開放性。
だとすれば私はこの時一人の師を加えることが出来たのですね・・・・ 一はいつも痛感しています。問題は三です。ここが年をとると硬直しがちでいけません・・・
「Sちゃん、いくら儲かるといっても寝ざめの悪いことはしちゃいけないよ」
「そんなことをするくらいなら実直に本業をするほうがいいよ」
それ以来、私の信条にこの言葉が加わりました。
そして私は一人の師を得たのであります。
学力低下について、内田 樹先生が面白いことをブログで述べていました。
以下引用です
学力とは
第一に、「自分は学ばなければならない」という己の無知についての痛切な自覚があること。
第二に、「あ、この人が私の師だ」と直感できること。
第三に、その「師」を教える気にさせるひろびろとした開放性。
だとすれば私はこの時一人の師を加えることが出来たのですね・・・・ 一はいつも痛感しています。問題は三です。ここが年をとると硬直しがちでいけません・・・
旬の勢い ソニーロリンズ
食べ物でも旬のものは勢いがあり、活力を与えてくれます。
この頃のテレビはつまらないとシジイのような言い回しはしませんが、テレビの制作現場に関わる人達が果たして旬なのか疑うような番組が多いのです。
昨日もTVKで再放映されている「傷だらけの天使」を見ていたらショーケンの来ているコートのかっこの良い事、誰が衣装を担当しているのかとエンディングを見ていたら、菊池武生さんでした。
メンズビギが爆発的に売れるほんの少し前のことです。
若かりし頃、三宅一生氏、川久保玲氏、山本耀司氏にあったことがあります。デザイナーブームのくる前のことです。この旬の人達は誰もが権威的でなく、ピュアで、直感を信じているようでした。そして彼らはお金など興味なく、どうしたら自分の考えを具現化できるのかばかり考えていたようでした。組織と言う呪縛にはまっていた私はかなり刺激を受けました。
傷だらけの天使はロケも適当な場所でするのではなく、ちゃんとその地に出向いていました。昨日は信越線の篠の井でした。音楽も大野克夫と井上堯之の名コンビです。
それはそうと今日は我が尊敬するサキソフォン奏者、ソニーロリンズ氏の81回目の誕生日です。
9.11以降も積極的活躍をしている彼のステージをブルーノートで観たことがありますが、パワーと言うものは年齢と関係なく発揮できるのだと痛感しました。
良いものは良いと言える感覚大切にしたいです。
この頃のテレビはつまらないとシジイのような言い回しはしませんが、テレビの制作現場に関わる人達が果たして旬なのか疑うような番組が多いのです。
昨日もTVKで再放映されている「傷だらけの天使」を見ていたらショーケンの来ているコートのかっこの良い事、誰が衣装を担当しているのかとエンディングを見ていたら、菊池武生さんでした。
メンズビギが爆発的に売れるほんの少し前のことです。
若かりし頃、三宅一生氏、川久保玲氏、山本耀司氏にあったことがあります。デザイナーブームのくる前のことです。この旬の人達は誰もが権威的でなく、ピュアで、直感を信じているようでした。そして彼らはお金など興味なく、どうしたら自分の考えを具現化できるのかばかり考えていたようでした。組織と言う呪縛にはまっていた私はかなり刺激を受けました。
傷だらけの天使はロケも適当な場所でするのではなく、ちゃんとその地に出向いていました。昨日は信越線の篠の井でした。音楽も大野克夫と井上堯之の名コンビです。
それはそうと今日は我が尊敬するサキソフォン奏者、ソニーロリンズ氏の81回目の誕生日です。
9.11以降も積極的活躍をしている彼のステージをブルーノートで観たことがありますが、パワーと言うものは年齢と関係なく発揮できるのだと痛感しました。
良いものは良いと言える感覚大切にしたいです。
2011年9月6日火曜日
人面魚
ヨシヒコは中学生になっていた。といっても通う中学は小学校の隣で、生徒は小学校の生徒がそのままスライドして中学生になったようなもので、新しい顔ぶれはなかった。そんな中、父親の転勤で隣県の埼玉から転校してきた女生徒が一人いた。名前はヨウコといった。少し日に焼けたショートヘアの似合う彼女は笑うとエクボのできる子だった。彼女には何かはっきりとは分からないのだがこのあたりの子とは違う都会的な雰囲気があった。彼女の家はヨシヒコの家のすぐ近くにあった。借家だというその建物は白くペンキの塗られた瀟洒な建物だった。小さいながら庭もあり、芝生の緑がまぶしかった。それに引き換えヨシヒコの家は戦後建てられた「文化住宅」という安っぽい平屋の建物だった。ヨシヒコには何が「文化」なのかまったく理解できないでいた。
あの恐ろしい深く澱んだ淵のことを忘れかけていた夏のある日、ヨウコがヨシヒコを呼びとめた。
「ヨシヒコ君、土曜日、面白いもの見に行かない?」と突然ヨウコが話始めた。
ヨシヒコはバスケ部に入り、土日も練習だった。ただ今週の土曜日だけは練習がない。この地域の投票所として体育館も練習場も使えないのだ。ヨシヒコは毎週でも選挙があれば良いのにとありもしないことを考えていた。
「何を見に行くの?」
「面白いもの」
「だから面白いものって何?」
「いいの、いいの行けば分かるから」
その面白いものはここから自転車で1時間ほど走ったM町にあるという。M町に人家は少なく一面、田圃ばかりだ。舗装されてない農道の横には用水路が流れていた。
ヨシヒコは小学生の時、このM町にザリガニ釣りに来た事を思い出した。ザリガニ釣りとは言っても、木の棒に糸をくくりつけて、その先にサキイカを結ぶだけのもの。それでもサキイカは「なとり」じゃなきれば釣れないなどと友達と話していた。ザリガニは2種類いた。正式には過去形である。以前は毒々しい赤い色のとげとげのしっかりしたザリガニではなく、ほっそりしてどちらかというと海老に近いようなザリガニもいたのだが、繁殖力の強い侵入者に淘汰されてしまったのだ。
その日は強い夏の日差しが容赦なく体をさすように降り注いでいた。
ヨウコはブルーのサッカー地のショートパンツに白いTシャツで短い髪を後ろでかろうじてしばっている。一方、ヨシヒコはつい最近同級生とお揃いで作った二本線のエンジのジャージに、上はランニングだった。ランニングには紫でアメリカのプロバスケットのチーム名が書かれていた。ヨシヒコは母親に部活に行くといって出てきたのだ。
M町に近づくと、田圃からカエルの声が大きくなってくるのが分かる。ヨシヒコは蛙は苦手だった。何故か蛇もトカゲも平気なのに蛙だけは苦手なのだ。
当時、一番最初にする解剖はフナだった。そして次はカエルだった。このあたりではフナもカエルも自分たちで捕まえてこなければならない。時給自足なのだ。若い理科の女の先生がヨシヒコを指名した。こういうときヨシヒコは要領がよい。あたかもみんなのためというしたり顔で、授業を抜け出すお墨付をもらい、子分を数名を引き連れて蛙を捕獲に出掛けた。そのときもヨシヒコは一切蛙に触りもしないし、探したりもしなかった。6匹の蛙を捕獲したのはヒデオとモトヒサだった。ヨシヒコは剥き出しになっていた体育館のコンクリートの階段に腰をおろし、二人の作業をぼんやり眺めていた。
自転車は埃を巻き上げながら目的地についた。その場所からは見渡しても人家は見当たらない、田圃に囲まれた小さな池だった。電燈も一切ない。小さな池には無数の泡が見える。魚がいるらしい。ヨウコは池の右端の少しくぼんだ所を指さし、あれがその目的のものだとヨシヒコに告げた。
それは鯉だった。ヨシヒコは以前、鯉を飼っていたことがある。釣り堀で釣り上げた鯉をそのまま飼っていたら2倍近くの大きさになったが、一緒に飼っていたメダカは全部食べられてしまった。
その鯉は「ドイツ鯉」という種類だった。正式な名前か分からないが、みんなそう呼んでいた。
ヨウコの指差した先にいた鯉は少し鈍ったような金色をした大きな鯉だった。鱗の大きさが一様ではなく、大小の鱗が左右対称に並んでいた。ヨウコはその顔が人の顔に見える人面魚だと言っていた。確かにそう見えなくもない。しかも、その顔は当時人気のあったフォークグループのボーカルをしていたコウセツに似ているという、コウセツ鯉だった。ヨシヒコは鯉に似ているといわれたその人を頭の中で想像したが、旨く結び付かなかった。
自宅近くにもどってから、いつもの駄菓子屋に二人ではいった。ヨシヒコは袋に入っていたベビーラーメンを台紙からむしり取ると、テーブルに置かれていただ薄い液体の入ったお椀の中にパラパラと落とし入れた。鉄板は熱くなっていた。その液体を流し入れるとジューという音と共に、目の前のヨウコの顔が白い蒸気の中に隠れた。
二人はさして会話もせず、せっせと土手を作っては壊し、ヘラで器用に口に運んだ。熱い口の中にあくまで人工的に色づけされたチェリオのグレープを流して、冷ましながら。
店を出ると夕闇が迫っていた。ヨシヒコはヨウコに明日またといって分かれた。
ヨシヒコのコイの話。
あの恐ろしい深く澱んだ淵のことを忘れかけていた夏のある日、ヨウコがヨシヒコを呼びとめた。
「ヨシヒコ君、土曜日、面白いもの見に行かない?」と突然ヨウコが話始めた。
ヨシヒコはバスケ部に入り、土日も練習だった。ただ今週の土曜日だけは練習がない。この地域の投票所として体育館も練習場も使えないのだ。ヨシヒコは毎週でも選挙があれば良いのにとありもしないことを考えていた。
「何を見に行くの?」
「面白いもの」
「だから面白いものって何?」
「いいの、いいの行けば分かるから」
その面白いものはここから自転車で1時間ほど走ったM町にあるという。M町に人家は少なく一面、田圃ばかりだ。舗装されてない農道の横には用水路が流れていた。
ヨシヒコは小学生の時、このM町にザリガニ釣りに来た事を思い出した。ザリガニ釣りとは言っても、木の棒に糸をくくりつけて、その先にサキイカを結ぶだけのもの。それでもサキイカは「なとり」じゃなきれば釣れないなどと友達と話していた。ザリガニは2種類いた。正式には過去形である。以前は毒々しい赤い色のとげとげのしっかりしたザリガニではなく、ほっそりしてどちらかというと海老に近いようなザリガニもいたのだが、繁殖力の強い侵入者に淘汰されてしまったのだ。
その日は強い夏の日差しが容赦なく体をさすように降り注いでいた。
ヨウコはブルーのサッカー地のショートパンツに白いTシャツで短い髪を後ろでかろうじてしばっている。一方、ヨシヒコはつい最近同級生とお揃いで作った二本線のエンジのジャージに、上はランニングだった。ランニングには紫でアメリカのプロバスケットのチーム名が書かれていた。ヨシヒコは母親に部活に行くといって出てきたのだ。
M町に近づくと、田圃からカエルの声が大きくなってくるのが分かる。ヨシヒコは蛙は苦手だった。何故か蛇もトカゲも平気なのに蛙だけは苦手なのだ。
当時、一番最初にする解剖はフナだった。そして次はカエルだった。このあたりではフナもカエルも自分たちで捕まえてこなければならない。時給自足なのだ。若い理科の女の先生がヨシヒコを指名した。こういうときヨシヒコは要領がよい。あたかもみんなのためというしたり顔で、授業を抜け出すお墨付をもらい、子分を数名を引き連れて蛙を捕獲に出掛けた。そのときもヨシヒコは一切蛙に触りもしないし、探したりもしなかった。6匹の蛙を捕獲したのはヒデオとモトヒサだった。ヨシヒコは剥き出しになっていた体育館のコンクリートの階段に腰をおろし、二人の作業をぼんやり眺めていた。
自転車は埃を巻き上げながら目的地についた。その場所からは見渡しても人家は見当たらない、田圃に囲まれた小さな池だった。電燈も一切ない。小さな池には無数の泡が見える。魚がいるらしい。ヨウコは池の右端の少しくぼんだ所を指さし、あれがその目的のものだとヨシヒコに告げた。
それは鯉だった。ヨシヒコは以前、鯉を飼っていたことがある。釣り堀で釣り上げた鯉をそのまま飼っていたら2倍近くの大きさになったが、一緒に飼っていたメダカは全部食べられてしまった。
その鯉は「ドイツ鯉」という種類だった。正式な名前か分からないが、みんなそう呼んでいた。
ヨウコの指差した先にいた鯉は少し鈍ったような金色をした大きな鯉だった。鱗の大きさが一様ではなく、大小の鱗が左右対称に並んでいた。ヨウコはその顔が人の顔に見える人面魚だと言っていた。確かにそう見えなくもない。しかも、その顔は当時人気のあったフォークグループのボーカルをしていたコウセツに似ているという、コウセツ鯉だった。ヨシヒコは鯉に似ているといわれたその人を頭の中で想像したが、旨く結び付かなかった。
自宅近くにもどってから、いつもの駄菓子屋に二人ではいった。ヨシヒコは袋に入っていたベビーラーメンを台紙からむしり取ると、テーブルに置かれていただ薄い液体の入ったお椀の中にパラパラと落とし入れた。鉄板は熱くなっていた。その液体を流し入れるとジューという音と共に、目の前のヨウコの顔が白い蒸気の中に隠れた。
二人はさして会話もせず、せっせと土手を作っては壊し、ヘラで器用に口に運んだ。熱い口の中にあくまで人工的に色づけされたチェリオのグレープを流して、冷ましながら。
店を出ると夕闇が迫っていた。ヨシヒコはヨウコに明日またといって分かれた。
ヨシヒコのコイの話。
深く澱んだ淵
ヨシヒコは学校からの帰り道時折り遠回りをした。家から学校に行くにはその遊水地を横切って行くのが早道だったが、朝ならともかく夕方の遊水地の森は不気味だった。
実際にヨシヒコが小学校に上がる前に、3軒隣のタツオ君が行方不明になった事件があった。神隠しではないかとか、ひとさらいに攫われたとか言われたが、次の日の朝、タツオ君は大きな樫の木の根元で眠っているところを警察官に見つかった。タツオ君は無事だった。当時のタツオ君の話によると、白くま(みやまくわがたの大型で産毛が生えていて白く見えるからこう言っていた)を探しに森に入って暫くすると、遠くで梟の鳴く声が聞こえ、猛然と眠くなってしまいそのまま意識を失ってしまったようだ。
今日は一緒のはずのコウイチロウが掃除当番をさぼって、ヨシヒコ一人で掃除をするはめになった。同級生のオサムも手伝ってくれたが、理科実験室がその日の当番だったので、普通の教室のように一気に机や椅子を移動させて掃除をすることが出来ない。ヨシヒコは理科実験室の掃除が苦手だった。
ガラス製の容器を丁寧に扱わなければならないこともあったが、ホルマリンに漬けられた蛙やイモリを見るのが嫌だった。ヨシヒコには何故、彼らがホルマリンに漬けられているのかもっともな理由が見つからない。この容器の中の生物のことを授業で説明を受けた事もなければこれから受けるであろうとも思われなかった。ただ理科実験室の装飾品のようなホルマリン漬けが哀れでならなかった。
理科実験室の掃除を済ませると、タケシとモトヒサが帰るところだった。ヨシヒコと一緒に校門を出たときに西の空は茜色から、群青色に変わろうとしていた。二人はヨシヒコの家とは反対方向で校門を出て、ヨシヒコは右手に、二人は左手に分かれた。
ヨシヒコは今日も遠回りして帰ろうかと思ったが、まだわずかながら太陽の光もあり、早く家に着きたいと言う思いで遊水地の森を真っすぐ抜ける道を選んだ。
この森の奥には池がある。夏の間は苔なのか水草なのか分からないが、緑色が一面に広がり中の水が見えない。秋になるとその緑は消え失せ、今度は底の見えない水面が顔を出す。その澱んだ淵の反対側に小さな祠があった。祠は苔蒸していて文字が書かれているのだが何と書いてあるか分からない。
ヨシヒコは足早にその淵を見ないように歩いていた。プチッという音が足元で聞こえた。数日前に母親に買ってもらったばかりの黒キャンパス地のコンパースのバッシュの紐が切れた。ヨシヒコはその場にしゃがみこんで紐を繋ごうとしたがその切れ方は鋭利に刃物で切られたように2か所も切れていて結び直すのは簡単ではなかった。そうこうするうちにあたりは暗くなり、ブーンというモーターの唸るような風の音が聞こえた。
風の音と一緒に誰かの呼ぶ声が聞こえたような気がした。声はアツシ君に似ていた。
アツシ君は生まれながらに脳に障害を持ち、いつもは通級棟で授業を受けていたが、ときおりヨシヒコのクラスにもやってきて授業を受けていた。アツシ君はとても優しい子だった。いつだったか誰かにいじめられ血だらけになって怪我をしていた猫を拾ってきてただ抱きしめて涙を流していたこともあった。そんなアツシ君であったが、子供は悪魔である。いじめの対象でもあった。反撃しないことをいいことに、多数で鞄を隠したり、机の中にカエルを入れたりされていた。でもアツシ君は怒ったり、反撃したりしない。ただ、笑うだけだった。
そんなアツシ君が死んだ。もともと心臓に持病を持ちそのことが原因で死んだらしい。葬儀には先生とクラス全員で出掛けた。アツシ君の遺影の写真はいつもの笑い顔で、頭に木綿の紐付の帽子をかぶっていた。次々と焼香を済ます人に両親は頭を下げていたが、その両親の顔には何となく安堵の色が窺われた。ヨシヒコはそのことを言うのは不謹慎だと思い、そっと胸の中にしまいこんだ。
風の音がピタリと止み、人の声も聞こえなくなった。祠のあたりに黒い影が見える。人なのか動物なのか分からない。その影は形を変えながら祠の周りをうろついていた。人と犬の中間くらいの大きさだ。ヨシヒコは結びなおせていないバッシュをつっかけるように履きなおし、慌ててその場から走り出した。胸の鼓動は高まり、心臓が口から出そうなくらいだ。
何者かが後ろからヨシヒコを追ってくる気配がした。ヨシヒコは振り返らず遊水地の門の街灯目指して猛スピードでダッシュした。
家では夕餉の準備が終わっていた。母子家庭のヨシヒコは母親が帰って来てから夕食を作るので手の込んだ料理は食べられない。この日も屋台で売りに来た6個のシューマイと千切りのキャベツ、味噌汁と漬けものにご飯だった。ヨシヒコは額の汗をぬぐい食卓についた。
実際にヨシヒコが小学校に上がる前に、3軒隣のタツオ君が行方不明になった事件があった。神隠しではないかとか、ひとさらいに攫われたとか言われたが、次の日の朝、タツオ君は大きな樫の木の根元で眠っているところを警察官に見つかった。タツオ君は無事だった。当時のタツオ君の話によると、白くま(みやまくわがたの大型で産毛が生えていて白く見えるからこう言っていた)を探しに森に入って暫くすると、遠くで梟の鳴く声が聞こえ、猛然と眠くなってしまいそのまま意識を失ってしまったようだ。
今日は一緒のはずのコウイチロウが掃除当番をさぼって、ヨシヒコ一人で掃除をするはめになった。同級生のオサムも手伝ってくれたが、理科実験室がその日の当番だったので、普通の教室のように一気に机や椅子を移動させて掃除をすることが出来ない。ヨシヒコは理科実験室の掃除が苦手だった。
ガラス製の容器を丁寧に扱わなければならないこともあったが、ホルマリンに漬けられた蛙やイモリを見るのが嫌だった。ヨシヒコには何故、彼らがホルマリンに漬けられているのかもっともな理由が見つからない。この容器の中の生物のことを授業で説明を受けた事もなければこれから受けるであろうとも思われなかった。ただ理科実験室の装飾品のようなホルマリン漬けが哀れでならなかった。
理科実験室の掃除を済ませると、タケシとモトヒサが帰るところだった。ヨシヒコと一緒に校門を出たときに西の空は茜色から、群青色に変わろうとしていた。二人はヨシヒコの家とは反対方向で校門を出て、ヨシヒコは右手に、二人は左手に分かれた。
ヨシヒコは今日も遠回りして帰ろうかと思ったが、まだわずかながら太陽の光もあり、早く家に着きたいと言う思いで遊水地の森を真っすぐ抜ける道を選んだ。
この森の奥には池がある。夏の間は苔なのか水草なのか分からないが、緑色が一面に広がり中の水が見えない。秋になるとその緑は消え失せ、今度は底の見えない水面が顔を出す。その澱んだ淵の反対側に小さな祠があった。祠は苔蒸していて文字が書かれているのだが何と書いてあるか分からない。
ヨシヒコは足早にその淵を見ないように歩いていた。プチッという音が足元で聞こえた。数日前に母親に買ってもらったばかりの黒キャンパス地のコンパースのバッシュの紐が切れた。ヨシヒコはその場にしゃがみこんで紐を繋ごうとしたがその切れ方は鋭利に刃物で切られたように2か所も切れていて結び直すのは簡単ではなかった。そうこうするうちにあたりは暗くなり、ブーンというモーターの唸るような風の音が聞こえた。
風の音と一緒に誰かの呼ぶ声が聞こえたような気がした。声はアツシ君に似ていた。
アツシ君は生まれながらに脳に障害を持ち、いつもは通級棟で授業を受けていたが、ときおりヨシヒコのクラスにもやってきて授業を受けていた。アツシ君はとても優しい子だった。いつだったか誰かにいじめられ血だらけになって怪我をしていた猫を拾ってきてただ抱きしめて涙を流していたこともあった。そんなアツシ君であったが、子供は悪魔である。いじめの対象でもあった。反撃しないことをいいことに、多数で鞄を隠したり、机の中にカエルを入れたりされていた。でもアツシ君は怒ったり、反撃したりしない。ただ、笑うだけだった。
そんなアツシ君が死んだ。もともと心臓に持病を持ちそのことが原因で死んだらしい。葬儀には先生とクラス全員で出掛けた。アツシ君の遺影の写真はいつもの笑い顔で、頭に木綿の紐付の帽子をかぶっていた。次々と焼香を済ます人に両親は頭を下げていたが、その両親の顔には何となく安堵の色が窺われた。ヨシヒコはそのことを言うのは不謹慎だと思い、そっと胸の中にしまいこんだ。
風の音がピタリと止み、人の声も聞こえなくなった。祠のあたりに黒い影が見える。人なのか動物なのか分からない。その影は形を変えながら祠の周りをうろついていた。人と犬の中間くらいの大きさだ。ヨシヒコは結びなおせていないバッシュをつっかけるように履きなおし、慌ててその場から走り出した。胸の鼓動は高まり、心臓が口から出そうなくらいだ。
何者かが後ろからヨシヒコを追ってくる気配がした。ヨシヒコは振り返らず遊水地の門の街灯目指して猛スピードでダッシュした。
家では夕餉の準備が終わっていた。母子家庭のヨシヒコは母親が帰って来てから夕食を作るので手の込んだ料理は食べられない。この日も屋台で売りに来た6個のシューマイと千切りのキャベツ、味噌汁と漬けものにご飯だった。ヨシヒコは額の汗をぬぐい食卓についた。
なでしこ応援 葱ぬた わさび芋
なでしこの試合が予想より早く始まってしまいました。
なでしこの応援には日本酒だろうと菊正宗のピンを買い求め、シンスケの料理に習い「葱ぬた」を用意し、並木藪を模して「わさび芋」を仕込み、鴨焼をしようと鴨を探しても季節外れの由、鴨はおらず仕方なく牛肉でタタキをこしらえ、マグロの赤身と楽しんでおりました。
それにしてもわけぎ1把を使ったぬたの美味しい事、日本酒は肴で決まるということです。
わさびも本わさびを使うと何とも言えぬ甘さが出るのです。旨めぇ!!
以前、17年も居酒屋を開いていたと申しましたが、実際には「シンスケ」や「金田」のような店とは程遠く、売上をあげるためマーケットを意識し、メニューを考えていたのです。
今となっては若かりし頃の自分が如何に浅はかだったか良く分かります。顧客は「儲けている」と感じたときその店を離れるのです。一言も言わずに。これはどんな商売にも当てはまります。
ですから本当の営業力というのは相当の「やせがまん」か相当の「財力」が必要となってくるのです。
今なら自分の納得できる仕込みをした時だけあけるお店も出来るでしょうが、当時の雇われマスターの私には到底出来なかったことです。
それともう一つ忠告をしておきます。親類、友達を問わず一度口にしたことは有言実行した方が良いという戒めです。20代の若者ならいざ知らず、家庭を持って社会に出ている大人が一度口にしたことは撤回は出来ません。するとすれば相当の覚悟が必要です。何故なら相手はそのことですでに善意で動き出しているからです。それを踏みにじる行為は結局己に返っていきます。
友達に関して言えば、そういう輩を排除して今の友達が残っているのですけどね・・・
なでしこは偉い!!有言実行です。少しも尊大な所がない!!
そうこうしているうちに菊正宗の5合は空になり、妻は寝床で高いびきです。
明日も男子なのでそろそろパジャマに着替えて眠る事にします・・・・・
なでしこの応援には日本酒だろうと菊正宗のピンを買い求め、シンスケの料理に習い「葱ぬた」を用意し、並木藪を模して「わさび芋」を仕込み、鴨焼をしようと鴨を探しても季節外れの由、鴨はおらず仕方なく牛肉でタタキをこしらえ、マグロの赤身と楽しんでおりました。
それにしてもわけぎ1把を使ったぬたの美味しい事、日本酒は肴で決まるということです。
わさびも本わさびを使うと何とも言えぬ甘さが出るのです。旨めぇ!!
以前、17年も居酒屋を開いていたと申しましたが、実際には「シンスケ」や「金田」のような店とは程遠く、売上をあげるためマーケットを意識し、メニューを考えていたのです。
今となっては若かりし頃の自分が如何に浅はかだったか良く分かります。顧客は「儲けている」と感じたときその店を離れるのです。一言も言わずに。これはどんな商売にも当てはまります。
ですから本当の営業力というのは相当の「やせがまん」か相当の「財力」が必要となってくるのです。
今なら自分の納得できる仕込みをした時だけあけるお店も出来るでしょうが、当時の雇われマスターの私には到底出来なかったことです。
それともう一つ忠告をしておきます。親類、友達を問わず一度口にしたことは有言実行した方が良いという戒めです。20代の若者ならいざ知らず、家庭を持って社会に出ている大人が一度口にしたことは撤回は出来ません。するとすれば相当の覚悟が必要です。何故なら相手はそのことですでに善意で動き出しているからです。それを踏みにじる行為は結局己に返っていきます。
友達に関して言えば、そういう輩を排除して今の友達が残っているのですけどね・・・
なでしこは偉い!!有言実行です。少しも尊大な所がない!!
そうこうしているうちに菊正宗の5合は空になり、妻は寝床で高いびきです。
明日も男子なのでそろそろパジャマに着替えて眠る事にします・・・・・
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